ミャンマーで国軍が与党・国民民主同盟(NLD)を率いるアウンサンスーチー氏らを拘束し、「軍が国家の全権を掌握した」と宣言してから3年以上が経過しました。この間、クーデターの動きを予測できなかった反省から、30年にわたり撮りためてきた約17万枚の写真と向き合い、「見えていなかったもの」や外国人取材者としての役割を自問し続けたフォトジャーナリストの宇田有三さんが、記録された人々の営みや街の姿からミャンマーの社会を思考する新たな挑戦を始めました。時空間を超えて歴史をひも解く連載の第25話です。
㉕<価格>
ミャンマー(ビルマ)で暮らしていると、日常生活のさまざまな場面でビルマ数字の読み書きが求められる。さらにそのうえ、例えば「1,000」と「10,000」のように、正確に発音しなければ桁が違ってしまう状況にしばしば直面するため、否応なくビルマ語数字を習得する必要性を感じるようになる。そこで、手始めに1から100までと、1000の位を表現するビルマ数字を覚えることにした。最初はなんとなくとっつきにくさを感じていたが、慣れてくるにつれ、市場で買い物する時のやり取りや、町中で目にする景色の意味をなんとなく理解できるようになり始めた。すると、軍独裁政権下の生活といえども人びとの暮らしが次第に垣間見えるようになり、町歩きがどんどん楽しくなっていった。

美容院や散髪屋の店の外に、カット料金などが記された表が掲げられていることがある。アラビア数字の表記もあれば、ビルマ数字だけの場合もある。ちなみに、ビルマ数字の最後の桁の上に書かれた小さな丸(○)は、現地通貨チャットを表している。(カチン州・バモー、2011年)(c) 筆者撮影

映画館のチケット売り場の料金表。座席によって料金が異なる。2010年当時、最低料金は400("၄၀၀")チャットであった。(ヤンゴン、2010年)(c) 筆者撮影

今から31年前の映画館前の様子。休日に映画館に行くのは、当時、最大の娯楽の一つだった。映画の料金については、15("၁၅")チャットと12("၁၂")チャットという記載が見える。(ヤンゴン、1993年)(c) 筆者撮影

宝くじ売り場で好みの数字を物色する女性。宝くじにはビルマ数字が使われている。(ヤンゴン、2012年)(c) 筆者撮影

宝くじ売り場が並んでいる。当選金の金額を示す数字 は、アラビア数字とビルマ数字が混在している。(c) 筆者撮影

卵の価格は、すべてビルマ数字で書かれている。左から順に、 140("၁၄၀")、130("၁၃၀")、125("၁၂၅")、120("၁၂၀")。(ヤンゴン・ベズンダウン市場、2008年)(c) 筆者撮影

このお米屋さんでは、価格はすべてビルマ数字で表示されていた。(マンダレー・ゼイジョー市場、2005年)(c) 筆者撮影

雑貨も販売しているお米屋さん。価格はすべてビルマ数字で表示されている。この店では、お米の種類も併記されていた。(ヤンゴン・ダラ、2010年)(c) 筆者撮影

ヤンゴンの下町にあるお米屋さん。お米の種類と共に、ビルマ数字とアラビア数字の併記で価格が表示されている。(ヤンゴン、2010年)(c) 筆者撮影

マンダレー市内で見かけたお米屋さん。カップ式の計量計が2種類使われ、お米には種類も価格も表示されていなかった。(マンダレー、2003年)(c) 筆者撮影

ヤンゴン市中のお米屋さん。使われているカップ式の計量計は1種類で、お米には種類が表示され、価格はビルマ数字とアラビア数字が併記されている。(ヤンゴン・ベズンダウン、2011年)(c) 筆者撮影

市場で隣り合うお店。向かって左側のお店の価格はビルマ数字だけで表示されているのに対し、右側のお店はアラビア数字で価格を表示している。(ヤンゴン・下42番通り、2019年)(c) 筆者撮影

おつかいを頼まれたのだろうか、女の子が少量のお米を買いにやって来た。この店ではお米の種類の説明はなく、価格はビルマ数字だけで表示されている。(ヤンゴン、2003年)(c) 筆者撮影

お米の種類はすべて説明されており、価格の表記はビルマ数字とアラビア数字が混在している。最初のうちは価格の表示だけに目を奪われていたが、そのうちに、お米の種類によって、それぞれの地域で売れ筋の価格帯が違うのではないかと思い始めた。例えば、この写真では、最前列の真ん中の容器に入った"၇၀၀" (700チャット)のお米が明らかに他に比べて減っている。つまり、このお米屋さんでどのお米が一番売れているかを調べることで、お米屋さんがある市場の周囲に住んでいる人の経済状態が、ある程度、推測できるのではないかと考えたのだ。もっとも、お米が減るとすぐに補充されている可能性もあるが。(ヤンゴン・ミィニィゴン、2008年)(c) 筆者撮影

ミャンマー(ビルマ)が近いタイ国境の町の中心部に位置する、通称<ビルマ市場 (Burmese market:16°42'52.7"N 98°33'58.4"E) >。お米の種類はビルマ語で説明されているが、価格はアラビア数字で、タイの通貨であるバーツで表記されている。(タイ・メソット〈Mae Sot〉、2022年)(c) 筆者撮影

ミャンマー(ビルマ)が近いタイ国境の町の中心部に位置する、通称<ビルマ市場 (Burmese market:16°42'52.7"N 98°33'58.4"E) >。お米の種類はビルマ語で説明されているが、価格はアラビア数字で、タイの通貨であるバーツで表記されている。この写真だけ見ると、タイで撮影したのか、ミャンマー(ビルマ)国内なのか、判別できない。(タイ・メソット〈Mae Sot〉、2022年)(c) 筆者撮影

ミャンマー(ビルマ)が近いタイ国境の町の中心部に位置する、通称<ビルマ市場 (Burmese market:16°42'52.7"N 98°33'58.4"E) >。お米の種類はタイ語とビルマ語で併記されているが、価格はアラビア数字で、タイの通貨であるバーツで表記されている。この写真だけ見ると、タイで撮影したのか、ミャンマー(ビルマ)国内なのか、判別できない。(タイ・メソット〈Mae Sot〉、2022年)(c) 筆者撮影
ここまでミャンマー(ビルマ)における価格の表示方法の違いについて見てきたが、前回(第24話)の秤と同様、「さて、日本での価格表示はどのようになっているのだろうか」と気になったため、折に触れて各地の市場を見て回ることにした 。
その結果、京都・東京・神戸・大阪・札幌の各市場では、ほぼ9割がアラビア数字で価格が表記されていたが、たまに漢数字で価格を記載しているお店もあった。とはいえ、さすがに、数十年前には見られた漢数字の大字: 壱(1)、弐(2)、参(3)、拾(10)などを使うお店は、私の探す範囲では見当たらなかった。
今回の㉕<価格表記>をもって、民俗学者・宮本常一氏へのオマージュとしてタイトルを付けた連載「歩く・見る・撮る」はいったん小休止となります。写真のレイアウトやキャプション修正など、「ドットワールド」編集部の玉懸編集長にはお世話になりました。どうもありがとうございました。
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過去31年間で訪れた場所 / Google Mapより筆者作成
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時にはバイクにまたがり各地を走り回った(c) 筆者提供