「出口が見えない」
明るい未来を信じる力がPDFの攻撃に勝る武器

  • 2022/1/26

【編集部注:】

ミャンマーのクーデターからまもなく1年が経とうとしています。表面上は元の生活が戻っている最大都市ヤンゴンで、「日常」を送りながら、自分たちの代わりに命を懸けて軍との戦いに身を投じたPDFに期待することに後ろめたさを抱く現地の若者たちの葛藤と、強まる一方の弾圧と監視へのやるせなさ、そして行き場のない怒りが伝わってくるFacebook投稿を紹介します。

~ 以下、Facebook投稿より ~

タクシーの窓からふと外を見ると、スーチーさん率いるNLD党の支部。巨大なスーチーさんの姿を、思わず二度見した。 「アウンサンスーチー」と口にするだけでも声をひそめなければならなくなった街に、ひっそりと残る遺構のようだった(筆者撮影)

悪夢のクーデターから、もうすぐ1年。
最近ミャンマーはどうですか、と聞かれると、言葉に詰まる。
ヤンゴンは一見、すっかり元どおりだ。
市場には色とりどりの野菜が並び、人々は冗談を言って笑い合っている。
だけど一人ひとりの肩には、遠くから錘(おもり)を背負って歩いてきたかのように、疲労が蓄積している。
同僚に、最近どう?と尋ねてみると「出口が見えない」と泣き笑いのような表情を浮かべた。
===
出口がない。
それは、日本人の間ではクーデターが起きた当初から言われていたことだ。
でも周囲のミャンマー人たちからは、私はつい最近まで、そうしたネガティブな言葉を聞くことはなかった。
もちろん彼らとてこの1年、出口に通じる道がハッキリ見えていたわけではないだろう。
それでも「可能性のあることを全てやって、最後には必ず勝つ」と、いつも前向きに語っていた。
そうして多くの人が1年間、膨大な時間とお金を費やし、時には命をかけて、必死に軍に抵抗してきたのだ。
絶対にあの時代には戻らない、絶対に勝たなければならない、と。
その結果、人々は何を得ただろう。
約1500人が殺され、1万人以上が投獄された。
数えきれないほどの人が失業したり、負傷したり、夢をあきらめたりした。
それでも、軍は倒れない。
それどころか、弾圧と監視はますます強くなる。
トラックに乗せられた市民は炭になるまで燃やされ、
デモ隊は轢き殺された。(しかも轢き殺した軍人は昇進した)
町から制服を着た子どもの姿は消え、かわりに銃を手にした兵士が立っている。
インターネットや電話の料金が上がり、停電が頻発し、犯罪が増えた。
疲れるのが当たり前だ。
===
「最近NUG*には、ちょっとガッカリしてるの」と、友人は口を尖らせて言った。
(NUG=軍政に対抗して立ち上がった民主派のオンライン政府)
国際社会を動かせないから?と聞くと、うぅん、そうじゃなくて、と首を振る。
「PDF*に、十分に武器が供給されていないみたいなの。
 せっかく国境地帯に移動して軍事訓練を受けたのに、武器がなくて戦えないPDFがいるんだって」
(PDF=軍政に武力で対抗する、民主派の若者グループ)
武器が入手できないPDFたちは、手作りの爆弾や銃で、国軍に挑む。
時には暴発などで自損することもあると聞く。
「NUGが何もしていないとは思わないよ。
 だけどPDFのことを考えたら、何とかもっと頑張ってよ、と思っちゃう」
彼女の気持ちはわかるけれど、お金や食料ならともかく、
武器を、しかもある程度の量を戦闘地帯に運び込むのは、困難を極めるだろう。
そうだねぇ、でも難しいんだろうねぇ。
生返事をする私に、彼女は再び口を尖らせる。
「攻撃されても戦えないから、仕方なく普通のひとたちと一緒に避難民になって逃げているPDFもいるの。
 軍もそれを知ってるから、避難民を見るとその中にPDFがいるんじゃないかと疑って、避難民ごと攻撃したりする。
 だからPDFと何の関係ない避難民も、軍から隠れてジャングルで暮らしたりしてるんだよ」
国民を守ろうと戦うPDFの存在が、結果的に、守りたい人々の命を脅かしてしまう。
このやるせない現状に対する憤りが、NUGに対する失望に形を変えているのだろう。
隣で黙っていたもう一人の友人が、穏やかに口を開く。
「それでもPDFとNUGは、僕たちの希望だ。
 勝てる可能性は、そこにしかない」
軍が自滅する可能性は?と聞くと
「うーん、ほぼないだろうな。0.0001%かな」と彼は苦笑した。
なぜ?と聞くと、彼は少し考えてからこう言った。
「僕たちは軍政下を生きてきたから、それがどんなに起こり得ないことかがわかるんだ」
===
PDFとNUG、寄付するとしたらどっち?と聞くと、二人とも「PDF」と即答した。
「私たちだけじゃなくて、全体的にPDFに希望を託している人たちが多いと思う」
そうか、PDFは本当にヒーローなんだね、と笑いかけると
当然「うん」と頷くと思っていた彼女は、返事をせずに私の顔をじっと見つめ返した。
「PDFには、申し訳ないと思ってる。
 今私たちは、こうしてクーラーのきいた部屋で喋ってる。
 夜には温かい布団で寝る。怪我をすれば病院に行く。
 でも私たちが今こうしてる間も、PDFは命がけで戦っているの。
 いくら応援したり、寄付したりしても、それが何なんだろう。
 私は何も犠牲にしていない」
彼女の目に、じわっと涙が浮かぶ。思わず視線をそらす。
苦しいだろう。
2011年、東日本大震災のあとの日本でも、そんな感情が渦巻いていたことを思い出す。
圧倒的多数の、被災しなかった人々は、普通に生活を続けることに言いようのない罪悪感を抱えた。
ましてミャンマーの場合は、自然災害からの復興ではない。
ふつうの若者たちが、民主化を望む市民の祈りを背負って、命がけで軍隊に挑んでいるのだ。
PDFに期待しながら、ヤンゴンで満ち足りた生活を続けることに、後ろめたさを感じるのは当たり前だろう。
===
それでも地方からは、威勢のいいニュースが届き、人々を励ます。
「PDFが国軍を完全に追い出したエリアもあるんだよ」
そう教えてくれたのは、30歳くらいの青年だ。
こうしたエリアは「解放地区」と呼ばれ、主にミャンマーの北部に位置している。
クーデター後からクローズしていた学校や病院には、CDMの教師や医師などが戻ってきて、授業や診察を再開しているのだという。
えっ、そんな情報が漏れたら、軍が反撃しにくるんじゃない?と心配する私に
「具体的な地名は出ていないから大丈夫」と彼は誇らしげに言う。
「前に、ミャウンという町でもPDFが軍を追い出したんだ。
 でもその情報がSNSで広まってしまって、結局軍にやり返されてしまった。
 だから今は、みんなどこに解放地区があるかは、公言しないようになったんだよ」
今どのくらい解放地域があるかはわからないけれど、かなり盛り返していると思うんだ。
彼はそう言ってニッコリと笑う。
ヤンゴンはどう?と聞くと、彼は真顔に戻った。
「ヤンゴンは、今はまだ様子見だよ」
そして、Phyo Zayar Thaw(ピョーゼヤトー氏)を知っているか、と私に尋ねた。
アウンサンスーチー率いるNLD党の議員だった人で、11月に逮捕された人だ。
「ピョーゼヤトーは、ヤンゴンのPDF作戦を引っ張っていたリーダーだった。
 NUGとも連携していた。軍はずっと彼を探していたんだ」
彼によると、ピョーゼヤトー氏の逮捕は、ヤンゴンでの軍事作戦における大きな痛手だった。
ヤンゴンのPDFが芋づる式に逮捕されないよう、一時的に身を隠さざるを得なくなったからだ。
こういう話は、つい最近もあった。
ヤンゴンPDFのリーダーなどがオンラインミーティングを開いたところ、
翌日にそのうちの一人が捕まり、数日中にミーティング参加者の数人が連続して捕まったのだ。
情報が漏れた可能性を恐れて、他のリーダーたちは身を隠しているのだという。
「ヤンゴンでは警察の力が強いから、なかなか軍に反撃するフェーズに移れない」と、彼は表情を曇らせる。
PDFはいつかネピトーにも侵攻し、ミンアウンフラインを権力から引きずり下ろすのだろうか。
いまいちそのイメージができないんだけど…、と遠慮がちに問うと
彼は「どこまでできるかどうかはともかく」と前置きして、こう言った。
「NUGが国際的に認められるためには、『実効支配』している領土がないといけないんだ。
 PDFが解放地域をどんどん広げていけば、『実効支配』と言える状況ができる。
 そうしたら、国際社会ももっと認めてくれるかもしれない」
そして、またニッコリと笑顔を見せながら、こう言った。
「軍の力が強いいくつかの地域を島みたいに残して、
 民主派の解放地域が、ミャンマー中に広がったらいいな」
===
確かに現状は厳しく、みんな疲れ切っている。
それでもミャンマーの人々には、
どんな状況の中からも希望の光を捉え、明るい未来を信じる力がある。
それはもしかしたら、PDFの攻撃に勝る武器なのかもしれないと思う。

国営紙に掲載された、PDFの組織図。 ヤンゴンでの作戦を率いていたというピョーゼヤトー氏は、左上から2番目。  彼は数日前に死刑を宣告された。 11月半ばに逮捕され(おそらく裁判もないまま)2ヶ月で死刑が決まる。あり得ないだろうと思うが、まだ逮捕されていない人にまで死刑が宣告されたりするのだから、軍政の思うがままなのだ。(三権分立は大事…。)  死刑宣告は、人々の革命へのモチベーションを下げるためだと言われているが、そんなことのために死刑を使わないでほしい。(c)Global New Lights of Myanmar

チン州のPDF。チン州は山岳地帯で、ミャンマーでももっとも開発の遅れた地域の一つ。装備も人数も、とても国軍には敵わないけれど、地元民で組織されるPDFには地の利がある。地上戦だと敵わない国軍は、空爆でその辺りをいっぺんに焼く。そこで暮らす住民のことは、見えないらしい。(c) Myanmar Now

カヤー州は、軍から執拗な攻撃を受けている。 さらにカヤー州に入る非常に限られたルートを軍が押さえているために、物資も運び込めない状況が続いている。  昨年だけですでに17万人が国内避難民となっていたが、今月、州都のロイコーだけでさらに6万人が避難民と化したという。 彼らに支援は届くだろうか。(c) Progressive voice/Twitter

NUGも頑張っている、とNUGのMinistry of Humanitarian Affairs and Disaster Management(人道支援・災害マネジメント省)。 実際、武器だけでなく医薬品や食料なども、軍にチェックされて送り主が危険な目にあうこともあるので、支援は困難を極めている。 (c) Ministry of Humanitarian Affairs and Disaster Management/Twitter

クーデターから、359日目。 あと1週間で、1年になってしまった。 昨年2月「私たちがCDMを粘り強く続ければ、早いうちに軍の統治は行き詰まるはず」と語ってたCDMerの姿を思い出す。 時間がかかってしまったね。(c) AAPP/Twitter

Bamar(=ビルマ族)優越主義を終わらせようと声をあげる、ビルマ族の姿。 公式に認められているだけでも135民族がいる超多民族国家ミャンマーでは、特定の民族に対する差別意識があり、過去にも問題になってきた。 クーデターに対する戦いが、この蔑視への課題意識を高め、今までになかった動きが起きている。  (c) Sai Latt/Twitter

2月1日には、クーデター後3回目の、サイレントストライキが計画されている。 国軍はこれに対抗して「その日に店を閉めた人を罰する」「拍手したら罰する」などと 相変わらずアンビリーバボーなアナウンスを出している。

 

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