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	<title>現地のリアル | dotworld｜ドットワールド｜現地から見た「世界の姿」を知るニュースサイト</title>
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	<description>ドットワールドは、一般財団法人国際開発センター（IDCJ）が運営する国際ニュースの情報サイトです。基本姿勢は、「現地から見た世界を知る」です。開発途上国をはじめ、世界のさまざまな国で起きている事象やニュースについて、現地に精通した識者が背景を掘り下げ、社会的な文脈と併せて分かりやすく解説します。</description>
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	<title>現地のリアル | dotworld｜ドットワールド｜現地から見た「世界の姿」を知るニュースサイト</title>
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		<title>「僕はPDFです。スー母さんの息子です」</title>
		<link>https://dotworld.press/myanmar_a_youth_of_pdf/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[dotworld_admin]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 13 Apr 2022 00:14:16 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ミャンマー]]></category>
		<category><![CDATA[現地のリアル]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>【編集部注：】 軍による市民への弾圧が今も続くミャンマー。そうした行為をあえて人々の目にさらすことで、「逆らうとひどい目に遭うぞ」というメッセージと市民に伝え、恐怖を植え付けようとするケースも多々あるようですが、実際には [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p>【編集部注：】</p>
<p>軍による市民への弾圧が今も続くミャンマー。そうした行為をあえて人々の目にさらすことで、「逆らうとひどい目に遭うぞ」というメッセージと市民に伝え、恐怖を植え付けようとするケースも多々あるようですが、実際には人々は軍への憎悪をさらに募らせています。地方のある町で４月上旬に起きた出来事を伝えるnoteの投稿を紹介します。<a href="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/04/66c19942ab4ba346fdb64ccc04cde373.jpg"><img fetchpriority="high" decoding="async" class="aligncenter wp-image-11280" src="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/04/66c19942ab4ba346fdb64ccc04cde373-1024x537.jpg" alt="" width="450" height="236" srcset="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/04/66c19942ab4ba346fdb64ccc04cde373-1024x537.jpg 1024w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/04/66c19942ab4ba346fdb64ccc04cde373-300x157.jpg 300w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/04/66c19942ab4ba346fdb64ccc04cde373-768x403.jpg 768w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/04/66c19942ab4ba346fdb64ccc04cde373-1536x805.jpg 1536w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/04/66c19942ab4ba346fdb64ccc04cde373.jpg 1621w" sizes="(max-width: 450px) 100vw, 450px" /></a></p>
<p>～　以下、noteの投稿より　～</p>
<p>昨日の朝、地方に住む知り合いから連絡があった。以下はその人から聞いた話だ。</p>
<p>外が何やら騒がしかった。家から出てみると、家の前の道を何人もの男たちが歩いていた。銃を持った兵士や警察官たちと私服の男たちが、一人の青年の腰にロープを巻き、引き回していた。幼さがまだ残る青年は叫んでいた。<br>
「僕はPDFです。スー母さんの息子です」</p>
<p>PDFとは、People&#8217;s Defence Force（人民防衛隊）の略称で、武器を持ってミャンマー軍（国軍）と戦うグループだ。だが、本当に彼がPDFの一員かどうかは分からない。兵士に銃を突きつけられたら従うしかないからだ。実際に、PDFとは全く関わりのない人たちが、この町で何人も逮捕されたり殺されている。</p>
<p>「スー母さん」というのはアウンサンスーチーのことを指している。彼女を慕うミャンマー人は敬愛の念を込めて「アメースー」（スー母さん）と呼んでいる。そのスー母さんの息子だと無理やり青年に言わせていたのだ。ちなみに、軍はアウンサンスーチーを蛇蝎のごとく嫌っている。</p>
<p>兵士たちは青年を引き回して、市場へと向かった。市場の中でも青年は繰り返し叫んでいたという。<br>
「僕はPDFです。スー母さんの息子です」</p>
<p>その後、彼は町外れに連れて行かれ、射殺された。彼が倒れた場所のすぐ近くには、なぜか墓地があったという。意図的に墓地の近くで殺害したのだろうか。</p>
<p>この事件を、Khit Thit Media という独立系メディアが記事にしてFacebookに上げている。<br>
https://www.facebook.com/khitthitnews/posts/1467152033722138</p>
<p>私はこの町に行ったことがあり、通りも市場も知っている。青年はこの町を引きずり回され、自分の意思とは違う言葉を叫ぶしかなかった。後に死が待っているは予想していただろう。彼はどんな気持ちで歩き叫び声を上げたのだろうか。彼の気持ちを考えると、辛くなる。</p>
<p>ミャンマー軍はこういう見せしめを頻繁に行っている。軍に逆らうとひどい目に遭うぞという国民への脅しだ。恐怖を見せつけることで、軍への抵抗をあきらめさせようとしているのだ。</p>
<p>しかし、国民の心は軍の思惑とは違った方向に進んでいる。国民に恐怖を見せつければ見せつけるほど、軍に対する憎悪をつのらせ、武器を手に持って軍に抵抗する人たちが増えている。</p>
<p>強大なロシア軍に抵抗するウクライナ人の気持もきっと同じだろう。ミャンマー国民の多くは、もはやミャンマー軍をミャンマーの軍隊とは見ていない。ネーピードー（ミャンマーの新首都）からやってきた侵略者であり、テロリストだと思っている。侵略者から家族や友人を守るために武器を手にする若者が、日に日に増えている。</p>
<p>ところで、武器も貧弱で経験の少ないPDFに対して、ミャンマー軍は圧倒的な武力を持つ。あっという間にPDFは駆逐されてしまうだろうと、当初は私も思っていた。しかし、なぜかミャンマー軍は弱い。大きな原因は、ミャンマー軍の士気が低いためだ。まるでロシア軍だ。既に2,000人以上の将兵と6,000人以上の警察官が逃亡し、そのままPDFに加わる者も多い。</p>
<p>遠く離れたミャンマーとウクライナ、巨大な敵に立ち向かう戦いが、今日も続いている。</p><p>The post <a href="https://dotworld.press/myanmar_a_youth_of_pdf/">「僕はPDFです。スー母さんの息子です」</a> first appeared on <a href="https://dotworld.press">dotworld｜ドットワールド｜現地から見た「世界の姿」を知るニュースサイト</a>.</p><div class='yarpp yarpp-related yarpp-related-rss yarpp-related-none yarpp-template-list'>
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		<title>「２月１日のサイレントストライキ」</title>
		<link>https://dotworld.press/myanmar_february_1st_silent_strike/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[dotworld_admin]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 06 Feb 2022 02:08:04 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ミャンマー]]></category>
		<category><![CDATA[現地のリアル]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>【編集部注：】 ２月１日、クーデターから１年が経ったミャンマーで市民らが「サイレントストライキ」を行いました。１年の節目にあたり「軍政を認めない」という意思を新たにするヤンゴン市民の様子を伝えるFacebook投稿を紹介 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p>【編集部注：】</p>
<p>２月１日、クーデターから１年が経ったミャンマーで市民らが「サイレントストライキ」を行いました。１年の節目にあたり「軍政を認めない」という意思を新たにするヤンゴン市民の様子を伝えるFacebook投稿を紹介しました。</p>
<p>～　以下、Facebook投稿より　～</p>

<div id="attachment_10706" style="width: 410px" class="wp-caption aligncenter"><a href="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/02/273333383_313393234161635_3959493543127513612_n.jpg"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-10706" class="wp-image-10706" src="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/02/273333383_313393234161635_3959493543127513612_n.jpg" alt="" width="400" height="356" srcset="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/02/273333383_313393234161635_3959493543127513612_n.jpg 1018w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/02/273333383_313393234161635_3959493543127513612_n-300x267.jpg 300w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/02/273333383_313393234161635_3959493543127513612_n-768x683.jpg 768w" sizes="(max-width: 400px) 100vw, 400px" /></a><p id="caption-attachment-10706" class="wp-caption-text">２月１日、サイレントストライキ当日、ヤンゴンのスーレーパゴダ前の歩道橋から撮影された写真。前回、12月10日のサイレントストライキの時には、その様子を撮影した人が警察連行され拷問された。今回サイレントストライキをバッチリ写した写真が少なかったのは、おそらくそんな背景があるのではないかと想像している（c) Khit Thit Media</p></div>

<p>２月１日、ヤンゴンは静かだった。<br>
半月ほど前に呼びかけられた「サイレントストライキ」は、<br>
武力衝突が起きている国とは思えないような、とても平和な抵抗だった。<br>
「10時から16時まで、みんな家の中にいよう」<br>
「16時になったら外に出て、みんなで拍手してストライキ成功を祝おう」<br>
ベランダから見上げた２月１日の空は、青く澄んでいた。<br>
街は、いつもより静かなおかげで、鳥の声がよく響いていて<br>
抑圧されている現実が悪い夢だったかのように、ピースフルだった。<br>
＝＝＝<br>
軍は１月後半、サイレントストライキが発表されるやいなや、ストライキ阻止に動き出した。<br>
まず「ストライキに参加したら逮捕する」という、もはやおなじみとなった通達を出した。<br>
おかげでこの日だけは「家にいる方が危険」という妙な状態になった。<br>
家にいようがいまいが個人の勝手のだが、そうした自由が許されないのが今のミャンマーだ。<br>
さらに「鍋叩きをやろう」という動きが広まると、鍋を叩いたら反逆罪を課す、と発表した。<br>
この反逆罪の最高刑は、死刑だ。<br>
（名ばかりの裁判はあるものの、実際はまだ逮捕されていない人にさえ先に死刑宣告が出る始末。）<br>
おまけに、念入りなことには、ヤンゴンでは前日に警察が町を回り、<br>
市場や商店で写真をとったり店主の名前を記録して回ったりして、店を閉めるなという圧力をかけてまわっていた。<br>
店を閉めたら、どうなるの？と同僚に聞くと、彼は「さぁね」と苦笑した。<br>
「店主が逮捕されるか、営業許可を取り消されるか、何か別の嫌がらせを受けるか。<br>
　何されるかわかったもんじゃないよ。すべては彼らの思いのままだもの」<br>
軍のやり方を知り尽くしたミャンマー人たちは、店の状況をよく理解した。<br>
路上の麺屋さんには、「お客さんは来ないから、仕込みは最低限にしなよ」などとアドバイスが飛び<br>
SNS上では「店は開けても、お客さんが行かなければいい」「全部売り切れたことにすればいい」と抜け道が次々と提案され、大喜利のようになっていた。<br>
＝＝＝<br>
軍の脅しが一定程度効いたのか、その日、街は完璧なサイレントにはならなかった。<br>
私の自宅周囲も、いつもより人は少なかったものの完全に無人にはならず<br>
バスや車の走る音が大通りから聞こえてきたし、フードデリバリーも動いているようだった。<br>
（友人の自宅周囲では、だれ一人路上に出ずに沈黙していたらしいので、場所によっても違いがあったようだ）<br>
ピタリと時間が止まったような12月のサイレントストライキと比べると、やや中途半端な印象は否めなかったけれど<br>
それでも16時になると人々がワラワラと家から出てきて、周囲には拍手の音があふれた。<br>
友人からは、「We did it！（やってやったぜ！）」とメッセージが届く。<br>
地方の友人からも、「そっちはどう？」と電話がきた。<br>
さっき拍手が起きたところだよ、と伝えると、彼は満足げに「よーし」と笑った。<br>
あれこれ話したあと、彼はこんな風に言った。<br>
「サイレントストライキは、地味な抵抗だと思うだろう。<br>
だけどこれは、国民がみんな同じ気持ちをもっていないと成功しないんだ。<br>
軍の支配なんてだれも望んでない、という強烈なメッセージなんだよ。<br>
僕らはそれを成功させたんだ」<br>
そして、こう付け加えた。<br>
「こんなにもたくさんの人が、軍政にNOと意思表示している。<br>
軍と同じようにお金と武器があれば、絶対にすぐに勝つのにな」<br>
＝＝＝<br>
翌日、オフィスで同僚たちと「そっちはどうだった？」と、それぞれの自宅周囲の様子を報告し合う。<br>
どの顔にも、ちょっとした誇らしさが見えていた。<br>
「サイレントストライキは成功だ。<br>
軍に脅されても、これだけやったんだ。満足しているよ」<br>
サイレントストライキが呼びかけられる前、SNS上では<br>
「もっとビジュアルでわかるような形で、デモなどの活動をすべきだ」という声もあったという。<br>
しかし、それは少なからぬ人の命が奪われることと直結している。<br>
「だから最終的には、みんなサイレントストライキに参加したんだよ。<br>
納得していようがいまいが、それしか道がないからね」<br>
同僚はそう言ったあと、「私たちの意思は、日本にも伝わるかな」と尋ねた。<br>
きっと伝わると思うよ。ミャンマーのニュースも増えているし、東京では国会議員や在日ミャンマー人たちが解決策を話し合っているよ。<br>
私がそう答えると、彼はこう言って笑った。<br>
「そうなんだ、ありがとう。<br>
　そろそろ声明以外の後押しがあると嬉しいんだけど」<br>
＝＝＝<br>
同日、人々が沈黙しているのをいいことに、軍は「軍支持派」のデモを組織した。<br>
反軍政の市民がデモをやると警察車両に轢き殺されるのに<br>
軍支持派のデモとなると、同じ警察車両がデモ隊を護衛する。<br>
そういう国なのだとわかっていても、やはりため息が出てしまう。<br>
ねぇ、あれって本当に軍を支持しているの？と聞くと、友達は「まさか！」と笑い声をあげた。<br>
「お金だよ。貧しくて政治を知らない人たちを、軍が買ってるの。<br>
　日雇い5000チャット（約300円）だから、私たちは彼らを“ガータウンサー（5000チャットを食べる人）”って呼んでるんだよ」<br>
こうやって日給を払って人を動員するのも、軍のいつものやり方なのだという。<br>
そういえば、そもそも軍の下級兵士は、貧しくて政治を知らない村の農民が多いそうだ。<br>
軍の宿舎に住まわせ、軍の学校、軍の病院、軍のお店、とすべて「軍製」のもので取り込む。<br>
「軍のやり方は、全部わかってる。<br>
　だって私たちは、軍政下を生きてきたんだから」<br>
と、友人は苦笑する。<br>
＝＝＝<br>
２月１日が過ぎ去ると、どっと疲労感に襲われた。<br>
あの日から、１年が経ってしまった。<br>
自国民を虐殺するようなメチャクチャな政府が、まさか続くわけがない。<br>
世界が許すはずがない。<br>
そう思っていたのに。<br>
ミャンマー人の友人に、「ねぇ１年だよ。疲れない？」とボヤくと、こんな答えが返ってきた。<br>
「私も昨日、考えていたの。<br>
　この１年、私たちは何度も立ち上がり、声をあげて続けてきた。<br>
　たくさんの犠牲を払ってきた。でも変わらない。<br>
　この状態で１年…。<br>
　もう軍政を受け入れるべきなのかな？って考えてみた。<br>
　でも、ダメ。答えは絶対にNoだよ」<br>
他にもあなたみたいに、軍政を受け入れるべきか、と考えてみる人はいるの？<br>
「考えるだけなら、ほかにもいると思うよ。口には出さないからわからないけどね」<br>
たぶん、と彼女は言った。<br>
「もうダメだ、と思う人がいるとしたら、生活がギリギリの人たちだろうね。<br>
　生活が苦しいから、というだけじゃなくて、情報がないから」<br>
どういうこと？と聞くと、こんな説明が返ってきた。<br>
「日々スマホでSNSを見ているような人は、いろんなニュースを見るでしょう？<br>
　それで、PDFが軍との戦いを続けていることに励まされたり<br>
　軍のひどい行為を見て、絶対に許せないと思ったりする。<br>
　そういう支えがない人は、きっともっとネガティブになっていると思う」<br>
それから彼女は、きっぱりと言った。<br>
「だけど、少なくとも私たちは、諦めるわけにはいかない。<br>
　ここで何もせずに軍に従ったら、次の世代がかわいそうだもの。<br>
　私たちが、軍政下で育った最後の世代。必ずそうするからね」</p>

<div id="attachment_10708" style="width: 410px" class="wp-caption aligncenter"><a href="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/02/273400090_313393207494971_1309037174882159523_n.jpg"><img decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-10708" class="wp-image-10708" src="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/02/273400090_313393207494971_1309037174882159523_n.jpg" alt="" width="400" height="300" srcset="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/02/273400090_313393207494971_1309037174882159523_n.jpg 1280w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/02/273400090_313393207494971_1309037174882159523_n-300x225.jpg 300w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/02/273400090_313393207494971_1309037174882159523_n-1024x768.jpg 1024w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/02/273400090_313393207494971_1309037174882159523_n-768x576.jpg 768w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/02/273400090_313393207494971_1309037174882159523_n-280x210.jpg 280w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/02/273400090_313393207494971_1309037174882159523_n-150x112.jpg 150w" sizes="(max-width: 400px) 100vw, 400px" /></a><p id="caption-attachment-10708" class="wp-caption-text">サイレントストライキが始まる10時より前に、赤いペンキをぶちまけてデモをした若者たち。間違いなく普段より警戒が強まっている日に、こんな派手なパフォーマンスをするなんて。 無事で生き抜いて、民主化後の新しい社会で力を発揮できますように。（c) Myanmar Now</p></div> <div id="attachment_10707" style="width: 410px" class="wp-caption aligncenter"><a href="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/02/273271958_313413460826279_7247745053621333132_n.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-10707" class="wp-image-10707" src="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/02/273271958_313413460826279_7247745053621333132_n.jpg" alt="" width="400" height="267" srcset="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/02/273271958_313413460826279_7247745053621333132_n.jpg 810w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/02/273271958_313413460826279_7247745053621333132_n-300x200.jpg 300w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/02/273271958_313413460826279_7247745053621333132_n-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 400px) 100vw, 400px" /></a><p id="caption-attachment-10707" class="wp-caption-text">日雇いの「軍支持者」5000စား（ガータウンサー）たち。民主派の市民からの視線は冷たい。（c) Mizzima</p></div> <div id="attachment_10709" style="width: 410px" class="wp-caption aligncenter"><a href="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/02/273368839_313410550826570_1511730433772317670_n.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-10709" class="wp-image-10709" src="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/02/273368839_313410550826570_1511730433772317670_n.jpg" alt="" width="400" height="200" srcset="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/02/273368839_313410550826570_1511730433772317670_n.jpg 730w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/02/273368839_313410550826570_1511730433772317670_n-300x150.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 400px) 100vw, 400px" /></a><p id="caption-attachment-10709" class="wp-caption-text">「軍支持者」がミンアウンフライン（軍トップ）の肖像に縁起物の葉っぱ（「成功」の意味があり、市民側のデモでも使われた）を掲げている様子。なんというか、儀式的でわざとらしく見えるのは私だけだろうか。。（c) DVB</p></div> <div id="attachment_10710" style="width: 410px" class="wp-caption aligncenter"><a href="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/02/273303018_313397627494529_6082513534647000957_n.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-10710" class="wp-image-10710" src="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/02/273303018_313397627494529_6082513534647000957_n.jpg" alt="" width="400" height="400" srcset="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/02/273303018_313397627494529_6082513534647000957_n.jpg 1500w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/02/273303018_313397627494529_6082513534647000957_n-300x300.jpg 300w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/02/273303018_313397627494529_6082513534647000957_n-1024x1024.jpg 1024w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/02/273303018_313397627494529_6082513534647000957_n-150x150.jpg 150w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/02/273303018_313397627494529_6082513534647000957_n-768x768.jpg 768w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/02/273303018_313397627494529_6082513534647000957_n-60x60.jpg 60w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/02/273303018_313397627494529_6082513534647000957_n-120x120.jpg 120w" sizes="auto, (max-width: 400px) 100vw, 400px" /></a><p id="caption-attachment-10710" class="wp-caption-text">軍に動員される人々。（c) Moe MaKa Media/Telegram</p></div> <div id="attachment_10711" style="width: 323px" class="wp-caption aligncenter"><a href="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/02/273368293_313420347492257_2702496327245590242_n.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-10711" class="wp-image-10711" src="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/02/273368293_313420347492257_2702496327245590242_n.jpg" alt="" width="313" height="400" srcset="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/02/273368293_313420347492257_2702496327245590242_n.jpg 680w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/02/273368293_313420347492257_2702496327245590242_n-235x300.jpg 235w" sizes="auto, (max-width: 313px) 100vw, 313px" /></a><p id="caption-attachment-10711" class="wp-caption-text">２月１日にお店を開けざるを得なかった魚屋さん。密かに（？）３本指を掲げて、店は開けても従わないぞ、という大喜利的レジスタンス。（c) Ma Hnin Pwint/Twitter</p></div>

<p>&nbsp;</p><p>The post <a href="https://dotworld.press/myanmar_february_1st_silent_strike/">「２月１日のサイレントストライキ」</a> first appeared on <a href="https://dotworld.press">dotworld｜ドットワールド｜現地から見た「世界の姿」を知るニュースサイト</a>.</p><div class='yarpp yarpp-related yarpp-related-rss yarpp-related-none yarpp-template-list'>
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		<title>「クーデターから１年を迎えたヤンゴン」</title>
		<link>https://dotworld.press/myanmar_after_one_year_yangon/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[dotworld_admin]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 06 Feb 2022 02:44:06 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ミャンマー]]></category>
		<category><![CDATA[現地のリアル]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>【編集部注：】 クーデターの発生から２月１日で丸１年が経ったミャンマー。最大都市ヤンゴンでは、多くの店が軍からの命令で強制的に営業させられたものの、客の姿はなく、軍歌が街に流れていたようです。当日のヤンゴンの様子を伝える [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p>【編集部注：】</p>
<p>クーデターの発生から２月１日で丸１年が経ったミャンマー。最大都市ヤンゴンでは、多くの店が軍からの命令で強制的に営業させられたものの、客の姿はなく、軍歌が街に流れていたようです。当日のヤンゴンの様子を伝えるnoteの投稿を紹介しました。</p>

<div id="attachment_10716" style="width: 410px" class="wp-caption aligncenter"><a href="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/02/rectangle_large_type_2_fdc136a1720848e95b1d3bb21720e719.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-10716" class="wp-image-10716" src="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/02/rectangle_large_type_2_fdc136a1720848e95b1d3bb21720e719.jpeg" alt="" width="400" height="209" srcset="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/02/rectangle_large_type_2_fdc136a1720848e95b1d3bb21720e719.jpeg 1280w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/02/rectangle_large_type_2_fdc136a1720848e95b1d3bb21720e719-300x157.jpeg 300w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/02/rectangle_large_type_2_fdc136a1720848e95b1d3bb21720e719-1024x536.jpeg 1024w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/02/rectangle_large_type_2_fdc136a1720848e95b1d3bb21720e719-768x402.jpeg 768w" sizes="auto, (max-width: 400px) 100vw, 400px" /></a><p id="caption-attachment-10716" class="wp-caption-text">クーデターから１年の2022年２月１日。サイレントデモが行われたヤンゴンの街を走る警察車両（筆者撮影）</p></div>

<p>～　以下、noteの投稿より ～</p>
<p>　2021年２月１日の早朝、徹夜明けの私は軍がクーデターを起こしたことを知った。それからちょうど１年後の2022年２月１日、９時ちょうどに目覚まし時計で目覚めた。</p>
<p>　その日は、午前10時から午後４時までサイレントストライキ（沈黙のストライキ）が予定されていた。昨年12月10日に行われたサイレントストライキで最大都市ヤンゴンのダウンタウンを歩いて回った時は、どこもゴーストタウンになっていたが、今回はどうだろうか。様子を見るために、ストライキが始まった10時過ぎに出かけることにした。</p>
<p><span style="font-size: 18.6667px;"><b>役所から届いた書類</b></span></p>
<p>　まず、近くの小さなゼー（市場）に向かった。８割ほどの店が開いていたが、客の姿はまったくなく、店主たちが暇をもてあますように集まって話をしていた。顔なじみの店主に「今日は店を開けたんだね」と声をかけると、彼は苦笑しながら「しょうがないよ。こんなのが回ってきたんだ」と、１枚の紙を見せてくれた。</p>
<p>　役所から来たというA４サイズの紙には、「NUGやCRPH、その他のテロリスト集団が行おうとしているサイレントストライキに参加してはならない。もし参加した場合は、法に基づいて起訴され、動産、不動産を没収されることもある」と書かれていた。実際、数日前から何人もの商店主が逮捕されていた。多くは、Facebookなどに「２月１日は店を休む」などと書き込んだ人たちだ。こうした状況から、人々は急きょ、今回のサイレントストライキでは「商店は店を開けるが、人々は家から出ない」と、やり方を変えた。</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>客が消えた店</strong></span><br>
　ゼーを後にし、最寄りのショッピングモールへ向かった。モールの前に警察の車が止まり、数人の警官の姿があった。中はほぼすべての店が開いていたが、客はほとんどおらず、店員が暇そうにスマホをいじっていた。</p>
<p>　近くの繁華街も、大通り沿いでは店が８割がた開いていた。しかし、ショッピングモールと同様に、店員はいても客の姿はまったくなく、いるのは店主と店員ばかりという奇妙な光景だった。</p>
<p>　昨年12月10日に行われたサイレントストライキでは、交通量が普段の100分の１ほどに減り、ヤンゴン全体がゴーストタウンのようだった。それに比べれば、この日の交通量は普段の10分の１程度というところだろうか。もし、店を強制的に営業させていなかったら、前回と同様にゴーストタウンになっていたのではないかと思う。</p>
<p><strong><span style="font-size: 14pt;">厳重な警戒がしかれたヤンゴンの街</span></strong><br>
　ダウンタウンの中心部、スーレーパゴダに向かった。途中の市場では、銃を抱え、うつろな目をした兵士たち数人が２メートル幅の狭い通路の両側に向かい合って座っていた。一瞬、迂回しようかとも思ったが、避けるような行動をすれば逆に疑われると思い、そのまま直進した。銃を持った兵士の間を通る時は、さすがに緊張した。</p>
<p>　軍や警察の車両にも何度か遭遇した。ヤンゴンではここ２〜３カ月ほど、表面上、軍を見かけることは減っていた。PDFや民族軍と戦うために、多くの兵士がヤンゴンから地方へ移動したという話も聞いていた。しかしこの日は、どこにこんなに残っていたのかと思うほど多くの兵士を目にした。</p>
<p>　スーレーパゴダに到着した。近くにかかる歩道橋は絶好の撮影ポイントで、昨年12月のサイレントストライキの日もその上から撮影したため、この日もそうしたかったのだが、歩道橋の上には銃を持った警察官が数人立っており、警戒している様子がうかがえた。また、軍人や警察官が私服姿で紛れ込んでいるという話もよく耳にするため、周囲に気を配りながらこっそり写真を撮るしかできない。それも、一覧レフなどの大きなカメラは持っているだけで逮捕されるため、スマホが頼りだ。</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>スーレーパゴダに響く軍歌</strong></span><br>
　軍歌が聞こえてきた。スーレーパゴダの横にある公園の前に軍車両や拡声器を積んだトラックが止められ、軍歌はこの拡声器から流れていた。歌詞はビルマ語だが、メロディーは旧日本軍の軍歌のようだった。ミャンマー軍の軍歌には日本の軍歌がいくつか採用されていることはよく知られている。中でも、「軍艦マーチ」は有名だ。もっとも、この時流れていたのが日本の軍歌だったかどうかは、私には分からなかった。周囲には、一般市民の格好をした人々も20〜30人ほどいた。</p>
<p>　この日は、ここスーレーパゴダからタマダ映画館の前まで、軍のサポーターたちによるデモが予定されていたため、始まるのをしばらく待っていたが、そのうち拡声器を積んだトラックが発車し、軍歌を流しながら北の方へと走っていった。その様子は、まるで日本の右翼の街宣車のようだった。結局、私がその場を離れた12時過ぎに、軍を支持するデモが始まったと聞いた。参加者は100〜200人ぐらいいたようだ。</p>
<p>　軍にとってはクーデター１周年の記念日となった２月１日。この日にサイレントストライキを行うことなど、軍からすればとうてい許されることではなく、全力で阻止しようとした。しかし、できたのは店を強制的に営業させることと、軍歌を流すことだけだった。</p><p>The post <a href="https://dotworld.press/myanmar_after_one_year_yangon/">「クーデターから１年を迎えたヤンゴン」</a> first appeared on <a href="https://dotworld.press">dotworld｜ドットワールド｜現地から見た「世界の姿」を知るニュースサイト</a>.</p><div class='yarpp yarpp-related yarpp-related-rss yarpp-related-none yarpp-template-list'>
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		<title>「出口が見えない」</title>
		<link>https://dotworld.press/myanmar_one_year_from_the_coup/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[dotworld_admin]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 26 Jan 2022 02:01:01 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ミャンマー]]></category>
		<category><![CDATA[現地のリアル]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>【編集部注：】 ミャンマーのクーデターからまもなく１年が経とうとしています。表面上は元の生活が戻っている最大都市ヤンゴンで、「日常」を送りながら、自分たちの代わりに命を懸けて軍との戦いに身を投じたPDFに期待することに後 [&#8230;]</p>
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]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>【編集部注：】</p>
<p>ミャンマーのクーデターからまもなく１年が経とうとしています。表面上は元の生活が戻っている最大都市ヤンゴンで、「日常」を送りながら、自分たちの代わりに命を懸けて軍との戦いに身を投じたPDFに期待することに後ろめたさを抱く現地の若者たちの葛藤と、強まる一方の弾圧と監視へのやるせなさ、そして行き場のない怒りが伝わってくるFacebook投稿を紹介します。</p>
<p>～　以下、Facebook投稿より　～</p>

<div id="attachment_10631" style="width: 310px" class="wp-caption aligncenter"><a href="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272442661_306738161493809_3492818758311301112_n.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-10631" class="wp-image-10631" src="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272442661_306738161493809_3492818758311301112_n.jpg" alt="" width="300" height="400" srcset="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272442661_306738161493809_3492818758311301112_n.jpg 1536w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272442661_306738161493809_3492818758311301112_n-225x300.jpg 225w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272442661_306738161493809_3492818758311301112_n-768x1024.jpg 768w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272442661_306738161493809_3492818758311301112_n-1152x1536.jpg 1152w" sizes="auto, (max-width: 300px) 100vw, 300px" /></a><p id="caption-attachment-10631" class="wp-caption-text">タクシーの窓からふと外を見ると、スーチーさん率いるNLD党の支部。巨大なスーチーさんの姿を、思わず二度見した。 「アウンサンスーチー」と口にするだけでも声をひそめなければならなくなった街に、ひっそりと残る遺構のようだった（筆者撮影）</p></div>

<p>悪夢のクーデターから、もうすぐ１年。<br>
最近ミャンマーはどうですか、と聞かれると、言葉に詰まる。<br>
ヤンゴンは一見、すっかり元どおりだ。<br>
市場には色とりどりの野菜が並び、人々は冗談を言って笑い合っている。<br>
だけど一人ひとりの肩には、遠くから錘（おもり）を背負って歩いてきたかのように、疲労が蓄積している。<br>
同僚に、最近どう？と尋ねてみると「出口が見えない」と泣き笑いのような表情を浮かべた。<br>
＝＝＝<br>
出口がない。<br>
それは、日本人の間ではクーデターが起きた当初から言われていたことだ。<br>
でも周囲のミャンマー人たちからは、私はつい最近まで、そうしたネガティブな言葉を聞くことはなかった。<br>
もちろん彼らとてこの１年、出口に通じる道がハッキリ見えていたわけではないだろう。<br>
それでも「可能性のあることを全てやって、最後には必ず勝つ」と、いつも前向きに語っていた。<br>
そうして多くの人が１年間、膨大な時間とお金を費やし、時には命をかけて、必死に軍に抵抗してきたのだ。<br>
絶対にあの時代には戻らない、絶対に勝たなければならない、と。<br>
その結果、人々は何を得ただろう。<br>
約1500人が殺され、１万人以上が投獄された。<br>
数えきれないほどの人が失業したり、負傷したり、夢をあきらめたりした。<br>
それでも、軍は倒れない。<br>
それどころか、弾圧と監視はますます強くなる。<br>
トラックに乗せられた市民は炭になるまで燃やされ、<br>
デモ隊は轢き殺された。（しかも轢き殺した軍人は昇進した）<br>
町から制服を着た子どもの姿は消え、かわりに銃を手にした兵士が立っている。<br>
インターネットや電話の料金が上がり、停電が頻発し、犯罪が増えた。<br>
疲れるのが当たり前だ。<br>
＝＝＝<br>
「最近NUG*には、ちょっとガッカリしてるの」と、友人は口を尖らせて言った。<br>
（NUG＝軍政に対抗して立ち上がった民主派のオンライン政府）<br>
国際社会を動かせないから？と聞くと、うぅん、そうじゃなくて、と首を振る。<br>
「PDF*に、十分に武器が供給されていないみたいなの。<br>
　せっかく国境地帯に移動して軍事訓練を受けたのに、武器がなくて戦えないPDFがいるんだって」<br>
（PDF＝軍政に武力で対抗する、民主派の若者グループ）<br>
武器が入手できないPDFたちは、手作りの爆弾や銃で、国軍に挑む。<br>
時には暴発などで自損することもあると聞く。<br>
「NUGが何もしていないとは思わないよ。<br>
　だけどPDFのことを考えたら、何とかもっと頑張ってよ、と思っちゃう」<br>
彼女の気持ちはわかるけれど、お金や食料ならともかく、<br>
武器を、しかもある程度の量を戦闘地帯に運び込むのは、困難を極めるだろう。<br>
そうだねぇ、でも難しいんだろうねぇ。<br>
生返事をする私に、彼女は再び口を尖らせる。<br>
「攻撃されても戦えないから、仕方なく普通のひとたちと一緒に避難民になって逃げているPDFもいるの。<br>
　軍もそれを知ってるから、避難民を見るとその中にPDFがいるんじゃないかと疑って、避難民ごと攻撃したりする。<br>
　だからPDFと何の関係ない避難民も、軍から隠れてジャングルで暮らしたりしてるんだよ」<br>
国民を守ろうと戦うPDFの存在が、結果的に、守りたい人々の命を脅かしてしまう。<br>
このやるせない現状に対する憤りが、NUGに対する失望に形を変えているのだろう。<br>
隣で黙っていたもう一人の友人が、穏やかに口を開く。<br>
「それでもPDFとNUGは、僕たちの希望だ。<br>
　勝てる可能性は、そこにしかない」<br>
軍が自滅する可能性は？と聞くと<br>
「うーん、ほぼないだろうな。0.0001%かな」と彼は苦笑した。<br>
なぜ？と聞くと、彼は少し考えてからこう言った。<br>
「僕たちは軍政下を生きてきたから、それがどんなに起こり得ないことかがわかるんだ」<br>
＝＝＝<br>
PDFとNUG、寄付するとしたらどっち？と聞くと、二人とも「PDF」と即答した。<br>
「私たちだけじゃなくて、全体的にPDFに希望を託している人たちが多いと思う」<br>
そうか、PDFは本当にヒーローなんだね、と笑いかけると<br>
当然「うん」と頷くと思っていた彼女は、返事をせずに私の顔をじっと見つめ返した。<br>
「PDFには、申し訳ないと思ってる。<br>
　今私たちは、こうしてクーラーのきいた部屋で喋ってる。<br>
　夜には温かい布団で寝る。怪我をすれば病院に行く。<br>
　でも私たちが今こうしてる間も、PDFは命がけで戦っているの。<br>
　いくら応援したり、寄付したりしても、それが何なんだろう。<br>
　私は何も犠牲にしていない」<br>
彼女の目に、じわっと涙が浮かぶ。思わず視線をそらす。<br>
苦しいだろう。<br>
2011年、東日本大震災のあとの日本でも、そんな感情が渦巻いていたことを思い出す。<br>
圧倒的多数の、被災しなかった人々は、普通に生活を続けることに言いようのない罪悪感を抱えた。<br>
ましてミャンマーの場合は、自然災害からの復興ではない。<br>
ふつうの若者たちが、民主化を望む市民の祈りを背負って、命がけで軍隊に挑んでいるのだ。<br>
PDFに期待しながら、ヤンゴンで満ち足りた生活を続けることに、後ろめたさを感じるのは当たり前だろう。<br>
＝＝＝<br>
それでも地方からは、威勢のいいニュースが届き、人々を励ます。<br>
「PDFが国軍を完全に追い出したエリアもあるんだよ」<br>
そう教えてくれたのは、30歳くらいの青年だ。<br>
こうしたエリアは「解放地区」と呼ばれ、主にミャンマーの北部に位置している。<br>
クーデター後からクローズしていた学校や病院には、CDMの教師や医師などが戻ってきて、授業や診察を再開しているのだという。<br>
えっ、そんな情報が漏れたら、軍が反撃しにくるんじゃない？と心配する私に<br>
「具体的な地名は出ていないから大丈夫」と彼は誇らしげに言う。<br>
「前に、ミャウンという町でもPDFが軍を追い出したんだ。<br>
　でもその情報がSNSで広まってしまって、結局軍にやり返されてしまった。<br>
　だから今は、みんなどこに解放地区があるかは、公言しないようになったんだよ」<br>
今どのくらい解放地域があるかはわからないけれど、かなり盛り返していると思うんだ。<br>
彼はそう言ってニッコリと笑う。<br>
ヤンゴンはどう？と聞くと、彼は真顔に戻った。<br>
「ヤンゴンは、今はまだ様子見だよ」<br>
そして、Phyo Zayar Thaw（ピョーゼヤトー氏）を知っているか、と私に尋ねた。<br>
アウンサンスーチー率いるNLD党の議員だった人で、11月に逮捕された人だ。<br>
「ピョーゼヤトーは、ヤンゴンのPDF作戦を引っ張っていたリーダーだった。<br>
　NUGとも連携していた。軍はずっと彼を探していたんだ」<br>
彼によると、ピョーゼヤトー氏の逮捕は、ヤンゴンでの軍事作戦における大きな痛手だった。<br>
ヤンゴンのPDFが芋づる式に逮捕されないよう、一時的に身を隠さざるを得なくなったからだ。<br>
こういう話は、つい最近もあった。<br>
ヤンゴンPDFのリーダーなどがオンラインミーティングを開いたところ、<br>
翌日にそのうちの一人が捕まり、数日中にミーティング参加者の数人が連続して捕まったのだ。<br>
情報が漏れた可能性を恐れて、他のリーダーたちは身を隠しているのだという。<br>
「ヤンゴンでは警察の力が強いから、なかなか軍に反撃するフェーズに移れない」と、彼は表情を曇らせる。<br>
PDFはいつかネピトーにも侵攻し、ミンアウンフラインを権力から引きずり下ろすのだろうか。<br>
いまいちそのイメージができないんだけど…、と遠慮がちに問うと<br>
彼は「どこまでできるかどうかはともかく」と前置きして、こう言った。<br>
「NUGが国際的に認められるためには、『実効支配』している領土がないといけないんだ。<br>
　PDFが解放地域をどんどん広げていけば、『実効支配』と言える状況ができる。<br>
　そうしたら、国際社会ももっと認めてくれるかもしれない」<br>
そして、またニッコリと笑顔を見せながら、こう言った。<br>
「軍の力が強いいくつかの地域を島みたいに残して、<br>
　民主派の解放地域が、ミャンマー中に広がったらいいな」<br>
＝＝＝<br>
確かに現状は厳しく、みんな疲れ切っている。<br>
それでもミャンマーの人々には、<br>
どんな状況の中からも希望の光を捉え、明るい未来を信じる力がある。<br>
それはもしかしたら、PDFの攻撃に勝る武器なのかもしれないと思う。</p>

<div id="attachment_10632" style="width: 410px" class="wp-caption aligncenter"><a href="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272773423_306742591493366_4829659133724211615_n.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-10632" class="wp-image-10632" src="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272773423_306742591493366_4829659133724211615_n.jpg" alt="" width="400" height="298" srcset="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272773423_306742591493366_4829659133724211615_n.jpg 1752w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272773423_306742591493366_4829659133724211615_n-300x223.jpg 300w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272773423_306742591493366_4829659133724211615_n-1024x762.jpg 1024w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272773423_306742591493366_4829659133724211615_n-768x572.jpg 768w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272773423_306742591493366_4829659133724211615_n-1536x1143.jpg 1536w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272773423_306742591493366_4829659133724211615_n-280x210.jpg 280w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272773423_306742591493366_4829659133724211615_n-150x112.jpg 150w" sizes="auto, (max-width: 400px) 100vw, 400px" /></a><p id="caption-attachment-10632" class="wp-caption-text">国営紙に掲載された、PDFの組織図。 ヤンゴンでの作戦を率いていたというピョーゼヤトー氏は、左上から２番目。&nbsp; 彼は数日前に死刑を宣告された。 11月半ばに逮捕され（おそらく裁判もないまま）２ヶ月で死刑が決まる。あり得ないだろうと思うが、まだ逮捕されていない人にまで死刑が宣告されたりするのだから、軍政の思うがままなのだ。（三権分立は大事…。）&nbsp; 死刑宣告は、人々の革命へのモチベーションを下げるためだと言われているが、そんなことのために死刑を使わないでほしい。（c)Global New Lights of Myanmar</p></div> <div id="attachment_10633" style="width: 410px" class="wp-caption aligncenter"><a href="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272757735_306742621493363_8853501544102322486_n.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-10633" class="wp-image-10633" src="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272757735_306742621493363_8853501544102322486_n.jpg" alt="" width="400" height="267" srcset="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272757735_306742621493363_8853501544102322486_n.jpg 1840w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272757735_306742621493363_8853501544102322486_n-300x200.jpg 300w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272757735_306742621493363_8853501544102322486_n-1024x682.jpg 1024w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272757735_306742621493363_8853501544102322486_n-768x512.jpg 768w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272757735_306742621493363_8853501544102322486_n-1536x1023.jpg 1536w" sizes="auto, (max-width: 400px) 100vw, 400px" /></a><p id="caption-attachment-10633" class="wp-caption-text">チン州のPDF。チン州は山岳地帯で、ミャンマーでももっとも開発の遅れた地域の一つ。装備も人数も、とても国軍には敵わないけれど、地元民で組織されるPDFには地の利がある。地上戦だと敵わない国軍は、空爆でその辺りをいっぺんに焼く。そこで暮らす住民のことは、見えないらしい。（c) Myanmar Now</p></div> <div id="attachment_10634" style="width: 410px" class="wp-caption aligncenter"><a href="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272435394_306738518160440_4186986631885558449_n.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-10634" class="wp-image-10634" src="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272435394_306738518160440_4186986631885558449_n.jpg" alt="" width="400" height="225" srcset="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272435394_306738518160440_4186986631885558449_n.jpg 960w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272435394_306738518160440_4186986631885558449_n-300x169.jpg 300w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272435394_306738518160440_4186986631885558449_n-768x432.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 400px) 100vw, 400px" /></a><p id="caption-attachment-10634" class="wp-caption-text">カヤー州は、軍から執拗な攻撃を受けている。 さらにカヤー州に入る非常に限られたルートを軍が押さえているために、物資も運び込めない状況が続いている。&nbsp; 昨年だけですでに17万人が国内避難民となっていたが、今月、州都のロイコーだけでさらに６万人が避難民と化したという。 彼らに支援は届くだろうか。（c) Progressive voice/Twitter</p></div> <div id="attachment_10635" style="width: 410px" class="wp-caption aligncenter"><a href="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272786413_306734618160830_3141169355130180823_n.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-10635" class="wp-image-10635" src="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272786413_306734618160830_3141169355130180823_n.jpg" alt="" width="400" height="400" srcset="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272786413_306734618160830_3141169355130180823_n.jpg 1875w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272786413_306734618160830_3141169355130180823_n-300x300.jpg 300w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272786413_306734618160830_3141169355130180823_n-1024x1024.jpg 1024w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272786413_306734618160830_3141169355130180823_n-150x150.jpg 150w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272786413_306734618160830_3141169355130180823_n-768x768.jpg 768w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272786413_306734618160830_3141169355130180823_n-1536x1536.jpg 1536w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272786413_306734618160830_3141169355130180823_n-60x60.jpg 60w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272786413_306734618160830_3141169355130180823_n-120x120.jpg 120w" sizes="auto, (max-width: 400px) 100vw, 400px" /></a><p id="caption-attachment-10635" class="wp-caption-text">NUGも頑張っている、とNUGのMinistry of Humanitarian Affairs and Disaster Management（人道支援・災害マネジメント省）。 実際、武器だけでなく医薬品や食料なども、軍にチェックされて送り主が危険な目にあうこともあるので、支援は困難を極めている。 (c) Ministry of Humanitarian Affairs and Disaster Management/Twitter</p></div> <div id="attachment_10636" style="width: 410px" class="wp-caption aligncenter"><a href="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272678742_306734601494165_5424770261468533075_n.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-10636" class="wp-image-10636" src="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272678742_306734601494165_5424770261468533075_n.jpg" alt="" width="400" height="397" srcset="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272678742_306734601494165_5424770261468533075_n.jpg 1600w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272678742_306734601494165_5424770261468533075_n-300x297.jpg 300w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272678742_306734601494165_5424770261468533075_n-1024x1015.jpg 1024w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272678742_306734601494165_5424770261468533075_n-150x150.jpg 150w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272678742_306734601494165_5424770261468533075_n-768x761.jpg 768w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272678742_306734601494165_5424770261468533075_n-1536x1523.jpg 1536w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272678742_306734601494165_5424770261468533075_n-60x60.jpg 60w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272678742_306734601494165_5424770261468533075_n-120x120.jpg 120w" sizes="auto, (max-width: 400px) 100vw, 400px" /></a><p id="caption-attachment-10636" class="wp-caption-text">クーデターから、359日目。 あと１週間で、１年になってしまった。 昨年２月「私たちがCDMを粘り強く続ければ、早いうちに軍の統治は行き詰まるはず」と語ってたCDMerの姿を思い出す。 時間がかかってしまったね。（c) AAPP/Twitter</p></div> <div id="attachment_10637" style="width: 410px" class="wp-caption aligncenter"><a href="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272409622_306739524827006_178843525320351783_n.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-10637" class="wp-image-10637" src="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272409622_306739524827006_178843525320351783_n.jpg" alt="" width="400" height="303" srcset="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272409622_306739524827006_178843525320351783_n.jpg 1125w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272409622_306739524827006_178843525320351783_n-300x227.jpg 300w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272409622_306739524827006_178843525320351783_n-1024x776.jpg 1024w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272409622_306739524827006_178843525320351783_n-768x582.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 400px) 100vw, 400px" /></a><p id="caption-attachment-10637" class="wp-caption-text">Bamar（＝ビルマ族）優越主義を終わらせようと声をあげる、ビルマ族の姿。 公式に認められているだけでも135民族がいる超多民族国家ミャンマーでは、特定の民族に対する差別意識があり、過去にも問題になってきた。 クーデターに対する戦いが、この蔑視への課題意識を高め、今までになかった動きが起きている。&nbsp; (c) Sai Latt/Twitter</p></div> <div id="attachment_10638" style="width: 296px" class="wp-caption aligncenter"><a href="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272624982_306739528160339_6042666001352030999_n.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-10638" class="wp-image-10638" src="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272624982_306739528160339_6042666001352030999_n.jpg" alt="" width="286" height="400" srcset="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272624982_306739528160339_6042666001352030999_n.jpg 914w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272624982_306739528160339_6042666001352030999_n-214x300.jpg 214w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272624982_306739528160339_6042666001352030999_n-731x1024.jpg 731w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/272624982_306739528160339_6042666001352030999_n-768x1076.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 286px) 100vw, 286px" /></a><p id="caption-attachment-10638" class="wp-caption-text">２月１日には、クーデター後３回目の、サイレントストライキが計画されている。 国軍はこれに対抗して「その日に店を閉めた人を罰する」「拍手したら罰する」などと 相変わらずアンビリーバボーなアナウンスを出している。</p></div>

<p>&nbsp;</p><p>The post <a href="https://dotworld.press/myanmar_one_year_from_the_coup/">「出口が見えない」</a> first appeared on <a href="https://dotworld.press">dotworld｜ドットワールド｜現地から見た「世界の姿」を知るニュースサイト</a>.</p><div class='yarpp yarpp-related yarpp-related-rss yarpp-related-none yarpp-template-list'>
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		<title>「家族を守るためにサガインの村に戻る」</title>
		<link>https://dotworld.press/myanmar_sagaing_pdf/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[dotworld_admin]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 21 Jan 2022 12:29:15 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ミャンマー]]></category>
		<category><![CDATA[現地のリアル]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://dotworld.press/?p=10612</guid>

					<description><![CDATA[<p>　2021年２月１日にミャンマーでクーデターが発生して、間もなく１年になろうとしています。軍の弾圧と、それに対抗するPDFの闘いは今も続き、現地の状況に打開の兆しが見られない中、最大都市ヤンゴンの会社で働くザガイン出身の [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p>　2021年２月１日にミャンマーでクーデターが発生して、間もなく１年になろうとしています。軍の弾圧と、それに対抗するPDFの闘いは今も続き、現地の状況に打開の兆しが見られない中、最大都市ヤンゴンの会社で働くザガイン出身の若者の思いを伝えるnoteの投稿を紹介しました。</p>
<p>～　以下、noteの投稿より　～</p>

<div id="attachment_10613" style="width: 410px" class="wp-caption aligncenter"><a href="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/rectangle_large_type_2_4756e4c52dd2e758b25a663d8e143f84.jpeg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-10613" class="wp-image-10613" src="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/rectangle_large_type_2_4756e4c52dd2e758b25a663d8e143f84.jpeg" alt="" width="400" height="210" srcset="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/rectangle_large_type_2_4756e4c52dd2e758b25a663d8e143f84.jpeg 800w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/rectangle_large_type_2_4756e4c52dd2e758b25a663d8e143f84-300x157.jpeg 300w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/rectangle_large_type_2_4756e4c52dd2e758b25a663d8e143f84-768x402.jpeg 768w" sizes="auto, (max-width: 400px) 100vw, 400px" /></a><p id="caption-attachment-10613" class="wp-caption-text">（筆者撮影）</p></div>

<p>　「やつらは空からやってくるんだ。空から爆弾を降らせるから、村のみんなは逃げるしかない。PDF（人民防衛隊）も逃げるしかない。そして、その直後に30人くらいの先遣隊が村に入ってきて、村にPDFがいないか確認すると、200人ほどの本隊がやってくる。無人の村で、やつらはやりたい放題なんだ」</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>村は解放区となった</strong></span></p>
<p>　ネーリン（仮名）はヤンゴンのある会社で事務職として働く20代の青年だ。会社に入って数年になるが、少し前まで両親と兄弟が住む村に戻っていた。サガイン地方の故郷の村の周囲に昨年10月から軍がしばしば侵入するようになったと聞いた彼は、家族が心配でしばらく村に帰っていたのだ。</p>
<p>　彼が村に戻った頃は、村の周囲にいた軍は全て撤退し、村にも平和が戻っていた。近くの町には警察署や政府の行政機関もあったが、軍が撤退するとともに、警察官や政府の役人もいなくなった。残っていたのは、CDM（国民的不服従運動）で職場を離脱した一部の警察官と役人だけだった。</p>
<p>　軍が撤退すると、村や近くの町は、住民が自分たちで自治を行う、一種の「解放区」のようになった。思えば、最大都市ヤンゴンでも、デモが盛んだった昨年２月から３月には一部の地域で住民による自治が行われていた。住民を攻撃する軍から自分たちを守る必要があった上、警察も役所も機能していなかったためだ。短い期間とはいえ、防衛部門（自警団）、医療部門、財政部門などを揃えた、かなり本格的な自治だった。</p>
<p>　村が平和になったことを確認したネーリンは、再びヤンゴンに帰ってきた。会社の仕事があったし、彼が働かなければ弟や妹が大学で学ぶことができないからだ。</p>
<p>　ネーリンは、口数はそれほど多くないが、明るい青年だった。会社でも積極的に同僚と会話していた。もともとは政治や社会問題にそれほど興味があるわけではなく、スマホやゲームが好きな、日本にもよくいる普通の青年だった。しかし、2021年２月１日に起きた軍事クーデターによって、すべてが変わってしまった。</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>独立自尊の気風</strong></span></p>
<p>　彼の故郷があるサガイン地方は、古都マンダレーの北部に位置し、北はカチン州に接している。昔から独立自尊の気風が濃く、王朝時代には勇猛な戦士も数多く生まれた土地柄だ。</p>
<p>　クーデター後、カレン、カヤー、カチン、チンなど少数民族の地域では、早くから軍と武力衝突が始まった。これらの地域は昔からKNU（カレン民族同盟）やKIA（カチン独立軍）などの民族軍が政府軍と戦っており、戦争に慣れているのに対し、サガインには民族軍がなく、ビルマ人（族）が多く住んでいるにも関わらず、ビルマ人主体の軍と激しい衝突が起きたのだ。</p>
<p>　ザガイン地域ではもともと軍を支持する人々は非常に少なかった。2020年11月に実施された総選挙でも、軍の傀儡政党であるUSDP（連邦団結発展党）に投票したのは、住民の１%程度だったのではないかとネーリンは言う。一般的に、ビルマ人（族）の中には家族や親戚の中に軍人がいる人が多い。しかし、彼の故郷では、軍に入る人が昔から少なく、家族や親戚に軍関係者がいる人も少数派なのだ。</p>
<p>　ネーリンの故郷の村の周囲には数十の村があるのだが、ほとんどの村にPDFがいるという。多くは20代前半の若者たちだ。また、KIA（カチン独立軍）の兵士も友軍として集まっている。こうしたPDFやKIAは、村人から食糧などの支援を受けている。</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>軍が村人を殺す理由</strong></span></p>
<p>　軍は、それまで経験したことのないPDFとの戦いに苦戦している。少数民族地域だけでなく、ビルマ人（族）が多数を占める多くの地方でも、地元の若者たちが武装蜂起したのだ。しかし、彼らは貧弱な武器しかなく、経験も乏しい。当初、圧倒的な兵力を持つ軍はPDFをすぐに制圧するだろうと思われていたし、筆者もそう思っていた。しかし、違った。</p>
<p>　侵入してくる軍に対し、PDFは地の利を生かした待ち伏せ攻撃によって、軍に多大な損害を与えた。また、自分たちの家族や友を守るために自ら死地に飛び込んで戦うPDFを前に、軍は明らかに戦意を喪失していた。実際、PDFの攻撃に遭うと、兵士はすぐに逃げるのだ。兵士たちの多くは軍内部で洗脳され、軍の正当性を信じていたが、戦いの現実を目の当たりにして真実を知った者も多かった。</p>
<p>　地上戦でPDFや民族軍の攻撃に耐えられなくなった軍は、空からの攻撃と大砲などの重火器を使用するようになった。軍はいまや、この二つの支援がなければ、地上では戦えない。</p>
<p>　そして軍は、今まで少数民族地域で行ってきた戦略を実行するようになった。PDFの勢力が強い地域の村や町を襲い、徹底的に住民を叩くのだ。「PDFの味方をすると殺すぞ」と脅すのだ。こうして軍は、恐怖によってPDFと住民を分断しようとしたのだ。「Four Cuts」 と呼ばれる、いわゆる分断戦略である。しかし、軍が住民を攻撃すればするほど軍への憎悪は高まり、より多くの若者たちが武器を取り、住民も積極的に彼らを助けるようになった。</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>空からやってきた</strong></span></p>
<p>　一度は軍が撤退し、平和が戻ってきたかのように思われたネーリンの村も、12月に入るときな臭くなってきた。いったん撤退した軍が、またやってきたのだ。それも今度は空からヘリコプターで兵士を運んできたのだ。以前はトラックに乗ってきていたが、多くのトラックがPDFによって爆破され、兵士が多数死んだため、兵士も物資も空輸するようになったのだ。補給の食料も空からくるという。</p>
<p>　こうして、冒頭で紹介した通り、軍が空から村に侵入するようになった。いったん村に入ると、彼らは金目のものをすべて持ち去るという。豚や鶏も、彼らの胃袋の中に入る。もはや軍隊ではなく、盗賊だ。もっとも、ある意味、 &#8220;Four Cuts&#8221; 戦略を忠実に実行していると言えるのかもしれない。</p>
<p>　軍は、ネーリンの故郷の村の近くまで来ている。いつ、彼の村にも来るか分からない。軍が来れば、村人は逃げるしかない。逃げ遅れ、軍に見つかれば殺されてしまうからだ。他の地方では、集団で焼き殺された事件も報告されている。</p>
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		<title>「Happy “Federal” New Year」</title>
		<link>https://dotworld.press/myanmar_happy_federal_new_year/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[dotworld_admin]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 08 Jan 2022 00:35:53 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ミャンマー]]></category>
		<category><![CDATA[現地のリアル]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>【編集部注：】 2022年１月１日。クーデターから11カ月が経過したミャンマーで、人々は新しい「連邦国家」の新年を祝うHappy “Federal” New Yearという言葉で、革命への決意を新たにしたそうです。負傷者 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p>【編集部注：】</p>
<p>2022年１月１日。クーデターから11カ月が経過したミャンマーで、人々は新しい「連邦国家」の新年を祝うHappy “Federal” New Yearという言葉で、革命への決意を新たにしたそうです。負傷者や死者の数では表せない、確実に変わり、崩壊しつつある社会システムの様子と、諦めずしなやかに生きようとする市民の姿を綴ったFacebook投稿を紹介しました。</p>
<p>～　以下、Facebook投稿より　～</p>

<div id="attachment_10521" style="width: 410px" class="wp-caption aligncenter"><a href="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/271640004_295768492590776_4508706205450804198_n.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-10521" class="wp-image-10521" src="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/271640004_295768492590776_4508706205450804198_n.jpg" alt="" width="400" height="283" srcset="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/271640004_295768492590776_4508706205450804198_n.jpg 960w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/271640004_295768492590776_4508706205450804198_n-300x212.jpg 300w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/271640004_295768492590776_4508706205450804198_n-768x542.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 400px) 100vw, 400px" /></a><p id="caption-attachment-10521" class="wp-caption-text">FEDERAL DEMOCRACY NEW YEAR （連邦制 民主主義 の 新年）の年賀イラスト。 Facebook上で拡散された、希望のメッセージ。 反軍政の決意を感じる素敵なデザインだけど、今年限りでありますように。 （Facebookより）</p></div>

<p>「Happy New Year！」とは、誰も言わなかった。<br>
恒例の打ち上げ花火も、爆竹の音もなかった。<br>
１月１日になった瞬間、「おめでとう」の代わりに響いたのは<br>
『革命を成功させるぞ！』という数回のシュプレヒコール。<br>
ほんの数分、ヤンゴン中の至る場所で鳴り響いた叫び声は、<br>
警察が駆けつけてくる前に、すぐに静まった。<br>
…とはいえ、実はうちの周辺では<br>
２時間も前から、０時を待ちきれない子どもたちが何度もシュプレヒコールの練習をしていて<br>
その上、かわいい声で革命の歌まで歌ったりするものだから、<br>
微笑ましいやらハラハラするやら、私は落ち着かない大晦日を過ごしたのだった。<br>
スマホには、ミャンマー人の友達から新年のメッセージが届く。<br>
今年の挨拶は「Happy “Federal” New Year！」<br>
「Federal＝連邦制」の新年を祝う、今年流行りの挨拶らしい。<br>
なるほど、軍事クーデターや市民の虐殺など最悪のことが続いて、決してHAPPYな新年ではないけれど<br>
そのクーデターの反発として生まれた新しい連邦国家(*)の新年、と考えれば、笑顔で新しい１年を迎えられる。<br>
(*) クーデターのあと、軍事政権に対抗して立ち上がった民主派の政府が目指すのが「連邦国家」の建設。<br>
これまで国軍に抑圧されてきた少数民族にある程度の自治権を認めようというもの。<br>
＝＝＝<br>
「日本の会社で、働き手を探している人はいない？」<br>
新年早々、近所の大学生にそう尋ねられた。<br>
彼は田舎の出身で、大学に通うためにヤンゴンの叔母さんの家に下宿している。<br>
「うーん、今は日本人も少ないからなぁ」と言葉を濁すと<br>
「そうだよね、聞いてみただけなんだ」と彼はカラッと返事をした。<br>
「今まで僕の日本語の教科書はNARUTO（アニメ）だったけど、今度こそ本格的に日本語を勉強しようと思ってるんだ。まずはN５だよ」<br>
エヌゴ、とカタカナ発音をしてみせ、彼はにっこり笑う。<br>
「今のミャンマーには良い未来はないから、日本に行こうと思って」<br>
2021年２月にクーデターが起きたとき、彼は大学４年生だった。<br>
もう卒論も提出していて、あとは口頭諮問と卒業証書を待つだけの身だったという。<br>
「先生もCDMでいなくなったんだ。<br>
今は軍が大学を再開しようとしているけど、行く気がしないな。<br>
叔母さんも、僕が大学に戻れば軍の罠にはめられて逮捕される、って心配してるし」<br>
思わず神妙な顔になった私に気付かず、オハヨウ、タダイマ、ヤッター、と<br>
知りうる限りの日本語を並べる彼の、うれしそうな顔が救いだった。<br>
ミャンマーのために命がけで武器をとる若者もいる。<br>
ミャンマーはもうダメだと、外国を目指す若者もいる。<br>
どちらか片方が正しいわけではなく、それらは矛盾なく共存しているように見える。<br>
きっとそのどちらもが、未来への希望だからだろう。<br>
どんな苦境に立たされても、嘆くばかりではなく<br>
しなやかに前向きに生き抜くメンタリティー。<br>
すごいなぁと妙に感動してしまう。<br>
＝＝＝<br>
CDM（軍政に不服従を示す、公務員のストライキ）のために保健省を解雇された友人の医師に会った。<br>
クーデター以降収入がない彼女は、両親の家に身を寄せながら職を探しているが、<br>
就職先は全く見つからないという。<br>
「たとえ自分の専門ド真ん中の求人があっても、書類選考さえ通らない。<br>
　前職を『１月31日で退職』しているというのは、そういうことだもの」<br>
CDMによって解雇された反軍政派を雇うのは、病院や組織にとってはリスクであるらしい。<br>
あるいはそこに軍支持派がいれば、雇われる可能性はもちろん低い。<br>
それでも、自分たちの世代はまだいいのだ、と彼女は言う。<br>
「かわいそうなのは、まだ卒業して間もない医師たちだよ。<br>
　病院で患者さんを診る機会もなく、専門医の資格もとれず、留学のチャンスも奪われてしまった。<br>
　私はこの民主化された５年間で、奨学金をもらって大学院に行けた。恵まれていると思うよ」<br>
＝＝＝<br>
そんなかわいそうな若手医師に対して、NUG（民主派の政府）は研修を始めている。<br>
上限1000人のオンライン研修だ。定員オーバーで入れなかった人も多いという。<br>
おもしろいのは、受講者の中に軍政側のNon-CDMの医師も参加していること。<br>
Zoomで名前や顔がわかるため「なんでこいつが？」という人の存在がすぐにバレて、<br>
スクリーンショットが拡散されているそうだ。<br>
その人たちも勉強したいの？それともスパイなの？と聞くと、友人は「さぁね」と苦笑した。<br>
「わからないけど、Zoomのプライベートメッセージ機能で、Non-CDMの元同僚からメッセージを受け取った人はいるみたいだよ。<br>
『患者さんが待っているから戻ってきて』っていうメッセージだ。<br>
あっち側の人たちはいつもそう言うんだよ」<br>
軍政側は、公務員たちに「解雇するぞ」「逮捕するぞ」と脅しつけてきた一方で、<br>
情に訴えて懐柔しようとするのだという。<br>
「こんな考え方もある」と、横にいた別の友人が口を挟む。<br>
「あいつらは、自分がNon-CDMだということを隠したいんだと思う。<br>
　つまりNUGの研修に出るのはカムフラージュだ」<br>
え、CDMに参加したフリをしているってこと？<br>
「うん、そういう人はけっこういるんだよ。<br>
　例えば、CDMをやめて職場に戻ったあとも、ドラマチックなCDMのストーリーを練り上げて、自分の体験談としてFacebookに投稿したりね。<br>
　彼らは民主派からのソーシャルパニッシュメントを怖がっているんだ」<br>
「そういえばMytel（軍系企業の１つ）で働いている親戚も、勤務先を隠しているよ。<br>
　絶対に会社のユニフォームを着たまま外に出ないし、行き帰りも少し離れたバス停からバスに乗ってる」<br>
反軍政を掲げれば、軍に捕まる。<br>
かといって軍政側につくと、社会的に孤立する。<br>
だから人々は表面上おとなしく過ごし、何食わぬ顔で生活をしている。<br>
少なくとも外国人の私には、そう見える。<br>
そして、ひとたびサイレントストライキやお正月のシュプレヒコールが呼びかけられると<br>
驚くほどの人数が、水面下に隠していた団結力を発揮するのだ。<br>
＝＝＝<br>
さて、医療者不足に悩む軍政は、なんとか人材を確保しようとあの手この手を繰り出している。<br>
まず、医大に入るためのハードルをぐっと下げた。<br>
ミャンマーでは高校の卒業試験のスコアによって、選べる学部が決まるシステムだ。<br>
この試験で最高レベルの得点をとれなければ、医学部に入ることはできない。<br>
「クーデター以前は、すべての教科で高得点をとらなければ、医師にはなれなかった。<br>
　でも軍政府は、英語と生物と物理の３科目だけ良い点を取ればいい、というルールに変えたの」<br>
医師の友人たちは、勘弁してよ、と呆れたように笑う。<br>
「医学はとても難しいし、人の命を預かる責任ある仕事だよ。<br>
　そんな基準で、うまくいくわけがない。<br>
　この国の医学のレベルはまた下がってしまうよ」<br>
「きっと来年からこの３科目しか勉強しない大学生が増えると思うよ」<br>
＝＝＝<br>
見えないところで、静かに変わりゆくミャンマー。<br>
死者や負傷者の数だけでは表せない、未来へと引き継がれる負の遺産。<br>
それでも同僚はこう言って笑う。<br>
「今年こそ民主主義を取り戻すぞ。最後は僕らが勝つんだ」<br>
その言葉に頷きながら、心の中で３本指を立てる。<br>
クーデター以来、軍政を相手に圧倒的に不利な形勢は変わらない。</p>
<p>それでも2022年も、彼らを信じ、彼らとともに在りたいと思う。<br>
今年もよろしくお願いします。</p>

<div id="attachment_10522" style="width: 410px" class="wp-caption aligncenter"><a href="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/270735701_295765832591042_4897950284498032645_n.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-10522" class="wp-image-10522" src="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/270735701_295765832591042_4897950284498032645_n.jpg" alt="" width="400" height="300" srcset="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/270735701_295765832591042_4897950284498032645_n.jpg 2048w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/270735701_295765832591042_4897950284498032645_n-300x225.jpg 300w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/270735701_295765832591042_4897950284498032645_n-1024x768.jpg 1024w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/270735701_295765832591042_4897950284498032645_n-768x576.jpg 768w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/270735701_295765832591042_4897950284498032645_n-1536x1152.jpg 1536w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/270735701_295765832591042_4897950284498032645_n-280x210.jpg 280w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/270735701_295765832591042_4897950284498032645_n-150x112.jpg 150w" sizes="auto, (max-width: 400px) 100vw, 400px" /></a><p id="caption-attachment-10522" class="wp-caption-text">１年のはじまりの朝日＠ヤンゴン（c) 筆者撮影</p></div> <div id="attachment_10523" style="width: 410px" class="wp-caption aligncenter"><a href="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/271214271_295764819257810_8137593842073540349_n.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-10523" class="wp-image-10523" src="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/271214271_295764819257810_8137593842073540349_n.jpg" alt="" width="400" height="237" srcset="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/271214271_295764819257810_8137593842073540349_n.jpg 1600w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/271214271_295764819257810_8137593842073540349_n-300x178.jpg 300w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/271214271_295764819257810_8137593842073540349_n-1024x606.jpg 1024w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/271214271_295764819257810_8137593842073540349_n-768x455.jpg 768w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/271214271_295764819257810_8137593842073540349_n-1536x909.jpg 1536w" sizes="auto, (max-width: 400px) 100vw, 400px" /></a><p id="caption-attachment-10523" class="wp-caption-text">年明けに、ASEANの議長国となったカンボジアから、フンセン首相がやってきた。クーデター後初めての「首脳会談」だ。 フンセン首相は、民主派を弾圧して40年近い独裁政治体制を築いている人で、中国との関係も近い。 人々は当然フンセンを拒否。 カンボジア大使館前では爆発物が破裂し、厳戒態勢が敷かれた。 （c)Khit Thit Media</p></div> <div id="attachment_10524" style="width: 410px" class="wp-caption aligncenter"><a href="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/269815221_295765212591104_8644409823179706723_n.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-10524" class="wp-image-10524" src="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/269815221_295765212591104_8644409823179706723_n.jpg" alt="" width="400" height="225" srcset="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/269815221_295765212591104_8644409823179706723_n.jpg 2048w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/269815221_295765212591104_8644409823179706723_n-300x169.jpg 300w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/269815221_295765212591104_8644409823179706723_n-1024x577.jpg 1024w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/269815221_295765212591104_8644409823179706723_n-768x432.jpg 768w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/269815221_295765212591104_8644409823179706723_n-1536x865.jpg 1536w" sizes="auto, (max-width: 400px) 100vw, 400px" /></a><p id="caption-attachment-10524" class="wp-caption-text">クーデターから季節が一周し、再び乾季となった大地の上で、今日も民主派のデモが続く。あれから11カ月、人々の気持ちは揺らがない。 （c)Khit Thit Media</p></div> <div id="attachment_10525" style="width: 310px" class="wp-caption aligncenter"><a href="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/270682678_295764632591162_1707076915667163797_n.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-10525" class="wp-image-10525" src="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/270682678_295764632591162_1707076915667163797_n.jpg" alt="" width="300" height="400" srcset="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/270682678_295764632591162_1707076915667163797_n.jpg 720w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/270682678_295764632591162_1707076915667163797_n-225x300.jpg 225w" sizes="auto, (max-width: 300px) 100vw, 300px" /></a><p id="caption-attachment-10525" class="wp-caption-text">３本指を掲げているかと思いきや、４本指！ 惜しい、１本多い。笑（c)Khit Thit Media</p></div> <div id="attachment_10526" style="width: 310px" class="wp-caption aligncenter"><a href="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/271588917_295768482590777_7992490169533758280_n.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-10526" class="wp-image-10526" src="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/271588917_295768482590777_7992490169533758280_n.jpg" alt="" width="300" height="400" srcset="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/271588917_295768482590777_7992490169533758280_n.jpg 526w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/271588917_295768482590777_7992490169533758280_n-225x300.jpg 225w" sizes="auto, (max-width: 300px) 100vw, 300px" /></a><p id="caption-attachment-10526" class="wp-caption-text">1月1日、インセイン刑務所の政治犯から外部に出された「監獄からの手紙」。 　 ーーー 私たちの革命は成功すると私は信じています。 最後まで戦ってください。 「革命は成功させなければならない」 ーーー 　 以下の「ミャンマー語の投稿を日本語で発信」というページに、全訳が掲載されている。 https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=2151646481655295&amp;id=1342131755940109</p></div> <div id="attachment_10527" style="width: 410px" class="wp-caption aligncenter"><a href="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/271134500_295764925924466_4646672954317096455_n.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-10527" class="wp-image-10527" src="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/271134500_295764925924466_4646672954317096455_n.jpg" alt="" width="400" height="300" srcset="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/271134500_295764925924466_4646672954317096455_n.jpg 1600w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/271134500_295764925924466_4646672954317096455_n-300x225.jpg 300w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/271134500_295764925924466_4646672954317096455_n-1024x768.jpg 1024w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/271134500_295764925924466_4646672954317096455_n-768x576.jpg 768w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/271134500_295764925924466_4646672954317096455_n-1536x1152.jpg 1536w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/271134500_295764925924466_4646672954317096455_n-280x210.jpg 280w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/271134500_295764925924466_4646672954317096455_n-150x112.jpg 150w" sizes="auto, (max-width: 400px) 100vw, 400px" /></a><p id="caption-attachment-10527" class="wp-caption-text">朝の托鉢は続いている。 神も仏もない、と言いたくなるような１年だったけれど、クーデター後も変わらないものがある、ということに支えられた人もいたのかもしれない。 　 （c) Cape Diamond / Twitter</p></div><p>The post <a href="https://dotworld.press/myanmar_happy_federal_new_year/">「Happy “Federal” New Year」</a> first appeared on <a href="https://dotworld.press">dotworld｜ドットワールド｜現地から見た「世界の姿」を知るニュースサイト</a>.</p><div class='yarpp yarpp-related yarpp-related-rss yarpp-related-none 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		<title>「功徳を売る少年と妹」</title>
		<link>https://dotworld.press/myanmar_boy_pious_act/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[dotworld_admin]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 02 Jan 2022 03:49:40 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ミャンマー]]></category>
		<category><![CDATA[現地のリアル]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://dotworld.press/?p=10437</guid>

					<description><![CDATA[<p>【編集部注：】 功徳を積み、悟りへ近づくことを重視する敬虔な仏教徒が多いミャンマー。クーデター後は、特に功徳の機会を求める人々が増えたといいます。そんな中、ヤンゴン在住の筆者は、スズメに米を与えるための稲穂を売って家計を [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p>【編集部注：】</p>
<p>功徳を積み、悟りへ近づくことを重視する敬虔な仏教徒が多いミャンマー。クーデター後は、特に功徳の機会を求める人々が増えたといいます。そんな中、ヤンゴン在住の筆者は、スズメに米を与えるための稲穂を売って家計を支える少年と出会いました。少年との会話から透けて見える現地の暮らしを綴ったnoteの投稿を紹介します。</p>
<p>～　以下、noteの投稿より　～</p>

<div id="attachment_10438" style="width: 410px" class="wp-caption aligncenter"><a href="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/rectangle_large_type_2_3ea2103a77ddd1471b0bbd42f50b3574.png"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-10438" class="wp-image-10438" src="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/rectangle_large_type_2_3ea2103a77ddd1471b0bbd42f50b3574.png" alt="" width="400" height="210" srcset="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/rectangle_large_type_2_3ea2103a77ddd1471b0bbd42f50b3574.png 800w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/rectangle_large_type_2_3ea2103a77ddd1471b0bbd42f50b3574-300x157.png 300w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2022/01/rectangle_large_type_2_3ea2103a77ddd1471b0bbd42f50b3574-768x402.png 768w" sizes="auto, (max-width: 400px) 100vw, 400px" /></a><p id="caption-attachment-10438" class="wp-caption-text">（筆者撮影）</p></div>

<p>　ミャンマーでも12月は日が短かい。午後４時になると黄昏の気配が忍び寄ってくる。外から子どもの物売りの声が聞こえたきた。聞き慣れない声だったので窓の外を見ると、ちっちゃな子どもが二人、頭にかごを載せて売り口上を唱えていた。彼らの言葉は私にはうまく聞き取れなかったが、頭のかごをよく見ると稲穂の束が並んでいた。</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>稲穂とスズメと功徳</strong></span><br>
　この稲穂は人が食べるためではない、スズメが食べるためだ。今の時期、家の軒先や木の枝などに稲穂がぶら下げられているのをよく見る。スズメは米を食べて満腹を得て、人は米を与えることで功徳を得るというわけだ。コロナ以降、特にクーデター以降はこの稲穂を売る人たちが増えた。</p>
<p>　家には数日前に買った稲穂があったので買う気はなかったのだが、ちっちゃな子どもが張り上げている声につい心を動かされてしまった。妻が財布を持って階下に降りていった。８本束ねたものが1000チャット（約65円）だった。上から見ていると、どうも子どもたちは裸足だった。道端に座り込んだ子どもたちは今日も長い距離を売り歩いたに違いない。家にあったサンダルをあげることにした。</p>
<p>　サンダルをあげると喜んでいたが、どうもお兄ちゃんの様子がおかしい。ちゃんと歩けないのだ。聞くと、裸足で歩いていたので棘が刺さったというのだ。私は、家で足を見てあげると言った。</p>
<p>　「これから残りを全部売らなきゃいけないし、バスの時間もあるし・・・」<br>
　「わかった、全部買おう」</p>
<p>　残った稲穂をすべて買い取り、お兄ちゃんの足に刺さった棘を家で抜いてあげることにした。</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>兄と共に家族を支える</strong></span><br>
　二人は怖かったのか、なかなか家に入ろうとしなかった。もじもじする彼らを家に上げると、まず、お兄ちゃんを浴室に連れていき、自分で足をきれいに洗ってもらった。彼の足を見ると、ちょうどかかとの皮膚の厚い部分に棘が刺さっていた。ピンセットで抜こうとしたが、棘の頭がなかなかつかめない。それではと、縫い針で棘の頭を出そうとすると痛いのを我慢してか、かすかに声を漏らした。ほどなく棘はスルッと抜けた。ヨードチンキで消毒し、プラスター（バンドエイド）を貼った。お兄ちゃんはまだ緊張がとけない様子だが、棘が抜けて多少は安心したようだ。</p>
<p>　お兄ちゃんの名前はマウンマウン（仮名）、12歳だという。ミャンマーでは生まれたときは０歳ではなく１歳と数える。マウンマウンは日本でいえば11歳、小学校5年生だ。だが、彼は一度も学校に行ったことがない。<br>
　「文字の読み書きができないんだ」<br>
と、それまで気張って話をしていた彼が急に小さくつぶやいた。妹の年齢を聞くと、<br>
　「お母さんは知っているけど僕はわからない」<br>
と言う。見たところ、日本では小学校に上がる前の5歳くらいだろうか。</p>
<p>　彼らの父親は妹が生まれてすぐに亡くなった。酒飲みだったらしい。酒飲みは大嫌いだと、マウンマウンはそれまでと違って強い調子で言った。それ以上詳しいことは聞かなかったが、酔っ払った父親から暴力を振るわれたのかもしれない。母親は糖尿病で歩くことも大変だ。家族の食事を作る程度しかできないので、近所の人たちからいろいろと助けてもらっている。</p>
<p>　マウンマウンには他にも兄弟がいる。年の離れた兄と姉は結婚して家を出た。二人とも今は音信不通になってしまった。すぐ上の兄はひとつ上の13歳で、マウンマウンと同じように稲穂売りをしている。この兄とマウンマウンは家族の生活を背負っていたのだ。</p>
<p>　マウンマウンが稲穂売りを始めてかなり経つ。前はモウンペットウッ（ミャンマーの蒸し菓子）を売っていたが、周りから稲穂売りのほうがいいと言われて商売替えをした。たしかに、食べ物だと売れ残ると廃棄するか自分たちで食べるしかないが、稲穂だと何日でも保存できる。</p>
<p>　商売はまあまあだ。毎朝、稲穂を１万5000チャット（約970円）分仕入れる。１セットの仕入れ値が700チャット（約45円）になる稲穂を1000チャット（約65円）で売るのだ。全部売れると6300チャット（約410円）ほどの儲けとなる。全部売り歩くのは大変だが、３日に一度くらい、残っている稲穂を全部買い取る人がいるという。小さな子どもが苦労しているのを見ると助けたいと思うのが人情だろう。</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>破壊された家</strong></span><br>
　マウンマウンは、毎朝、ヤンゴン西部にあるフラインタヤーからバスでヤンゴン中心部にやってくる。彼の家族はチュージョーと呼ばれる場所に住んでいた。チュージョーとは不法占拠の場所で、道路沿いなどの政府の土地に勝手に家を建てたところを言う。バラック小屋ばかりなのでスラム街である。ここには、貧しい人たちが住んでいるのだが、エーヤワディー地域からやってきた人が多い。2008年にミャンマーで10万人以上の死者を出した巨大サイクロン、ナルギスの被害が最も多かったのがデルタ地帯のエーヤワディー地域だったからだ。村自体が消滅し、流民としてヤンゴンに来た彼らが住めるところはチュージョーしかなかった。</p>
<p>　マウンマウンの家もこのチュージョーにあったのだが、数日前に軍によって壊されてしまった。チュージョーには軍への抵抗組織であるPDF（People&#8217;s Defence Force / 人民防衛隊）の若者たちが隠れているというのを口実に、軍は全てのチュージョーを重機で破壊して回っているのだ。家を失ったマウンマウンの家族は母の知り合いの家に世話になっている。</p>
<p>　ここまでマウンマウンは大人びた口調で静かに話してくれた。私が彼くらいの年ではこんなにちゃんと話をできかった。見知らぬ大人を前にして固まっていただろう。</p>
<p>　「帰らなきゃ」<br>
　ここからフラインタヤーはちょっと遠い。バスで１時間以上かかる。マウンマウンは妹の荷物も持ち二人は階段を降りていった。タッター（バイバイ）と後ろから声をかけると、二人は恥ずかしそうに小さな声でタッターと返した。マウンマウンは最後にようやく子どもらしい表情を見せた。</p><p>The post <a href="https://dotworld.press/myanmar_boy_pious_act/">「功徳を売る少年と妹」</a> first appeared on <a href="https://dotworld.press">dotworld｜ドットワールド｜現地から見た「世界の姿」を知るニュースサイト</a>.</p><div class='yarpp yarpp-related yarpp-related-rss yarpp-related-none yarpp-template-list'>
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		<title>「自分と子どもたちの未来のための戦い」</title>
		<link>https://dotworld.press/myanmar_struggle_for_future/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[dotworld_admin]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 26 Dec 2021 18:27:42 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ミャンマー]]></category>
		<category><![CDATA[現地のリアル]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://dotworld.press/?p=10396</guid>

					<description><![CDATA[<p>【編集部注：】 12月に入ってから、地方で軍による市民への攻撃が残虐さを増しているミャンマー。 そんな中、「軍政は絶対に受け入れられない」との思いを一層強固にし、断固、闘う意思を固めている人々の様子を伝えるFaceboo [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p>【編集部注：】</p>
<p>12月に入ってから、地方で軍による市民への攻撃が残虐さを増しているミャンマー。</p>
<p>そんな中、「軍政は絶対に受け入れられない」との思いを一層強固にし、断固、闘う意思を固めている人々の様子を伝えるFacebook投稿を紹介しました。</p>
<p>～　以下、Facebook投稿より　～</p>

<div id="attachment_10397" style="width: 410px" class="wp-caption aligncenter"><a href="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2021/12/270041110_288337740000518_9141750883900659236_n-1.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-10397" class="wp-image-10397" src="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2021/12/270041110_288337740000518_9141750883900659236_n-1.jpg" alt="" width="400" height="267" srcset="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2021/12/270041110_288337740000518_9141750883900659236_n-1.jpg 1840w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2021/12/270041110_288337740000518_9141750883900659236_n-1-300x200.jpg 300w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2021/12/270041110_288337740000518_9141750883900659236_n-1-1024x682.jpg 1024w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2021/12/270041110_288337740000518_9141750883900659236_n-1-768x512.jpg 768w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2021/12/270041110_288337740000518_9141750883900659236_n-1-1536x1023.jpg 1536w" sizes="auto, (max-width: 400px) 100vw, 400px" /></a><p id="caption-attachment-10397" class="wp-caption-text">12月25日、クリスマスの朝。 カヤー州では、8台の車、5台のバイクとともに、35人が焼かれた状態で見つかった。 女性や子どもも含まれていたが、本人の確認ができる状態ではないという。 （c) Myanmar Now</p></div>

<p>「今年は、つらいクリスマスになってしまったわね」<br>
クリスマスのあと、久しぶりにクリスチャンの知人を訪ねると、その初老の女性はそう言って微笑んだ。<br>
そしてその表情のまま、じわっと涙を浮かべた。<br>
地方での軍の攻撃は、12月に入り、残虐さを増した。<br>
無差別に町を空爆したかと思えば、民間人を拷問し、焼き殺す。<br>
「本当に、軍の非道さと言ったら…。<br>
　あんな残酷な兵士たちを相手に戦う若者たちが、本当にかわいそうで…」<br>
彼女は途切れ途切れにそうつぶやいた。<br>
夜眠れない日もあるのだといい、毎日ただ祈ることしかできない、と嘆いた。<br>
現在の戦闘状態を、彼女は望んでいないのだろう。<br>
そう思いつつ、私は小声で無遠慮な質問をした。<br>
「軍政が続くのと、戦闘が続くのと、どちらがマシですか」<br>
彼女は涙を浮かべたまま、きっぱりと言った。<br>
「軍政は絶対に受け入れられない。<br>
　私は、PDF※がヤンゴンに来る日を待ってるのよ」<br>
※民主派側の武装組織。若者たちが全国各地で自主的にPDFを組織し、国軍との戦闘を続けている。<br>
＝＝＝<br>
「もしも仮に、今、スーチーさんが軍から解放されて<br>
　僕らに『武器を手放しなさい』と言っても、きっと誰も従わないだろう。<br>
　この戦いは、彼女でさえ止められないんだ」<br>
友人はそう言って、少し複雑な表情を浮かべた。<br>
スーチーさんは武力行使に反対すると思う？と聞くと、彼は「分からない」と答えた。<br>
「僕たちは最初、平和に行動した。君も見ていた通りだよ。<br>
　銃で撃たれても、暴行や拷問をされても、僕らはギリギリまで耐えたんだ。<br>
　それから、どうしようもなくなって銃をとった。<br>
　でもその苦悩の過程を、彼女は見ていない。<br>
　非暴力闘争でノーベル平和賞をとった彼女が、武力闘争を認めるかどうか、僕には分からないよ」<br>
そして彼は、思いもしなかったことを口にした。<br>
「軍は、長引く戦闘を終わらせるために、最終手段としてスーチーさんを使うかもしれない。<br>
　つまり彼女をメディアに出して『戦闘はやめなさい』と言わせるんだ」<br>
えーそんなことあり得る？と疑わしげな私に、<br>
彼は、軍はいつだってそういう卑怯な手を使ってきた、と言い捨てた。<br>
「僕が心配しているのは、そうなった時の、僕たちとスーチーさんとの信頼関係だ。<br>
　多くの国民は、スーチーさんを信頼し、尊敬している。<br>
　でも武力闘争をやめろと言われたら、それに関しては彼女に従うことはできない。<br>
　僕らにとって、彼女を悲しませるのはつらいことだよ」<br>
でも、僕らはスーチーさんのために戦っているんじゃない。<br>
自分と子どもたちの未来のために戦っている。<br>
だから仕方ないんだ。<br>
彼は言葉を変えて、同じ内容を何度も繰り返した。<br>
私が彼の説明を間違えて理解しないように、注意しているようだった。<br>
そういう心配をしている人はあなただけ？と聞くと、彼は「僕の他にもたくさんいるよ」と答えた。<br>
＝＝＝<br>
別の友人に彼の苦悩について話すと、彼女はこんな風に言った。<br>
「軍が本当にスーチーさんを利用するかどうかはさておいて、<br>
　私は、スーチーさんは今のミャンマーの状況を理解してくれると思うよ」<br>
そして昨年の選挙の前、スーチーさんがテレビのインタビューに答えた時の話をしてくれた。<br>
インタビュアーは、こんな質問をしたそうだ。<br>
『もしまた今あなたが逮捕されたら、ミャンマーはどうなると思いますか？』<br>
彼女の記憶によれば、スーチーさんはこんな風に答えたという。<br>
「民主化して以降、ミャンマーの国民は民主主義の中で呼吸をしてきました。<br>
　民主主義を咀嚼し、飲み込み、身体に染み込ませてきたのです。<br>
　それまでの軍政との違いも、国民は十分わかっているはず。<br>
　私が逮捕されても、ミャンマーは大丈夫です」<br>
「スーチーさんは私たちの選択を信じるはず」と彼女は私の目を見て言った。<br>
そして、選挙前スーチーさんはこんなことも言っていた、と思い出したように付け加えた。<br>
「もし選挙で私たちがNLD（スーチーさん率いる民主政党）を支持すれば、NLDは生き残る。<br>
　もし支持しないなら、NLDは敗れる。それが民主主義です、と彼女は言ったの。<br>
　民主主義の国では、私たち自身が、良い未来を実現する手段を選べるはずなのよ」<br>
＝＝＝<br>
2015年から始まったスーチーさん率いるNLD政権には、実は批判も多かった。<br>
あるビルマ族の知人は、はっきりと言った。<br>
「NLD政権の実力は、正直たいしたことなかったよ。<br>
　NLD政権の政治家たちにも、この人はすごい！と思える人はいなかった」<br>
しかし、それは仕方ないのだ、と彼は続けた。<br>
「NLDの政治家には、民主化運動に身を投じたせいで、長年刑務所に入っていた人も多い。<br>
　そういう人たちが実務能力や国際感覚をもつなんて、無理でしょう。<br>
　だけどそういう人たちは、長年苦しい思いをしても民主主義を諦めず、<br>
　軟禁中のスーチーさんと心を一つにして耐えてきたわけだ。<br>
　スーチーさんはそれに報いたんだよ」<br>
それだけじゃないと思うなぁ、と別の友人。<br>
「2015年の政権に何より必要だったのは、個人の能力や実力じゃなかったんだよ。<br>
　それより、国軍とは何かを知っている人。<br>
　つまり、内心を態度に出さずに、ご機嫌なフリで軍司令官と握手できる人だ。<br>
　あの憲法がある限り、NLD政権なんて砂上の楼閣だからね。<br>
　軍の機嫌を損ねるとどうなるかよく分かっている人こそ、適任だったと思うよ」<br>
しかし、２期目になれば、また潮目が変わる。<br>
…少なくとも、そのはずだった。<br>
友人によれば、次の５年でNLD政権は、たとえばDr. Sasaのように、カリスマ性や実績のある若者や留学経験のある人たちを登用しようとしていたのだという。<br>
「スーチーさんは最初の５年間で、本当に国をつくる力のある人を見定めてきたんじゃないかな。<br>
　つまり、これまでの５年間は、NLDにとっては布石。これからが本番だったんだ」<br>
＝＝＝<br>
突然奪われた未来を取り返そうと、必死に闘い続けたミャンマーの11カ月。<br>
失われたものの大きさは、想像すらできない。<br>
それでもミャンマーの人々の不屈の闘志と、自由への意志に、私は何度でも希望を見出す。<br>
2022年、どうかミャンマーの未来に光が射しますように。</p>

<div id="attachment_10400" style="width: 410px" class="wp-caption aligncenter"><a href="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2021/12/270221503_288484289985863_7420733410678705564_n.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-10400" class="wp-image-10400" src="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2021/12/270221503_288484289985863_7420733410678705564_n.jpg" alt="" width="400" height="267" srcset="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2021/12/270221503_288484289985863_7420733410678705564_n.jpg 780w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2021/12/270221503_288484289985863_7420733410678705564_n-300x200.jpg 300w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2021/12/270221503_288484289985863_7420733410678705564_n-768x512.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 400px) 100vw, 400px" /></a><p id="caption-attachment-10400" class="wp-caption-text">先週カヤー州では、戦闘のため教会に避難してきた女性や子どもたちのうち、軍の砲撃によって4人が死亡、8人以上が負傷した。 軍には祈りが通じない。それでも祈ることしかできないのだろうか。 （c) RFA</p></div> <div id="attachment_10399" style="width: 410px" class="wp-caption aligncenter"><a href="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2021/12/270048422_288337323333893_8749251715755269819_n.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-10399" class="wp-image-10399" src="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2021/12/270048422_288337323333893_8749251715755269819_n.jpg" alt="" width="400" height="267" srcset="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2021/12/270048422_288337323333893_8749251715755269819_n.jpg 1840w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2021/12/270048422_288337323333893_8749251715755269819_n-300x200.jpg 300w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2021/12/270048422_288337323333893_8749251715755269819_n-1024x682.jpg 1024w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2021/12/270048422_288337323333893_8749251715755269819_n-768x512.jpg 768w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2021/12/270048422_288337323333893_8749251715755269819_n-1536x1023.jpg 1536w" sizes="auto, (max-width: 400px) 100vw, 400px" /></a><p id="caption-attachment-10399" class="wp-caption-text">昨年11月の選挙。コロナ禍の中で、人々はスーチーさんがプリントされたマスクをつけ、NLDの党旗を掲げて応援した。 　 クーデターの後、家々のベランダではためいていたNLDの党旗はそっと降ろされた。旗を畳んだとき、人々はいったいどんな気持ちだったのだろうか。 （c) Myanmar Now</p></div> <div id="attachment_10398" style="width: 410px" class="wp-caption aligncenter"><a href="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2021/12/270047574_288337840000508_6163678085145054660_n.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-10398" class="wp-image-10398" src="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2021/12/270047574_288337840000508_6163678085145054660_n.jpg" alt="" width="400" height="181" srcset="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2021/12/270047574_288337840000508_6163678085145054660_n.jpg 875w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2021/12/270047574_288337840000508_6163678085145054660_n-300x136.jpg 300w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2021/12/270047574_288337840000508_6163678085145054660_n-768x348.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 400px) 100vw, 400px" /></a><p id="caption-attachment-10398" class="wp-caption-text">12月26日、ザガイン。 絶対にあきらめない人たちの姿。 　 国際社会は、彼らの未来を見届ける義務があると思う。 　 （c) Khit Thit Media/Twitter</p></div>

<p>&nbsp;</p><p>The post <a href="https://dotworld.press/myanmar_struggle_for_future/">「自分と子どもたちの未来のための戦い」</a> first appeared on <a href="https://dotworld.press">dotworld｜ドットワールド｜現地から見た「世界の姿」を知るニュースサイト</a>.</p><div class='yarpp yarpp-related yarpp-related-rss yarpp-related-none yarpp-template-list'>
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		<title>「客が消えたミャンマープラザ」</title>
		<link>https://dotworld.press/shoppers_boycott_myanmar_plaza_/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[dotworld_admin]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 25 Dec 2021 18:12:15 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ミャンマー]]></category>
		<category><![CDATA[現地のリアル]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>【編集部注：】 　11月下旬、ヤンゴン市内のショッピングセンター「ミャンマープラザ」で、警備員によるデモ隊への暴行騒ぎがあり、これに抗議したテナント数十店舗が閉鎖し、市民も買い物をボイコットする事態に発展しました。 　事 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p>【編集部注：】</p>
<p>　11月下旬、ヤンゴン市内のショッピングセンター「ミャンマープラザ」で、警備員によるデモ隊への暴行騒ぎがあり、これに抗議したテナント数十店舗が閉鎖し、市民も買い物をボイコットする事態に発展しました。</p>
<p>　事件から１カ月が経ち、本来ならクリスマス商戦真っ最中の12月下旬の様子を伝えるnoteの投稿を紹介しました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>～　以下、noteの投稿より　～</p>

<div id="attachment_10385" style="width: 410px" class="wp-caption aligncenter"><a href="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2021/12/rectangle_large_type_2_fe31de46c6b79c616ea0c8c59ebdf091.png"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-10385" class="wp-image-10385" src="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2021/12/rectangle_large_type_2_fe31de46c6b79c616ea0c8c59ebdf091.png" alt="" width="400" height="210" srcset="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2021/12/rectangle_large_type_2_fe31de46c6b79c616ea0c8c59ebdf091.png 800w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2021/12/rectangle_large_type_2_fe31de46c6b79c616ea0c8c59ebdf091-300x157.png 300w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2021/12/rectangle_large_type_2_fe31de46c6b79c616ea0c8c59ebdf091-768x402.png 768w" sizes="auto, (max-width: 400px) 100vw, 400px" /></a><p id="caption-attachment-10385" class="wp-caption-text">拘束事件から１カ月が経っても、ミャンマープラザ内には人の気配がほとんどなかった（筆者撮影）</p></div>

<p>　先日、ヤンゴン市内にあるショッピングモールのミャンマープラザを訪れた。クリスマスセールに向けて多くの店舗が営業していたものの、客は異様に少なく、店員の方が多いぐらいで、館内に響くジングルベルの陽気なメロディーが、かえって不気味さを際立たせていた。</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>店内で抗議活動の若者たちを拘束</strong></span></p>
<p>　ベトナム資本のミャンマープラザは、ヤンゴンで最も人気のあるショッピングモールと言っていい。地方部では今も悲惨なニュースが伝えられるが、ヤンゴン市内は人出も戻り、一見すると日常を取り戻しつつあるように思われる。中でも最近のミャンマープラザは、クーデターのことなどすっかり忘れてしまったかのように連日買い物客で賑わい、特殊な空間だった。</p>
<p>　異変が起きたのは、11月25日のことだった。多くの人で賑わうミャンマープラザの館内を、女性を含む数人の若者たちが、クーデターを起こした軍への抗議活動の意思を込めてプラカードを手に歩いていた。それを見咎めたミャンマープラザの警備員たちが彼らを捕まえ、暴行を振るった。彼らはその場で一時拘束され、しばらくして解放された。</p>
<p>　その後の展開は早かった。若者たちが拘束されたニュースはたちまち広がり、くすぶっていた人々の怒りに火が付いて、ボイコット運動が自然発生的に生まれた。タクシーでミャンマープラザを行先に告げると、運転手は乗車を拒否し、ミャンマープラザに出店している店も相次いで一時閉店を発表した。ミャンマープラザ側が慌ててFacebookページに謝罪のメッセージを公表したが、人々の怒りは収まらなかった。</p>
<p>　事件から１カ月が経ち、Facebookに出されていた謝罪メッセージは気づくと消えていた。ボイコットがまだ続いているのか気になり、ミャンマープラザを訪ねることにした。</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>人のいない店に響くクリスマスソング</strong></span></p>
<p>　大通りに面した入口は閉鎖されていたため、別の入口に回った。兵士の姿は見えなかったが、どこかから監視しているかもしれないと緊張しながら歩くと警備員がいたため、店が開いているかどうか尋ねた。</p>
<p>　「はい、多くの店が開いてます。はい！！」</p>
<p>　警備会社か、ミャンマープラザから指導されているのか、行き過ぎのように思われるほど丁寧な応対だった。</p>
<p>　館内に足を踏み入れ、驚いた。客が非常に少ないのだ。いつもの１割もいないのではないだろうか。クリスマスを前に、館内ではサンタクロースが応援に出ており、店舗も8割ぐらい開いていたが、人の声が聞こえてこない。ゴーゴーと唸る空調に、カタンカタンと鳴り続けるエスカレーター。そこに陽気なクリスマスソングだけが鳴り響いている様子を見ているうちに、人が突然消えたSF映画の世界に入り込んだような気がした。</p>
<p>　日本人の中には、「ヤンゴンに日常が戻ってきた」と言っている人がいると聞く。しかし、その「日常」とは、ミャンマープラザに見る通り、かりそめのものに過ぎない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>＊参考：<br>
The Irrawady<br>
Shoppers Boycott Myanmar Plaza After Attack on Anti-Regime Protest</p>
<p><a href="https://www.irrawaddy.com/news/burma/shoppers-boycott-myanmar-plaza-after-attack-on-anti-regime-protest.html">Shoppers Boycott Myanmar Plaza After Attack on Anti-Regime Protest (irrawaddy.com)</a></p>
<p>&nbsp;</p><p>The post <a href="https://dotworld.press/shoppers_boycott_myanmar_plaza_/">「客が消えたミャンマープラザ」</a> first appeared on <a href="https://dotworld.press">dotworld｜ドットワールド｜現地から見た「世界の姿」を知るニュースサイト</a>.</p><div class='yarpp yarpp-related yarpp-related-rss yarpp-related-none yarpp-template-list'>
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		<title>「クーデター下のミャンマー、陸路の旅」</title>
		<link>https://dotworld.press/myanmar_travel_after_the_coup/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[dotworld_admin]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 22 Dec 2021 18:55:18 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ミャンマー]]></category>
		<category><![CDATA[現地のリアル]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://dotworld.press/?p=10356</guid>

					<description><![CDATA[<p>【編集部注：】 コロナ禍とクーデターで国内移動がほとんどできない状況が２年にわたり続いていたミャンマー。最近は観光地に客足が戻り始めていると軍系メディアが盛んに喧伝していますが、実際のところはどうなっているのでしょうか。 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p>【編集部注：】</p>
<p>コロナ禍とクーデターで国内移動がほとんどできない状況が２年にわたり続いていたミャンマー。最近は観光地に客足が戻り始めていると軍系メディアが盛んに喧伝していますが、実際のところはどうなっているのでしょうか。ここでは、最大都市ヤンゴンと古都マンダレーを陸路で往復した旅の様子を記したnote投稿を紹介しました。</p>
<p>～　以下、noteの投稿より　～</p>

<div id="attachment_10357" style="width: 410px" class="wp-caption aligncenter"><a href="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2021/12/rectangle_large_type_2_0f9cae7280a106276a1db8bba9d2446c.png"><img loading="lazy" decoding="async" aria-describedby="caption-attachment-10357" class="wp-image-10357" src="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2021/12/rectangle_large_type_2_0f9cae7280a106276a1db8bba9d2446c.png" alt="" width="400" height="210" srcset="https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2021/12/rectangle_large_type_2_0f9cae7280a106276a1db8bba9d2446c.png 800w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2021/12/rectangle_large_type_2_0f9cae7280a106276a1db8bba9d2446c-300x157.png 300w, https://dotworld.press/cms_wp/wp-content/uploads/2021/12/rectangle_large_type_2_0f9cae7280a106276a1db8bba9d2446c-768x402.png 768w" sizes="auto, (max-width: 400px) 100vw, 400px" /></a><p id="caption-attachment-10357" class="wp-caption-text">（筆者撮影）</p></div>

<p>　朝、まだ暗いうちに友人の車でヤンゴンを発ち、北へ向かった。ヤンゴン市内に車がほとんど走っていなかったのは、クーデターにより車の交通量が減ったからだ。特に、暗いうちは、いつ、どこで軍に発砲されるかわからない。車は、ヤンゴンの北にある、マンダレーへと続くハイウェイの入口に近づいた。</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>陸路で地方へ</strong></span><br>
　最後に旅行に出かけたのはコロナ前、もう２年以上前のことになる。今年の２月には軍によるクーデターが起こり、ミャンマーは旅どころではない状況に陥った。筆者もこの２年間、ずっとヤンゴンに幽閉状態だった。</p>
<p>　クーデターが起きたとはいえ、物流は止まらずに動いており、地方に避難する人もいれば、仕事で長距離移動する人もいた。危険を冒してまで旅行する人はほとんどいないが、軍としては、社会が日常を取り戻してきたという姿を内外に示したいようで、観光地に旅行客が戻ってきたと政府系（軍系）のメディアで盛んに宣伝し始めている。</p>
<p>　筆者も、のんびり旅行するという気分には全くなれなかったが、ヤンゴン以外の地域がどうなっているのか、自分の目で確かめたかった。空路で有名観光地を訪れるのであれば、比較的簡単に行けるのだが、別に観光地巡りをしたいわけではないし、せっかく地方に行くのなら、陸路で途中の様子も見たかったため、少々危険ではあるが、陸路で回ることにした。</p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><strong>次々と現れるチェックポイント</strong></span><br>
　ハイウェイの入り口が近づくと、それまで軽快に走っていた車がスピードを落とした。前方を見ると、数台の車が並んでいた。そこが最初のチェックポイントだった。</p>
<p>　銃を抱えた兵士が右前方に立っているのを見て、運転手が車の前後席の右側の窓が全開にした。いかつい顔をした兵士が、運転手と友人と筆者の顔を覗き込みながら、ぶっきらぼうに「どこに行くのか」と尋ねる。運転手が「○×まで」と手短に答えると、兵士は「行け！」というように銃を振るゼスチャーで通行を許可した。道路脇には、屋根だけついた小さな簡易兵舎のような建屋に数名の兵士たちがいて、その前には土嚢が積まれていた。</p>
<p>　料金所を通過すると、マンダレーへと続くハイウェーに入った。ここを通るのも、筆者にはひさしぶりだ。前方にも後方にも車はなく、ガラガラのハイウェーを車は順調に進む。対向車線にたまに車が現れる程度だ。１時間もしないうちに、車は再び速度を落とした。２カ所目のチェックポイントだった。</p>
<p>　先ほどの兵士とは違い、「どこに行きますか？」と、丁寧な言葉で行き先を尋ねてきた。軍人の荒々しさをあまり感じない、40代ぐらいの人だ。笑顔を浮かべながらの丁重な扱いに、筆者は戸惑った。「教養のある将校もいるんだな」と、友人がつぶやく。ひょっとすると、彼は「スイカ」だったのかもしれない。外側が緑色で、中が赤いスイカは、緑の軍服を着ているが、本心はクーデターに反対し、民主主義のNLD（国民民主連盟 / アウンサンスーチーをリーダーとする政党）を支持している軍人のたとえにしばしば使われる。軍の中にはスイカがかなりいるという話は、よく聞く。</p>
<p>　その後も、いくつものチェックポイントを通った。多くは行き先を確認するぐらいだったが、中には何も聞かずにスルーするところもあり、１～２カ月ほど前にこのルートを通った人から聞いた話とは、かなり様子が違うようだった。</p>
<p>　その人は、多くのチェックポイントで賄賂を要求されたと言っていたが、今回はそのようなことは一度もなかった。もしかすると、少し前に起きたチェックポイント襲撃事件が影響していたのかもしれない。銃を持った兵士にビクビクしている筆者と同様に、兵士たちもいつ襲われるか分からない恐怖を兵士たちも感じているのだろう。</p>
<p>　ほとんどのチェックポイントは何も問題なくスムーズに通過できたが、中には旅行許可証を調べるところもあった。あるチェックポイントでは、我々の旅行許可証を持った運転手がドアを開けて書類チェックの窓口に向かった後、別の兵士が来て車のトランクを開けるように命じ、バックをいくつかを開けて中身を調べた上で、やっとOKが出た。</p>
<p><span style="font-size: 18.6667px;"><b>季節は巡る</b></span></p>
<p>　いくつものチェックポイントを過ぎ、今回の目的地の一つであるシャン州南部のある村の近くまでやってきた。ちょうど今の時期はシャン高原が最も美しい季節だ。標高1000mほどの高原を走る道の両脇は、黄色く鮮やかに染まっていた。小さなヒマワリに似た黄色い花が一斉に咲き乱れるのだ。ミャンマー語でネーチャーヤイン（直訳で、野生のヒマワリという意味）と呼ばれる花だ。なだらかな高原には爽やかな風がそよぎ、地には様々な作物が育っていた。この穏やかな自然には、クーデターも軍も殺戮も関係なかった。いつもと同じように季節が巡り、いつもと同じようにネーチャーヤインが咲いていた。しばし、人の世の出来事を忘れて自然に浸った。</p>
<p>　市場に行ってみた。ヤンゴンとは違い人の顔は穏やかで、身も知らずの私を笑顔で迎えてくれた。クーデター前は、ヤンゴンでも同じように知らない人同士でも笑顔で話ができた。しかし、クーデターによって人も変わってしまった。一見、日常が戻ってきたかのように見える今のヤンゴンだが、見知らぬ人には警戒して心を開くことはない。</p>
<p><span style="font-size: 18.6667px;"><b>村にも軍の影が…</b></span></p>
<p>　傍目には平和で幸せそうに見えるこのあたりにも軍の影が入り込んでいた。ある夜、近くの村に20〜30人の兵士が車でやってきた。騒ぎを不審に思い、外に出てきた一人の村人を、兵士が何の警告もなしに発砲し、その村人は亡くなってしまった。村で囁かれた噂によると、村にダラン（密告者）がいて、村の中にPDF（People&#8217;s Defence Force / 国民防衛隊）への支援者がいると軍に情報を流したために軍がやってきたのだという。ところが、犠牲になった村人は、PDFとは全く関係がない人だった。<br>
結局、PDF支援者は見つからなかったし、そもそもPDF支援者がいたかどうかも疑わしい。また、誰がダランかもいまだ藪の中だという。</p>
<p>　このような悲劇だったとはいえ、シャン州の南部は、他の地方と比べると今のところ平穏だ。同じシャン州でも、北部のシャン州は毎日のように軍と衝突が起きている。シャン州南部の平穏もいつまで続くかわからない。</p>
<p><span style="font-size: 18.6667px;"><b>重苦しいマンダレー</b></span></p>
<p>　続いて、ミャンマー第二の都市であるマンダレーに向かった。チェックポイントは1箇所だけでマンダレーに到着した。時間は午後３時で、空は快晴なのに、街には重苦しい空気が漂っていた。繁華街も多くの店が閉まっている。人通りも以前の半分くらいだろうか。</p>
<p>　マンダレー中心部にある王宮跡を車で一周してみた。東京の皇居のように１マイル（1.6Km）四方の堀で囲まれており、以前は市民の憩いの場だった王宮跡は、人が少なく、四隅には土嚢が積まれて、銃を構えた兵士たちの姿があった。</p>
<p>　また、マンダレーといえば、バイクだ。以前は街中にバイクが溢れていたが、以前の半分くらいにまで数が減っている。奇妙なことに、二人乗りはかなり少なく、見かけても後ろはほとんど女性だ。例のトンデモ法が効果を発揮しているように思われた。１カ月ほど前に軍が出したバイク二人乗り制限法のことだ。通達では、二人乗りの場合は後ろに男を乗せてはならず、もし見つけた場合は発砲も辞さないとされている。実際、二人乗りしていたバイクに軍が発砲し、乗っていた男性が死亡するという事件が起こった。通達の理由を軍は説明していないものの、二人乗りの後ろに乗った男が軍に爆弾攻撃を行うことが可能であるためだろう。</p>
<p>　日が暮れて、外の食堂に夕食を食べに行こうと車で市内を走った。薄暗くなり始めたばかりの午後6時過ぎだったが、人々は早めに自宅に戻り、多くの店が閉まっていた。目当ての食堂も閉まっていたため、次の店を目指したが、そこも閉まっていた。しばらく街をさまよい、やっと開いている食堂にたどり着いた。10テーブル以上ある大きな食堂だったが、客は我々を入れて3組しかおらず、寂しい夕食となった。</p>
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