インドネシア高速鉄道の開業と変わる中国の鉄道輸出環境
鉄道車両メーカーの海外事業売上が映す「一帯一路」戦略の進退

  • 2023/10/26

 インドネシアのジャカルタとバンドンを結ぶ高速鉄道(ハリム―テガルアール間142.3km)が、10月2日に開業しました。高速鉄道の名称は「Whoosh(ウーシュ)」。開業式に出席したジョコ大統領は、「高速列車が疾走する音をイメージした」と説明しました。また、インドネシア語による「時間は節約、運行は最良、システムは頼れる(Waktu Hemat, Operasi Optimal, Sistem Handal)」の略称の意味が込められているといいます。最高速度は時速350kmで、「車内は静寂そのもの」と地元紙は報じています。

 受注を見込んでいた日本を退けてインドネシア政府から建設を請け負ったのは、中国です。世界の鉄道業界に詳しい筆者が、Whooshの車両を製造した「中国中車」のビジネスモデルを端緒に中国の高速鉄道化の歩みを振り返りつつ、中国政府が掲げる「一帯一路」戦略の現状を鉄道輸出の文脈から読み解きました。

ジャカルタとバンドンを結ぶ中国支援の高速鉄道「Whoosh」の乗客を出迎えるスタッフ(2023年10月2日撮影)(c) ロイター/アフロ

日本を退けて中国が受注

 この高速鉄道計画は日本が2008年頃から事業化調査を進めており、確実に受注できると考えていた。だが、2014年のジョコ政権誕生で流れが変わった。ジョコ政権は首都ジャカルタがあるジャワ島よりも、貧困層の多い島嶼(とうしょ)部に手厚い政府予算を配分する方針を掲げた。そのため、低金利とはいえ建設資金を円借款で提供する日本案を退けたところに、すかさず中国が政府に財政負担や債務保証を求めない案を提示し、2015年にインドネシア政府から受注を勝ち取った。

 当初は2019年の開業が予定されていたが、用地取得の遅れや新型コロナウイルス感染症の流行による工事のストップなどによって、開業は4年近くずれ込んだ。さらに、事業費も当初計画より膨れ上がり、インドネシア政府は不足額の負担に追い込まれている。

 今回の路線に導入されたCR400AFという車両は、最高運転時速350km、設計最高時速420kmの性能を誇る。同タイプの車両は中国国内でも運行しているが、インドネシア向けに改造が施されている。インドネシアの文化や最新技術、安全性、快適性を考慮してデザインされたという。

 車両を製造したのは、中国の鉄道車両メーカー、中国中車である。英語社名のCRRCは、China Railway Rolling Stock Corporationの頭文字だ。

 同社の事業セグメントは、4つに分かれている。1)鉄道設備(機関車、電車、客車、貨車、作業用車両など)、2)都市軌道交通・都市インフラ設備(地下鉄、モノレール、磁気浮上車両、軽量軌道車両、新交通など)、3)新産業(鉄道機器、産業部品など)、そして4)モダンサービス(金融、物流など)だ。世界の鉄道車両メーカーを見渡すと、ドイツのシーメンスや日立製作所のように、鉄道事業は数多くある事業セグメントの一つに過ぎないという会社もあれば、フランスのアルストムや日本車輌製造、近畿車輛のように、鉄道が主力事業という会社もある。CRRCは、後者に属する。1)と2)は完全に鉄道事業であり、3)にも鉄道事業が含まれている。鉄道と無関係なのは4)だけだ。

乗客を歓迎するインドネシア高速鉄道の乗務員(2023年10月撮影) © Naufal Farras / wikimediacommons

将来的な国内生産と輸出を見据えて輸入

 CRRCは、中国の二大鉄道車両メーカーである中国北車と中国南車が2015年に統合して誕生した。合併直後となる2015年度の売上高は、2377億人民元(4兆9554億円、1元=20.82円)を記録。これは当時、「ビッグスリー」と呼ばれていた世界の三大鉄道メーカーであるシーメンス、アルストム、ボンバルディアの鉄道事業の売上高を2倍以上も上回る規模で、一気に世界最大の鉄道車両メーカーへと上り詰めた。

 前身メーカーの時代も含めたCRRCの成長の歴史は、中国における鉄道高速化の歴史と重なる。高速鉄道の建設は2000年代に入って本格化し、総延長は瞬く間に4万kmを超えた。高速鉄道の路線が増えれば、線路の上を走る車両も必要になる。CRRCの前身メーカーは海外の鉄道技術を積極的に導入し、高速鉄道車両を開発した。ビッグスリーの3社に加え、日本のメーカーからも技術を導入した。川崎重工業である。

 川重は2004年、中国に新幹線タイプの列車9編成を供給したうえ、その製造技術を提供すると発表した。中国に供給されたのは、東北新幹線に使われているE2系をベースとした車両で、JR東日本の当時の主力車両だった。

 日本はその頃、1990年代に韓国への新幹線輸出に失敗したことを受けて次の売り込み先を探していた。そこで狙いを定めたのが、中国だ。1998年には、竹下登・元首相を筆頭に、JR各社、三菱商事、川重などのトップをメンバーとした大使節団が中国に乗り込み、官民一体で新幹線について大々的なアピールを行った。

 もっとも、中国の思惑は日本とは少し違っていた。欲しいのは新幹線の車両そのものではなく、車両の製造技術だった。まず新幹線車両を輸入して走らせる。車両技術を吸収した後で国内生産、その先には海外輸出を見据えていた。

 当時から中国への技術移転に対する懸念は日本の関係者の間で広がっていた。「中国に車両の造り方を教えてはいけない」。大手企業のトップたちが集まったある会合でJRのトップが川重の首脳を面と向かって批判した姿を、国土交通省の元幹部ははっきりと覚えている。同じ時期に工事が進んでいた台湾の高速鉄道は、すべての車両を日本から輸入すると決めている。その一方で、中国が日本の技術を使って国内生産を始めると、中国への輸出機会が失われる。また、中国が海外展開を始めると、新幹線輸出のライバルになりかねないというのだ。

中国の高速鉄道車両CRH2。日本の新幹線E2系とそっくりだ(筆者撮影)

 その懸念は、2011年に現実のものとなった。中国は、川重から技術供与を受けて開発したCRH2という車両をベースに、より高速化したCRH380Aという車両を開発。そこに使われている技術を「独自技術」として、米国など複数の国で特許出願したのだ。冒頭のインドネシアにおける高速鉄道の受注もその延長線上にあった。

高速鉄道化と外国ビジネス

 会社発足から8年が経過し、CRRCの2022年度の売上高は2229億人民元(4兆6415億円)と、発足当初の2377億人民元と比べてほぼ横ばいだ。というより、微減である。この間、CRRCの事業構成は大きく変化した。2015年度に最も高い比重を占めていたのは前述の1)鉄道設備事業で、売上げ全体の54%を占めていたが、2022年度には37%に低下してしまった。代わって伸びたのが2)の都市軌道交通で、売上に占める比率は10%から24%へと急拡大した。3)新産業も22%から34%へと伸びている。

 1)の鉄道設備事業が低迷している理由は、旅客などの車両製造が減っているためだ。高速鉄道網が伸びれば、在来線網のニーズは減る。つまり、高速鉄道車両の製造が増えたことで、在来線車両の製造が減ってしまったのだ。仮に、初期に登場した高速鉄道車両が老朽化して置き換えの必要に迫られれば、在来線車両の落ち込みを上回る成長が期待できるが、日本では通常、高速鉄道車両は15~20年使われる。それにならえば、中国全土を走る高速鉄道車両が新しい車両に置き換えられるのは、少なくとも10年くらいは先の話となる。また、中国では各都市の発展に伴い地下鉄やモノレールなど都市交通の整備が急速に進んでいるため、2)の都市軌道交通や都市インフラ整備が鉄道設備事業の低迷を補っているというわけだ。

 こうした状況を受け、CRRCが今後期待しているのが、中国国外における鉄道ビジネスである。たとえば高速鉄道については、前出のインドネシアのほか、2021年に開通した中国ラオス鉄道にも、CR200Jという車両が導入された。また、在来線の電車をはじめ、機関車や都市鉄道車両については、2016年にアメリカのシカゴで、翌2017年にはロサンゼルスで、それぞれ地下鉄車両の受注に成功している。

中国ラオス鉄道の建設風景(2018年7月撮影) ©thiphakone/ wikimediacommons

 昨年、ドイツで開かれた世界最大の国際鉄道技術見本市、イノトランスの会場で、ある鉄道会社の幹部が、「世界の鉄道車両メーカーを比較するなら、CRRCについては外国ビジネスの売り上げを見るべきだ」と、筆者に話した。中国国内はCRRCの独壇場で、他国メーカーの出番はないため、CRRCの実力を評価するのであれば、メーカー同士がしのぎを削る中国国外の売り上げを見るべきだというのだ。

 そのCRRCの外国ビジネスの実績はと言えば、2015年度は264億人民元(5497億円)、2022年度は243億人民元(5076億円)で、会社全体の売り上げと同様、横ばい、もしくは微減の状態だ。

 売り上げが伸び悩んでいる一つの理由に、中国を取り巻く国際情勢の変化が挙げられる。事実、アメリカでは「中国製の鉄道車両にはカメラや位置情報の追跡機器が搭載されており、車両内の情報が中国側に監視される可能性がある」と議会で指摘され、中国製の鉄道やバスの導入が禁止された。また、2018年には首都ワシントンでも地下鉄車両の入札が発表され、CRRCは受注獲得を目指したものの、日本の日立製作所にさらわれてしまった。前述のとおり、かつてはシカゴやロサンゼルスで受注を獲得した時期もあったが、今後、アメリカでの受注は期待薄だ。現在は、「一帯一路」の沿線国や、メキシコ、コロンビア、ブラジルなどの市場開拓に注力しているものの、イタリアが一帯一路からの離脱を検討するなど、中国に対する諸外国の姿勢は、かつてとは異なり冷ややかさを感じさせる。

 中国政府が進める「鉄道輸出」戦略の進展を確かめるためのバロメーターとして、CRRCの外国ビジネスの動向には、今後も注意深く観察する必要があると言えよう。

 

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