ミュージカル『My Life Plan』で伝える自由と平和への願い
劇作家の嶽本あゆ美さん「世界への共感を創造する舞台を」

  • 2022/8/13

 内戦から逃れて20年前に日本にたどり着き、いまだに在留資格が認められないスリランカ人男性と、昨年2月にクーデターが起きたミャンマーで軍に抵抗を続ける女子大生をテーマにしたミュージカルの1日限りの公演が8月14日、東京・荻窪の小劇場で行われる。劇作家の嶽本あゆ美さんが、日本で精神的にも経済的にも法的にも不安定な状況に置かれている難民認定申請者や、ある日突然奪われた自由と平和を取り戻すために世界各地で声を挙げる人々が、日々、どんな思いで暮らしているのか描いた。1人1人に手に入れたい自分の人生があり、実現したいと願う素敵なライフプランがあることを知ってもらいたい、という思いを舞台にぶつける。

ミュージカル『My Life Plan』のリハーサルの様子 (c) 萩原美寛

壮大な覚悟とささやかな願い

 「音程が下がらないように目線を上げて」「単語の頭の発音、はっきり開いて」。本番を3日後に控えた夜、シーンごとに照明の光量や2人の立ち位置、BGMの音量などを丁寧に確認した後で行われた通し稽古は、数日前に行われた練習に輪をかけて迫力があった。「強いものが勝ち弱いものは不幸になれという」「未来をあきらめ自由を捨てろという」「なぜならこれは運命」「私はそれを許さない」―。哀愁と悲しみに満ちた旋律とともに劇場に響く2人の歌声からは、自らを鼓舞する壮大な覚悟がひしひしと伝わってくる。だからこそ、男性が「どうか知って下さい。難民になりたくても認めなれない私たちのことを」と呼びかけた後で口にする願いのあまりのささやかさに、胸を衝かれた。
 「認めてもらって、たくさん働いて、皆さんと同じように、自分の人生を手に入れたい。マイ・ライフ・プランを実現させたい。ただ、それだけです」

スリランカ人男性のリヴィを演じる平良太宣さん(筆者撮影)

 主人公の一人、スリランカ人男性のリヴィは、故郷を愛するごく普通の青年だ。祖国の名前に「光り輝く島」という意味があることや、生まれ育った村の思い出を話す時の彼は、実に嬉しそうで、少し誇らし気でもある。
 しかし、物心ついた頃から、生活は常に内戦と隣り合わせだった。1983年から26年にわたり政府軍と武装組織「タミル・イーラム解放のトラ」 (LTTE)の闘いが続いた中、学校を辞めて大臣のボディガードをするようになったリヴィは、ある日、自宅の近くにLTTEのアジトがあるのを見つけ、警察に密告したことで恨みを買い、生命を狙われ始める。居場所を転々としながら任務を続けていたが、選挙運動で地方に向かっていた際、大臣を護衛していた10数台の車列の中でリヴィの車だけが銃撃され、彼は腕を負傷、同僚は胸を撃たれて即死した。その後も故郷の村で親戚が相次いで殺害されたため、差し迫った身の危険を感じて逃げるように出国した。

 帰国したら殺されるという恐怖とトラウマ、腕の傷の痛みに苦しみながら過ごしてきた日本での年月は20年を超えるが、今もビザは手にできていない。入国管理局に10カ月間収容されていたこともあるが、現在は、一時的に収容を停止し身柄の拘束を仮に解かれた仮放免中で、シェルター施設「アルペなんみんセンター」(神奈川県鎌倉市)に身を寄せながら、3カ月に一度、出頭している。就労や移動の自由はない。3回にわたり提出した難民認定申請はいずれも棄却されたため、現在は不認定処分の取り消しを求めて行政訴訟中だ。劇中では、収容中に病気になり、入管から「薬代がかかって迷惑だ」と責められ、「Go home! Go home! 国へ帰れ!」と執拗に言われたエピソードも明かされる。

不遇の20年に感じた申し訳なさ

 劇団四季で音響オペレーターやプランナーとして経験を積んだ後、フリーランスに転向した嶽本さんは、劇作家、演出家として活動しながら演劇集団メメントCを主宰している。
 歴史や社会、地方などの問題を扱った硬派な戯曲を多く手掛け、2021年末には認知症の人の心の内や家族の葛藤を描いた『私の心にそっと触れて』を書き下ろし、上演した嶽本さん。代表作の『太平洋食堂』は、明治天皇の暗殺を企てたなどとして数百人が摘発され、12人が死刑になった明治末期の「大逆事件」について7年かけて取材と執筆し、10年にわたり上演を続けたライフワークでもある。

悲しみと怒りを込めて「恐怖に負けるな」と歌う(筆者撮影)

 リヴィのモデルとなった男性と出会ったのは、プロデュースを手伝うインターネットのニュース番組で難民問題について取り上げたことがきっかけだった。知人が働くアルペなんみんセンターを取材で訪れ、男性にインタビューした。「祖国で起きた内戦から逃れ、九死に一生を得て日本に来た彼が不遇の20年を押し付けられている姿がつらかった」と振り返る嶽本さんが、「日本人として申し訳ない」という思いに駆られて書き下ろしたのが、「マイ・ライフ・プラン」だった。

「恐怖からの解放」

 舞台では、もう一つの闘いも描かれる。昨年2月1日にクーデターが起きたミャンマーで、軍に抵抗を続ける市民の姿だ。抗議の意思を表すために、人々が実際に夜ごと窓辺で打ち鳴らした鍋や釜のフタの金属音が劇場に響く中、現地の女子大生サラが、リヴィと共に「freedom from fear」「恐怖に負けないで 取り戻せ自由 この心を武器に」と歌う。自分の中にある恐怖心こそが監獄であり、その檻から自分を解き放つことで真に自由になれる、というアウンサンスーチー氏の言葉だ。
 後半で再び登場するサラは、国民防衛隊(PDF)のナースとして、爆弾や地雷で傷ついた人々の応急処置をしている。しかし彼女は、決して高揚しているわけでも、血気にはやっているわけでもない。非暴力で抗議するデモ隊に容赦なく銃弾が浴びせられ、人々が迫害され、家を燃やされ、女の子がレイプされ、何も分からない子どもたちまでも殺されていく中、「こんなひどいことをする人たちに反撃することが私たちの使命」「最後まで戦い抜くと決めた」と語る表情には、強い怒りと深い悲しみがないまぜになった苦渋の色が浮かぶ。

ミャンマー人女性のサラを演じる内野友満さん(筆者撮影)

 追い詰められ、後には引けない覚悟を固めたサラの独白の基になった1通の手紙がある。軍による弾圧で負傷した人や、医療崩壊で治療を受けられない人に医療支援を届けるために現地に住む日本人医療者らを中心に結成された支援団体で活動を続けてきた日本人のメイさん(仮名)の手元に、今年の6月下旬に届いたという。嶽本さん自身はそれまで武力に武力を用いて反撃することに漠然と違和感を抱いていたが、前出のニュース番組でメイさんからその話を聞いた嶽本さんは、「非暴力がいくところまでいき、若者が人生を賭して闘っている事実に大変驚いた」ことから、急きょ、脚本に盛り込むことにした。

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