ソロモン諸島の総選挙から南太平洋の安全保障枠組みを占う
中国による併呑を自由と民主の価値観で食い止めるために

  • 2024/5/6

 南太平洋島嶼国のソロモン諸島で4月17日、総選挙が行われ、国会議員50人と、9つの州および首都区域の議会議員が選出された。この選挙戦は国際社会からも注目を集め、筆者も4月15日に現地入りして取材を行った。ソロモン諸島では、現ソガバレ政権が2019年に台湾と断交し、中国との外交関係樹立にスイッチして以降、中国と安全保障協定を締結するなど対中関係を急速に緊密化させており、同国の中国化が国際社会からも強く懸念されていた。その意味で、今回の選挙の結果、与党連合が国会過半数議席を獲得してソガバレ政権が継続することになるか否かによって、ソロモン諸島のみならず、南太平洋地域の安全保障の枠組みが今後、中国主導で再構築されるのか、あるいは米英豪ら西側の自由主義諸国が影響力を取り戻せるかが左右されることを意味していた。そしてそれは、日本や台湾を含む東アジアの国家安全にも関わってくることであったのだ。

首都ホニアラで見かけた選挙キャンペーンカー(2024年4月、筆者撮影)

総選挙は野党が躍進も、首相選は与党勝利のワケ

 選挙結果から言えば、与党連合の獲得議席は19にとどまったのに対し、野党連合は20議席を確保し、無所属の11議席がキャスティングボートを握る格好となった。ソガバレ氏は与党敗北の責任をとって5月2日の首相選挙に出馬しなかったため、与党連合は前外相兼経貿相のジェレミア・マネレ氏を首相候補に擁立。野党連合が首相候補として擁立したマシュー・ワレ氏との一騎打ちに臨んだ結果、マネレ氏が31票を獲得し、マネレ政権の誕生となった。

パシフィックゲームズのスタジアムが中国支援で建てられたことを示す看板。中国の存在感は大きい。 (2024年4月、筆者撮影)

 総選挙では与党が惨敗し、親中派ソガバレ政権は交代することになったにも関わらず、与野党交代ではなく、ソガバレ政権下で中国との外交樹立交渉に当たったマネレが首相となった。これは、親中政権の継続を意味する。議席の内訳を見ると、最大議席を獲得したのはソガバレ氏率いるOUR党だったものの、与党連合のカデレ党は議席を7減らして1議席しか獲得できず、同じ与党連合であるピープルファースト党の3議席を入れても19議席にとどまった。他方、野党側を見ると、民主党は3議席増で11議席。統一党は4議席増で6議席。ここにシプレ1議席、与党連合から野党側との共闘に路線を変えた民主同盟1議席、そしてマライタ州知事に返り咲くことになったダニエル・スイダニ氏率いる新党U4Cも1議席をそれぞれ確保し、獲得議席は20となった。その他11議席が無所属だ。

 国会選挙の結果だけ見れば、野党が躍進し、与党は惨敗したにも関わらず、首相選挙ではなぜソガバレ氏の後継者ポジションにあるマネレ氏が、躍進野党の候補、マチュー・ワレ氏に勝てたのか。最大の理由は、野党連合が首相候補を一本化するのに手間取ったことが挙げられる。
 野党連合側は、民主党党首のマシュー・ワレ氏と、統一党党首で初代首相の息子であるピーター・ケニロレア・ジュニア氏、そして民主同盟党首で首相経験者のリック・ホウ氏という、個性と力量を併せ持ったリーダーたちがほぼ対等の協力関係を結んでいたため、誰を党首とするか、首相選の出馬申請の締め切りぎりぎりまで決まらなかった。

候補者たちの選挙ポスター(2024年4月、筆者撮影)

 その一方で、ソガバレ氏は自身が首相選に出馬することを早々に断念してマネレ氏与党連合候補として擁立した。さらに、豊富な資金力によって無所属議員を取り込み、当初、見込まれていたよりも1週間以上早く、野党の票が固まる前に首相選挙を敢行したため、野党側にとっては与党議員の票を取り崩すどころか、野党連合の票固めも満足に行えず、20票は確実だと思われていたにも関わらず、18票しか取れなかった。

投票を呼び掛ける選挙ポスター(2024年4月、筆者撮影)

 そう考えると、今回の選挙は、ソガバレ前政権に対する有権者の不満が反映された結果となったが、最終的には、4度の首相経験を有し、権力闘争の面では比類なき巧者であるソガバレ氏が、マネレ政権の背後で影響力を維持することに成功したという意味で、同氏の作戦勝ちだと言えよう。

マネレ新政権の背後で影響力を保持するソガバレ氏

 では、マネレ新政権は完全にソガバレ氏の傀儡政権となるのか。もともと民主同盟所属のマネレ氏は、外相としての実績を有しており、能力も高く、国際社会での評価も高い。米国やオーストラリアに対する反感や敵意を隠さないソガバレ氏よりもマイルドな印象もある。事実、オーストラリアのアルバニージー首相は、今回の選挙結果を受けて「マネレ政権と協力していきたい」「オーストラリアとソロモン諸島は親友同士であり、両国の未来はつながっている」と期待を寄せるコメントをX(旧Twitter)に投稿した。また、米国務総省のミラー報道官も、「米国とソロモン諸島の関係をさらに強化し、両国のより良い未来に向かって進むために、マネレ首相と協力していくことを楽しみにしている」との声明を出した。そうした意味では、西側民主主義社会との関係はソガバレ政権時代に比べて改善していくと思われる。

 とはいえ、首相を4度経験した歴代最強の政治家であるソガバレ氏が、5度目の首相を目指してマネレ政権の背後で動くことは十分に予想される。しかも、同氏の背後に中国の習近平政権が控えているとなると、ソロモン諸島をめぐり、米国をはじめ西側陣営と中国の間で繰り広げられる地政学的な競争は、むしろ今後、激化すると見ていいだろう。

確実視されるスイダニ氏のマライタ州知事復帰

 そこで注目されるのが、ソガバレ氏が最も恐れる男とも噂されたダニエル・スイダニ氏の動きだ。このコラム欄でも何度か紹介してきた通り(「台湾から中国に外交スイッチしたソロモン諸島のいま」(2023年11月15日付)、「ソロモン諸島を完食する中国」(2023年3月3日付)、「中国とソロモン諸島の安全保障協定案がリーク」(2022年3月28日付)、「南太平洋の島嶼国にも広がる中国の影」(2021年12月25日付))、マライタ州のカリスマ知事だったダニエル・スイダニ氏は、ソガバレ政権の圧力によって知事職を剥奪され、一時、流浪の身となり海外を点々としていた。2023年10月には、インド太平洋研究会事務局長で、南太平洋島嶼国における安全保障問題の専門家、早川理恵子博士らの招聘で、政策アドバイザーのセルサス・タリフィル氏とともに来日した。

スイダニ氏(中央)とタリフィル氏(左)を日本に招へいした早川理恵子博士(右) (2023年10月、筆者撮影)

 スイダニ氏は、流浪中に国連や日本、米国、カナダなどを訪問して得た知見と人脈、人望を武器に新党U4Cを立ち上げ、スイダニ氏は衆議院選、タリフィル氏は国会議員選にそれぞれ挑んだ。タリフィル氏は残念ながら落選を喫したもののが、スイダニ氏はマライタ衆議員に再選された。一方、ソガバレ政権の手先としてスイダニ氏の知事罷免動機を行った親中派のマーティン・フィニ候補は今回、落選し、州議会はスイダニ支持派が多数派となったため、スイダニ氏の知事復帰はほぼ確実視されている。

 今回の選挙では、このマライタ州議会選挙が、国政選挙以上に注目された。筆者も投票当日と翌日、そして翌々日はマライタ州都アウキに滞在し、選挙情勢を見守った。開票は投票日の翌朝から始まった。有権者たちは開票作業が終わらないうちからスイダニ氏の知事カムバックを確信し、知事公邸にスイダニ氏が現れるのではないかと詰めかけ、ちょっとした興奮状態に陥っていたのだ。筆者自身もアウキを離れる直前に凱旋したスイダニ氏と偶然再会したため、知事カムバックの自信について本人に尋ねてみた。スイダニ氏は「日本から帰国後、選挙で結果を出せてとても幸せだ。日本のみんなにお礼を伝えたい」と、感謝を口にしたうえで、日本の支援によってキルウフィ病院建設プロジェクトが進展することへの期待も述べた。

 

 スイダニ氏は、ソガバレ前政権による中国化の動きに対し、一貫して異論を唱え続けてきた。ソガバレ氏が2019年に台湾から中国へと外国スイッチに踏み切ると、スイダニ氏は台湾との関係維持を主張。2021年には、中国企業がツラギ島などの買収を進めることに警戒感を強め、マライタ州の自決権を主張する「アウキ・コミュニケ」を発表して、中国企業がマライタ州に進出するのを阻止しようとした。これに怒った中国とソガバレ前政権によりスイダニ氏は知事を罷免されたのだが、今回、有権者の圧倒的な支持を得て州議員に再選。知事に復帰することは確実視されている。

マライタ州知事への復帰が確実視されるスイダニ氏(左)と筆者(2024年4月撮影)

 そんなスイダニ氏がこのままマライタ州の自治権を行使すれば、親米のマライタ州対親中の中央政府という対立構図は、今後も継続する。仮に、スイダニ氏がリーダーシップを発揮して、中国ではなく、米豪や日本の協力を得てマライタ州の経済社会が発展すれば、その影響はマライタ州以外の州の政治にもおよび、中央政府の政策に対しても、おのずと影響を与えることになるだろう。そして、4年後の総選挙では、親中派の政策と、親米派の脱中国依存政策、どちらがソロモン諸島の社会経済にとってプラスだったかが問われることになる。

ソロモン諸島では、病院におえる医療物資の不足も深刻化している。アウキ近郊にあるキルウフィ病院の新館は、日本の支援によるプロジェクトが進行中だ。(2024年4月、筆者撮影)

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