権力に抵抗するミャンマーの表現者たち
食とアートからクーデターと現地の情勢を考える

  • 2021/10/17

 クーデターが発生して8カ月あまりが経過したミャンマー。日本での報道が少なくなりつつある中、現地の情勢について食とアートの観点から考えるイベントが10月9日、横浜で開催された。当日は、秋晴れのさわやかな日差しの下、海風を浴びながら観光客や市民らが憩う公園内のアート空間「象の鼻テラス」に、フードコーディネーターとNPO、ジャーナリストという異色のバックグラウンドを持つ3人が集合。現地のアーティストがクーデター直後にどのようにして抗議の意思を示したかや現在の状況、同国で表現者らが歴史的にどのような立場に置かれてきたのかなどについて語り合った。

ミルクティーの文化を共有する国々が連帯して民主化を求める「航海」に乗り出す姿を描いたポスター(c) YANGON.design

ミルクティーを片手にトークイベント
 トークイベントの仕掛人は、食をコミュニケーションツールと捉え、アートや地域の現場で企画を行っている中山晴奈さんだ。象の鼻テラスが2019年より開催している展覧会「ZOU-NO-HANA FUTURESCAPE PROJECT」にこの秋、さまざまな社会課題や暮らしの楽しみを共有する「拡張ニュー屋台」という企画を出展。海洋資源や農業、リサイクル、民族多様性など、さまざまなテーマを取り上げてゲストを迎き、トークイベントを開催した。 
 この日、ミャンマーを取り上げたのは「食を切り口にすれば、重いテーマでも多くの人々が関心を持ちやすい内容にできることがあるから」と話す中山さん。ラペイエと呼ばれるミャンマーの甘いミルクティーを飲みながらアートの話に耳を傾けてもらうことで、ミャンマーの現状を知ってもらえたらと考えた。
 当日は、ミャンマーのアーティストたちが描いたイラストをポスターにして日本各地で展示しているLight Up Myanmarの伊藤礼菜さんと、2014年からミャンマーを拠点に取材活動を続け、クーデター後に拘束され、国外退去の形で5月に帰国したジャーナリストの北角裕樹さんをゲストに迎え、中山さんが進行する形で進められた。

匿名のイラストに込められたメッセージ
 まず話題にあがったのは、イラストの力だ。2月1日のクーデター発生以降、ミャンマーでは、軍や警察の弾圧がどんどん激化していくにつれ、通りに出てシュプレヒコールを上げていた人々の抵抗運動も、数分だけ集まりすぐに解散するフラッシュモブ型のデモや、並べた靴に花を挿したり、人形にプラカードを持たせたりする無人デモへと変わっていった。

亡くなった仲間たちへの追悼と、クーデターに対する抗議の気持ち込めて靴に花を飾り道路に並べる様子。弾圧の激化に伴い、趣向を凝らした無人デモもさまざまな形で行われた(c) Myanmar Now / Twitter

 そんな中、世界から注目を集めたのが、人々が抗議デモに使えるようにと現地のアーティストたちが描いたイラストだった。軍を拒否し、団結を呼びかけるメッセージが込められた匿名の作品は、数百点に上っていたという。
 父親が日本人で母親がミャンマー人で、二つの祖国を持つ伊藤さんは、圧倒的な力による弾圧が続く現地の様子や人々の思いを一人でも多くの日本人に知ってもらおうと、彼らにコンタクトを取り、作品の一部を日本で紹介している。また、クーデターが起きる前の平和な暮らしや、ミャンマーの魅力も伝えるために、さまざまな文化紹介も行っている。団体の名前には、「ミャンマーの人々の心に灯をともしたい」という願いを込めている。

ミャンマーのアーティストが描いたイラストをポスターにして日本各地で展示している伊藤礼菜さん

 1990年代後半から2000年代前半に生まれた、いわゆる「Z世代」の伊藤さん。活動を始めた理由について「日本人にミャンマーで起きていることを知ってもらうためには、悲惨な写真や映像だけではハードルが高過ぎると思った。クリエイティブなアートなら、目を背けることなく興味を持ってもらえるのではと考えた」と話す。

 この日は、「この絵にはどんなメッセージが込められていると思いますか?」と問いかけながら、騒音を出して「悪霊」を追い払うという古い慣習にのっとり鍋や金物を打ち鳴らす市民の姿や、男性が女性用の衣類に触れると不運が訪れるという迷信を逆手にとってバリケード代わりに道路に吊るされた女性用の伝統的な巻きスカート「ロンジー」、そして、ミャンマーやタイ、香港、インド、台湾、インドネシアなど、ミルクティーを飲む習慣があるアジアの人々が連帯してミルクティーの荒波を超えていく様子を表現した絵など、数枚のポスターを紹介した。

男性が女性用の衣類に触れると不運が訪れるという迷信を逆手にとり、バリケード代わりに道路に吊るされた女性用巻きスカートを描いたポスター(c) YANGON.design

 この日までに現地で亡くなった人は1160人以上、拘束者は累計8800人を超えた。伊藤さんは「ミャンマーでは、おかしいことをおかしいと言うだけで逮捕され、殺される。私たちは声を挙げられる国にいることに気づいてほしい」と、訴えた。

多岐にわたる意思表示
 ジャーナリストの北角裕樹さんが指摘したのは、「抵抗のアート」だ。
 アーティストが独裁政権とどう向き合ってきたかや、2011年の民政移管以降の彼らの動向についても現地でしばしば取材していた北角さん。この日はまず、個人的にも親交が深かった元ミャンマー映画協会会長で俳優のルミン監督や、在日ミャンマー人映像作家のテインダンさん、そして、人権派映画監督のミンティンココジー監督の3人を例に挙げつつ、映画関係者への弾圧について触れた。

 このうち、ルミン監督は、アウンサンスーチー氏の父、アウンサン将軍を描いた歴史映画の制作中に拘束された。テインダンさんは、日本とミャンマーを行き来しながらで2020年に制作した映画「MEGURU, Goes around Comes around」が北九州映画祭でノミネート中だという。また、ミンティンココジー監督はクーデターが起きる前の2019年4月にフェイスブックに国軍を批判する投稿をしたとして逮捕され、2020年1月に釈放されている。

在日ミャンマー人の映像作家、テインダンさんは、日本とミャンマーをつなぐ活動を夢見ていたという

 独裁に対して抵抗の意思を示し、弾圧されているのは映画監督だけではない。
 シンガーソングライターのジンリンさんは、フランス七月王政打倒を求め蜂起した市民を描いたミュージカル「レ・ミゼラブル」の劇中歌「民衆の歌(Do you hear people sing ?)」をビルマ語に翻訳した。「バリケードの向こうに君の望む未来は見えるか」「自由な者である権利を守るための闘いに加われ」という歌詞がミャンマーの現状に重なるとして市民の支持を集めたが、ヤンゴンで発生した銀行強盗に関与したという罪で収監されている。
 詩人のサウンカ氏は、ネットを使った恐喝や名誉毀損、脅迫などを懲役3年以下に処することを定めた電気通信法の改正を訴える組織を立ち上げた上、アウンサンスーチー氏率いるNLDのシンボルカラーであるオレンジ色のTシャツに国軍の制服を羽織って両者の結託を批判するという独特の表現で抗議行動を続けていたが、現在は少数民族の武装勢力に交じり軍事訓練に参加している。北角さんは、「時間の経過とともに、同氏のように非暴力の抵抗に見切りをつけ武装闘争に身を投じるアーティストが増えつつある」と、複雑な胸中を明かした。
 さらに、長い軍政下で一貫して厳しい検閲制度が敷かれる中、ミャンマーのアーティストたちは以前から「抵抗」を強いられてきたと指摘。例えば、古本屋で入手した日本の漫画本で作画を勉強し、70年代に人気を博した漫画家のティンアウンニー氏が、言論統制下で漫画本の発行が禁止されて苦境に陥りながらも細々と書き続けていたと紹介した。
 厳しい検閲と弾圧に屈することなく、「抵抗のアート」を通じて発信を続けてきたミャンマーのアーティストたち。検閲制度が10年前に撤廃され、ようやく彼らがつかみかけていた表現の自由が、今回のクーデターで再び奪われてしまった。

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