残り半年を切った台湾総統選挙の行方を読む
第三の男、柯文哲候補の存在感が急拡大

  • 2023/8/6

 2024年1月13日に予定されている台湾総統選挙まで、残り半年を切った。7月31日には国民党の侯友宜候補が来日し、2日間にわたり在日台湾華僑や日本の国会議員らと交流して日本重視の外交姿勢をアピールした。ところが、昨年までは有権者から比較的人気があった同氏の支持率は芳しくない。むしろ、第三党である民衆党の柯文哲候補が、ここに来てにわかに存在感を高めつつある。

2014年に台北市長に当選した民衆党の柯文哲総統候補(筆者提供)

世論調査の結果でも低迷する侯友宜候補の人気

 今度の台湾総統選は、当初から、与党である民進党副総統の頼清徳候補、新北市長である国民党の侯友宜候補、そして元台北市長で民衆党の柯文哲候補の三つ巴戦が予想されていた。昨年までは、総統になってほしいと市民が思う政治家のナンバーワンは、2022年11月の地方統一選挙で最高得票率を獲得して新北市長に再選した侯友宜候補だった。しかし、同氏は5月17日に正式に出馬を決めて以降、急速に人気が低迷しており、代わりに柯文哲候補の支持率が急上昇中だ。なぜか。

 まず、主要メディアが7月までに有権者に対して行った意識調査の結果を見てみよう。2023年7月17~18日に台湾民意基金会が行った総統候補に関する調査結果によれば、各候補者の支持率は、頼清徳候補が33.9%、柯文哲候補が20.5%、侯友宜候補が18.0%、郭台銘候補が15.0%という結果だった。一方、2021年に創刊されたオンライン政治メディアの菱伝媒(RWNews)が7月12~16日にかけて独自に行った調査によれば、頼清徳候補は38.48%、柯文哲候補は28.34%、侯友宜候補は21.29%となった。また、オンラインニュースのTVBSが6月28日から7月1日にかけて行った調査によれば、頼清徳候補が29.3%、柯文哲候補が30.8%、そして侯友宜候補が18.5%という結果になっている。現役副総統の頼清徳候補が他の候補を抑えて一歩リードしているのは予想通りだが、驚くべきは柯文哲候補の存在感だ。特に、TVBSの調査では、柯文哲候補の人気は頼清徳候補を超えている。

最大争点は対米中政策

 きたる総統選挙の最大争点の一つは、台湾の外交方針だ。特に、台湾武力統一論を強め、軍事的恫喝を続けている中国の脅威への対応策が問われている。

台南市長時代の民進党・頼清徳候補。 八田與一没後75周年追悼記念式典で2017年5月撮影(筆者提供)

 この点について、三候補の掲げる政策を比べてみると、与党の頼清徳候補が最も「倚米(米国に頼る)派」であり、抗中(中国に対抗する)を掲げている。スローガンは、「和平保台(事実上の抗中保台=中国に抵抗して台湾を守る)」であり、「一つの中国」の原則について中国と台湾が1992年に確認したとされる「92年コンセンサス」について、台中がそれぞれ各自の解釈を表明する「一中各表」(双方が自国を唯一の中国とする)の立場をとり、経済は中国依存からの脱却を進める路線だ。台湾の国家観では、中国からの独立派とみなされている。

 蔡英文政権は、台湾について、今さら言わなくともすでに独立状態にあるという意味で「天然独立」と表現していたが、頼清徳はこれをさらに一歩進めた立場をとっている。7月10日には、選挙戦に向けた演説で「いつの日か台湾総統がホワイトハウスに入れるようになると期待している」と語った。これは、米国政府から正式にホワイトハウスに招待される国家になりたいという意味で、米国が現在採っている一中政策の見直しを迫る発言とも受け取れる。なお、頼清徳は8月、パラグアイを訪問して大統領就任式に出席する予定で、8月14日に米国でトランジットすることになっている。この時に彼が誰と面会し、どのような話をするかによって、米国が頼清徳をどう評価しているのかが見えてくるだろう。

台湾総統選に向け、最大野党の国民党候補に指名された侯友宜氏(2023年5月17日撮影) © AP/アフロ

 一方、国民党の侯友宜候補は「92年コンセンサス」を支持し、中国が自国の一部とする地域に中国本土とは異なる制度を適用する「一国二制度」には反対する立場をとっており、中国との対話の再開を主張している。米国との関係性については方向性が曖昧なままだが、出馬を宣言する前、今年の1月1日に行った年頭の挨拶では、「強国の駒には絶対にならない」と語っており、米国に利用されたくない、という意思表示として受け止められた。侯友宜は4月、新北市長再選後の初の外遊先にシンガポールを選び、7月31日からは日本を訪問した。米国は秋に訪問を予定しているため、外交面では米国を後回しにしたという印象もある。徴兵制については、もとの4カ月に戻すという。

 これに対し、民衆党・柯文哲候補は、「親米友中靠日」「強国等距離」「92年コンセンサス放棄」「台湾主体」を掲げている。これは、中国と対話を再開し、経済交流の強化を進めることを意味する。国家観については、国民党にも中国にも「92年コンセンサス」の放棄をよびかけ、台湾の状況には「96年コンセンサス」が適切だと訴える。 

 この「96年コンセンサス」とは、1996年に台湾で初めて総統直接選挙が実施されて以来、台湾の主体性が強化されていったという歴史観だ。国民党の李登輝・元総統がかつて「二国論」と表現し、台湾で初めて政権交代を実現した民進党の陳水扁・元総統が「一辺一国」、そして現在の民進党・蔡英文総統が「天然独立」と表現した台湾の現状を、柯文哲候補は「台湾主体」という言葉で表現したと言える。彼は、1996年から始まった台湾総統の直接選挙について、「革命的な台湾の主体性の変革であった」「これを機に、台湾の社会やロジック、ムードが一変した」との見方を示す。李登輝時代は「中華民国在台湾」、すなわち「台湾にある中華民国」という認識だったのが、陳水扁政権の登場によって「中華民国是台湾」、すなわち「中華民国は台湾」という認識になった。さらに、2016年に民進党による二度目の政権奪還が実現したことで台湾の主体性が一層強化された、と柯文哲は言う。この主体性は、最終的に「台湾是台湾」、すなわち「台湾は台湾」という認識に行きつくだろう。

柯文哲候補の外交手腕

 柯文哲候補は今年4月8日からみっちり3週間にわたって米国を訪問し、意外な外交力を発揮した。在米の台湾人組織に根回ししてバイデン政権の官僚、および議会の両党に接触をはかったうえ、戦略国際問題研究所(CSIS)で演説し、ハドソン研究所を訪問してマイク・ポンペオ元国務長官とも会談した。

 元心臓外科医である柯文哲候補には、彼が台北市長選に無所属候補として出馬した際に、筆者も会ったことがある。ひどく人見知りで、記者の目を見て話すことができず、自ら「コミュ障」を公言していた。そんな彼が、総統選に向けて3週間もかけて米国に根回しに行ったのだ。実際、米国政府がどの候補に好意的であるかは、台湾総統選の行方に影響する。台湾有権者は、米国の台湾関係法が台湾の安全保障を担保していることを熟知しているからだ。

 米国滞在中、柯文哲候補はバイデン政権の官僚や与野党議員らにも接触し、自分の考える台湾政策について説明したようだ。徴兵制の延長などについても意見交換し、「徴兵制は期間よりも訓練の中身が重要」「中国が台湾に武力攻撃を仕掛けてくるのを予見するために、心理的、文化的な“準備”が必要」などと語り、中国に対する国防を米国とともに強化することを期待する考えを披露した。

 興味深いのは、台湾が対外窓口として各国に設置している台北経済文化代表処(TECRO)の駐米代表である蕭美琴とクローズドで二時間半も会談していることだ。米国人の母をもつ蕭美琴は民進党きっての米国通であり、安全保障の専門家である。

 柯文哲候補は、2014年の台湾市長選挙で民進党の支援を受けたにも関わらず、当選後は中国の習近平国家主席が掲げる「両岸一家親(中台は家族)」というスローガンに賛同し、親中派の立場を見せたため、民進党の支持者からは裏切り者扱いされている。しかし、民進党内の政治家や官僚とのパイプは、健在だ。彼が総統に当選した場合は、少数派総統になるため連立政権をつくると見られているが、単純に国民党と手を組み、「反緑同盟」政権をつくるとは限らないかもしれない。

2017年に開かれた台北世界大学対抗戦の開会式に出席し、蔡英文総統(左)と並び選手に手を振る台北市長の柯文哲候補。民進党内のパイプは健在だ(c)總統府 / wikimedia commons

 訪米を終えた柯文哲候補は記者会見を開き、「米中が対立している中、台湾にとって米国の重要性はますます拡大しており、米国を知ることは非常に意味がある。今回、米国の行政部門や議会を回り、会うべき人には全員会った。特に行政部門の官僚たちとは、台湾情勢に対する考えや、彼らの求めるボトムライン、要求事項について非常に明快かつクリアカットに協議した」と述べ、その成果を強調した。

 さらに、自分が主張する中国との対話再開についても、「米国は決して反対しているわけではない」とも語った。柯文哲候補が米国側に国民党の動き(馬英九・前総統が4月に中国を訪問したことなどを指していると思われる)は台湾海峡の緊張緩和に役立つだろうかと尋ねた際、米国はその可能性を否定したという。柯文哲候補は、「米国は台湾の与野党がそれぞれ勝手に動くのではなく、台湾内部で協調し、連携を図ることを望んでいる」と訴えた。

 また同氏は米国の国営放送であるボイスオブアメリカのインタビューにも答え、「今年4月に蔡英文総統が中米2カ国を訪問した際、米国で滞在中に米国の要人と面会した(いわゆるトランジット外交)のと時期を同じくして馬英九・前総統が中国を訪問したことは、米国の目には国家を分断する行為に映るだろう」「だからこそ私は、米国官僚たちに、台湾内で現状に見合ったコンセンサスを得てはじめて対外関係にもうまく対処できると語った」「台湾の政権を誰が握るかは米国にとって直接的には関わりがないが、私は中国に対して、協力できるところは協力し、競えるところは競い、対抗しなければいけないところは対抗すべきだと考えており、ブリンケン国務長官の考えと同じだ。われわれ台湾は、中国に対してこのような態度で臨むべきだ」などと語った。

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