愚民化教育を拒否する人々
子どもたちの未来をかけた、静かな闘い

  • 2021/5/2

【編集部注:】

5月5日には大学を開校し、6月から通常通り新学期を開始することを発表したミャンマー軍政府。ここでは、かつての愚民化教育の再開を断固拒否する人々の姿を伝えるFacebook投稿を紹介します。

~ 以下、Facebook投稿より ~

(c) Radio Free Asia / Twitter

教育と、情報統制と、ワイロ。
軍政時代を知らない私が「軍政になると何が嫌なの?」と
周囲の人に聞いたときのトップ3だ。
===
「僕たちは、愚民化されていたんだ」
私が教育について聞くと、30代の友人は怒りに言葉を震わせた。
ふだん穏やかで、ちょっと斜に構えたタイプの彼が
こんな風に怒りをあらわにするのを見るのは初めてで、少し驚く。
「軍政時代、教育は常に一方通行だった。
 ただ決まったことを生徒にインプットするだけ。考えさせないんだ」
いまいちイメージがつかめない私に、彼は語気を和らげて説明してくれる。
例えば、先生が「これは車です」と教えるよね。
そしたら、生徒はそれが車だと「覚える」。
質問の時間は一切ない。
車がどんな乗り物なのか、どこでどう役に立つのか・・・
そういうことはまったく習わないんだ。
確かに、ミャンマーの小学校からはいつも生徒たちの唱和する声が聞こえてくる。
事情を聞くと、生徒たちは教科書の中身をリピートして、丸暗記しているらしい。
「僕たちは、考えるということを知らなかった。
 あるがままを受け入れるだけの人間になった」
だけどね、と彼は続ける。
「この5年で、新しいカリキュラムをつくって、ようやく変化が始まるところだったんだ。
 留学にだって行けるようになった。
 僕たちは、ようやく歩き出したところだったんだよ」
スタートしたばかりだった、これから変わるところだった、と彼は何度も繰り返した。
===
いつだったか、スタッフ3人と飲みに行ったときに、こんな笑い話を聞いたのを思い出す。
「私たち3人は、それぞれ4〜5歳違いなんだけど、
 大学に入るための試験科目が、みんな違ったの」
例えば、それまで1科目だった「理科」という科目が、
ある年から何の前触れもなく物理や生物など数科目に分かれるのだという。
「そのたびに勉強し直さなきゃいけなかったんだから。
 自分の年に科目が変わったら、もう最悪よ」
なんでそんなコロコロ変わるの?と聞くと、想定外の答えが返ってきた。
「軍政時代は、教育省のトップが交代するたびにいろんな制度が変わったの。
 新しく着任した人は、自分の前任者の踏襲はしたくないわけ。
 だから、俺はドイツ式だ、とか、今度は中国式だ、とかいって」
えー、そんなむちゃな!と驚いていると、
もう一人のスタッフが、ダメ押しのように言った。
「それで、その人たちの子どもはどうすると思う?
 ・・・外国に留学するのよ。
 教育省で制度をつくっている人が、国の教育を信じてない。それが軍政期のミャンマー」
そうなんだ、終わってるね、なんてワイワイ言いながら、
ミャンマービールを飲んでいたあの頃が、なんだか遠い昔に思える。
あの時、これは「悪い時代の思い出話」だった。
===
「軍政下では、みんなたくさんのことを諦めてきた」
そう話してくれたのは、30代後半の友人。
 大学生のころ、彼女は海外留学を夢見ていたそうだ。
「あの頃、私はエネルギーに満ちていたの。
 絶対外国に行こうと思って、英語もすごく頑張ったんだよ」と。
コネもお金もなかった彼女は、
どうすれば奨学金がとれるのか、どこに申し込めば留学できるのか
片っぱしから先生や友人に聞いてまわったという。
でも、道は見つからなかった。
「そんな情報は、どこにも公開されてなかった。
 インターネットもないから、調べる方法もなかったしね。
 やっと民主化して、みんな海外に行けるようになったとき、
 私はもう30歳だったの。」
Too late(遅すぎた)、と彼女は言った。
彼女がいちばんエネルギッシュで、夢に溢れていたころ。
この国は軍政下で、夢に挑戦するチャンスは与えられなかった。
軍幹部の子どもたちが海外留学に飛び立つ姿を、
彼女はどんな気持ちで見ていたのだろう。
クーデター以降、ミャンマー人たちがよく口にする
「子どもたちの未来がなくなってしまう」という焦りは、こういうことなのか、と思う。
===
軍政府は、5月5日には大学を開校し、
6月には通常通り新学期を始める、と宣言している。
そして、CDMに参加する教職員たちには
「4月中に職場に戻らなければクビだ」と踏み絵を踏ませた。
新聞に連日アップデートされる指名手配者の一覧には
今日から「先生」のリストが加わった。
教育は、国をつくる。
愚民化教育がまた始まるのか。
それとも人々がまた、団結して拒否するのか。
未来をかけた、静かな闘いがつづく。

ヤンゴンの小学校の校門に、赤ペンキのプロテスト。 人殺しの軍政がひらく学校になんて行くか!というアピールなのだろうか。(c) Irrawaddy / Twitter

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