ロシアのウクライナ侵攻と米国内の世論
内向きだった人々の関心が再び世界へ

  • 2022/3/14

 ロシアのプーチン大統領が2月24日、西隣の主権国であるウクライナへのロシア軍の侵攻を命じてから2週間以上が経過した。米人口統計局によれば、米国内に点在するウクライナ系のコミュニティの人数は、2019年現在、100万人以上に上ると推計され、彼らは不安と悲しみと怒りに包まれながら戦争反対を訴えているが、戦況が悪化する中、母国の家族や親戚と連絡を取ることも送金することもままならず、いら立ちが深まっている。他方、米世論のウクライナ支持は固い。ロシアの軍事行動は、内向きになりがちであった米国人の関心を外に向ける結果になっている。

ロシアのウクライナ侵攻から1週間経過した3月5日、ニューヨーク市中心部のタイムズスクエアでは、ウクライナ系米国人を中心とした反戦デモが挙行された。(出典: Ukrainian Congress Committee of America

母国のために立ち上がる人々

 全米に散らばるウクライナ系米国人は、東部ニューヨーク市の約16万人、東部フィラデルフィア市の約6万人をはじめ、中西部デトロイト市、同じく中西部シカゴ市など、大都市に集まり、コミュニティを形成して暮らす人が多い。教会を中心として、母国の商品を扱う店やサービスで自給自足的な街を形成し、多世代が安心して生活できるからだ。

 全米公共ラジオ放送局のNPRは、開戦直後にこうしたコミュニティで街頭インタビューを実施した。そこで収録されたのは、故国や祖先の地の親戚や友人が心配で、仕事も学業も手につかない人たちの声であった。

 サウスカロライナ州グリーンビルに住むアレックス・べレムチュック氏は、22年前に北西ウクライナのリヴネから米国に移住してきた。取材時には故郷の家族や知人の無事が確認できていたが、「開戦がショックで、信じられませんでした。2日間、泣き通しだったんです」と語った。

 イリノイ州シカゴのウクライナ街に建つ聖ニコラス・カトリック教会付属学校では、親戚がウクライナにいる生徒たちが号泣する中、教員たちが彼らを抱きしめてサポートしたという。また、教会で実施された平和を祈るためのミサに生徒が出席することを許可した。

 しかし、サポートする側の教員も、ウクライナに家族や親戚・知人がいる人ばかりだ。リサ・スゥイトニック副校長は、「何もできない無力感に圧倒されています」と言う。それでも、全米各地にあるウクライナ系コミュニティでは、ウクライナ系教会が、互いを支える場、慰めを得る場、団結を確認する場になっている。

ニューヨーク州のキャシー・ホークル知事(中央)は、ウクライナ系コミュニティの教会関係者と会見し、ウクライナへの支持を明確にした。(出典: Ukrainian Congress Committee of America

 聖ニコラス・カトリック教会のセルヘイ・コバルチュック司教は、「われわれは、ただ自分の国が持ちたいだけの平和的な国民なのです」と述べた。

 一方、全米で3番目にウクライナ系人口が多いミシガン州デトロイト市近郊のリボニアに住むジョーダン・フィロネンコ氏は、ウクライナからの移民だった祖母に「先祖の国の言葉を忘れてはならない」と教えられて育った。幼少時からウクライナ系の学校や教会に通い、現在もウクライナ系のダンスクラブに所属するなど、ウクライナとの関係が深い。妻もウクライナ人だ。そんなフィロネンコ氏は、「こんなことは起こるはずがないと自分に言い聞かせようとしていました」と、打ち明ける。

 同じくデトロイト市近郊ウォーレンで、ミシガン州在住ウクライナ系団体の会長を務めるバシル・ペレッツ氏は、「この戦争は、言うならば米国が兄弟国のカナダを爆撃するようなものだ」と主張する。「隣国で、家族や親戚がたくさん住んでいるのに攻撃を始めたからです」

 普段は自分を強い男だと思っているペレッツ氏だが、開戦の報を聞いた時は涙が止まらなかったという。「まさか21世紀にこのようなことが起こるとは、今も信じられない」と語った。

 他方、ウクライナ系米国人自助信用組合のニューヨーク支店では、78歳のダリア・レクチャ氏が故国の家族に送金しようとしていた。このようなウクライナ系の米金融機関は、年に約5億ドルの送金を取り扱っているという。しかし、今回のウクライナ国内の混乱によって、仕送りが必要な家族や親戚に現金が届かない事態が多発しており、いら立ちが募っている。

首都ワシントンのホワイトハウス前で3月7日に、ウクライナ支持を訴えるオハイオ州在住のウクライナ系米国人たち。(出典: Ukrainian Congress Committee of America

 翻って、ミシガン州では、ウクライナ系による州議員への働きかけが実り、州議会でロシアの非難決議が可決された。ワシントンやニューヨークにあるロシア大使館や領事館の前でも、ウクライナ系住民が中心となって、連日、抗議活動が続けられた。また、オレゴン州のウクライナ系米国人たちは、より明確に「ウクライナに兵器を援助してほしい」という要望を出して、米政界に働きかけている。

 こうした中、北京パラリンピック大会で、ウクライナ系米国人のオクサナ・マスターズ選手(32)が3月6日、女子バイアスロンで金メダルを獲得。米国代表としての出場だったが、「ウクライナ人であることを常に誇りにしてきました。母がいつも、“あなたはウクライナ人だから強く、闘志があるのよ”と教えてくれましたから」とインスタグラムに投稿し、多くのウクライナ系米国人やウクライナ人を勇気づけたことは、一抹の明るいニュースであった。

コミュニティを越えて広がる連帯

 一方、米国内には2017年の推計で約350万人のロシア系米国人コミュニティがあるとされており、彼らの中にも戦争反対のデモに参加し、ウクライナ系に連帯を示す人が多い。高齢層はロシア本国から伝わる情報をそのまま信じる人も少なくないが、ソーシャルメディア(SNS)を主な情報源とする若年層は反戦を唱える人が多いようだ。

非ウクライナ系米国人の間でも、ウクライナへの支持は強い。(出典: Ukrainian Congress Committee of America

 しかし、ロシアからの移民が多く暮らすニューヨーク市ブルックリンのブライトンビーチで取材を受けたアレクサンドル・フィッシャー氏(60)はプーチン支持を明言。その理由について、「SNSは何でもありの世界だからね」と語った。

 翻って、ウクライナ系でもロシア系でもない米国人の間では、米国が戦争に巻き込まれ、息子や娘が欧州戦線に送られることを心配する声もあがっている。ニューヨーク州北東部のサラナックレイクに住むヘザー・ムーン氏には、米陸軍に入隊した息子がいる。「開戦を知ってすぐに、息子がヨーロッパに送られるのではないかと心配しました」と振り返る。

 これまでのところ、バイデン政権は「ロシアとの直接的な紛争に巻き込まれれば相互破壊的な核戦争につながる恐れがある」との立場から軍事関与を慎重に避けるとともに、「ウクライナに米兵は送らない」と明言している。それでも、身内に軍関係者がいる米国人たちは、万が一の可能性を懸念しているのだ。

 ニューヨーク州の30代の主婦、サミー・イェル氏も、一瞬、夫が徴兵されるのではないかと危惧したという。米軍は現在、志願制だが、万が一、ロシアとの全面戦争になれば、徴兵制度が復活する可能性はあるためだ。コロナ禍で職を失い、家計が苦しい彼女は、「紛争で物価が上昇することも気がかりだ」と述べた。

 同じくニューヨーク州のギフォード・ホスラー氏は、1960年代にベトナム戦争に徴兵された経験がある。ホスラー氏は「米国には飢餓もホームレス問題もある。多くの帰還兵はホームレスになっている。そうした問題も解決できない米国が、他国の戦争に首を突っ込むべきではない」と訴える。

ウクライナだけでなく、世界中の難民に目を向けるべきだとの声も。写真はシリア難民の子どもたち。(出典: Pexels

故郷を追われた8200万人

 その一方で、ウクライナ問題が米国人の関心を独占しつつあることを複雑な心境で眺める人々もいる。その一人が、首都ワシントンを拠点に作家兼政治アナリストとして活動するパレスチナ系米国人のヨセフ・ムナイエール氏だ。

 リベラル系評論サイト『ザ・ネーション』に寄稿した同氏は、「ウクライナの被害に心を痛め、早期の戦争終結を望んでいる」とした上で、「米国をはじめ西側諸国は、ロシアが国際法に違反し、非人道的な行為を続けていると非難し、経済制裁を科しているが、ロシアと同じように国際法に違反し、パレスチナ人に対して非人道的な行為を行ってきたイスラエルに経済制裁を加えることはない」と指摘。パレスチナ人やイラク人、アフガニスタン人は、ウクライナ人のように白人でもキリスト教徒でもないため、国際社会から十分な支援を受けられていないと訴えた。

 こうした中、人道活動に熱心なことで知られる女優のアンジェリーナ・ジョリー氏が、自身のインスタグラムに「1人の難民がウクライナから国境を越える前に、世界ではすでに8200万人以上が故郷を追われています」と投稿した。同氏は、ウクライナ侵攻が起きるより前から、紛争や迫害などによって故郷を追われた難民が世界中に数多くいると指摘。「600万人以上のシリア難民や、100万人以上の少数派イスラム教徒ロヒンギャの人々、さらに、イエメン、ソマリア、アフガニスタン、エチオピア、その他の多くの場所で、4800万人が国内避難民として暮らすことを余儀なくされている」と述べ、「すべての難民と避難民が平等な待遇と権利を享受しなければならない」と結んだことは、特筆に値する。

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