中国の「パックスシニカ」に翻弄される世界
見透かされた日本の曖昧な覚悟と迫られる踏み絵

  • 2021/4/26

 中国政府は4月18日から21日、海南省で「博鰲(ボーアオ)フォーラム」を開催した。これは、「中国版植民地主義」との批判を受けて挫折しかけた「一帯一路」戦略を「高質量共建一帯一路」(ハイクオリティ合同建設一帯一路)」としてリニューアルし、ポストコロナの国際社会の新たな枠組みとして提示するために開かれたもの。「世界の大変局:グローバル統治を共に盛り上げ、共に一帯一路を力強く奏でよう」と謳われたこのフォーラムに臨んだ習近平国家主席は、「同舟相救いて難局を乗り越え、運命を共にして未来を作り出そう」と演説し、新たな一帯一路こそが、世界の求める“公道”の役割を担うことを訴えた。

博鰲フォーラムで基調演説を行う中国の習近平国家主席が(4月20日撮影)(c) 新華社/アフロ

習近平の野心

 「博鰲フォーラム」とは、アジア版ダボス会議とも呼ばれる中国主導の経済エリート会議であり、毎春、年次総会に合わせて、各国政府高官や起業家、学者、ジャーナリストが一堂に会してさまざまな講演や討論会が催される。昨年は新型コロナウイルスの感染拡大を受けて中止されたが、今年は2000人以上が参加した。
 同フォーラムで改めて打ち出された「高質量一帯一路」は、2013年より推進してきた「一帯一路」が地元の需要や理解を顧みることなく返済不可能な巨額の融資を行い、大規模インフラプロジェクトを複数同時に進めてきたとの反省に立って見直された中国の新たなグローバル化計画で、第14次五カ年計画にも盛り込まれている。プロジェクトに優先順位をつけ、途上国の経済規模やポテンシャルを正確に把握して融資とプロジェクト規模の適度化や資金調達の広範化と多様化を進めると共に、包括的経済連携協定(RCEP)や中欧投資協定といった多国間通商協定の枠組みにもリンクさせることによって、中国が一方的に推進しているという印象を薄め、途上国に債務の罠を仕掛けているという「中国版植民地主義」の批判をかわす狙いが透けて見える。 

中国が2013年から進めてきた一帯一路には批判の声も大きかった(c) zhang kaiyv / Unsplash

 習近平はこの演説で「国際上の問題をみんなで相談して決め、世界の命運を各国でともに握るべきだ。一つあるいは数カ国の制定したルールを無理強いすることはできず、個別の国家の一国主義が世界の“音頭取り”をすることも不可能だ。世界には“公道”が必要で、覇道は必要ない」と述べた。名指しこそしなかったものの、「ルールを無理強いする一つあるいは数カ国」とは、言うまでもなく米国とその同盟国である日本を指しており、世界の「音頭取り」をしようとしている国も米国を指している。つまりこの基調講演は、中国を機軸とする「一帯一路」圏が、第二次世界大戦以来続いていた米国中心の国際的な秩序や枠組みに取って代わらんとする習近平の野心を包み隠さず表したものだと言えよう。

中国の習近平国家主席は博鰲フォーラムで米国中心の国際的な枠組みへの挑戦を明確に表明した (c) zhang kaiyv / Unsplash

 おりしもこの博鰲フォーラム直前の4月中旬に日米首脳会談が開催され、中国を強くけん制する共同声明が発表された。具体的には、およそ半世紀ぶりに台湾に言及したほか、香港や新疆ウイグル自治区の人権状況に対して深刻な懸念を共有すると指摘。さらに、インド洋への出口に位置するミャンマーやパキスタン、スリランカを「一帯一路」政策によって借金漬けにすることで重要インフラを支配する中国のやり方も強く批判した。半世紀前の歴史に逆行して台湾を国際社会の仲間とみなし、中国を切り離すことを確認したという意味で、時代の潮目の変化を示すフラグとしての意義を有する内容だったからこそ、習近平もこの共同声明への反論と牽制を意識して演説を行ったと言えよう。

国際ルールの遵守を強調

 習近平の演説をもう少し紹介しよう。
 「百年の変局と世紀の感染症が交錯し、世界は激動の変革期に突入し、不安定性不確実性は明らかに上昇している。(中略)我々は平等に話し合い、win-winの未来を切り開く。グローバル統治は世界政治経済の枠組みの変化に合わせて変化すべきであり、平和発展とwin-winの協力の歴史の趨勢に順応するとともに、グローバルかつ現実的な需要に応えるものであるべきだ。我々は共に話し合い、共に建設し、共に享受する原則をしっかり持ち、本物の多極主義を堅持し、グローバル統治をさらに公正合理的な方向に発展するよう推進すべきだ。国連を国際システムの核心として守り、国際法を国際秩序の基礎として守り、世界貿易機関(WTO)を多極貿易体制の核心として守るのだ。(後略)」
 「経済がグローバル化しつつある今日、開放融通は阻むことのできない歴史の趨勢だ。人為的な壁を作り、デカップリングを行うことは、経済の規律と市場のルールに背くことであり、他人に損をさせるだけでなく、己に不利になる。(中略)我々は正義をしっかり守り、お互いを鑑として未来を切り開く。多様性こそが世界の基本的な特徴であり、人類文明の魅力だ。感染症の洗礼を経て、各国人民がさらに明晰な認識に至った結果、冷戦思考とゼロサムゲームを放棄する必要があり、新冷戦とイデオロギー対立に反対すべきだということが明らかになった(後略)」
 「国と国がお互い平等に相対し、相互信頼を前面に掲げ、ともすれば他国を顎でつかい、内政干渉するようなことをすれば、人心を得ることはできない。平和、発展、公平、正義、民主、自由と全人類共同の価値観を発揚し、異なる文明との交流をお互いの鑑とするよう提唱し、人類文明の発展を促進していこう。(後略)」
 「何度も繰り返してきた通り、一帯一路はみんなが手を携えて前進する陽光輝く大道であり、誰かの一方的な私家小路(プライベートロード)ではない。興味のある国家はみな入ってきて、ともに参与し、ともに協力し、ともに利益を受けるのだ。(中略)中国は、これまでも、そしてこれからも変わらず世界平和の建設者であり、グローバル発展の貢献者であり、国際秩序の庇護者である。(中略)冷戦思考とゼロサムゲームを放棄し、いかなる形の新冷戦、イデオロギー対立に反対する。国と国がお互い平等に相対し、お互いが尊重し合い、信頼し合うことを前面に、あらゆる場面で他国の内政に口をはさみ、干渉しては人心を得ることはできない」

高層ビルが立ち並ぶ北京の街並み(c) zhang kaiyv /Pexels

 一読すれば分かるように、まるで中国こそが国際法やWTOのルールを順守し、経済の規律や市場ルールに従い、多様性を重んじ、平和、発展、公平、正義、民主、自由といった普遍的価値観を尊び、米国の国際秩序破壊に抵抗する正義の味方であるかのような口ぶりだ。

一帯一路と内政干渉

 だが、言うまでもなく、中国こそが南シナ海の島礁の領有権主張を否定したハーグ国際仲裁裁判所の判決を「紙きれ」と呼んで完全に無視し、普遍的価値観について大学で講義し、言論を禁止する厳しいイデオロギー統制を実施し、「一帯一路」政策を通じて各国の要衝の港や資源を支配してきた張本人である。中国の言う平和や公平、正義、民主、自由の概念は、私たちのそれとは全く異なる。香港やウイグルの人権問題の根本的な理由を見れば、「平等に話し合い、建設し、win-winの未来を切り開く」という中国の主張が明らかにウソであることは明白だ。中国は自身を国際秩序の庇護者だと名乗るが、その意味するところは中国が支配する国際秩序にほかならない。

中国は一帯一路を通じて「特色ある内政干渉」を進めている© Magda Ehlers / Pexels

 百歩譲って、米国が一国主義で、他国の内政干渉ばかりしているという指摘は、ある意味、正しいかもしれない。それでも、「中国が多極主義で内政不干渉だ」という主張は誤りだ。実際、一帯一路は「中国の特色ある内政干渉」というべきシステムであり、対象国の経済に浸透することで内政に干渉し、属国化する政策である。中国の言う「多極主義」とは、中国をヒエラルキーのてっぺんに置いた権威主義体制であり、国家間の平等や対等は意味しない。なにより、習近平の言う「人類運命共同体」とは、中国共産党と運命を共にするという意味であり、それが人類にとって幸せかどうかは、また別問題だ。

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