東南アジアで育まれるクリエイティブ精神
カンボジアとラオスのアーティストの場合
- 2020/6/28
雪への憧れが生んだキャラクター
カンボジアで有名なお土産・アンコールクッキー。このロゴをデザインしたジェシー・アンは、弊社SocialCompassの通訳兼アートディレクターだ。もともと日本語とクメール語の通訳として8年前に採用したスタッフだが、筆者と行動を共にするうちに、デザインや映像に興味を持ってくれるようになり、いまや、デザインから映像編集にいたるまで、クリエイティブな才能を遺憾なく発揮している。
それまでデザインの学校に通っていたこともなければ、アートに関する知識を学んだこともなかったジェシーは、日本語を話せる割には、日本文化、特に日本のアニメにもほとんどと言っていいほど触れたことがなかった。そんな彼女が、7年前、初めてデザインしたキャラクターが「ジェシカ」だ。
もとはと言えば、「何かカンボジアらしいキャラクターを考えてほしい」というこちらの指示に応えて提出してきたものだったが、いったい何のキャラクターなのか、何をモチーフにしているのか、と、何度尋ねても、彼女は「分かりません…」と繰り返す。設定や名前を考えるよう伝えても、ただ考え込むばかりだった。
そんなことが続いたある日、とことん付き合うつもりで「今日は時間を気にせず、じっくり話をしよう」と声をかけると、ついに彼女が重い口を開き、「このキャラクターは、スノーマンをイメージして描きました」と言った。ドラえもんもどきの、熊ともピエロとも言えないこのキャラクターのモチーフは、なんと雪だるまだったのだ。
カンボジアで生まれ育ったジェシーは、当然ながら、これまで一度も本物の雪を見たことがない。まだ見ぬ雪への憧れからこのキャラクターが生まれたという意外性に興奮する筆者とは対照的に、ジェシーは「カンボジアには雪がありません」と繰り返すばかりだった。自分がつくったキャラクターが「カンボジアらしくない」と思い込み、「嘘をついている」と、後ろめたさすら感じている様子だった。
ゼロから作り出す作業は「嘘」?
かたくなに思えた彼女の反応も、カンボジアの文化、特に教育の特徴を考えれば無理ないものだった。この国では、「こういう場合はこうすべき」というように、問題に対する答えが一つしかない場合が多い。美術の授業ですら、絵が与えられ、枠からはみ出さないように色を付けるだけの、いわば塗り絵のような受け身の教育しかなく、自ら「こうしてみよう」と遊ぶ余地がない。ましてや、当時、日本語を勉強中だったジェシーにとって、最大の関心事は、日本語をいかに「正しく」文法通りに習得するかということだった。
しかし、クリエイティブは、そうはいかない。何もないところに降りてきた思い付きや直感、ひらめきと言った非論理的な着想をカタチにし、何かを作り出すことからすべてが始まるからだ。ゼロからイチを生み出していくという、クリエイティブにとって前提とも言える習慣が皆無であるカンボジア人のジェシーにとって、「クリエイトする」ことは、「嘘」をつく作業に限りなく近く感じられたはずだ。
実際、彼女の場合はその「嘘」が肯定されたところから、ようやく才能を開花させ始めたと言える。「カンボジアでは雪が降らないけれど、このキャラクターがアンコールビール(*編集部注:地ビールの一種)に浮かぶ氷と一緒に暮らしていると考えてみたらどうだろう?」と筆者が提案したことでようやく得心した様子を見せ、次々と新キャラクターを考案するようになった。