「リスク」と「使命感」の間で揺れ動くフォトジャーナリストたち
アムステルダムで開かれた「世界報道写真展2024」より

  • 2024/6/17

 かつて恵比寿の東京写真美術館で、毎年開催されていた「世界報道写真展」。その2024年の受賞作品が4月に発表され、拠点となるオランダ・アムステルダムで5月下旬に写真展が開催された。同会場で開催された受賞写真家たちの登壇イベントに参加したドイツ在住の筆者が、今年の写真展の特徴と意義について考えた。

大賞はパレスチナ・ガザ地区から
 「彼の写真は世界中を回っているのに、モハメドはガザに閉じ込められています」
そう語るのは、今年の世界報道写真大賞(プレス・フォト・オブ・ザ・イヤー)を受賞したモハメド・サレム氏の兄、アフメド氏だ。ロイター通信の写真記者であるサレム氏はパレスチナ・ガザ地区におり、出国が叶わないためにドバイ在住のアフメド氏が代わりに授賞式に参加した。
 大賞を受賞したのは、ガザ南部ハンユニスのナセル病院で2023年10月17日に撮影された、5歳の姪の遺体を抱きかかえる女性の写真だった。同写真について、グローバル審査員長のフィオナ・シールズ氏は、「この写真は見たままの意味だけでなく、さらにとても比喩的な意味を持ちます。紛争の恐怖と無意味さを伝え、平和の必要性を強く訴えるものです」とコメントしている。

A Palestinian Woman Embraces the Body of Her Niece © Mohammed Salem, Palestine, Reuters

 このコンテストを1995年から主催している非営利団体「世界報道写真ファウンデーション」の拠点は、オランダ・アムステルダムにある。67回目となる2024年のコンテストの受賞作品は4月に発表され、受賞した世界各地のジャーナリストたちは、同市の中心部で開催されていた写真展の会場で5月25日に行われた特別イベント「The Stories That Matter(重要なストーリー)で観客にそれぞれの作品について語った。

 サレム氏の代わりにスピーチをしたアフメド氏もまた、ジャーナリストだ。「以前、殺されたもう一人の兄弟もジャーナリストでしたが、モハメドが一番素晴らしい写真を撮ります。彼は、この写真が表している現実は喜ぶべきものではないと言っています。でも、認められ、受賞したことによって世界の注目を集められたことに感謝したと言っています」

 写真展の会場となった「新教会」は、その名が示す通り、元はプロテスタントの教会だった。大賞作品は、光が差し込む後陣の高い位置に掲げられた。そのセッティングもあり、キリストの亡骸を抱えて悲しむ、聖母マリアの「ピエタ」に重なるところがあるように、筆者には思えた。

もともとプロテスタントの教会だった写真展会場の後陣の高い位置に掲げられた大賞作品(2024年5月25日、アムステルダムの世界報道写真展会場で筆者撮影)

イスラエルとガザ双方の被害を並べて展示
 なお、今回の世界報道写真では、130カ国の写真家3,851人から6万点以上の応募があり、受賞作品24点、入選作品6点、審査員特別賞2点が選ばれた。審査はアフリカ、アジア、ヨーロッパ、北・中央アメリカ、南アメリカ、東南アジア・オセアニアという6地域に分けて行われた、地域ごとに受賞作品が選ばれたうえで、その中からグローバルな受賞作品が選出された。

 受賞作品は世界中で起きている多様な問題を映し出していたが、特別イベントでは、現在も進行中のイスラエル・ガザ戦争にスポットが当てられ、例年とは異なり、この戦争にまつわる2つの作品がともに審査員特別賞を受賞したことが、特に注目を集めた。イスラエルとガザが受けた攻撃をそれぞれ記録した両作品は、隣同士に展示された。

 片方は、2023年10月7日にハマスの攻撃を受けたイスラエルの「スーパーノヴァ音楽祭」会場の、5日後の様子を記録した作品で、イギリス在住でゲッティー・イメージズ所属の写真家レオン・ニールズ氏が撮影した。木々の下に水のボトルや、パーティーで使われる道具が散乱し、兵士が立ち尽くしている。2週間ほどの取材の間に撮影したのだという。

The Aftermath of the Supernova Festival Attack (c) Leon Neal, Getty Images

 その右側に展示されたのは、崩壊したガザのアパートの間に立っている女性を写した作品だ。トルコのアナドル通信の写真記者で、ガザ出身のムスタファ・ハスナ氏が撮影した。

Israeli Airstrikes in Gaza (c) Mustafa Hassouna, Anadolu Images

 「イスラエルの空爆による被害の大きさを、隣の写真のものと比べてみてください」とハスナ氏は語った。

 ハスナ氏によると、この女性はヨーロッパで医師として十数年働いた後、生まれ故郷のガザに戻ってきた。彼女はガザにアパートを購入し、家族と暮らし始めたが、わずか4年後に瓦礫になってしまったのだという。背後に立ち上る煙が示す通り、この写真を撮影したときには近くで再び空爆があり、身の危険を感じていたそうだ。

 「この写真は破壊の一例です。しかし、これはガザに住むすべての人のための写真です。私のアパートも狙われ、破壊されました」

 ハスナ氏は、戦争が始まってから73日間取材を続けた後、ガザを離れ、現在はトルコで暮らしている。ガザではジャーナリストが標的にされ、国連によると10月7日以降、122人のジャーナリストとメディア関係者が殺害されている。

 「写真家の私は、リスクがあっても記録し続けることが使命なので、ガザに戻ろうとしていました。しかし、その矢先にイスラエルによってラファ検問所が閉鎖されてしまったのです」と語った。

 それらの特別賞のそばには電子ディスプレイが設置され、1966年から現在まで、世界報道写真で入賞したイスラエル・パレスチナ紛争に関する数多くの写真が映し出されており、今日起きている戦争が、長年の重層的な苦しみの末にあるものであることを訴えかけているようだった。

 また、同イベントでは、ガザのフォトジャーナリスト、モタズ・アザイザ氏(25)もゲストとして招かれ、スピーチをした。

 
 
 
 
 
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 ガザの状況を報じ続けているアザイザ氏は、インスタグラムで1800万人ものフォロワーを持ち、米「タイム」誌で「2024年 世界で最も影響力のある100人」の一人にも選ばれている。その一方で、彼はガザで写真を撮り続けることに対して脅迫を受けたため、今年1月23日にガザを離れ、それ以降は世界各地を飛び回りながら、ガザの状況やパレスチナ人の権利について精力的に訴えている。この日はアザイザ氏が他の2人のベテランジャーナリストとともに「報道の自由」について語るパネルディスカションも行われた。

危険と隣り合わせの撮影
 戦地で、危険すれすれのところで写真を撮っていたというハスナ氏やアザイザ氏らの話からは、写真を撮り続けることが、いかにリスクを伴うものなのかが伝わってくる。ブラジル人フォトジャーナリストのフェリペ・ダナ氏も、目の前で爆発が起こる直前に撮影した写真で受賞したことがあるとパネルディスカッションで語った。会場には、「殉職したジャーナリストの追悼」のための部屋が設けられ、壁には命を落としたジャーナリストの名前が年別に記載されていた。
 多くのフォトジャーナリストが口にしたのは、「自分が写真を撮らなければ、この事実を世界に伝えられない」という使命感だ。危険な現場で撮影された写真は非常に貴重だ。ソーシャルメディアが広がって、個人が写真や映像を発信できるようになった今も、人を惹きつけるプロフェッショナルな写真作品は、私たちの心に強く残る。

 会場に来ていた来場客のなかには、パレスチナのアイデンティティと連帯の象徴とされる布、クーフィーヤを身に着けた人も多く、アザイザ氏のスピーチの後には、「Free, free Palestine!(パレスチナを解放せよ)」というシュプレヒコールが上がった。

 
 
 
 
 
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