台湾TSMCの米国進出で「シリコンの盾」は揺らぐのか
米中で激化する半導体戦争と安全保障戦略の行方

  • 2022/12/27

 9月初め、台湾・台南のサウス・サイエンスパーク(通称・南科)を訪れる機会があった。ここは世界の半導体市場の7割を占めるという台湾セミコンダクター(TSMC)が、目下、工場を拡大している拠点の一つで、ファブ(廠)18Bは3nmプロセス(N3)の生産基地となっているほか、ファブ18Aでは1.4nmの研究開発も進められており、拡張工事が続いている。どのくらいの規模感なのか、ちょっと見学してみようと思い立ち、駅で客待ちしていたタクシー運転手に目的を伝えると、そういう観光客が多いのだろう、広い敷地内を延々と車で走りながら、勝手知ったる様子で「あそこが3nm生産基地になる」、「あっちは5nmだ」、「南科は今にTSMCの牙城となるぞ」と、まるで自分の会社のように解説してくれた。

拡張工事が続く台南のTMSC工場(筆者撮影)

「産業のコメ」が併せ持つ経済力と防衛力

 TSMCといえば、北部・新竹のGDPを一気に引き上げて台湾一の富豪タウンにした印象が強い。しかし、タクシー運転手は「台湾一の富豪タウンになるのは台南かもしれない」と語った。

 「新竹は土地が少ないからねぇ」と、運転手は続けた。台南は電力がネックだが、幸い、日本とは異なり日差しが強烈で日照時間も長いため、太陽光も安定的な電力源として期待が持てるため、今のうちに台湾中の金持ちが台南のマンションを買いあさっているのだ、という。なんにもない田舎町だと思っていた台南には、いまやマンションが相次いで建設され、日本円にして数億円という高値で飛ぶように売れている。一見する限り、それほどしっかりした建築ではないようだし、交通の便も悪いが、誰もそんなことは気にしない。「TSMCがいるところに富が来る」、「富は富を呼び、さらに豊かになるだろう」、「もし、2024年1月の総統選で民進党候補の頼清徳が当選すれば、彼の出身地である台南の都市開発がさらに加速することは間違いない」と、現地の人たちは口をそろえる。

 TSMCは台湾の北部と中部、南部にバランスよく工場を拡大しているうえ、2025年には台中で2nmの先端ロジック半導体量産も開始する。将来的に構想している1nmの工場は、桃園の龍潭科学学園区に建設するらしい。台湾政府も、変電所や汚水下水処理施設の整備を準備しているという。さらに高雄にも、2024年から28nmプロセスの量産を開始する予定で工場を建設中だ。コロナ禍の中でも台湾が比較的高いGDP成長率を維持できたのは、TSMCを中心とする半導体産業のおかげであり、台湾海峡有事という中国の脅威から自らを守る最大の防衛力もまた半導体産業であると考えている台湾人は多い。「産業のコメ」である半導体の世界市場を支えている台湾を戦火にさらせば、世界中のシステムが麻痺するではないか。だからこそ世界は台湾を守ろうとするし、中国にしても、台湾の半導体産業に依存している構造がある以上、それを自ら破壊するようなことはするまい。つまり、半導体産業は、台湾に「シリコンの盾」という最強の武器を与えたというわけだ。

米国製造回帰を宣言

 その「シリコンの盾」のど真ん中に位置するTSMCが、このほど米国アリゾナ州のフェニックスに一大生産拠点を設立した。第一期と第二期のプロジェクトを併せて総額400億ドルに上る大規模投資事業で、6日には第一期プロジェクトの工場設備の搬入式がバイデン米大統領の出席のもとで行われた。この工場では、5nmの半導体を2024年から月に2万件製造する。また、ほぼ同時に着工した第二期プロジェクトでは、2026年に3nmプロセスの生産に入る計画だという。

 バイデン大統領はこの時に「米国製造回帰」を宣言したのだが、これが実に政治的な意味合いを帯びた「バイデン・ショー」とも言える式典だった。TSMC創業者の張忠謀(モリス・チャン)や、会長の劉徳音をはじめ、TSMCの大口顧客であるアップル社のティム・クック、AMDのCEOの蘇姿豊(リサ・スー)、オランダの半導体製造装置メーカーであるASMLのCEO、ピーター・ウィニクら、業界の大物たちが顔をそろえ、「ハイテク・オリンピック」と形容するメディアもあったほどだ。もっとも、平和の祭典であるオリンピックにたとえるより、むしろ中国への半導体戦争の宣戦布告と言う方が適切かもしれない。

台南南科のTSMC工場地帯(筆者撮影)

 この米中半導体戦争は、今年、さらにステージを上げた。米国商務省は12月16日、長江ストレージ、カンブリアン、上海マイクロ電子装備、深圳の鵬芯微など36の中国ハイテク企業と研究開発機構を、商務省の貿易上の取引制限リストであるエンティティリストに入れると発表したのだ。

 米国の中国半導体産業に対する制裁は、2015年4月にさかのぼる。当時、米国商務省は世界最大手の中央処理装置(CPU、MPU)および半導体素子のメーカーであるインテル(本社:カリフォルニア)が中国の国家スーパーコンピューター広州センターにXeonチップを販売する申請を拒絶するとともに、国家スパコン長沙センター、広州センター、天津センター、および国防科技大学の四大著名スパコン研究機構をエンティティリストに入れ、半導体製品の提供を制限した。

 2016年以降も、中興やファーウェイなどのハイテク企業が相次いで米国のエンティティリストに入れられ、2018年末にはファーウェイのナンバー2である孟晩舟がカナダで逮捕される事件も起きた。2020年末、中興国際は再び中国の軍と関連する企業リストに入り、10nm以下の技術ノードで使用される製品や技術は米国によって制限されることになった。エンティティリストに入れられた企業は、2016年の146企業から2022年3月31日までに483企業に増え、業種は半導体、5G通信、クラウドコンピューティング、顔認識、監視、通信、センサー、スパコン分野に及んだ。

 2022年10月、米国はさらに28企業に対してテープアウト(完成した回路設計を磁気テープに保存して工場に出荷する過程)を制限したほか、長江ストレージなど31企業を未検証エンドユーザーリスト(UVL)に入れるなど、高度な先進コンピューティングチップやスパコンに対して重点的に制限した。さらに制裁の対象は14nm以下のロジック半導体、128層以上のNAND、18nm以下のDRAMチップに拡大し、設備輸出が制限されたほか、米国人が許可証なしに関連の製造や研究開発などの活動に関わることも制限することによって、中国の製造能力を激しく圧迫した。

二つの陣営に分かれるサプライチェーン

 米国がここまで中国の半導体製造能力を抑え込もうとしている理由は、半導体が代替できない核心的な戦略物資であることに気付いたからにほかならない。もともと米国は技術的に圧倒的なリードを誇っていたが、半導体の大量生産・大量消費時代を迎え、米国企業が設計し、台湾、韓国、中国などアジア企業に製造を委託するという水平分業を進めた結果、半導体の世界市場における米国のシェアが12%にまで落ち込んだことに危機感を募らせた。

 潜在的な半導体リスクに気付いた米国は、2022年8月9日、中国との競争を念頭に国内の産業競争力を強化する目的で議論が続けられてきた「CHIPSプラス科学法案」に署名。527億ドル(約6兆9870億円)の補助金を投じて半導体企業の巨頭らに米中どちらのサイドにつくか選択を迫ることで半導体製造の国内回帰を推進し、サプライチェーンのコントロールを強化しようとした。

 こうした米国の動きに対抗すべく、中国はこのほど新たに一兆元(約19兆円)を投じて、半導体産業、特に半導体設備製造方面の振興を図ろうとしている。目的は、半導体、特に製造設備の国産化で、半導体企業に対する税制の優遇や、国産半導製造設備の購入に対する補助金制度の充実を進めている。中国の半導体業界内では、「米国の制裁によって一時的に相当な苦境に見舞われるものの、むしろ外圧によって国産化に向けたイノベーションが加速される」と前向きに評価する声もある。少なくとも、半導体サプライチェーンは米中それぞれを中心とした二つの陣営に分かれていく方向性であることは間違いない。

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