科学と伝統の間で揺らぐケニアのコロナ対策
「夢で別れを告げるまで」~葬儀の参列者たちの思いに迫る

  • 2020/11/8

新型コロナウイルスが世界を席捲し、各国が行動規制や移動制限に乗り出し感染拡大の防止に努める状況が続く中、ケニア政府もさまざまな通達を出して対策強化に乗り出している。しかし、目覚ましい経済成長の傍ら、農村部を中心に伝統的な文化も根強く残るケニアでは、感染対策も一筋縄ではいかないようだ。感染防止と文化の間で人々がどのような行動をとっているのか興味を持った筆者は、今年8月、ケニア西部ニャンザ県のシアヤ郡を訪ね、ある埋葬に参列していた人々を取材した。

ケニアの葬儀の様子。遺体を前に祈りを捧げる住民たち(筆者撮影)

欠かせない儀式

 「もし私たちが普段通りの生活を送れば、コロナウイルスは猛威をふるい、私たちの日常を一変させてしまうだろう」

 ケニア保健庁のムタヒ・カグウェ長官は3月22日、新型コロナウイルスの感染状況に関する記者会見でこう発言した。その言葉通り、コロナ禍でケニアの人々の暮らしは大きく変わった。この国では3月12日に初めて感染者が確認され、8月にかけて感染拡大が続いた。その後、一度は収束に向かうかと思われたものの、10月に入って再び増加しており、夜間の外出はいまだ禁止されていない。人々はマスクを着け、道端にはあちこちに手洗い場が設置されている。

 しかし、人々は実際に暮らしを営む上で、この言葉をどれだけ真剣に受け止めただろうか。たとえば、この国では身近な人が亡くなった際、葬儀に欠席することはあり得ない。特に農村部ではその傾向が強い。ただお金を払って弔うためだったり、料理が目当てだったり、遺族を心配するためだったり、参加する目的はそれぞれだが、人々にとって葬儀は欠かすことのできない重要な儀式だ。この慣習は全てのアフリカの文化に見られ、西アフリカ地域でエボラ出血熱が猛威をふるっていた時ですら、人々は危険を承知で葬儀への参列をやめなかった。コロナ禍の今でも、それは変わらない。

徹底されない政府の通達

 村を訪れた8月時点で、ケニア政府は結婚式や葬儀の参列者を15人以下にするよう通達が出されていた(10月現在では200人まで緩和されている)が、現実には規制が徹底されていないようだった。

 この国がコロナ禍に見舞われてからの数カ月の間に執り行ってきた葬儀について、アーネスト・オボテ牧師に聞いた。牧師によれば、人数制限は、コロナが原因で亡くなったことが判明した人の葬儀にだけ適用されるという。

 「シアヤ郡では、コロナで亡くなった人の葬儀は警察の監督者が立ち会い、保健省の公務員も同席した上で、参列者の人数を15人に制限して行われますが、そうでなければこれまでと何も変わりません。もちろん、私たちはコロナを恐れています。しかし、コロナによって亡くなったことが確認されない限り、私たちはこれからも葬儀を続けます」

葬儀で祈りを捧げるアーネスト牧師(筆者撮影)

 参列者の一人、フレデリック・オティエノさん(70歳)も「政府からは埋葬を午前9時までに終えるように言われていますが、通達に従うのは簡単ではありません」と、苦しい胸の内を明かす。故人の継父であるオティエノさんは、「私たちの文化では、午前中に埋葬することなどあり得ないことです。もし時間を守らなければ、故人の魂がいつまでも現世に取り残され、生きている者に干渉し続けると言われています。彼らは亡くなった後も“生き続ける”のです。赤ん坊に名前を付ける儀式を午後に行うのも、故人の魂が現世から去るのを待つためです」

 故人の継母であるルシア・アバラさん(80歳)も、「葬儀では人々が団結して悪霊の魂を湖に追い払わなければならない」と話す。この人数が少なければ、魂は湖までたどり着かずにあちこち浮遊し、新たな死を招くため、コミュニティとして十分な人数が集まる必要があるのだという。なお、この地域では、葬儀の時に牛を屠(ほふ)り、血を流して生贄(いけにえ)として故人に捧げることによって、魂が安息へと導かれると信じられている。

タブーへの恐れ

 コロナ対策のために政府が出した通達では、他州から個人の故郷に遺体を運んできた人々や遺族は村の人々と接触することも禁じられている。しかし、故人の生みの母で、現在はナイロビに住むマグダリン・アシアラさん(75歳)も、「通達に従うことは難しい」と話す。安全対策の必要性は理解しているが、自分たちの文化も守らなければならないからだ。人々は、文化を守らなければ死に至ると恐れている。

 「文化をないがしろにすることは、コロナにかかるのと同じくらい危険な行為です。文化を無視すればチラ(この地域の言葉でタブーの意)を招き、残された家族に死がもたらされるでしょう」

葬儀に参列していた住民たち。マスクを着用している者もいるが、集まった人々は15人を軽く超えていた(筆者撮影)

 アシアラさんによると、夫を亡くした妻は、埋葬後、最低4日間はその地に滞在しなければならないという。これは、亡くなった夫が妻の夢に現れるまで続き、4日経っても夢に出てこなければ、そのまま滞在し続けなければならない。夢で見送りをすませた後は、子どもと一緒に剃髪して夫の魂を祓(はら)い、故人の兄弟と結婚して新たな人生を歩き出す。

 「もしこのルールを守らなければ、深刻なタブーを犯すことになり、家族には禍いがもたらされるでしょう。文化に従えば、埋葬をすませてすぐナイロビへ戻るということは考えられません。ナイロビから遺体を運んできてくれた人たちも同様で、教えを守って禊(みそぎ)を行い、身体を清めなければなりません」

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