「Happy “Federal” New Year」
未来へと引き継がれる負の遺産と、変わらない人々の決意

  • 2022/1/8

【編集部注:】

2022年1月1日。クーデターから11カ月が経過したミャンマーで、人々は新しい「連邦国家」の新年を祝うHappy “Federal” New Yearという言葉で、革命への決意を新たにしたそうです。負傷者や死者の数では表せない、確実に変わり、崩壊しつつある社会システムの様子と、諦めずしなやかに生きようとする市民の姿を綴ったFacebook投稿を紹介しました。

~ 以下、Facebook投稿より ~

FEDERAL DEMOCRACY NEW YEAR (連邦制 民主主義 の 新年)の年賀イラスト。 Facebook上で拡散された、希望のメッセージ。 反軍政の決意を感じる素敵なデザインだけど、今年限りでありますように。 (Facebookより)

「Happy New Year!」とは、誰も言わなかった。
恒例の打ち上げ花火も、爆竹の音もなかった。
1月1日になった瞬間、「おめでとう」の代わりに響いたのは
『革命を成功させるぞ!』という数回のシュプレヒコール。
ほんの数分、ヤンゴン中の至る場所で鳴り響いた叫び声は、
警察が駆けつけてくる前に、すぐに静まった。
…とはいえ、実はうちの周辺では
2時間も前から、0時を待ちきれない子どもたちが何度もシュプレヒコールの練習をしていて
その上、かわいい声で革命の歌まで歌ったりするものだから、
微笑ましいやらハラハラするやら、私は落ち着かない大晦日を過ごしたのだった。
スマホには、ミャンマー人の友達から新年のメッセージが届く。
今年の挨拶は「Happy “Federal” New Year!」
「Federal=連邦制」の新年を祝う、今年流行りの挨拶らしい。
なるほど、軍事クーデターや市民の虐殺など最悪のことが続いて、決してHAPPYな新年ではないけれど
そのクーデターの反発として生まれた新しい連邦国家(*)の新年、と考えれば、笑顔で新しい1年を迎えられる。
(*) クーデターのあと、軍事政権に対抗して立ち上がった民主派の政府が目指すのが「連邦国家」の建設。
これまで国軍に抑圧されてきた少数民族にある程度の自治権を認めようというもの。
===
「日本の会社で、働き手を探している人はいない?」
新年早々、近所の大学生にそう尋ねられた。
彼は田舎の出身で、大学に通うためにヤンゴンの叔母さんの家に下宿している。
「うーん、今は日本人も少ないからなぁ」と言葉を濁すと
「そうだよね、聞いてみただけなんだ」と彼はカラッと返事をした。
「今まで僕の日本語の教科書はNARUTO(アニメ)だったけど、今度こそ本格的に日本語を勉強しようと思ってるんだ。まずはN5だよ」
エヌゴ、とカタカナ発音をしてみせ、彼はにっこり笑う。
「今のミャンマーには良い未来はないから、日本に行こうと思って」
2021年2月にクーデターが起きたとき、彼は大学4年生だった。
もう卒論も提出していて、あとは口頭諮問と卒業証書を待つだけの身だったという。
「先生もCDMでいなくなったんだ。
今は軍が大学を再開しようとしているけど、行く気がしないな。
叔母さんも、僕が大学に戻れば軍の罠にはめられて逮捕される、って心配してるし」
思わず神妙な顔になった私に気付かず、オハヨウ、タダイマ、ヤッター、と
知りうる限りの日本語を並べる彼の、うれしそうな顔が救いだった。
ミャンマーのために命がけで武器をとる若者もいる。
ミャンマーはもうダメだと、外国を目指す若者もいる。
どちらか片方が正しいわけではなく、それらは矛盾なく共存しているように見える。
きっとそのどちらもが、未来への希望だからだろう。
どんな苦境に立たされても、嘆くばかりではなく
しなやかに前向きに生き抜くメンタリティー。
すごいなぁと妙に感動してしまう。
===
CDM(軍政に不服従を示す、公務員のストライキ)のために保健省を解雇された友人の医師に会った。
クーデター以降収入がない彼女は、両親の家に身を寄せながら職を探しているが、
就職先は全く見つからないという。
「たとえ自分の専門ド真ん中の求人があっても、書類選考さえ通らない。
 前職を『1月31日で退職』しているというのは、そういうことだもの」
CDMによって解雇された反軍政派を雇うのは、病院や組織にとってはリスクであるらしい。
あるいはそこに軍支持派がいれば、雇われる可能性はもちろん低い。
それでも、自分たちの世代はまだいいのだ、と彼女は言う。
「かわいそうなのは、まだ卒業して間もない医師たちだよ。
 病院で患者さんを診る機会もなく、専門医の資格もとれず、留学のチャンスも奪われてしまった。
 私はこの民主化された5年間で、奨学金をもらって大学院に行けた。恵まれていると思うよ」
===
そんなかわいそうな若手医師に対して、NUG(民主派の政府)は研修を始めている。
上限1000人のオンライン研修だ。定員オーバーで入れなかった人も多いという。
おもしろいのは、受講者の中に軍政側のNon-CDMの医師も参加していること。
Zoomで名前や顔がわかるため「なんでこいつが?」という人の存在がすぐにバレて、
スクリーンショットが拡散されているそうだ。
その人たちも勉強したいの?それともスパイなの?と聞くと、友人は「さぁね」と苦笑した。
「わからないけど、Zoomのプライベートメッセージ機能で、Non-CDMの元同僚からメッセージを受け取った人はいるみたいだよ。
『患者さんが待っているから戻ってきて』っていうメッセージだ。
あっち側の人たちはいつもそう言うんだよ」
軍政側は、公務員たちに「解雇するぞ」「逮捕するぞ」と脅しつけてきた一方で、
情に訴えて懐柔しようとするのだという。
「こんな考え方もある」と、横にいた別の友人が口を挟む。
「あいつらは、自分がNon-CDMだということを隠したいんだと思う。
 つまりNUGの研修に出るのはカムフラージュだ」
え、CDMに参加したフリをしているってこと?
「うん、そういう人はけっこういるんだよ。
 例えば、CDMをやめて職場に戻ったあとも、ドラマチックなCDMのストーリーを練り上げて、自分の体験談としてFacebookに投稿したりね。
 彼らは民主派からのソーシャルパニッシュメントを怖がっているんだ」
「そういえばMytel(軍系企業の1つ)で働いている親戚も、勤務先を隠しているよ。
 絶対に会社のユニフォームを着たまま外に出ないし、行き帰りも少し離れたバス停からバスに乗ってる」
反軍政を掲げれば、軍に捕まる。
かといって軍政側につくと、社会的に孤立する。
だから人々は表面上おとなしく過ごし、何食わぬ顔で生活をしている。
少なくとも外国人の私には、そう見える。
そして、ひとたびサイレントストライキやお正月のシュプレヒコールが呼びかけられると
驚くほどの人数が、水面下に隠していた団結力を発揮するのだ。
===
さて、医療者不足に悩む軍政は、なんとか人材を確保しようとあの手この手を繰り出している。
まず、医大に入るためのハードルをぐっと下げた。
ミャンマーでは高校の卒業試験のスコアによって、選べる学部が決まるシステムだ。
この試験で最高レベルの得点をとれなければ、医学部に入ることはできない。
「クーデター以前は、すべての教科で高得点をとらなければ、医師にはなれなかった。
 でも軍政府は、英語と生物と物理の3科目だけ良い点を取ればいい、というルールに変えたの」
医師の友人たちは、勘弁してよ、と呆れたように笑う。
「医学はとても難しいし、人の命を預かる責任ある仕事だよ。
 そんな基準で、うまくいくわけがない。
 この国の医学のレベルはまた下がってしまうよ」
「きっと来年からこの3科目しか勉強しない大学生が増えると思うよ」
===
見えないところで、静かに変わりゆくミャンマー。
死者や負傷者の数だけでは表せない、未来へと引き継がれる負の遺産。
それでも同僚はこう言って笑う。
「今年こそ民主主義を取り戻すぞ。最後は僕らが勝つんだ」
その言葉に頷きながら、心の中で3本指を立てる。
クーデター以来、軍政を相手に圧倒的に不利な形勢は変わらない。

それでも2022年も、彼らを信じ、彼らとともに在りたいと思う。
今年もよろしくお願いします。

1年のはじまりの朝日@ヤンゴン(c) 筆者撮影

年明けに、ASEANの議長国となったカンボジアから、フンセン首相がやってきた。クーデター後初めての「首脳会談」だ。 フンセン首相は、民主派を弾圧して40年近い独裁政治体制を築いている人で、中国との関係も近い。 人々は当然フンセンを拒否。 カンボジア大使館前では爆発物が破裂し、厳戒態勢が敷かれた。 (c)Khit Thit Media

クーデターから季節が一周し、再び乾季となった大地の上で、今日も民主派のデモが続く。あれから11カ月、人々の気持ちは揺らがない。 (c)Khit Thit Media

3本指を掲げているかと思いきや、4本指! 惜しい、1本多い。笑(c)Khit Thit Media

1月1日、インセイン刑務所の政治犯から外部に出された「監獄からの手紙」。   ーーー 私たちの革命は成功すると私は信じています。 最後まで戦ってください。 「革命は成功させなければならない」 ーーー   以下の「ミャンマー語の投稿を日本語で発信」というページに、全訳が掲載されている。 https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=2151646481655295&id=1342131755940109

朝の托鉢は続いている。 神も仏もない、と言いたくなるような1年だったけれど、クーデター後も変わらないものがある、ということに支えられた人もいたのかもしれない。   (c) Cape Diamond / Twitter

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