「一帯一路」構想の命運を握る中印関係
米中対立とコロナ禍で変化を迫られるインドのバランス外交

  • 2020/9/23

AIIBの行方とチャイナマネー

 そういう見方が出てくると気になるのが、2015年に発足したアジアインフラ投資銀行(AIIB)の行方である。

 AIIBの最大出資者は言うまでもなく中国で、投票権の26.6%を有しているが、インドは中国に次ぐ出資をしており、投票権7.6%で二番目の発言権を有している。そんなインドにAIIBはさまざまな融資を行っており、融資総額は6月24日時点で44億ドル(約4600億円)に上っている。間違いなくインドはAIIBにとって最大の融資先だ。

 この中には、新型コロナウイルス対策事業の7.5億ドル(約784億円)も含まれているが、この融資が調印されたのは、中印国境ラダック地方付近のガルワン渓谷で激しい衝突が発生し、インド側が20人以上の死者が出した6月15日からわずか4日後の6月19日のことだった。この時の闘いは釘付きの棍棒で生身の兵士たちが殴り合うという凄惨なものであったため、調印後まもなく両国が閣僚級協議を通じて「沈静化で一致」したことについて、インド国内で「モディ政権はチャイナマネーの誘惑に屈して弱腰だ」と批判の声が高まったのも自然のことだと言えよう。

 こうした批判を押し込めるべく、モディ政権はその後、中国企業による対インド投資に厳しい制限をかけるようになり、中国アプリや中国電子製品の締め出しを強化していく。「インド経済がコロナ禍の影響を受け弱体化しているのに乗じて中国企業がインド企業の買収を企んでいる」と警戒する世論が起きていたことも背景にあった。

 しかし、8月にはインド国内の鉄道網システムのサービスや安全品質の向上を目指すプロジェクトに対してAIIBが5億ドルを融資することが決まり、調印された。建前上、フェアで中立な国際金融機関を謳うAIIBだが、実質は、中国が一帯一路構想を推進するために設立し、中国だけが拒否権を有する中国主導の金融機関であることが、如実に示された格好だ。

世界が音を立てて変わる時代

 実のところ、インドは中国が進める一帯一路構想に深くかかわっている。

 インドはこれまで建前上、「一帯一路を支持せず」との態度を示してきたが、国内にある評価額10億ドル以上で未上場のスタートアップ企業、いわゆるユニコーン企業30社のうち18社が中国企業から投資を受けている。

 インド第二の都市、ムンバイに拠点を置く外交シンクタンクのゲートウェイハウスは、英国放送協会BBCの取材に応じ、「インドは事実上、“デジタル版の一帯一路”に参加している」と指摘した。また、インドのプライベート・エクイティ会社のパートナーであるハレーシュ・チャワラ氏もBBCのインタビューに答え、「中国の投資家たちはインドのモバイル通信と消費市場に積極的に投資を行っている。中国からの投資が減少するようなことがあれば、インドのスタートアップ企業は途端に減速するだろう」とコメントしている。

 中国が主導するAIIBがインドの要請のままに多額の融資を行うのも、両国の国境で衝突が起きればすぐに鎮静化に動くのも、インドが一帯一路構想に欠かせない存在であり、中印関係の行方がAIIBの機能や存続に直結すること、そして、建前とは裏腹にインドが深くかかわってきた一帯一路構想の成否をも左右することを、中国側が認識しているためだ。

 地政学上の理由も大きい。インドは、2016年の第6回アフリカ開発会議(TICAD VI)で安倍晋三前首相が提唱し、翌17年1月にトランプ米大統領も米国のアジア地域戦略として取り入れた「自由で開かれたインド太平洋戦略」(FOIP)にとって重要な位置を占めるだけでなく、日本、米国、オーストラリア、インドの4カ国が構成する四角形で中国を包囲する「セキュリティダイヤモンド構想」の一角を構成する。こうした事情から、中国としては、インドを完全には米国陣営に入れないように、言い換えれば、決して一帯一路構想の敵に回すことはないようにする必要がある。一方、インド側も、中国側の思惑と事情を重々承知しながら、これまで絶妙にバランスを保ってきた。

 しかし、そんな中印関係も、国際環境の急激な変化と無関係ではいられないのは前述の通りだ。特に、米中関係が先鋭化する中、11月に迫った米大統領選は最大の不確定要素だと言える。曲がりなりにも民主主義国家であるインドにとって国内の世論は非常に重要で、国民の反中、嫌中の程度によって政権の対中姿勢が決まるからだ。米国でトランプ政権の続投が決まり、インドで今後、新型コロナウイルスの感染状況がさらに拡大し、ポストコロナのインド経済や社会状況に残る後遺症が厳しいものであればあるほど、インドとしても中国との戦争を選択せざるを得ないところまで追い込まれるかもしれない。中印国境が動けば、米国も黙ってはいないだろう。

 世界が大きく音をたてて変わる時代に突入することになる。

 

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