アフガンとロシアの凍結資産は誰のものか
没収と流用を巡る議論が問う「正義」と「所有」のバランス
- 2022/5/28
米国が経済・金融制裁の一環として凍結した在米のアフガニスタンやロシア資産を没収し、アフガンで全土を掌握した過激派組織タリバンによるテロ被害者に対する救済や、ロシアの侵略で破壊されたウクライナ国土の復興に使うことは正しいことなのか――。米国で今、その是非をめぐる議論が活発化している。国際法的にもグレーゾーンの領域であるが、究極的には、凍結されたアフガンやロシアの資産が誰のものか、そして、その所有権や使途を他国が勝手に決めることができるのかという問題だ。
在米資産と大統領令
まず、アフガニスタンの在米資産をめぐる論争の歴史的背景を分析してみよう。米バイデン政権は2022年2月、タリバンの勝利後に凍結された70億ドル(約8938億円)に上るアフガニスタン中央銀行の在米資産について、米国が正統性を認めないタリバンへ「返還」せず、うち半分を、タリバンがかくまったテロ組織アルカイダが2001年に引き起こした同時多発テロにより犠牲になった米国人被害者に対する賠償金に充当すると発表した。
さらにバイデン政権は、残り半分をアフガンの人道支援に充てると決定した。この大統領令は現在、司法の判断待ちの状況である。これに対し、後述のように「その資金はアフガニスタン人の公共資産であり、アフガニスタン復興に使われるべき。それ以外の目的のために使うことは間違っている」との声が、アフガニスタン人だけでなく、米国人などからも上がっているのだ。
歴史をひも解けば、米国が経済制裁のツールとして資産を凍結したり没収したりすることは、これが初めてではない。たとえば、第2次世界大戦の開戦前に米国は在米日本資産(政府と民間の両方)を凍結。日本の敗戦後は、日本が海外の占領地・植民地に有していた資産が全て連合国に没収され、その接収金額の一部は、国際赤十字を通して、戦時捕虜に対する個人補償金として支払われた。
近年の別の例を見よう。2003年3月のイラク侵攻を「成功」させたブッシュ米大統領(当時)は、米国内の金融機関に預けられていたおよそ17億ドル(当時の為替レートで約2006億円)の凍結イラク資産を、米国人テロ被害者に対する賠償金とイラク国民に対する人道支援に使った。
こうした交戦相手国の資産の凍結と没収は、1917年に制定された対敵通商法(TWEA)を発展させて1977年に成立した国際緊急経済権限法(IEEPA)とその改正、および米連邦最高裁判所の判例によって、米国内法の法的根拠が認められている。
イラクの場合は、米国の交戦相手であったことが根拠とされた。今回、バイデン大統領が下したアフガン中銀資産流用の決定も、米国が撤退前に交戦していた相手であるタリバンが戦勝し、事実上のアフガニスタン政府としてコントロールするアフガン中銀の資産にも、イラクの前例を適用しているように思われる。
加えて、2012年には米議会が、凍結された在米イラン資産をイランによる国家テロの被害者家族の賠償に流用する法律を成立させた経緯がある。イランは米国が交戦する敵国ではないにも関わらず、特別な立法で実現させたものだ。
2019年にはトランプ前政権が、凍結されたベネズエラ中央銀行の在米資産の一部を、マドゥロ反米左翼政権と闘う反体制派リーダーであるフアン・グアイド暫定大統領(当時)が使用できるようにしたこともある。このケースでは、トランプ前政権が承認したグアイド暫定政権にベネズエラ中銀の資産の一部を「返還」するという形がとられた。
米国人テロ被害者の賠償への流用の是非
このように、米国が敵対する国の在米資産を凍結し、流用するケースにはさまざまなパターンがある。しかし、アフガニスタンの場合、特に米国人テロ被害者の賠償にアフガニスタン中央銀行の資産の半分を充てることへの反対が強い。
米調査報道サイト「インターセプト」は、「米国人テロ被害者の賠償訴訟を担当した原告側の主任弁護士であるリー・ウォロスキー氏は、バイデン大統領が大統領令を発出する直前まで政権内でアフガン問題を扱う仕事をしていたため、(政権およびウォロスキー弁護士に)利益相反の疑いがある」と報じている。
ウクライナ情勢の影に隠れてアフガン情勢は大きく報じられない傾向があるが、国連のグテレス事務総長は4月、「アフガニスタンの人々は十分な食糧がなく、子どもや臓器を売ることを強いられる者もいる」と、その悲惨な状況を訴えている。干ばつや世界的なインフレによるコモディティ価格の高騰も加わって、援助の必要性は待ったなしだ。
こうした状況を踏まえ、国連を中心に44億ドル(約5613億円)をアフガン人道支援のために拠出する動きもあるが、達成できるかは定かでない。他方、この金額が、米国がテロ被害者の賠償のために流用しようとしている金額に近いのは、はたして偶然だろうか。
国外に亡命したアフガニスタン人が結成した団体「アフガニスタン人のためのよりよい明日」の共同創設者であるアラッシュ・アジザダ氏は、「バイデン大統領が大統領令によって凍結資産の流用を決定したことは、白昼堂々の窃盗であり、数えきれないアフガニスタン人に対する死刑宣告に等しい」と厳しく非難。「非常に単視眼的かつ残忍であり、(国民の半数以上にあたる2300万人が飢えに直面する)アフガン人の惨状を悪化させるだけだ」と述べた。
その一方で、タリバン政権と友好関係にある中国の王毅外相が「米国はアフガンから窃取した資産・資源を返還すべきだ」と述べていることについては、原則論として傾聴に値するにせよ、米国と地域覇権を争う同国の隠れた真意に留意する必要があろう。
翻って、経済メディアである米ブルームバーグの社説は、凍結資産がアフガニスタンを安定させる目的で使われるなら、たとえ短期的にタリバンを利するにせよ、長期的に米国の利益にかなうと論じており、注目される。
社説は、「バイデン大統領は凍結資産を流用してアフガニスタン人のための食糧や医薬品購入に充てるという誘惑を退けなければならない」「人道援助は一時的な効果しかもたらさない。真にアフガニスタンの復興に必要なのは、通貨を安定させ、金融業界を復活させてアフガン経済を再開させることだからだ」と主張。その上で、「凍結資産を流用すれば、米国における外国の中央銀行資産の預かり手である米準備制度理事会(FRB)の信用を損ねる。アフガニスタン中央銀行の資産は、その本来の目的であるアフガン経済安定に使われるべきだ。もし、アフガン経済が崩壊すれば、貧困と飢えで難民が増え、テロ組織が繁栄する素地を作るだけだ」とも述べている。
ロシアの資産をウクライナ再建に充てられるか
このように、苦難にあえぐ貧しい国の国民全体の財産の処分や使途を、米国が一方的に決定することに対して、反発は根強い。翻って、あからさまな武力によって領土の拡大を目指し、国連憲章に反してウクライナを侵略した大国ロシアの場合はどうか。
米国をはじめ、欧州や日本は、ロシア中央銀行がこれら先進各国の中央銀行に預けている総額3000億ドル(約38兆円)の外貨準備の凍結に踏み切った。正当化できないロシアの戦争の資金源に制約をかける目的であり、法的根拠もあるため、異論は少ない。
しかし、一歩進んで、ロシアの凍結資産を没収・流用することについては、いまだ結論が出ていない。
米シンクタンクのピーターソン国際経済研究所のギャリー・ハフバウアー上席研究員は、「米国はロシアと戦争状態にないため、ロシア資産を凍結できても、没収は法的に不可能だ。バイデン大統領は、米議会にロシアを対象とした立法を成立させた上でロシア資産を接収し、ウクライナ再建に充てるべきだ」と、論じている。
米民主党上院トップのシューマー院内総務も、バイデン政権が議会に要請した対ウクライナ支援策に、ロシアの新興財閥オリガルヒの資産を没収してウクライナ支援に回せるようにする条項を盛り込む方針を示した。下院では、ロシア政府指導部と関連した資産を没収し、ウクライナの復興に充てることを認める法案が採択された。
だが、どれだけ不正に形成されたものであっても、オリガルヒの資産は私有財産であり、これを没収することは、資本主義の根幹である「私的な所有」の概念を否定することにつながりかねない。
世界の基軸通貨であるドルを発行する米国の資本主義的な性格を信頼して預けた私有財産が恣意的に没収されるのであれば、資本家は米国を信用しなくなる。それは、グローバルなマネーの循環、ひいては米国主導の世界金融秩序に支障を来たすことになりかねない。
さらに、「こうした民間資産の没収は法の支配にそぐわない」との声も強く、私有財産の没収は極めて限られたケースにのみ許されるべきとの意見が大勢である。
翻って、ロシア中央銀行の資産については、侵略国家ロシアの公共財産であり、没収は問題ないとする見解がある。ウクライナ政府の見積もりによれば、復興には少なくとも6000億ドル(約77兆円)が必要だ。没収財産の使途が、理不尽に国民の生命や財産を破壊されている被害者ウクライナの復興ということなら、理解は得やすいだろう。
しかし、米国の中央銀行であるFRBの議長を務めた経験のあるイエレン米財務長官は5月18日、「ロシア中銀の資産を接収し、ウクライナ再建に充てることは合法ではない」との見方を示しており、米国内でさらに議論が続きそうだ。