「復活、ミャンマーの賄賂」
ラワカでの出来事

  • 2021/12/16

【編集部注:】

ミャンマーでは、2016年にアウンサンスーチー氏率いるNLD政権の誕生以後、目に見えて減っていた賄賂が再び横行しつつあるようです。現地の様子を伝えるnoteの投稿を紹介します。

~ 以下、noteの投稿より ~

ミャンマーではNLD政権下で減っていた賄賂が再び横行しつつある(筆者撮影)

タクシー代の要求

 ビザの更新手続きで、ラワカ(住民登録の管理)の事務所に行ったときだ。
 「あなたの書類を本部に持っていかなきゃいけないの。タクシー代を出してね」

 私は何度もここのラワカに来ているが、今までタクシー代を請求されたことなどなかった。
 「タクシー代? 何それ?」
 「本部との往復のタクシー代のこと。前は外国人には言えなかったけど、今はちゃんと言えるようになったの」

 タクシー代と言っているが、単なる言い訳だろう。ただ、ここで彼女がへそを曲げるとビザの更新ができなくなる。渡したくなかったが、言い値の5000チャット(約320円)を渡した。

 彼女は正直な人だ。クーデター前のNLD政権のときは外国人には(賄賂の)請求はできなかったと言った。それが、クーデター後は外国人でも堂々と(賄賂を)請求できるようになったと自ら告白したのだ。

 多くの外国人はラワカには自分では行かない。会社の担当者に頼んだり、代理のミャンマー人に頼んだり、ブローカーに頼んだりしている。しかし、私は、ビザ関係や居住証明書などの手続きは必ず自分でラワカに来ている。何度も顔を出すので担当者とは顔なじみになったのだが、書類を頼むとちょっと渋い顔になる。外国人である私は、賄賂を渡さないからだ。これがミャンマー人だと、お互いに阿吽の呼吸で賄賂(といっても、通常は200〜300円程度)やお土産のお菓子などを渡している。

 賄賂を払う素振りも見せない私だが、外国人ということで今までちゃんと事務作業はやってくれていた。その代わり、日本語への翻訳を頼まれることもあった。

蔓延していた裏ルート

 ミャンマーでは賄賂のことを、ラペッイエボー(紅茶代)とかモンボー(お菓子代)と呼び、軍政時代の役所では、賄賂を渡すのが当たり前だった。渡さないと、役所で事務手続きをなかなかやってくれないなどの嫌がらせをされるからだ。

 賄賂といっても金額はまちまちだ。前述のように、紅茶代やお菓子代程度の100~200円の場合もあれば、億単位の場合もある。いくつか賄賂の例を上げる。

 身分証明書をなくして役所に行くと、再発行まで通常は1〜2週間かかるところ、賄賂を渡すと翌日には再発行してくれる。交通違反を犯しても、賄賂を払う方が安いし、後の面倒な手続きをやらなくても済む。これらの場合は、数百円程度の紅茶代ですむ。

 以前、私の知り合いのミャンマー人が、地方で車を運転していた時に歩行者をはね、死亡させてしまった。いくらミャンマーでも、交通事故で人が死んでしまうと、警察の捜査がある。場合によっては運転手は捕まって裁判にもなる。しかし、この人は、現場の警察署に賄賂を支払い、事故自体をなかったことにできた。亡くなった人の家族には、当時で10万円相当のお金を渡したという。

 会社の納税も、賄賂を渡せば、正規の税金を払うより安く済む。国境での通関も、賄賂のを支払う方が輸入税を払うより安いし、事務手続きも必要ない。これらは国の財政や経済統計に重大な影響を与えるのだが、ミャンマーではこうした裏ルートが蔓延していた。

人事や身分証明書も金次第

 軍内部や役所内部の人事でも、上官や上司に賄賂を払えば、良い部署に配属されたり昇進ができたりする。彼らにとって、賄賂は、一種の投資とも言える。こうした賄賂を支払えばかなりの金額になるのだが、それでも支払うことによって、後で得るものがずっと大きい。それでも、通常の役人の場合、賄賂を支払わなくても、昇進できなかったり賄賂収入などの役得のない部署に配属されてしまう程度ですむが、軍の場合はそれだけでは済まない。コネもない賄賂も払わない兵士はずっと一兵卒で、危ない戦地に派遣され、最後は死んでしまいかねない。

 そんなミャンマー人にとって、身分証明書(マッポンティン)は自己を証明する上で非常に大切だ。本来、厳格に運用されるべきだが、賄賂を払えば、中国系であれ、インド系であれ、ラワカからビルマ人(族)の身分証明書を発行してもらうことができる。実際、近年、中国本土から流入している中国人のうち、かなり人々が賄賂によってビルマ人(族)の身分証明書を取得している。これは、ミャンマー国籍を得たことと同じだ。本来、ミャンマーでは、外国人が土地を買うことは禁じられているが、この方法によってミャンマー人になりすました中国人がマンダレーの土地を買い占めるということが横行しており、社会問題になっている。

 なお、こうした賄賂はシステム化されており、担当者個人の懐に入るのではなく、部署全体で分け合う仕組みになっており、その部署にいるだけで、自動的に賄賂が転がり込んでくる。逆に言えば、その部署にいる役人は、仮に賄賂を受け取りたくなくても、拒否することはできない。本当に賄賂を拒否すれば、その部署にいられなくなってしまうからだ。

 このような状況を鑑みると、公務員に同情する点があるとすれば給料が安いことだと言えよう。民政移管後、給料はだいぶ上がったが、軍政時代は民間と比べればかなり安く、給料だけでは家族を養うことが困難だった。たとえば、学校の先生は、今も昔もほとんど賄賂が入ってこないため、先生になるのは圧倒的に女性が多い。逆に言えば、先生という職業を続けるには、家族による経済的サポートが必要だったのだ。その一方で、公務員の中でも、部署によっては、たった1年でアパートの部屋と車の両方が買えるほどの非常識な収入を手にできる場合もある。

積極的に恩恵を受ける人も

 また、賄賂を積極的に利用する人々もいる。クローニーと呼ばれるビジネスマンは、コネや賄賂を使って軍幹部に取り入り、ビジネスを拡大していった。宝石やチーク材、その他多くの許認可権を軍が握っていたからだ。クローニーでなくても、軍政時代はビジネスを行う上で賄賂を払わないとスムーズに仕事が進められなかった。

 一般の人たちも、役所での手続きを早く済ませるためだったり、違法行為を見逃してもらうためだったり、土地取引や家の建築許可を有利に処理してもらうためだったりと、いろいろな場面で積極的に賄賂を払う人も多い。

 また、一般国民は賄賂を批判するが、いざ自分が賄賂を受け取る側の役人にしてみれば、賄賂を躊躇なく受け取る人が多いし、家族も喜ぶのが通常だ。

NLD政権下で減少も、再び増加
 このように、ミャンマーにおいて、賄賂は非常に根深い問題だが、2011年からの民政移管後、特に、2016年にアウンサンスーチー氏率いるNLD政権が誕生してからは、賄賂が目に見えて減っていた。少なくても、軍政時代には堂々とまかり通っていた賄賂、裏でこそこそと隠れてやるものへと変わった。さらに、一般国民の中にも、堂々と賄賂を拒否したり告発したりする人々も表れ始めた。

 一方、賄賂が減少したことで、賄賂が潤滑油して働いていた役所の許認可などの事務手続きは滞りがちで、「軍政時代のほうがビジネスがやりやすかった」と、NLDを批判するビジネス関係者(外国人も含む)が相当数いたのも事実だ。しかし、それでも多くの国民は「賄賂が少なくなり透明性が高まった」と、歓迎していた。

 それが、2月1日のクーデターを機に、すべてが変わってしまった。紅茶とお菓子にまみれた役所が戻ってきた。

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