「一帯一路」構想の命運を握る中印関係
米中対立とコロナ禍で変化を迫られるインドのバランス外交

  • 2020/9/23

 8月末、中国とインドの国境に位置するヒマラヤ地域の係争地ラダック地方に中国が侵攻を試みたのを機に、一触即発の状態に陥った中印関係。両国のにらみ合いは、9月10日にモスクワで行われた中印外相会談でいったんは収束したものの、同地方では数年にわたり予断を許さない状況が続いており、今後、数カ月内に再び緊張が高まることが懸念されている。

今年6月、中印国境付近のラダックで発生した衝突によって亡くなったインド人兵士のためにニューデリーで開かれた追悼集会と警官の様子 (c) ロイター/アフロ

2カ月で再燃した敵意

 今回の衝突に先立ち、中国とインド両軍は今年6月にもラダック地方で衝突し、双方に45年ぶりの死者を出した。この時は双方の軍関係者と閣僚級が話し合いを持ち、鎮静化することで合意したため、緊張がゆるんだかに見えた。にも関わらず、わずか2カ月でまた双方の敵意は高まった。

 8月下旬には、中国企業がインドで進めていた直接投資の認可をインド政府がすべて保留することを決定した。この時に保留された案件は、中国の大手民営自動車メーカーである長城汽車によるインド国内の工場買収のほか、インドの有力スタートアップ企業への出資など、175件を上回るという。

 さらにインド政府は、中国や韓国の人気モバイルゲームアプリがインドのサイバーセキュリティに脅威を与えるとして100種類以上を禁止した。6月の時点で禁止されたTikTokやアリババ傘下のUCブラウザ、UCニュースなど59種類のアプリに続く措置だった。それまでインドはTikTokの最大の外国市場だった。

 こうした中印対立が続くなか、再び高まった両国間の緊張は9月7日にピークを迎え、重火器使用禁止の協定を破りラダック地方で1975年以来初めて発砲が起きた。インド側は、中国軍が先に発砲したと非難。かたや中国側は、インド軍が実効支配線を越えてきたことから2~3発の発砲をした、と主張した。どちらも威嚇にとどまり、死傷者や負傷者は出なかったものの、あわや全面衝突かという緊迫感が再び広がった。

 その後、9月10日の中印外相会談の成果を受け、国境付近で拘束されていたインド人5人の身柄が中国側からインド側に引き渡されたが、彼らについても漁師だとするインド側と、漁師に扮したインドのスパイだとする中国側の主張は食い違っていた。

 いずれにせよ、5人の身柄がインド側に引き渡されたことで、9月中にも武力衝突が起こりかねないという差し迫った危機感は免れた。インドのスブラマニヤム・ジャイシャンカル外相が以前、北京駐在大使を務めたことがあり、中国外交部内にかなりの人脈を有していたことが危機の回避に役立ったとも言われている。

米国による代理戦争勃発の可能性も

 だが、問題の根本的な解決には程遠い。今回のような緩急を繰り返すうちに、いずれ両国の国境で大々的な衝突が起きることは避けられない、との観測が高まっている。背景にあるのは、新型コロナウイルスの爆発的な感染拡大によってインド経済が被った大きな打撃や、米中対立の先鋭化だ。

 まず、新型コロナウイルスについて言えば、9月中旬時点のインドの感染者数は500万人を超え、死者も10万人に迫る勢いで増加しており、米国に次ぐ「被災国」と言える。コロナ禍によって、国内経済も第二四半期のGDP成長率が前年の同じ時期に比べ24%減と、1980年以来最悪の数値を記録している。

 そうしたインド国内の不安感は、ラダック地方に駐屯している国境警備軍の心情にも影響している。冬が近づき、標高4300m地域の生活環境が厳しさを増すにつれ、「すべて中国が悪い」といった敵意も日に日に増幅しているが、こうした感情は得てして不測の事態を引き起こしやすい上、コロナショックによって国家としての危機管理能力も弱まっているため、うまく対応できず戦争や紛争に発展しかねないリスクをはらんでいる。

 また、ともに現状維持を望んでいる両政権だが、双方の「現状維持」の定義が一致していないという問題もある。しかも、両国とも膨大な人民を擁しており、世論の力は甚大だ。ひとたび政府が弱腰の態度を見せると、彼らは批判の矛先を容赦なく自国の政府に向ける。

 一方、米中対立による影響も大きい。これまで中国とインドの関係は国際社会のバランスの中で現状維持が保たれてきた。インドのモディ政権は反中的だと言われてきたが、かと言って、決して米国寄りというわけでもなかった。

 しかし、国際社会の枠組み自体が大きく変わりつつある中、米中を天秤にかけて駆け引きしてきたインドのバランス外交も難しい局面を迎えている。米国が中国と完全に敵対する方向に舵をきったことで、インドと米国の距離感も変化を余儀なくされているためだ。米国のシンクタンク機関、ランド研究所のデレク・グロスマン研究員は、ドイツ国営放送のドイチェ・ヴェレに出演し、次のように語っている。

 「インドはこれまで米国に対して中印の国境問題に首を突っ込まないようけん制し続けてきた。しかし今、中印が開戦すれば米国はインドを支持するだけでなく、おそらくはインドもそれを歓迎し、中国との戦いに勝利しようとするだろう」

 米中間については、いくら対立が激化しても開戦の可能性は低いとみられているが、中印の国境では常に軍隊がにらみ合っており、いつ戦闘が始まってもおかしくない。もし、米国がそれに乗っかり、代理戦争として利用しようとすれば、以前は米国の介入を嫌がっていたインドも悲願の失地回復のチャンスだと歓迎する可能性があるとの指摘だと言えよう。

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