ミャンマーの死刑執行に米国はどう反応したか
政府高官や知識人が世論喚起の中心に

  • 2022/8/28

 ミャンマー軍が民主活動家ら4人を処刑したことが、7月25日に明らかになった。この事件は米国に大きなショックを与え、バイデン政権や米議会は軍に対する制裁強化に動き始めている。2021年2月のクーデター直後に全米で起きたような、ミャンマー系米国人による組織的な抗議活動は見られないものの、米識者の論調には、①今回の処刑によってミャンマー市民の軍への憤りが一層高まったこと、②民心掌握に失敗していることに軍の焦りが強まっていると見られること、そして、③民衆と敵対する軍を物心両面で支えているのは中国だという認識が広まっていること、という傾向が見られる。こうした論調は米国の対ミャンマーおよび対中国政策に影響を及ぼし、「米国率いる民主主義陣営」対「中国率いる専制主義国家」という、グローバルなイデオロギー対立を深化させる可能性がある。

ミャンマー軍が民主活動家4人を処刑したことに対する抗議運動は、アジア中に広がっている。 写真は7月29日にフィリピンの首都マニラで行われたデモの様子(出典: Mizzima News Twitter

在米ミャンマー人たちの抗議は低調

 テロ行為を行った嫌疑でミャンマー軍によって非公開裁判にかけられ、秘密裏に死刑に処されたのは、民主主義の回復を求めていたピョーゼヤトー元議員や、コ・ジミーの通称で知られた作家で著名活動家のチョウミンユー氏、フラミョーアウン氏、そしてアウントゥラゾー氏の4人だ。これに対し、米バイデン政権は、国務省がすぐに非難声明を出すなど、素早く反応した。また、米議会でも、ミャンマー情勢に関心を持つ米議員らが、4月に下院を通過した「ビルマ法案」について、上院も速やかに可決するよう求めている。
 この法案は、4億5000万ドル(約616億1828万円)規模を民主派に支援すること、軍への制裁を一層強化すること、政権内にミャンマー担当官を設置することなどが柱になっており、超党派で強い支持を得ている。もっとも、きたる11月に中間選挙を控え、党派争いや国内政治の思惑に巻き込まれて成立が1年以上遅れており、上院の通過は9月以降になる可能性もある。

米議会の「ビルマ法案」審議は、国内政治が優先されているため成立が遅れている。(出典: Pexels

 また、米メディアもこの問題を大きく扱っており、ロバート・F・ケネディ人権センターなどの人権団体に加え、米国ペンクラブをはじめとする作家団体などが最大級に強く国軍批判を行っている。

 その一方で、2021年2月に軍事クーデターが起きた直後に、ニューヨークの国連本部や、首都ワシントンの目抜き通り、サンフランシスコの国連広場などで数千人規模のミャンマー人やミャンマー系米国人が繰り広げた抗議のデモ活動は、今回は見られなかった。約20万人いると言われるミャンマー系米国人たちも、SNS上の発信は低調だ。

 この点については、日本でミャンマー人たちが8月半ばを過ぎても外務省の前などで死刑執行に対して抗議の声を上げ続けているのとは対照的だ。クーデター後、ミャンマー系米国人から「ボトムアップ」による世論形成があったのに対し、今回は米政府高官や知識人など、主に非ミャンマー系、特に白人が世論喚起の中心になっているのは、興味深い。

国内の統制失敗に募る焦り

 こうした中、ミャンマー情勢を分析する識者の論調には、「軍に余裕がなくなってきているのではないか」という見解が見られるようになった。

 米国の元外交官で、ミャンマーや日本の米国大使館にも駐在した経験があるプリシラ・クラップ氏は7月28日、「クーデター政権が、(東南アジア)域内の最も強力な支持国から出されていた(死刑執行に反対する)意見を明らかに無視したことは、軍の幹部たちがクーデターから18カ月以上が経ってもいまだに国内の統制に失敗していることに焦りを募らせていることを示している」という分析を発表した。

 さらにクラップ氏は、「彼らは著名な反体制派活動家を殺害すれば、抵抗活動を続けている市民に恐怖心が生まれると踏んだのだろう。しかし、結果的には、彼らの軍への抗議行動が一層大胆かつ活発なものになった」と論じた。

拘束を解かれ、ヤンゴン国際空港に到着した「88世代」のメンバーのジミー、ことチョウミンユー氏(中央)と、子どもを抱いた妻のニラルテイン氏(左)(2012年1月13日撮影)(c) AFP/アフロ

 また、ロンドンを拠点にするミャンマー人民主活動家のミンテントボー氏も、米外交誌『ディプロマット』への寄稿の中で、「(国軍総司令官であり国家行政評議会議長の)ミンアウンフラインが処刑を命じたことで人々にどんな影響があったかといえば、恐怖心が生まれたどころか、抵抗運動の激憤にかられた反発心に、さらなる火がついただけだ」と評した。

 同氏は、「抵抗運動を指揮するある学生は、私に『今回の死刑執行によって、ミャンマーに二つの道しか残されていないことが明らかになった。軍政を受け入れるか、死ぬまで闘うかのどちらかだ』と語った。他の反軍派の人たちも、弾圧や死刑執行など、ミンアウンフラインによる心理戦がいかに失敗しているのか、異口同音に話してくれた」と、論拠を挙げる。

 前出のクラップ氏は、「軍は容赦のない蛮行を繰り返しているが、にも関わらず、クーデター政権に対する武装蜂起は全国で一層活発化して勢力圏を拡大しつつあるため、軍の資源が消耗し、下層部の逃亡を引き起こしている」と、まとめている。

女性たちも銃をとり、国軍と闘っている。(出典: Cobra Column Facebook

 ミャンマー軍は、民主活動家の処刑を断行したことで国民全体を敵に回し、終わりのない消耗戦に決定的に足を踏み入れてしまった。それは、殺すか殺されるかの内戦だ。平和的な解決の芽を完全に摘んでしまったことは、軍の戦略的な誤りであり、たとえ局地的に弾圧に成功し、戦術的な勝利を収めたとしても、到底挽回できるものではない。

 この状況は、ある意味、ロシアのプーチン大統領がウクライナに対して仕掛けた侵略戦争が、相手の抵抗の意思や軍事力を過小評価する戦略的なミスによってロシア自身の国力を確実に衰退させる消耗戦を招いたことに似ていなくもない。

自国の投資保護を優先する中国

 同時に、米識者の間では、ミャンマーの市民と軍部の対立が今後、長期化するだろうと見られている。軍が中国の強い支持を受けているためだ。

 中国は、ウクライナに侵攻した専制主義国家ロシアへの制裁に参加せず、むしろ原油を大量に購入したり、消費財を輸出したりすることによってロシアを助けている。その姿勢は、ミャンマー軍への経済制裁に一切加わらず投資を継続し、170億ドル(約2兆3282億円)に上る年間貿易額を維持することで経済的な命綱を提供している姿とも重なる。

 米シンクタンクの外交評議会のジョシュア・カーランジック上席研究員は、軍が処刑を行う4カ月ほど前、4月4日の時点ですでに「中国は、ミャンマーに対する自国の投資が守られるためにはミャンマー軍が勝利することが最も効果的だと判断し、軍への支援を大幅に増やすことで、世界の権威主義国家と民主主義国家の間の分断を加速させた」「ウクライナ情勢を踏まえ、中国が中立の立場を取ることを期待していた識者たちが裏切られたように、中国はミャンマーに対しても(中立的立場を取ることなく)市民への弾圧行為を全面的に支援する立場を取っている」と、考察で看破していた。

一部のミャンマー人たちはSNS上で、軍を支援する中国のミャンマーからの撤退を要求している。(出典: The Irrawaddy

 米議会が設立した米国平和研究所に所属しているミャンマー専門のジェイソン・タワー研究員も7月14日、「中国は、軍と民主派勢力の対話を促進すると表明したが、それはリップサービスに過ぎなかった。実際には、アウンサンスーチー氏率いる国民民主連盟(NLD)との接触を減らし、国民統一政府(NUG)も一切承認することなく、ミャンマーにこれまで行ってきた中国の戦略的投資を保護してほしいということだけだ」と指摘している。

 このように、中国は一見、中立的な立場を装いながら、軍による「テロリズムとの戦い」に共感を示し、民衆と敵対する軍の勢力を強化しているほか、西側諸国が相次いで制裁に踏み切ることで発生した空白に入り込み、ミャンマーを「債務の罠」に陥らせることによって地政学的にも影響を拡大させている。

 こうした動きについて、米国務省のネッド・プライス報道官は「中国ほどミャンマーに影響力を有している国はない。中国の存在があるからこそ、軍への経済的・外交的な圧力が十分な効果を上げているとは言えない」と述べ、軍を支える中国を暗に批判した。

ミャンマー民衆の国軍への抵抗は強まるばかりだ。写真はカレン州の抵抗組織「コブラコラム」で武器の扱いの訓練を受ける男性。(出典: Cobra Column Facebook

 一方、元外交官のクラップ氏は、中国がタイやカンボジア、ベトナム、ラオス、ミヤンマーなどメコン諸国との関係強化を図るために2015年に創設した「中国メコン協力(LMC)」に触れ、「(ミャンマー中部の遺跡都市バガンで7月4日に)外相会議を招集したことが、処刑に向け国軍を勢いづける一因となったのは明らかだ」と断定している。より単刀直入に中国を批判する。

 このように、多くの米識者にとって、中国はミャンマー民主化の障害だと認識されている。クラップ氏は、「中国は、ミャンマー軍部への支援を強化しているだけでなく、東南アジアの近隣諸国にもミャンマーに対して同様のアプローチを採るよう圧力をかけている。こうした中、ミャンマーに民主主義を回復させるための国際的な努力は限定的な効果しか持ち得ない」と、現実的な見方を披露している。

ページ:

1

2

関連記事

 

ランキング

  1.  ドイツ・ベルリンで2年に1度、開催される鉄道の国際見本市「イノトランス」には、開発されたばかりの最…
  2.  今年秋、中国の高速鉄道の総延長距離が3万マイル(4.83万キロ)を超えた。最高指導者の習近平氏は、…
  3.  日本で暮らすミャンマー人が急増しています。出入国在留管理庁のデータによると、2021年12月に3万…
  4.  ドットワールドとインターネット上のニュースサイト「8bitNews」のコラボレーションによって20…
  5.  11月5日に投開票が行われた米大統領選挙では、接戦という事前の予想を覆して共和党のドナルド・トラン…

ピックアップ記事

  1.  11月5日に投開票が行われた米大統領選でトランプ氏が再選したことによって、国際情勢、特に台湾海峡の…
  2.  ジャーナリストの玉本英子さん(アジアプレス・インターナショナル)が10月26日、東京・青山で戦火の…
  3.  ドットワールドと「8bitNews」のコラボレーションによって2024年9月にスタートした新クロス…
  4.  米国・ニューヨークで国連総会が開催されている最中の9月25日早朝、中国の大陸間弾道ミサイル(ICB…
  5.  「すべてを我慢して、ただ食って、寝て、排泄して・・・それで『生きている』って言えるのか?」  パ…
ページ上部へ戻る