ウクライナ侵攻と抑圧下の連帯に宿る希望
正義と自由と平和が勝利する日を信じて

  • 2022/3/20

 世界が揺れている。香港では40年近く続いてきた民主主義が2019年以降、危機に瀕しており、2021年にはミャンマーやアフガニスタンでも、10年、20年かけて培ってきた民主化の歩みが一夜にして瓦解した。アフリカではマリやスーダン、ブルキナ・ファソなどでクーデターが相次ぎ、カンボジアやタイ、フィリピン、ニカラグアなど、強権化も各国で進む。今年2月にロシアが侵攻したウクライナでは多くの犠牲者が出ているが、ロシア国内でも侵攻に反対する市民やメディアが厳しく弾圧され、1年前、2年前のミャンマーや香港の姿に重なる。自由と人権の危機が世界中に広がる中、新たな連帯に宿る希望を追った。

ミャンマーとウクライナの連帯を掲げながら戦争反対を訴える在日ミャンマーの人々(3月上旬、筆者撮影)

国を越えて心を寄せる

 ウクライナに軍事侵攻したロシアへの抗議デモが、各国で行われている。春らしい日差しが降り注いだ3月上旬、ウクライナ国旗を表す青色と黄色のプラカードを手にした人々や、髪に花を飾った人々が東京・青山の国連大学前に集まり、戦争反対を訴えながら渋谷駅まで行進した。その中に、日本に住むミャンマーや香港、新疆ウイグル自治区の人々の姿もあった。彼らはそれぞれウクライナとミャンマー、香港、ウイグルの連帯を呼びかけるメッセージを掲げ、大きな声で平和と民主主義を訴えた。祖国で人権が抑圧されていることを憂う人々が集まって共に声を挙げるデモは、沖縄や北海道でも行われている。

新彊ウイグル自治区の旗とメッセージボードを手に行進する姿も見られた(3月上旬、筆者撮影)

 ミャンマーでは、昨年2月1日のクーデター発生から1年以上が経った今もなお、村の焼き討ちや不当逮捕が続いており、最近は一方的な裁判によって拘束者に次々と有罪判決が下されている。

 同国では、軍トップのアウンミンフラインが早々にロシア支持を表明した一方、2020年11月の総選挙で当選した議員らで構成される国民統一政府(NUG)のドゥワラシラ大統領代代行や、チョーモートゥン国連大使がウクライナへの支持を表明。ロシア対ウクライナの構図が、そのままミャンマーにおいて軍対NUGに重なる形となっている。また、SNSのプロフィール写真をウクライナ国旗と同じ青色と黄色の枠で囲ったり、「WE stand With Ukraine People」「Solidarity From Myanmar People」というメッセージを投稿したりするミャンマー人も多い。1991年にロシアから独立したウクライナと、2011年に民政移管し、2015年からアウンサンスーチー氏率いる政権の下で民主主義を享受していた自らを重ね、力で踏みにじられた無念さに心を寄せる思いが伝わってくる。

「なくしてからは憂うことすらできない」

 同じ日、ミャンマーの現状を近隣国の経験から考えるイベント「アジアの人権問題を考えよう!~国を追われたミャンマー人~」が開かれた。「一国二制度」の下で自治が認められていた香港を取り上げ、中国がたびたび統制を強めては市民が抗議行動を繰り返してきた歴史を学びながら、日本からミャンマーにできることを考えようと、東京大学の学生らが運営するNPO団体MIS(Multilateral Interaction with Students)のミャンマー部会が企画した。

 在日香港人たちが中心になって設立した「Stand with HK@JPN」メンバーで、国連人権委員会にも参加した民主活動家のウィリアム・リーさんは、「2019年に最高潮に達した市民の運動は現在、完全に抑え込まれ、デモという、声を発する最後の機会も奪われた状態」だと指摘。その原因として、国の分裂、政権の転覆、テロ活動、そして外国勢力との結託を禁じる香港国家安全維持法(国安法)が2020年に制定されたことを挙げた。さらに、「僕が皆さんと同じ年代の頃は、政治にあまり関心がなく、投票にも熱心ではなかった。その間に社会が突然、崩壊した」と悔しそうに語り、「平和も幸せも、なくしてからは憂うことすらできない。人権侵害や戦争が起きないように、社会や政治を常に監視する必要がある」と、ウクライナ情勢にも言及しながら訴えた。

MISのイベントに登壇した滝澤三郎さん(左)、ウィリアム・リーさん(中央)、アウンミャッウィンさん(右)(3月上旬、筆者撮影)

 一方、1988年に軍事政権だったミャンマーで反政府デモに参加し、2度にわたって拘束された後、2004年に日本で難民認定されたアウンミャッウィンさんは、「クーデター後、ミャンマーの若者は香港の若者を真似て小さなリュックを背負い、ヘルメットをかぶってSNSで情報を発信しながら、三本指を掲げて抗議の声を挙げ続けてきた」「自分のような“かつて若者だった”年代も、彼らに食料を提供したりかくまったりしながら一丸となって闘っている」と指摘。「日本の平和も、いつまで続くか分からない。今のうちに日本国内だけでなく、世界に目を向けて勉強し、情報を広めてほしい」と呼びかけた。

「2年後」の静かな街

 翌日、香港の今を記録した写真展を訪ねた。ウィンさんも指摘した通り、ミャンマーでクーデターに抗議する若者たちと、2019年の香港デモの若者たちの闘い方には多くの共通点があると言われる。また、香港、台湾、タイ、ミャンマーなど、ミルクティーを飲む習慣がある国や地域の若者が連帯して闘う「ミルクティーアライアンス(ミルクティー同盟)」というキーワードも広がっていることから、2019年の「後」の香港の姿は気に懸かっていた。

 細い階段を上ると、路地に干された洗濯物や、ビルとビルの間にたたずむ人影、雑貨屋の男性など、一見、何気ない平穏な日常を切り取ったような写真が並んでいた。すべて2021年11月に撮影されたものだという。モノクロ写真ということもあってか、どこか寂寥感がただよい、「声を発する最後の機会も奪われた」というリーさんの言葉が脳裏に蘇った。しかし、静寂の中に潜む意思とでも言おうか、装われた意図的な沈黙も感じた。

写真家のキセキミチコさん(3月上旬、筆者撮影)

 写真家のキセキミチコさんは、幼少期を香港で過ごした。フリーランスの写真家として、普段は音楽写真やドキュメンタリー写真を撮る。2016年に仕事で香港を再訪したのを機に、17年、18年と撮影に通った。翌19年、より暮らしに入り込み人々の生きるパワーを撮ろうと半年の予定で現地入りした際、民主化運動に遭遇。警察とデモ隊の衝突の最前線で8カ月にわたってシャッターを切り、今年2月、写真集『VOICE 香港 2019』を出版した。

 そんなキセキさんが、今回、あえて2021年の写真だけ展示することにしたのは、「国安法が制定され、“死んだ”とさえ言われるようになった香港の今を見てもらいたい」という思いからだ。2年ぶりの街は、確かに大きく変わっていた。ご飯を食べつつ率直な思いを語っていた人々の姿はなく、皆、口をつぐんで容易に胸の内を明かそうとしなかったし、キセキさんも何も尋ねなかった。「何か口にすれば罰せられる。“扇動罪”が社会のすべてを縛っていると感じた」と、振り返る。1枚1枚の写真にキャプションを一切つけないのも、「私が見たものをそのまま見てほしい。どう判断するかは見た人次第で、答えを出すのは私ではない。誰かが行動を起こすきっかけになればいい」と考えているからだ。

キセキミチコさんが今年2月に出版した写真集『VOICE 香港 2019』。写真展は4月から5月にかけて京都でも開催予定

 それでもキセキさんは、彼らのことを「強い」と表現する。「弾圧が強まる中、危険を感じ、あるいは現状に見切りをつけ、外国に逃れる人は皆、出て行った。今も残っているのは、今の状況を受け入れているかどうかはともかく、さまざまな理由から“出ない”ことを決めた人たち。前を向いて今を生きようとしている姿がキラキラして見えた」

 火が消えたように見えても人々の思いが失われていないことを信じるキセキさんの横顔を見ながら熱いものがこみ上げるのを感じ、視界が一瞬、滲んだ。

さらなる分断と絶望を生まないために

 前出のMISのイベントでは、参加者が数人ずつグループに分かれ、同じアジアの一員としてミャンマー情勢にどう向き合うべきかや、日本の入管や難民認定制度についてディスカッションを行った。「SNSは個々人の興味のある情報しか流れないため、定期的に国際情勢やニュースが流れる仕組みを作る」「肩書や責任など社会的な束縛がなく、考え方が柔軟でフレキシブルなZ世代だからこそ主体的に動きたい」といった意見が出された。

ミャンマーの情勢に対し、Z世代の若者として自分たちにできることを話し合うMISイベントの参加者たち(3月上旬、筆者撮影)

 そんな彼らに、元UNHCR駐日代表の滝澤三郎さんは「国際社会では、発言しないと何も考えていないと思われてしまう」「ここにいる皆さんが積極的に発信し、日本を変えていくことを期待する」と、エールを送った。

MISの参加者たちは、パネルディスカッションを聞いた上で、各自の意見をポストイットに書き込み、グループディスカッションに臨んだ(3月上旬、筆者撮影)

 生命や平和をいとも簡単に、やすやすとなぎ倒し、世界各地で社会のパラダイムを有無を言わさずねじ曲げようとしている圧倒的な暴力に比べれば、このような対話の試みや、写真による記録や記憶の共有は、あまりにささやかな取り組みだと言えるかもしれない。当事者にしか分からない苦しみや痛みがあるのも、また事実だ。しかし、当事者たちが不屈の精神を持ち、闘う意思を持ち続ける限り、また、自身も苦境にある人々が他者の不条理に心を寄せ、共に闘おうと連帯の意志を示す限り、そしてまた、自由な日本から彼らを信じ、寄り添おうとする人々が「世界で起きていることは自分にも起きる」と想像する力を失わず、国境を越えてNOを訴え続けようとする限り、そこには希望があると信じたい。

真剣な表情で自分の意見をまとめる若者たち(3月上旬、筆者撮影)

 実際、ロシアがウクライナへの軍事侵攻を開始してから1カ月になるのを前に、日本でも目覚ましい速さで支援が広がっている。自治体が献花台や募金箱を設置したり、名所をウクライナ国旗の青色と黄色にライトアップしたりする動きが相次いでいる上、日本政府もウクライナから逃れた人々に就労可能な1年の在留資格を与え、住宅も提供する異例の対応を発表した。欧米諸国に足並みをそろえるべく重い腰を上げたことは注目される。

 とはいえ、政府はあくまで彼らを「難民」ではなく「避難民」として扱う姿勢を強調しており、ミャンマーやアフガニスタンをはじめ、これまで難民申請して保護を求め続けてきた多くの人々とは、ことさらに一線を画そうとしている。これでは芽吹きつつある連帯をあえて断ち切り、人々の生命を取捨選択し、線引きすることになってしまう。

ロシアのプーチン大統領とミャンマー軍を率いるミンアウンフライン最高司令官に抗議する在日ミャンマー人ら(3月上旬、筆者撮影)

 ミャンマーのチョーモートゥン国連代表は国連総会緊急特別会合で「正義、自由、平和は世界中で勝つ(Just, freedom and peace must prevail all over the world.)」と語ったという。怒りと悲しみ、無力感に支配されそうなニュースに窒息しそうになる日々だからこそ、負の感情に押し潰されないように、また、これ以上の分断や絶望を作り出さないように、一人一人が世界を知り、真の連帯について、今一度、考えたい。

 

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