カタルーニャ語に嫌気、バルセロナを出て行った有名画家
母語使用にこだわるのは偏狭なナショナリズムか?

  • 2021/8/29

 日本でも名古屋市美術館などに作品が収蔵されているアイルランド生まれの有名画家、ショーン・スカリー氏が最近、バルセロナにあったスタジオ兼住居をフランスに移した。その理由を「バルセロナでは会合に出席すると『失せろ』と言わんばかりに、カタルーニャ語ばかり話している」などと英紙にコメントし、スペイン各紙が報じている。

 複数の報道によると、スカリー氏は1983年に米国国籍を取得。1994年にバルセロナにスタジオを開設し、ニューヨーク、ミュンヘンと行き来していた。

ショーン・スカリー氏(2012年撮影)(c) Juan García/Institut Valencià d’Art Modern(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Sean_Scully.jpg)

「カタルーニャ語ばかり話している」

 一連の報道の発端は、同じくアーティストの妻のリリアン・トマスコ氏とスカリー氏の共同展覧会や、2人の暮らしぶりについて記した英国の経済紙「フィナンシャル・タイムズ」のアートコーナーの記事。

 スペインメディアが反応したのは以下の部分だ。

 2人(編集部注:スカリー氏とトマスコ氏)が話す流暢なスペイン語は、最近家とスタジオを引き払ったバルセロナで過ごした年月を表すものだ。移転の決断は、かつて愛した街でのナショナリズムの高まりのためだった。

 「バルセロナでは会合に出席すると『失せろ』と言わんばかりに、カタルーニャ語ばかり話している」とスカリーは話す。幼い息子を伴って遊び場に行った際には、トマスコはスペイン語ではなくカタルーニャ語を話すべきだと言われた。「こうしたことが重なって、難しくなったのです」と、トマスコは静かに語る。スカリーはより乱暴に「結局、こうしたクソみたいなことのために、バルセロナに耐えられなかった」と付け加えた。

 スペインの言語事情について補足すると、同国は多言語国家であり、国の公用語はスペイン語だが、バルセロナのあるカタルーニャ州ではカタルーニャ語、バスク州ではバスク語など、自治州レベルの公用語も定められている。

 このうちカタルーニャ語は、入門学習書によると、バルセロナがあるカタルーニャ州をはじめ、アンドラ公国やフランスの一部などでも話されており、言語人口はデンマーク語やフィンランド語に匹敵する約600万人。フランコ独裁政権下では約40年にわたって弾圧された歴史があり、近年では学校教育などを通じて復興してきたが、移民流入などにより使用度低下が問題になっているという。

 近年では、2017年の独立を問う住民投票などの動きと結び付けられることもあるが、このようにれっきとして昔から使用されている言語だ。カタルーニャ母語話者であっても、独立賛成派やカタルーニャ・ナショナリズムの推進派とは限らない。むしろ、スペイン語母語話者の独立賛成派が住民投票後に増加したことも指摘されている

 
 
 
 
 
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「ナショナリズムの新たな犠牲者」

 しかし、「フィナンシャル・タイムズ」の記事では、スカリーの鉤括弧の内容はカタルーニャ語使用を批判しているだけだが、地の文では言語使用はナショナリズムと言い換えられている。

 首都・マドリードを拠点とするメディアは、この地の文の「ナショナリズムの高まり」という部分に着目し、同紙の記事について報じた。

 右派の立場をとっているとされる全国紙「ABC」紙は、「言語とナショナリズムのためにバルセロナを去った、画家のショーン・スカリーが断言」と見出しをとった。

 記事では、「バルセロナは光の街だと思われているが、私は影の街だと思っている。私は影や謎が好きだ」とするスカリーの2009年の他紙へのコメントを引用するなど、地元との関わりにも言及。しかし、報じられたバルセロナを去った理由については「スカリーは、ニューヨーク、ミュンヘン、バルセロナの間でバランスを保っていたが、言語とナショナリズムのために、結局カタルーニャの首都をその方程式から取り除くことにした」と書いている。

 また、同じく右派とされる日刊紙「ラ・ラソン」は、「アーティストのショーン・スカリー、独立主義の息苦しさを理由にカタルーニャを離れる」と見出しをとり、「カタルーニャ・ナショナリズムの新たな犠牲者だ」と記事を書き出し、独立主義とまで結び付けた。

母語を話しているだけ

 一方、カタルーニャを拠点に発行されている各紙は、スカリーのコメントを、現地の言語や文化に対する敬意不足という文脈で捉えたオピニオン記事を掲載している。

 「エル・ペリオディコ」に寄稿した作家は、移転の時期に疑問を呈した。現在は、パンデミックから1年半が経過し、カタルーニャの政治があまり活発ではない時期であるとし、「もし10月1日の独立主義の爆発(編集部注:2017年の独立住民投票)と、それに続くデモの直後だったなら文脈は違っただろう」と記している。

 さらに、「都市の美しさや、クリエイティブな雰囲気やビーチ、ガウディなどに惹かれてやってくる多くの外国人のように、スカリーはバルセロナに本当の意味で住んでいなかったのではないか」とも踏み込み、「偏狭な誤解されたコスモポリタニズムのために、都市の国際的な時間を生きながら、自分たちを取り巻くもの、例えば、嫌がらせのためではなく、当然、カタルーニャ語を話す人々がいるという事実をわざと無視している」とした。

 「アラ」は同紙のサブディレクターのオピニオン記事を掲載。

 「芸術的、文化的完成を有する人々が、地元の人々が自らの言語を話すことにこだわっているという理由で、その土地を離れるということは驚きだ」と記している。

 また、「特にアイルランド人であることを考慮すると(おそらく、イングランドの侵略者のために自らの言語を捨てたという罪悪感が隠れているのかもしれない)」と、スカリーの出自に触れた皮肉も。

 さらに、「地元の文化に溶け込まない権利を主張し、自分たちに合わせる努力をしなければならないのは周囲の人々だと考えるコスモポリタン階級(芸術家、上層管理職など、社会階層を這い上がるために移住したのではない人々)が存在する」とし、「このような態度は明らかに文化的・階級的至上主義に基づいている」と批判している。

 

 

 

 

 

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