ケニアの女性が巻き込まれた相続トラブル
伝統的な慣習によって妨げられる権利を守るには

  • 2021/8/4

 ジェンダー平等に向けた改革が推進され、アフリカ諸国の中では女性の社会参加が比較的進んでいると言われるケニア。その反面、今なお慣習に縛られ、経済的、社会的な権利が踏みにじられている女性たちがいるのも現実だ。
 2009年、18歳の時にクリスマス休暇で故郷の村に帰省したネリー・ナブウィレさんは、隣の家に住む恋人の子どもを身ごもったのを機に、学校を退学した。ネリーさんの予想外の妊娠によって実家と恋人の家の関係が悪化したことで、両家から勘当同然の身となったネリーさんは、首都ナイロビのキベラスラムで友人の家を渡り歩く生活を余儀なくされ、その後、女性であるがゆえの不条理に直面することになる。

ケニアの首都ナイロビ© Joecalih /Unsplash

予期せぬ妊娠から始まった結婚生活
 「私たち夫婦は、若くして結婚したこともあり、夫婦になってからはキベラスラムで一緒に暮らす以外に選択肢がありませんでした。夫は工場で日雇い仕事に付き、私はナイロビ市内で外国人が多く住む裕福なキリマニ地区で家事手伝いとして働いていましたがいました。仕事がある時には、良くて日に1500シリング(約1500円)、悪い時は500シリング程度の稼ぎでした」
 ネリーさんはその後、新たに3人の子どもに恵まれ、2018年にようやく結婚の持参金を持参して親類への挨拶回りを終わらせた。寄る辺なくスラムで暮らしていた家族は、伝統的な結婚式を済ませてようやく婚姻関係を認めてもらえたことを受け、夫の実家近くで家を建てることにした。彼らの民族の伝統では、婚姻関係を認めてもらうまでは家を建てることが禁じられていたのだ。
 しかし、家の建設を進めていた矢先に新型コロナが世界中でまん延。ネリーさん一家は収入が断たれ、家計は火の車となった。生活を立て直すためにナイロビから義理の実家の地元に帰ったが、これが今なお続くトラブルの始まりになろうとは予期もしていなかった。

思いがけない夫殺しの容疑

 夫の実家に頼ることになったネリーさん一家がまず直面したのが、家族が暮らす住居をいかに確保するかということだった。

 「義父は気乗りしない様子でしたが、夫が頼み込んで土地を少し使わせてもらえることになりました。私は土地の所有権も譲ってほしかったために文句を言いましたが、驚いたことに、夫は気に留めていませんでした。夫と兄弟たちの間で、義理の両親の生前中は土地を与えないということで話がまとまっていたことが後から分かりました」
 使用を認められた土地に家を建てたネリーさんは、その後も粘り強く夫と話い合いを継続。根負けした義父は3人の息子に土地を分割して与えたが、その直後にネリーさんの夫は体調を崩し、2020年11月に亡くなった。すると、それまで決して良好とは言えなかった義実家の家族たちは、ネリーさんが土地を引き継ぎたい一心から、夫(彼らの息子)に毒を盛って殺害したのではないか、と非難し始めたという。

インタビューに応じるネリー・ナブウィレ氏 ( 筆者撮影)

 「まるで囚人のような気持ちでした。残された土地でできることも限られており、メイズや野菜を植えることも許されませんでした。さらに、夫の親族が家にやって来て、残された土地の所有権に関する書類を奪おうとしたのです」

高額な裁判費用に泣き寝入り

 ケニアでは、慣習上、未亡人の相続権を認めていないコミュニティーが多く、夫の実家家から追い出されることがしばしばある。特に、農村部であればあるほど、未亡人や女性が司法に頼る機会は限られ、夫の親族や村長たちが伝統的慣習の中で嫁の人権を無視して差別するケースも珍しくない。

 相続に詳しいジャッキー・ムワンギ弁護士は、「ケニアでは、夫を亡くした妻を夫の実家から追い出したり、残された土地を取り上げたりすることは法的に認められていない」と指摘した上で、「実際には、こうした法律が実行力を持つことは滅多にない」と述べた。ジャッキー氏によれば、ケニアでは高額な裁判費用を支払うことができる女性はほとんどおらず、裁判を起こすこともできないまま、泣き寝入りせざるを得ないケースがほとんどだという。彼女たちは、たとえ法的に認められていても、自らが相続すべきであった土地や家を失ってしまうこともあるという。

弁護士のジャッキー・ムワンギ氏 (筆者撮影)

 「人及び人民の権利に関するアフリカ憲章」は2018年、死別や離婚時の女性の権利を含む包括的な意味での女性の権利を保障する、通称「マプト議定書」を採択している。しかし、議定書を採択した後も現行の法律が修正されないまま適用されている国が数多くあり、女性の人権が守られていない懸念は近年、拡大しつつある。
 ジャッキー氏は、「ケニアでは憲法で男女同権が保障されている」とした上で、「残念ながら、マプト議定書の内容が実行されるという段階には至っていない」との見方を示す。その理由として、同氏は、ケニア憲法の夫婦財産法では、配偶者は婚姻期間中、裁判所の命令による場合を除き、他方の配偶者によって夫婦の家から追い出されてはならないと規定されていることを挙げている。
 実際、ネリーさんの場合、土地の相続は夫の名義で行われていたため、書類上は彼女の所有権が証明できない状態となっていたという。
 「私の場合、妻はよそ者とみなされ、家族会議には参加できませんでした。話し合いが全て終わった後に、与えられた土地と書類を見せられただけです。家財はすべて私が購入したにも関わらず、所有権を証明する書類は何一つありませんでした」(ネリーさん)

 ジャッキー氏によれば、このケースでは夫婦財産法の二項が適用され、金銭的あるいは非金銭的な支援による貢献が重要となるという。ここでいう「非金銭的な支援」とは、家事や家の管理、育児、畑仕事などを指し、金銭を介さない労働の経済価値を認め、財産の所有権が誰にあるか判断する材料とされる。つまり、直接的に金銭を支払わなかった場合でも、死別や離婚した後に家庭への貢献が認められる限り、財産の所有権が存在すると解釈されるのだ。しかし、実際には、多くの女性が法律を理解する機会もないまま財産を失っている。「こうした状況を変えるために、啓発活動に注力すべきだ」と同氏は断言する。

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