マカオのカジノに圧力を強める習近平の狙いは
国外に広がるチャイニーズマフィアとグレーな資金に懸念も

  • 2023/1/28

 中国政府は2023年1月17日、コロナ禍を受けて3年前から大手旅行代理店に対して手配を制限してきた海外への団体旅行の手配と、個人客向け航空券およびホテルの取り扱いについて、20カ国を対象に2月6日から解禁することを発表した。対象国の中に、旅行先として中国人に人気の日本や韓国、米国、カナダ、そして中国と兄弟国であるはずの北朝鮮は含まれていない。これらの国々が中国からの旅行客に対して差別的な水際対策をとっているという反発があるためだと見られている。
 代わりに人気が高まっているのが、東南アジアやオセアニアだ。老いも若きも無類の博打好きで知られる中国人観光客が、これらの国々のカジノに引き寄せられているのだ。近年、習近平政権がマカオのカジノ産業に対する規制を厳格化しつつある中、中国人カジノ客の動向を占う。

マカオの老舗カジノである「リスボアカジノ」の夜景 / (c) User:Vmenkov / Wikimedia comons

懲役18年の実刑判決

 世界のカジノにVIPルームを設置してVIPをもてなすジャンケット事業を営むマカオの代表的な企業、太陽城集団(サンシティ)。その創業者の周焯華(アルバン・チャウ)に有罪判決が下され、注目を集めている。
 アルバン・チャウは2021年11月27日、マネーロンダリング、およびインターネット上のプラットフォームを利用した賭博活動に大量のチャイナマネーを引き入れたことなどの疑いで、マカオ警察に逮捕された。浙江省公安当局の捜査によれば、アルバン・チャウの指示を受けたエージェント(代理人)企業が中国人客を組織的にオンラインカジノに引き入れたり、カジノの負債を回収したり、掛け金を融資したり、チップの両替業務などを行ったりしていたことが判明した。その規模は、株主級の代理人(オンライン・カジノへの出資者)だけで199人、掛け金回収などの業務代行従事者は1.2万人、カジノ客は8万人に上ったという。浙江省当局はアルバンを指名手配し、マカオ検察院はマカオ警察に逮捕を批准した。
 当時、マカオはちょうど2021年9月15日に賭博と宝くじに関する法律を改正したばかりで、カジノ企業に対して、政府代表を株主に入れることや、市民の持株比率を増やすこと、株主への配当を行う時には事前に政府の許可を得ることなどを定めていたが、アルバン・チャウは、そのいずれにも違反していた。
 また、中国大陸の修正刑法では、10人以上の中国人を組織的に海外に送って越境賭博に参加させたり、仲介費をとったりすることも違法だと定めている。

マカオ半島(c)Ray F/ Unsplash

 マカオ検察院は2022年5月26日、アルバン・チャウを正式に起訴した。それに先立ち、浙江省当局も、アルバン・チャウの部下で香港人の張寧寧ら35人を起訴した。起訴状には、違法賭博や黒社会(マフィア)、一般詐欺、巨額詐欺、資金洗浄など、289に上る容疑が並び、2022年9月に公判が始まった。年が明けた今年1月18日、160あまりの罪状で懲役18年の判決が言い渡されたものの、逮捕時の容疑にあった資金洗浄罪は問われなかった。

四大カジノと政府が賠償請求

 公判では、アルバン・チャウをトップとする不法集団が、2013年3月から2021年3月まで、六つの賭博企業や娯楽場で「託底」、すなわち掛け金以上のレバレッジがかかって儲けの税金を回避できる外馬やノミ行為を行い、水面下で大金を動かしていたことも明らかになった。賭博資金は、8000億香港ドル(約13兆3000万円)に上り、少なくとも215億香港ドル(約3490億円)の不正利益を得ていたと見られている。検察側は、アルバン・チャウが関与したと思われる220回もの託底の記録を証拠として提出し、うち14回はアルバン・チャウ自身の指示だと主張した。これに対して弁護側は、サンシティ企業の関与は否定している。

 同時に、大手賭博・宝くじ企業であるウィン・リゾーツ、マカオ娯楽総合リゾーツ、MGMグランドパラダイス、そしてベネチアンの代理人は、アルバン・チャウに対して連帯責任民事賠償請求を提出した。アルバン・チャウが事実上のオーナーを務めていたサンシティは、これら四大カジノの中にVIPルームを開いていたため、アルバン・チャウの「託底」行為などによってカジノとしての信用を傷つけられたことに対する賠償請求だ。金額はまだすべて公表されたわけではないが、100億香港ドル(約1660億円)はくだらないだろう。また、マカオ政府も、82.6億香港ドル(約1370億円)の賠償と、託底による脱税分の支払いを要求している。

逮捕劇の背景にささやかれる権力闘争

 この事件はここで一応の決着をみたわけだが、さらに二つの観点から今後の推移も注目を集めている。中国内の権力闘争によるマカオのカジノ利権の行方と、国際的な影響だ。

 マカオでカジノの帝王と称されたスタンレー・ホー(何鴻燊)が2020年に亡くなった後、新たな王になるとみなされていたアルバン・チャウが突如、逮捕された背景には、多分に習近平の権力闘争がらみの要素があると言われている。香港芸能界やマカオ・カジノ界の利権は、長い間、江沢民・元国家主席の側近を務めた曽慶紅や孟建柱が強い影響力を有しており、アルバン・チャウが彼らの「ホワイト・グローブ」、すなわち自らの手を汚さずに資金洗浄を代行する役割を担っていることは公然の秘密だったからだ。

ああああ

マカオのカジノ王、スタンレー・ホー氏の葬儀 (c) AP/アフロ

 アルバン・チャウ逮捕劇の狙いは、彼らが持つ資金洗浄顧客リストだったと言われている。習近平にとってみれば、2022年の党大会で政敵に妨害されることなく第三期目総書記に選ばれ、長期独裁体制を築くためには、政敵に圧力をかけられるだけの情報を握る必要があった。

 そのために、習近平は中国の刑法を改正し、マカオのカジノ関連法を修正し、アルバン・チャウを逮捕させ、マカオ・カジノのジャンケット業界を壊滅させた。これによって、マカオ経済はもちろん深刻な打撃を受けるが、それは習近平にとって二の次の問題だ。ちなみに、習近平ファミリーもカジノの資金洗浄スキームの恩恵を受けていると見られている。アルバン・チャウが資金洗浄で有罪にならなかったのは、結局、その情報が習近平にとっても秘匿すべきものだったということなのかもしれない。

マカオ・カジノに落ちる影

 今回の判決を受け、マカオの経済や利権はこれからどうなるのか。習近平の利権として再構築されるのだろうか。習近平はマカオ経済について、賭博税一辺倒に頼るのではなく、経済を多元化することを指示しており、マカオ・カジノへの圧力は、当面、変わりそうにない。マカオのカジノ収入は、コロナ禍以前はラスベガスの6倍に上り、その15%はVIPルームからの収入だったが、今回、ジャンケット業界が壊滅したため、少なくともこの15%分は永久に喪失すると思われる。

 また、オ―ストラリア警察が国際マネーロンダリング捜査を進めていた2019年春には、習近平のいとこの斉明が、オーストラリアのクラウン・リゾーツが運営するカジノにプライベートジェットでたびたび訪れ、2012年6月から18カ月の間に総額2800万ドル(約36億4500万円)を支出するなど、上客名簿50人の一人であることが明らかになった。この事実がメディアで報じられたとき、習近平はひどく怒るとともに、カジノを通じて国内資金が違法に流出していることを問題視したという。こうした背景を考えると、今後、マカオのカジノ産業が往年の輝きを取り戻すことは難しいかもしれない。

マカオの街並み (c) Man-Zok Chiang/Unsplash

 なお、アルバン・チャウ無き後のサンシティは、社名をLETグループに改め、アルバン・チャウの腹心だったアンドリュー・ロー(盧衍溢)を中心に再編された。ジャンケット業務は廃業し、不動産やリゾート開発事業を中心に据える模様だ。サンシティはこれまでジャンケット業務で稼いだ資金によって世界各国の不動産を買収してきた。その中には、日本の北海道・ニセコや沖縄・宮古島のリゾート地も含まれているが、これらの不動産がLET(旧サンシティ)に保有されたままか、どこかに譲渡されるかについては、今後の展開を待たねばならない。

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