インフレ進む米国で大衆の経済的苦境が悪化 
中間選挙で先鋭化する階級的な社会分断

  • 2022/10/5

 米国の物価上昇率が歴史的な水準で高止まりする中、賃金上昇が物価高騰に追いつかず困窮する庶民と、年間収入が10万ドル(約1450万円)を超えて消費がいまだ旺盛な富裕層の間で「インフレ対応力」の違いによる格差が拡大している。そんな中、11月に迫った米中間選挙では、苦境にある大衆層に訴求する共和党と、裕福なインテリエリート層の党としてのアイデンティティーをさらに明確に打ち出す民主党の対立が争点となっている。選挙の重きを「生活」に置くのか、「社会正義」に置くのかという優先順位の違いが浮き彫りになり、米国社会の階級的分断があぶり出された格好だ。庶民レベルの景況感と、民主・共和両党による有権者への働きかけを分析し、中間選挙の行方を考察する。

米国の多くの労働者の賃上げのペースがインフレの高進に追い付かず、貨幣価値は下落している©Pexels

フルタイムで働いても改善しない生活苦

 米国では、多くの中間層や低所得層の生活苦を示唆する統計や報道が相次いで発表されている。特に、賃上げのペースがインフレに追いついていないことが指摘されている。たとえば、2019年10~12月期から2022年4~6月期にかけて平均賃金は10.9%伸びたのに対し、消費者物価指数は13.7%も上昇しており、多くの世帯で実質収入が目減りしている。
 米金融メディアのバンクレートが今年9月にアンケート調査したところ、55%の回答者が「自分の賃金は、(3~8月の間、6カ月連続で前年同月比の上昇が8%を超えた)物価の上昇に追い付いていない」と答えた。賃金上昇がインフレを上回ったと回答したのは、33%にとどまった。
 また、8月中旬に金融分析企業PYMNTSが全米2169人に行った調査では、70% が「消費を切り詰め、食料品やガソリンなど絶対に必要なものの購入に回している」と回答。また、3分の2が「今後も食料品価格が上昇する」と予想した。
 こうした中、ブランダイス大学の研究チームは、「3分の1以上の米世帯が、働き手がフルタイムで働いているにも関わらず、医・食・住といった基本的なニーズが満たせない状況にある」と、報告した。特に、黒人やヒスパニック世帯は5割以上が困窮しており、割合から言えば白人世帯の倍以上となっている。
 同報告書には「フルタイムで働いても生活できない。世帯のニーズを満たすためには、年間平均2万3000ドル(約327万円)以上の賃上げが必要だ」と書かれている。これは、時給を11ドル(約1565円)引き上げる計算だが、雇用者側にとっては、到底、できない相談であろう。

食料品価格は1年前と比較して12%ほど上昇し、少しでも安く食品を求めたい消費者に、安売りの折り込み広告が見直されている。写真は米生鮮スーパー最大手クロ―ガーの9月のもの。セールでなければ、これらの価格の2~3倍はする。© Yulak

 一方、9月に発表された米ギャラップの世論調査によれば、自分が財政的に苦境にあると回答した人は56%に上った。1月には49%であったことを鑑みると、今年に入ってからのインフレ急進が人々の金銭上の問題を顕著に悪化させたことが示唆されている。

 ここで、同報告書では、一部の米国人が食料品の支払いに使っている分割後払い方式「バイナウ・ペイレイター(BNPL)」を使っていると指摘している。米BNPL大手のZipも、食料品を購入するためのネット会計が 今年に入り倍増したとする。ハーバード大学のマーシャル・ラックス研究員は、「食料品を後払いで購入するのは、一部の利用者の生活がかなり追い詰められている証左だ」と分析している。

米国では、無料食品配布所を頼りにする人が増加している。© South Michigan Food Bank

 こうした中、全米各地の無料食品配布所では食品を求める困窮者や高齢者の需要が急増する一方で、連邦政府や州政府からの穀物配給量や民間の寄付が減少し、来訪者への配給を減らさざるを得ない配布所が増え始めた。
 翻って、米金融分析企業LendingTreeは、2020年のコロナ禍により親元に転がり込んだ20代や30代の若者の67%が、2年後の今もそのまま親と同居していると報告した。毎年の学費値上げで重くのしかかる学費ローンや、高騰する家賃のため、親から独立しにくくなっているのだ。

消費の「下方移動」、広がる労働争議

 こうした苦境に、中間層や低所得層はどのように対処しているのだろうか。米メディアは、米国版100円ショップ「ダラーストア」の人気が高まっていると報じている。一部の中間層は、消費を格下げする形でダラーストアでの買い物に移行しているうえ、年収7万5000ドル(約1066万円)から10万ドル(約1450万円)の、比較的余裕があると思われる収入層もダラーストアに下方移動し始めていると、大手紙「ダラーゼネラル」が明らかにしている。
 理由は2つある。一つは買い物の金額自体を抑えられること、もう一つは、ダラーストアが市街地や過疎地に出店しているため、ガソリン代が節約できることだ。一般のスーパーマーケットやドラッグストア、コンビニから客を奪ってきたダラーストアは、最近、コストの高騰を理由に値上げを実施したが、それでも売上は伸びている。
 また、古着や家具・家電などの寄付を集めて再販し、収益を慈善活動に充てる小売業「スリフトストア」も伸びている。

食料品など必需品の値上がりは中間層や低所得層を直撃している。© Pexels

 加えて、賃上げとより良い待遇を求めてストライキなどの労働争議に訴え始める労働者もいる。9月には全米で鉄道ストライキが計画され、ホワイトハウスが介入してすんでのところで回避されたが、突入すれば物流がマヒし、米経済に1日20億ドルの損害が及ぶ可能性があった。

 この和解には労使双方に不満が残ったが、労働者側は24%の賃金アップを獲得した。大幅な上昇に見えるが、もともと薄給で危険、きつい仕事であったことは押さえておきたい。他方、アジアからの物流拠点である西海岸の港湾労働者の労働契約が6月30日で失効したままになっており、こちらでもストライキの可能性が高まっている。

インフレの悪化に伴い、労働争議も増えている。 写真は、国際港湾倉庫労働組合の集会に集まった港湾倉庫の労働者たち © (c) ILWU

 この背景には、高齢労働者の大量リタイアや、より良い待遇を求めての離職が広がり、各職場が慢性的な人手不足に直面し、従業員の負担が大きくなっていることが挙げられる。

 こうした中、中西部ミネソタ州で1万5000人の看護師が、そして中西部ミシガン州や西部オレゴン州でも医療従事者がストを決行。西部ワシントン州シアトルでも新学期が始まるタイミングで教員がストライキを行った。

 コーネル大学の産業労働研究所によれば、全米のストの件数は2021年は102件、2万6500人が参加したが、2022年には上半期だけで180件、参加者は7万8000人に上っている。こうした大規模な労働争議は、近年、あまり見られなかったが、それだけバイデン政権や米議会の経済運営への不満が高まっている証拠であろう。

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