ロシア・ウクライナ和平に向けた中国の仲介外交が始動
ゼレンスキー大統領と電話会談に臨んだ習近平国家主席の真意とは

  • 2023/4/30

 中国の習近平・国家主席とウクライナのゼレンスキー大統領が4月26日、ついに電話会談した。これにより中国のロシア・ウクライナ和平に向けた仲介外交がいよいよ始動するという見方が強まっている。盧沙野・駐フランス中国大使が「失言」した状況を見ても、今の中国外交官の外交能力は質がかなり低下している。果たして中国の平和外交は成功するのか。いや、そもそも、中国は本当に停戦や平和を望んでいるのだろうか。

習金平国家主席とゼレンスキー大統領が電話会談したことについて会見する中国外務省(4月26日撮影)(c)AP/アフロ

ユーラシア事務特別代表の派遣を表明

 この電話会談について、中国中央電視台(CCTV)は、習近平・中国国家主席が「中国がロシアとウクライナの和平交渉の推進に注力し、可能な限り早急な停戦に向けて努力する」と言明し、ユーラシア事務特別代表をウクライナと周辺国に派遣することを表明したと伝えている。さらに、「国連安全保障理事会の常任理事国として、また、責任ある主要国として、傍観することも、火に油を注ぐことも、ましてや利益を追求することもない」と語ったという。

 ゼレンスキー大統領のオフィスも、「習近平国家主席と長時間にわたり有意義な電話会談を行った」と認め、「これを受けて任命される特別代表、ウクライナと中国の二国間関係の発展にとって強力な弾みになると信じている」との見解を発表した。

 発表によれば、ゼレンスキー大統領は習近平国家主席に対し、次のように語ったという。

 「ウクライナ人ほど平和を渇望している人々はいない。我々は自分の土地の上で、我々の未来のために戦っている。我々が行使する自衛権は、誰も剥奪できない。和平は公正で持続可能なものでなければならず、国際法の原則と国連憲章を尊重していなければならない。領土の一部を譲渡するといった妥協と引き換えによる和平はあり得ない。ウクライナは、1991年に定められた国境通りに領土を回復しければならない」

駐フランス中国大使の失言 

 今回の電話会談は、習近平国家主席によるゼレンスキー大統領へのファーストコンタクトである。なぜ、ロシアのウクライナ侵攻から1年2カ月が経過した今なのか。多くの専門家は、盧沙野・駐フランス中国大使の失言問題に関係があるのではないかと指摘する。

 電話会談が行われるという話は、習近平国家主席がロシアに国事訪問した3月下旬には表面化していた。事実、ウルズラ・フォンデアライエン・EU委員長が4月初めに北京を訪問した際、習近平氏は彼女に「条件と時期が熟せばゼレンスキー大統領と対話する用意がある」と伝えていた。しかし、実際には条件は整っていなかったため、これほどすぐに会談が行われるとは誰も予想していなかった。

 事態が急変したのは、盧沙野・駐フランス中国大使がフランスのテレビ局LCIの番組に出演した4月21日のことだった。番組司会者のダルス・ロシュバン氏から、「国際法から見れば、クリミアはウクライナに属するのではないか」と問われた盧沙野大使は、「国際法によれば、(ウクライナをはじめ)旧ソ連の国々には主権国家としての実質的な地位はない。具体的な国際協議はなんら行われていないのだから」と述べて、欧州諸国の反発を招いたのだ。フランス、ウクライナ、バルト三国が次々と中国に説明を求めたが、盧沙野大使の発言と中国の公式の立場が異なるとして中国外交部が火消しに動いたのは、3日後の24日になってからで、中国外交の劣化を印象付けた。

盧沙野・駐フランス中国大使 (c) Thinkerview /Wikimedia commons

 中国ロシア問題に関する専門家のギルベルト・ロズマン米プリンストン大学教授は、ボイスオブアメリカの取材に応じ、「(盧沙野の失言によって)国際社会における中国の信頼が損なわれた。これは中国にとって決して小さな波風ではなく、次にどんな一手を打つべきかは死活問題となった。これが今回の電話会談の背景の一つだ」と答えた。機はいまだ熟していないまま、欧州諸国の反発をなだめるために習近平国家主席がゼレンスキー大統領にコンタクトした、という見方だ。

 さらにロズマン教授は、この電話会談によって直接的にウクライナの状況の改善につながる突破口が開かれることはないとしても、盧沙野大使の発言が欧州に与えた悪影響を少なからず削減することができただろうという。

和平プロセスの当事者としてアピール

 ここで、今年に入ってからのユーラシア方面に対する習近平外交の流れをたどる。まず、3月にロシアに国事訪問しプーチンと会談し、中国の親ロ緊密化を印象付け、ロシアの立場に立ち平和協議への仲介を行う姿勢を打ち出した。同時に、欧州諸国には米国と異なる形で戦略的な自主路線をとるように働きかけ、欧米離間の楔を打とうとした。その姿勢は、4月にEU議長国であるスペインのサンチェス首相やフランスのマクロン大統領を手厚くもてなした一方で、親米派であるEU委員長のフォン・デア・ライエン氏に対してはあからさまに冷遇したことにも表れていた。EUは今年6月に開かれるEUサミットの席で統一的な対中政策を制定するかどうかを話し合うことにしており、これに揺さぶりをかけようというのが中国の狙いだ。

 さらに、中国はロシアの武力侵攻を非難したことがないばかりか、ゼンレンスキー大統領と初の電話会談に臨むまでに、プーチン大統領と何度も対面、あるいは電話で会談を重ねてきた。3月に行われた習近平・プーチン会談では、百年ぶりの国際社会の変局を中ロで共に推進していくことを打ち出している。和平協議に向けて中国が提案する条件の中には、ウクライナが求めるロシア軍の被占領地からの完全撤退は含まれていないことからも、中国がロシアの立場に立って和平を進めるつもりであることが分かる。だが、それをウクライナ側が受け入れる可能性は低い。つまり、和平や停戦が実現する可能性は低い。

 とはいえ、中国が和平プロセスにおいて重要な当事者であることをアピールする影響は、決して小さくない。和平が実現する期待値はそう高くないとしても、少なくともプーチンを説得できる可能性がもっとも高いのは習近平であることは間違いなく、現場に人を派遣するといった具体的な行動を行っている間は、国際社会の注目を浴び続ける。それが、彼の真の狙いかもしれない。

仏大統領が訪中 広州の公邸で習主席と散策(4月7日撮影)(c)代表撮影/ロイター/アフロ

 また、チェコのペトル・パベル大統領が4月25日に米国ニュースメディアのポリティコのインタビューに対して「中国はロシア・ウクライナ戦争のから非常に大きな利益を受けており、調停者としては信用できない。むしろ、戦争が長引いてほしいと思っているだろう」と語ったように、中国としては、停戦を急ぐ切実な理由はないかもしれない。戦が長引けば長引くほど、ロシアは中国への依存度を高め、欧米も軍事力や経済力をすり減らし、中国が将来的に台湾の武力統一などでアクションを起こしやすくなる、という見方もある。

「中国式停戦」の可能性

 ただ、中国が本気で戦争を終わらせたいと思った時には、方法はある。中国自身が過去に何度か実施した「中国式停戦」をロシアにやらせるのだ。つまり、1979年の中越戦争や、1962年の中印国境紛争のような形で中国側が一方的に撤退し、停戦を宣言するやり方だ。ワシントンのシンクタンク、ディフェンス・プライオリティでアジア関与プロジェクト主任を務めるライリ・ゴールドシュタイン氏も、ボイスオブアメリカの取材に対し、「上海のある経験豊かなロシア専門家によれば、戦争を終わらせる方法は簡単だ。中国がロシアに対して中国式の戦争終結方法を提案すればいい」と答えている。

 この「中国式停戦」のポイントは、中国がインドにもベトナムにも和平を要求したことがなく、ただ一方的に侵攻し、一定期間、戦争して、目的を達成した後、一方的に戦闘を停止したという点にある。もちろん、国内に対しては「我々は勝利した」と大プロパガンダを行った。

 もし、ロシアが中国式停戦を採用し、クリミアだけ防衛を固めて他の戦線から撤退し、一方的に停戦を宣言した場合、ウクライナはクリミア奪還のために兵を挙げることができるだろうか。米国や北大西洋条約機構(NATO)は、それを支援するだろうか。そこで事実上の停戦となれば、プーチン大統領は国内で勝利プロパガンダを行い、中国の後ろ盾を得て体制を維持できるかもしれない。実際、初代最高指導者となった毛沢東も、その後の鄧小平も、この中国式停戦によって、むしろ権力基盤を固めることに成功した。

固定ページ:

1

2

関連記事

ランキング

  1. ミャンマーで国軍が与党・国民民主同盟(NLD)を率いるアウンサンスーチー氏らを拘束し、「軍が国家の全…
  2.  ミャンマーで2021年2月にクーデターが発生して丸3年が経過しました。今も全土で数多くの戦闘が行わ…
  3.  2024年1月13日に行われた台湾総統選では、与党民進党の頼清徳候補(現副総統)が得票率40%で当…
  4.  台湾で2024年1月13日に総統選挙が行われ、親米派である蔡英文路線の継承を掲げる頼清徳氏(民進党…
  5.  突然、電話がかかってきたかと思えば、中国語で「こちらは中国大使館です。あなたの口座が違法資金洗浄に…

ピックアップ記事

  1. ミャンマーで国軍が与党・国民民主同盟(NLD)を率いるアウンサンスーチー氏らを拘束し、「軍が国家の全…
  2.  フィリピン中部、ボホール島。自然豊かなリゾート地として注目を集めるこの島に、『バビタの家』という看…
  3.  中国で、中央政府の管理監督を受ける中央企業に対して「新疆大開発」とも言うべき大規模な投資の指示が出…
ページ上部へ戻る