先鋭化する中国とフィリピンの対立 日米はどう対応するのか
台湾危機に加え、新たに顕在化した南シナ海の紛争リスク

  • 2024/7/25

 中国とフィリピンの対立がにわかに先鋭化し、国際社会の関心を集めている。事態は、実質的に中国の第二海軍とみなされてきた「中国海警局」(以下、海警局)の船舶とフィリピン海軍が6月17日、南シナ海のセカンド・トーマス礁(中国名は仁愛礁、タガログ名はアユギン)の周辺で暴力衝突したことに端を発する。海警局の役割や権利義務を明確に規定した「中華人民共和国海警法」(以下、海警法)の3号令が施行された直後のことで、中国側が配信した衝突時の写真には、斧やこん棒を手にした海警船の乗員がフィリピン海軍の補給用ボートを襲う様子が映っていた。対するフィリピン側も、衝突により8人以上が負傷し、うち一人は右手の親指を失ったと発表している。

 中国による戦争の火種としては、これまで台湾海峡を巡る情勢が懸念されてきたが、今回の事件は、南シナ海でも紛争リスクが高まっていることを世界に強く印象付けた。本稿では、中国とフィリピン、そして米国の南シナ海をめぐる情勢について整理したい。

南シナ海(地元では西フィリピン海とも呼ばれる)における中国の広大な領有権主張を無効とした仲裁判決から8周年を祝い、スローガンを叫ぶデモ参加者たち。このグループは、毎年7月12日を 「西フィリピン海の日 」と宣言するように政府に求めている。フィリピン・ケソン市で2024年7月12日撮影 (c) AP/アフロ

南沙諸島をめぐる長い対立の歴史

 セカンド・トーマス礁は、フィリピンや中国に加え、ベトナム、台湾、マレーシア、ブルネイが、互いに一部またはすべての領有権を主張して争っている南沙諸島(スプラトリー)に位置する。このうちセカンド・トーマス礁については、中国、フィリピン、台湾、ベトナムが主権を主張しており、1992年に中国が高脚式建造物を建てたが、1999年にフィリピン海軍が軍艦シエラ・マドレ号を故意に座礁させ、海兵隊員を常駐させるようになって以来、実効支配はフィリピンとなっている。6月17日に中国海警船が襲撃したのは、シエラ・マドレ号に常駐する海兵隊員に武器や生活物資を補給するためにフィリピン側が定期的に出していた補給用ボートだった。中国側はフィリピン海軍に負傷者を出したうえ、補給物資も押収したという。

 中国海警局は6月17日、フィリピンの補給船が中国側の警告を無視し、違法に領海を進入して故意に危険な方法で中国船に接近したことから衝突が起きたと主張した。他方、フィリピン軍側は中国の主張が誤りであり、誤解を招くと反駁。「中国海警局が攻撃的な活動を続け、地域の緊張をエスカレートさせている」「中国の船舶がフィリピンのEEZ内で違法活動を続けていることが問題だ」などと主張した。                       

南シナ海の第2トーマス浅瀬で補給活動中のフィリピン軍に接近する中国沿岸警備隊。フィリピン軍総司令官は中国沿岸警備隊により押収されたライフル数丁と装備品の返還と損害賠償を中国に要求した。2024年6月17日撮影 (c) Armed Forces of the Philippines / AP / アフロ

 南シナ海・スプラトリーをめぐる中国とフィリピンの対立の歴史は長い。中国で習近平政権が発足して以来の最大の動きとしては、中国がセカンド・トーマス礁に近いミスチーフ礁に人工島を増設し、軍用機も離着陸可能な滑走路を建設して実効支配を強めたことに対し、フィリピンがオランダ・ハーグの国際司法裁判所(ICJ)に裁定を求めたことが挙げられる。ICJは2016年7月、南シナ海地域における中国の主権主張を認めない判決を下した。しかし、中国はそれを公然と無視し、南シナ海の島嶼国に対して実効支配を強化し続けており、断続的に緊張が高まっている。フィリピンで2022年に比較的親中的であったドゥテルテ前政権からマルコス現政権に代わると、フィリピンの南シナ海政策は親中反米路線を大きく是正し、米軍と再接近。中国海警船の活動も活発化し、中国とフィリピンの間で衝突リスクが高まっていた。

 そのマルコス大統領は、31日に開かれたアジア安全保障会議の席上で「(中国海警船による6月17日の行為によって)フィリピン人に1人でも死傷者が出た場合、戦争は極めて近くなるだろう」と発言。中国とフィリピンによる南シナ海紛争の可能性をほのめかせるにいたった。

海警法3号令により当局の権限が大幅に拡大

 中国は2021年2月に施行した海警法について、今年5月に3号令の執行運用プロセスに関する法令を新たに発布。6月15日から発効すると発表した。これにより、司法手続きを経ずとも、現場海域で海警当局の判断で臨検を行い、物資を押収できることになった。              

南シナ海のセカンド・トーマス礁にある有人前哨基地「シエラ・マドレ」への補給を妨害しようとする中国船を監視するフィリピン沿岸警備隊の船員たち。2023年11月10日撮影 (c) The New York Times / Redux / アフロ

 この法令では、海警当局が領海侵犯した外国船の乗員の身柄を60日にわたり拘束し、取り調べる権限を認めているうえ、中国が主張する領海内での殺傷行為も認めている。海警局は一見、海上保安庁やコーストガードと同等の執法機関のようにも見えるが、厳密に言えば、中央軍事委員会の命令に従う解放軍パワーの一部なのである。特に、5月に頼清徳政権が発足した台湾で中国が行っている「懲罰的軍事演習」では、軍と連携して台湾離島の周辺で臨検を行い、台湾本島からの補給を断つことで台湾離島を孤立させ、実効支配を奪取して主権を拡大していくという、中国の制海権拡大シナリオを前提にしたものだと言える。

対外的な好戦姿勢で人民の不満を国外へ誘導
 習近平政権は今年に入り、海警法だけでなく、反国家分裂法や国家安全法など、既存の法律の曖昧な部分をより具体的に執行するための規定を相次いで発表している。この背景には、台湾で中国が「頑固な台湾独立分子」として憎悪する頼清徳政権が発足したり、きたる11月の米国の大統領選挙で中国を米国にとって最大のリスクだと考えるトランプ政権が復活する可能性が高まったりしている国際情勢の変化がある。こうした要因は習近平政権にとって非常に厳しい環境をもたらすだけでなく、国内の経済回復の可能性をさらに遠ざける。経済低迷により増大する人民の不満の矛先を、共産党と習近平国家主席自身ではなく、国外の敵(独立分子や米国帝国主義)へと誘導するために、習近平政権はますます対外的に好戦的な姿勢を見せる必要に迫られているのだ。                      

台湾南部屏東県の空軍基地付近を飛行するC130輸送機。台湾は先日の総統選挙後、台湾を自国領土と主張する中国からの脅威の中で軍事訓練を実施している (c) AP / アフロ

 実際、7月中旬に開かれた第20期中央委員会第3回全体会議(三中全会)で採択された習近平政権の第三期コミュニケを読むと、対外開放により経済発展を導いてきた「改革開放」路線とは決別を宣言する内容になっている。さらに同コミュニケでは、かつて鄧小平氏が率いた「改革開放路線」を、西側の価値観に基づく現代化に対抗する習近平国家主席の「中国式現代化」にすげ替えることも謳っている。習近平式改革の本質は、権威主義体制の強化であり、習近平氏個人の権威強化にあるが、そのためには、国家安全と公共安全(治安維持)、渉外国家安全、国防・軍事の強化が必要だ。だからこそ、「人民軍隊に対する党の絶対的指導を堅持し、改革による軍隊強化戦略を踏み込んで実施することで中国人民解放軍の創立百周年における奮闘目標を計画通り達成し、国防・軍隊の現代化の基本的実現を力強く保障する必要がある」と訴えているというわけだ。

 さらに、強軍建設という目標を達成するためには、実際に戦争を行うかもしれないという緊張感を軍が持ち続け、時には実際に小さな戦闘行動に出ることが手っ取り早い。実際、鄧小平国家主席(当時)が文化大革命後、ガタガタに崩れていた解放軍の近代化を進めて軍を掌握するとともに、自らの権威を高めるためにベトナムへの懲罰戦争を仕掛けた歴史を見ても、これは共産党の常套手段なのだ。

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