在日ミャンマー人映像作家、今も刑務所のまま
監督不在のグランプリ受賞

  • 2022/1/31

 次々と発表される映画賞の中に、ミャンマーで収監されている友人のテインダン監督の「めぐる」(Meguru/Goes around Comes around)の名前があった。北九州市で昨年11月に行われたライジングサン国際映画祭で、短編日本映画のグランプリとなったのだ。監督の代わりに出席した私は感激しながら、「監督はリアルな映画祭に来たがっていた。この場に立っていてほしかった」という挨拶をした覚えがある。クーデターから1年が経とうとしているが、テインダンさんはインセイン刑務所に収監されたままだ。友人であり、自らもミャンマーで拘束された北角裕樹が、改めて彼と事件のことについて報告したい。

2021年11月、拘束され映画祭に出席ができなかったテインダンさんの代わりに賞を受け取った筆者

人間のダメさを描く日本人の感覚

 「めぐる」には、勉強に身が入らない受験生や、飲んだくれで妻と別居した父親、司法試験をあきらめた就活生など、人生がうまくいかない人物ばかりが登場する。テインダン監督自身、感情の起伏の激しい人間で、落ち込んだり人に甘えたりとウェットなところがある。現代社会に生きる人間のダメさ加減を描くその感覚は、まったく日本人と同じのものだと感じる。それもそのはず、6歳のころから日本で暮らす彼は、強く日本で育ったというアイデンティティを持っていた。ミャンマー語よりも日本語がうまく、ミャンマー料理よりも日本料理が好きなくらいだ。

 2017年ごろから彼は日本とミャンマーを往復して、ミャンマー関連の事業を始めていた。映像制作に始まり、ウェブサイトの制作、俳優養成学校など、多くの事業を始めては成功と失敗を繰り返していた。ただそのうち、自分が日本で助監督などの映画製作の現場で積んだ経験がミャンマーで役に立つと考えたのだろう、コロナが少し落ち着いた2021年1月ごろ、ヤンゴンで大勝負をするつもりで再び現地にやってきた。そして社員を次々と雇い、事業を拡大しようとしていた矢先に、クーデターに遭遇した。

逃走先のホテルで逮捕

 彼は母国のピンチにあたって何をすべきかとを考え、必死になって行動に移していた。現在裁判が進行中のため詳細は避けるが、自分にできることをしながらも「このままでは(国軍に)勝てないのではないか」「刑務所に行きたくない」と弱気な電話がたびたびかかってきた。そうかと思えば、仲間に対して「頑張ろう」と呼びかけるなど、くるくると心情が変わる中でも夢中に走り続けていたのだと思う。

2019年、テインダンさん(中央)とともに筆者(右)がミャンマー映画に出演した際のロケ現場

 4月中旬になると、彼と親しかった学生活動家らが逮捕され、拷問を受けた学生の口から、テインダンさんの名前が出てきた。そして彼のオフィス、宿泊先のホテルなどが次々と家宅捜索された。そして4月17日に逃亡先のホテルに踏み込まれ、知人とともに逮捕された。当局の捜査に気づいたホテルの従業員は秘密裏に彼を逃がそうとしたが、ホテルの建物を出たところで取り押さえられたという。そしてその翌日、私も当局の家宅捜索にあい、逮捕されてしまうのだ。

調書をでっち上げる当局

 5月になり、事件の裁判が始まると、彼と再会することになった。上記の逮捕される場面はその時に彼から聞いたものだ。また、彼が刑務所に送られる前には軍の施設で凄惨な拷問を受けていたことも分かった。目隠しで手錠をかけられたまま、長時間の尋問を受けながら棒で殴られたという。取り調べで事実と違うと主張したらもっと殴られたそうだ。
 その結果、北角にビデオを売ってその金でデモ隊を支援したという、当局側のストーリーに沿った調書が取られてしまっていた。その調書は私の取り調べで取調官から示されたものだが、私の知る限り事実無根だった。拷問の中で事実と違う調書がでっち上げられてしまっていたのだ。何より、彼はミャンマー語を読むことができない。私が裁判で彼に会った時も、そんなことは言っていないといい、調書にそう書かれていることさえ知らなかった。

奇跡的に伝わったスケッチ

 さて、私は約1カ月の収監を経て、5月中旬にインセイン刑務所から釈放され、日本に追放された。しかし、その後の彼の様子は、いろんなルートから漏れ伝わっている。元気にしているが、散髪する機会がないのか、髪の毛が伸びているらしい。そして自分の無実を裁判でも訴え続けるつもりだという。 

テインダンさんと同室だったアーティストが書いたスケッチ(筆者提供)

 ここに、1枚のスケッチがある。テインダンさんとインセイン刑務所で同じ部屋だった政治犯のアーティストが書いたものだ。日付は7月1日。ちょうどインセイン刑務所で新型コロナウイルスがまん延して、刑務所がロックダウンされていたころだ。スケッチを描いたアーティストは、10月の恩赦で釈放された。スケッチはテインダンさんが釈放された時に本人に渡すつもりだという。

 テインダンさんらは現在、200人ほどが1つの大きな部屋に収容されているという。私も夜間に刑務所で目にしたことがあるが、多くの人が静かに寝ている不気味な場所だった。イメージとしては、日本の災害避難所を思い浮かべてもらうといいと思う。このスケッチを見ると、本を読んだり、議論をしたりと政治犯らが狭いスペースに押し込められてもなんとか生活を楽しもうとしていることがうかがえる。

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