ラテンアメリカの「今」を届ける 第7回
日本から海を超えて 女性たちが進める「障害者革命」

  • 2023/6/29

 2022年12月3日、国際障害者デーのその日、ラテンアメリカ10カ国で障害のある人たちが一斉に街に繰り出した。この同時パレードを企画したのは、各国で自立生活をする障害当事者団体のネットワーク「ラテンアメリカ自立生活ネットワーク(RELAVIN:Red Latinoamericana de Vida Independiente)」だ。国の制度を変え、どんな障害があっても自分らしく生きられる社会を作ろうと、「中南米地域の自立生活革命」の実現を掲げて活動するRELAVINは、もともと域内7カ国の繋がりから始まり、現在は13カ国を結ぶまでに成長している。メンバーの中には、日本で自立生活のノウハウを学び、その考えを自国へ持ち帰って活動している障害者も多い。今回の企画では、彼らの活動をサポートしようと日本から各国に車椅子で駆け付ける当事者たちの姿があった。

2023年5月、茨城県つくば市の自立生活センターほにゃらの斉藤新吾理事長と2人の介助者がパラグアイへ渡航し、スルマさんら現地の当事者たちに体験を伝え、交流した(筆者撮影)

始まりはコスタリカ

 現在、ラテンアメリカで広がりつつある障害者の自立生活とは、どんなに重い障害があっても、どこで、誰と、どのように生活するかを自分で決めて生活することをいう。障害のために自分ではできないことがあっても、指示した介助者が代わりに実行すれば、障害者自身がしたことと同じだと考える。そのため、重度障害があっても暮らしたい街で一人暮らしをすることも可能になる。

 障害者がすることは、何をするかを自分で決め、介助者に指示することだ。「ご飯、味噌汁、豆腐」など、食卓に並ぶ食べ物のどれを箸で取るか、どの靴下をどちらの脚から先に履くか、日常生活の一つ一つを自分で決める。その意思を実行する介助者がいれば、好きな街に暮らし、好きな時間に好き場所へ行くことだってできる。障害が重ければ自宅で家族に介助されたり、施設に入ったりする暮らしが当たり前だと考えてきた人たちにとっては、最初、衝撃的な考え方だった。

コスタリカに誕生した自立生活センター「モルフォ」は、コスタリカで見られる青いチョウの名前で、殻を破り大空へと飛び立つ障害者をイメージしている(筆者撮影)

 自立生活を支えているのは、日本各地に110以上ある「自立生活センター」で、当事者が運営の中心を担い、サービスを提供するのが特徴だ。1960年代に米国のバークレーで誕生し、日本では米国で研修を積んだ当事者らによって1980年代に初めて作られた。当事者同士で意見を聞き合う「ピア・カウンセリング」を実施したり、行政交渉などの権利擁護活動を行ったり、介助者を派遣したりしている。日本国内では、独自の文脈で、脳性麻痺者による自立生活運動が1970年代より立ち上がっていたが、運動体とサービスを提供する事業体を兼ね備えた「自立生活センター」という形はそれまでにはなく、障害者の福祉の在り方に大きな影響を与えることになった。

 その運動がラテンアメリカで大きく展開することになったのは、兵庫県の自立生活センター「NPO法人メインストリーム協会」を舞台に国際協力機構(JICA)が2008年から中米諸国の障害者を対象に自立生活を学んでもらう研修プログラムを実施するようになったのがきっかけだった。毎年1カ月半にわたって行われる研修には、各国から1、2人ずつ、10人前後の当事者と、その介助者たちが参加していた。

 研修員の一人、2009年に来日したコスタリカのウェンディ・バランテスさんは、帰国後、「自立法」の制定を実現させた。ラテンアメリカで初めて公費による介助制度が盛り込まれたのが特徴だ。

 2歳半の時に筋ジストロフィーを発症し、徐々に筋力が低下して車椅子の生活となったウェンディさんは、来日するまでは実家で両親のサポートを受けて過ごし、「親と離れて暮らすことなど考えもしなかった」という。医師になる夢もあったが、大学に通うためには下宿しなければならかったうえ、両親には付き添いを頼めず、自費で介助者を雇う余裕もなかったために諦めざるを得なかった。

自立生活センター「モルフォ」の代表を務めるウェンディ・バランテスさんがラテンアメリカで活動する当事者の大きな目標となっている(筆者撮影)

 そんな彼女が日本で出会ったのが、一人暮らしをする、自分と同じ筋ジストロフィーの人たちだった。自ら手足を動かすことはできなくても介助者のサポートを受けて一人で暮らし、夜は仲間と飲みに出かけ、好きな時にコンビニへ買い物にも出かけて自由を謳歌する彼らと、家族の都合でトイレに行くことすら我慢しなければならないこともある自分との違いを目の当たりにし、驚かされたという。

 コスタリカに帰国後、仲間を集めて自立生活センターの立ち上げに着手したウェンディさんを二人三脚で支えたのが、メインストリーム協会から現地へ派遣された井上武史さんだった。2016年には、国の制度を変える「障害者自立促進法(自立法)」が成立。ラテンアメリカで初めて障害者への公的介助サービスが実現する。その後、大学に進学して弁護士の資格を取得したウェンディさんが設立したセンターは、「モルフォ」と名付けられ、障害者のサポートだけでなく、自立法の運用も担うなど、当事者自身が制度を支える役割を果たしている。障害者の暮らしを当事者が主体となって根本から変えた同国の取り組みは、いまやラテンアメリカ各国のモデルケースになっている。

「これが自由だ!」—夢の実現へ コロンビアのアイデーさん

 「モルフォに続け」と意気込む国の一つが、コロンビアだ。

 コロンビアでは、当事者団体「トベ協会」が「RELAVIN」に参加している。画家としても活躍する代表のアイデー・ラミレスさんには、脳性麻痺により身体と言語に障害がある。自宅で母親と暮らすアイデーさんを介助するのは、有料サービスによる准看護師だ。コロンビアには障害者専門のサービスがないため、慢性疾患者向けのサービスを利用している。担当者に自立生活について説明したうえで、アイデーさんが個別に独自の研修を施しており、母親は介助にタッチしていないという。

コロンビアで自立生活運動を進める「トベ協会」代表のアイデー・ラミレスさん。筆を口にし、自分の世界を絵画で表現する(筆者撮影)

 アイデーさんが自立生活について知ったのは、40歳の頃だった。スペイン語圏内の障害者をつなぐ「ANUNDIS」というオンライン交流サイトを介し、スペインで自立生活をする当事者と知り合ったアイデーさんは、自立生活センターのメンバーとして活動する彼らを通じて、スペインでは障害者が介助者を使って障害のない人と同じように暮らしていると知った。それは当時、母親の介助を受けていたアイデーさんにとって、想像もつかない暮らしだった。現地を知りたいという思いに駆られたアイデーさんは、「ANUNDIS」を通じて現地の自立生活センターのメンバーと連絡を取り合い、2011年に単身でスペインへ渡った。

 スペインの首都マドリッドでは1カ月間、センターの宿泊スペースに滞在した。この間、生まれて始めて介助者にサポートされるという経験をした。「それは人生を変えるには十分すぎる魅力を持っていた」とアイデーさんは振り返る。

 「スペインでは、障害がある人でも家族から独立して生活していたのです。誰もが自分の人生を生きることができると知りました。好きな場所に旅行に行くことができ、恋人もできる。夜のマドリッドを友人たちと歩いたのは最高の思い出です。いつでも、どこでも、誰とでも、そしてどのようにでも、自分がしたいことができる。これが自由なんだ! そう思いました」

 さらにスペインには、コロンビアにはない公的介助派遣サービスがあったうえ、障害年金も充実していたという。

 「家族と暮らしていても、介助者のサポートによって自立できることを知りました。コロンビアでは、自分の生活を自分で決められないし、自分の行動の責任を自分で取ることもできず、私はまるで子ども、いや、赤ちゃんのようでした」

アイデーさんと同居する母親のオフェルミナさん(左)は「母親がなかなか娘を手放せなかった。娘と一緒に私も自立を学びました」と語る(筆者撮影)

 スペインから戻ったアイデーさんは、すぐに当事者主体の団体を立ち上げた。スペインで出会った友人がノウハウを教えに来てくれたという。2015年にインターネットでコスタリカの活動を知るとすぐにウェンディさんに連絡を取り、井上さんともつながってコスタリカの自立センターを訪問。2017年にはJICAが沖縄で開催した障害者向けのワークショップに参加するなど、少しずつ仲間を増やしながら、正式な自立生活センターの設立に向けて活動を続けている。そんなアイデーさんは、コスタリカのような公的な介助派遣制度の立ち上げにも奔走している。現在は、賛同してくれる国会議員を通じて国会に提出した法案が審議されるのを見守っているところだ。

パラグアイからコスタリカへ 

 2022年8月、パラグアイの当事者団体「テコサソ」のメンバー8人が、自立生活について学ぼうと、コスタリカのウェンディさんたちの元へ飛んだ。普段は自宅で家族の介助を受けて暮らしており、飛行機に乗ることも、国外に出ることも初めてという人がほとんどだった。

コスタリカで「世界が広がった」と語るフアン・カルロスさん(中央)(筆者撮影)

 その一人、車椅子で生活するフアン・カルロスさんは、「全てにおいて素晴らしい経験でした」と目を輝かせながら、コスタリカでの経験を振り返る。コスタリカでは、現地の自立生活センター「モルフォ」が介助者を用意し、パラグアイからの訪問者を10日間にわたりサポートした。介助者は、着替えや入浴、食事などの日常生活に必要な介助だけでなく、内陸国のパラグアイにはない海や買い物などへも付き添った。初めて「自立生活」を経験したフアンさんは、「家族に介助してもらっていると、自分の意見を通せなかったり、遠慮してしまったりすることもしばしばあります」としたうえで、「余暇の時間も介助者にサポートしてもらっていいのかと最初は驚きましたが、自分の世界が大きく広がることを実感しました」と話す。

 滞在中、介助者の育成や派遣事業、ピア・カウンセリング、自立生活プログラム、法律制定に向けた活動、自治体との連携の仕方など、自立生活センターとしての活動について細かく学んだ一行は、「パラグアイにもこの運動を根付かせなければ」との強い思いを胸にパラグアイに帰国した。

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