ガザ危機で悪化する人権国家ドイツのレイシズム
抑圧される連帯の動きと言論の自由

  • 2024/4/30

 2023年10月にパレスチナの軍事組織ハマスがイスラエルに大規模攻撃を仕掛けて以来、イスラエル軍によるガザへの激しい報復攻撃が続き、国際社会から批判の声が高まっている。そんななか、ホロコーストの歴史を抱えるドイツは一貫してイスラエルを支持しており、ひとたび「反ユダヤ主義」だとみなされれば、声がかき消され、言論の自由が奪われる事態が起きている。

ドイツ西部で開催された、ガザ停戦・パレスチナの自由を求めるデモの様子(2024年4月、ドイツ・デュッセルドルフ市で筆者撮影)

パレスチナ人の存在を無視

 「ドイツがやっているのは『罪』からの学びなんかじゃありません、『国家によるレイシズム』です」
 10年前、2014年の夏にイスラエルがガザに侵攻したときに、パレスチナ・ガザ地区にいた父親とその家族11名の親族を一度に失ったというラムジー・キラーニ氏はそう言う。ガザ出身の父親と、ドイツ人の母親のもとにドイツで生まれ育った彼は、パレスチナ人としては「存在しない存在」として扱われてきたという。
 「子どもの頃、周囲からはパレスチナ人なんていうものは存在しないと言われました。ドイツで育つパレスチナ人はそういう扱いを受け、自尊心を失うのです」と語る。
 亡くなった彼の父親と異母弟妹たちは、ドイツ国籍を保持していた。ドイツの連邦検察庁は、自国民が巻き込まれた事件は、外国で起きたとしても調査をする義務を負う。ベルリンに拠点を置き、パレスチナ人の権利を擁護する欧州憲法人権センター(ECCHR)と、ガザに拠点を置くパレスチナ人権センターは、事件は戦争犯罪であるとして捜査を求めてドイツ政府に刑事告訴を起こした。
 しかし、2021年8月、ドイツ検察庁はイスラエルから提出されるべき証拠が提出されなかったことを理由に事件調査の取り下げを決めたと、ECCHRのウェブサイトには記載されている。キラーニ一家を殺した犯人は、今も罪を裁かれていない。

 
 
 
 
 
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揺らぐ「基本的人権」の保障
 「イスラエルを絶対支持するドイツで制限される「言論の自由」」(2023年11月24日付)でも指摘した通り、第二次世界大戦後、ドイツは一貫してイスラエルを軍事・財政面などで支援してきた。
 2023年10月7日のハマスによるイスラエルに対する大規模攻撃の直後、ドイツのオラフ・ショルツ首相は、「このようなとき、ドイツの居場所はただひとつ、イスラエルの側にある」と述べた。ドイツ政府はイスラエルの自衛権を擁護し、2023年のイスラエルへの武器輸出額は3億2650万ユーロ(約538億円)と、前年比の10倍に増えた。

 一方、ドイツにはパレスチナ系の住民も多くいる。首都ベルリンのパレスチナコミュニティはヨーロッパ最大といわれ、十数万人から30万人が住むと推定されている。しかし、彼らの声は封じられているかのように思われる。
 イスラエルによるガザへの報復攻撃が始まった2023年10月初め、ドイツの大都市では、親パレスチナのデモが禁止された。10月7日にベルリンの一部でハマスによるイスラエルへの攻撃を祝福したグループがいたことが問題視されたのだ。
 そのため、ベルリンに住む前出のキラーニ氏も、パレスチナの平和を求めるデモにすら参加できなくなった。その間、彼はガザにいる親戚の置かれた状況が徐々に深刻化していく様子を聞いていた。ガザの通信状態が悪化すると連絡が取れなくなり、その生存もわからなくなった。
 「当時はデモが禁じられており、路上で人々とともに悲しんだり、苦しみを共有したり、怒りを叫んだりすることすらできませんでした。部屋に閉じこもって一人で画面を見つめるしかできず、私の精神状態はただ悪化していきました」
 それは「基本的人権」の剥奪だったとキラーニ氏は言う。「デモにも行かず、パレスチナ人であることを示さなければ、抑圧してくる側の思うつぼでしょう。そんなことはしたくありません。私のちを黙らせることなどできません」
 その後、パレスチナに連帯を示すデモを禁止することは憲法上の「集会の自由」に反すると裁判所が判決を下したため、現在はドイツ全土でデモが実施できるようになっている。しかし、ドイツ西部デュッセルドルフ市やミュンスター市で筆者が見たガザの即時停戦を訴求するデモでは緊張感が漂っていた。例えば、「ジェノサイド」「川から海まで(From the river to the sea)」などの警察が使用を認めない言葉を口にすると、警察官に身分証明書の提示を求められたり、拘束されたりと、処罰対象となることがある。あるいは、親パレスチナのデモをしている人々が、親イスラエルの一般市民に詰め寄られるというようなことが頻繁にある。

ガザ停戦を求めるデモに参加する人々は、連帯を示すために、多くの人がアラブの伝統的なヘッドスカーフであるクフィーヤを身に着けている(2024年4月、ドイツ・デュッセルドルフ市で筆者撮影)

 なお、パレスチナを国家承認していないドイツでは、政府機関に提出する書類の国籍欄にパレスチナという選択肢がない。2023年9月にガザからドイツの大学に留学に来たという別の青年も、「ドイツの在留許可書には『無国籍者』として登録されています」と筆者に教えてくれた。

歪んでしまった「罪の克服」

 ドイツではホロコーストは絶対的な悪とされ、ナチスが約600万人のユダヤを組織的に殺害したという加害の歴史が積極的に教えられてきた。そうやって過去を克服し、人権と民主主義を重視する国というのが、1990年のドイツ統一以降の国家のアイデンティティとされた。

 その「反省」に基づき、今のドイツでは、ひとたび深刻な「反ユダヤ主義」の発言や行動をしたとみなされれば、民衆煽動罪で処される。しかし、その反ユダヤ主義の定義があいまいで、イスラエルを批判する政治的主張をすれば、反ユダヤ主義者だとみなされがちだ。

 ドイツ政府の言う「反ユダヤ主義」とは、35カ国の政府間組織である国際ホロコースト記憶連盟(IHRA)が2016年に発表した定義に依拠している。現在43カ国が採用する同定義は、人種的偏見と政治的立場を混同させているとして、ホロコーストやユダヤ教を専門とする学者、および人権団体らから批判を受けている。

 IHRA定義では、「ユダヤ人の自決権を否定すること。イスラエル国家の存在が人種差別的な試みであると主張すること」が反ユダヤ主義の例として挙げられる。しかし、イスラエルのヘブライ大学でホロコースト史を教えるアモス・ゴールドバーグ教授は、「イスラエルによるアパルトヘイトは現実だ」と題するオピニオンを独紙「フランクフルター・アルゲマイネ」へ寄稿している。

ガザ停戦を求めるデモでは、シリアで生まれ育ったパレスチナ系男性が「ドイツにも表現の自由がない」と訴えるプラカードを掲げていた。(2024年4月、ドイツ・デュッセルドルフ市で筆者撮影)

 しかし、ドイツでは、イスラエルによる「アパルトヘイト」や「ジェノサイド」を指摘すれば、このIHRAの定義を根拠に反ユダヤ主義という差別をしているとレッテルを貼られ、圧力をかけられる。

 たとえば、ドイツ西部のミュンスター大学では、社会人類学研究所で今年1月に予定されていたドキュメンタリー映画『アパルトヘイトへの道』(2012年、未邦訳)の上映会が、大学の反ユダヤ主義対策委員により「反ユダヤ主義的」であるとみなされ、キャンセルを余儀なくされた。同作品は、南アフリカの旧アパルトヘイト政策とイスラエル・パレスチナにおける状況を対比させたものだった。

 さらに、翌2月末には、パレスチナの権利について訴える「アンチコロニアル・ミュンスター」という団体がミュンスター市内のミニシアターで、パレスチナ沿岸部の村で1948年に起きたイスラエルによる虐殺疑惑に関する映画『タントゥーラ』の上映会を開催。会場は満席で、上映後にはユダヤ系住民とパレスチナ系住民との間で対話も行われたが、後日、同イベントは「反ユダヤ主義的」な活動であると市の反ユダヤ主義委員により認定された。

 こうしたなか、映画館やカフェなどの施設は反ユダヤ主義と糾弾されるのを恐れ、パレスチナ連帯のイベントを開催することを恐れるようになっている。

ドイツで高まるイスラム嫌悪

 2023年10月7日以降、ドイツではユダヤ人を狙った反ユダヤ主義的な犯罪が増えたとドイツメディアでさかんに報道されるようになった。4月5日にも、ドイツ北西部のオルデンブルグにあったシナゴーグのドアが燃やされるという事件があった。
 その一方で、その責任を国内にいるイスラム教徒に押し付けるかのような「輸入された反ユダヤ主義」という言葉がよく聞かれるようになった。ドイツ連邦移民・難民局によると、ドイツには550万人のイスラム教徒がいる。ガザの攻撃に対するイスラエル批判、つまり反ユダヤ思想は彼らが持ち込んだという主張だ。
 そんななか、ベルリンを拠点とする非営利組織「CLAIM―イスラム恐怖症とイスラム嫌悪に反対する同盟」は、2023年10月7日以降、イスラム教徒を狙った差別、身体的攻撃、器物損壊などの事件が急増したと発表した。同団体は、2023年10月9日から11月29日までの間に、イスラム教徒を狙った事件を187件記録したという。2022年には年間898件、1日あたり平均約2.4件だったのが、1日あたり約3.7件に急増したことがわかる。
 また、連邦内務省によって結成された「イスラム教徒の敵意に関する独立専門家グループ」が2023年に発表した調査報告書によると、回答した一般のドイツ人の2人に1人が、「イスラム教徒に対する偏見的な形容」に同意している。ムスリムの女性は自己決定をする存在ではなく、男性は攻撃的で暴力的な存在だと見なされがちだという。
 その原因として、報告書はメディアによるイスラム教の否定的な描き方を挙げている。同調査では、1940年代から1990年代までのドイツの主要な国内出版物に掲載されたイスラム教に関する1万2000件以上の記事のうち、約60%がイスラム教を否定的に扱っていた。イスラム教徒がテロなどの暴力的な紛争や宗教原理主義に直接関連付けられていた。
 事実、筆者は、日本人については褒める人が、よく知らないイスラム教徒の隣人のことを「あの人たちは女を差別する」と偏見発言しているのに驚かされたことが何度もある。
 また、同報告書では、イスラム嫌悪と反移民感情を煽る極右政党「ドイツのための選択肢 (AfD )」も問題視している。同党の政治家は、「イスラム教は自由民主主義の基本秩序と対立し、イスラム教の広がりは国内平和とドイツの文化的アイデンティティへの脅威になる」と訴えている。
 AfDのメンバーを含む極右過激派が、肌の色が異なる移民やドイツ国籍を持つ元外国人を国外追放するという計画を話し合っていたことも、今年1月の調査報道によって明らかになった。それに反対し、ドイツの各都市でそれぞれ何十万人もの人々がAfDに抗議した。しかし、4月2〜3日に実施されたインフラテスト・ディマップによる全国の政党支持率世論調査によれば、AfDは18%の支持率を集めており、2番目に支持率が高い。

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