ミャンマー映画界の明暗、民主派監督ら日本で映画祭
国軍後押しのアカデミー賞はボイコット
- 2023/5/12
ミャンマーの映画祭が5月6日、東京や名古屋などで始まった。今後、大阪や沖縄など日本の各地を巡る。クーデターに抗議する映画監督の7つの新作の短編作品を紹介するもので、いずれもミャンマー国軍に追われ潜伏したり、国外に脱出したりする監督によるものだ。一方、同日に首都ネピドーで開かれたミャンマー映画アカデミー賞は、国軍のプロパガンダであるとして、国民のボイコットを受けている。
焼き討ちの炎を幻想的に
日本で初めて開催された「ミャンマーの春の映画祭」は、在日ミャンマー人らで作る実行委員会がチャリティイベントとして開催した。映画館のほか、学校の講堂などを使う手作りのイベントだ。一日通し券が5000円と高額ながら、東京の上映会では、在日ミャンマー人を中心に数百人が訪れた。
上映された短編7本のうち、人気女優のパインピョートゥ氏が焼き討ちされた村で踊り狂う幻想的なシーンで話題を集めたのが「僕たちのこれから」だ。住民に尽くしながら精神的に追い詰められる医師、子どもを亡くした女性、足を失ったプロのサッカー選手ら内戦の被害者の人間模様を描く。安易な励ましを避け、登場人物の苦悩を丁寧に描き出した作品で、幕が上がっても観客のすすり泣く声が聞こえていた。
パインピョートゥ氏の夫でもある人気映画監督のナジー氏がメガホンをとった。この夫妻は、植民地時代のビルマで生きる奔放な女性を描いた長編「ミー」で知られる。芸能界を代表するセレブ夫妻だったが、2021年のクーデター後に国軍に追われ、身を隠しながら撮影を敢行した。夫妻はオンラインで映画祭に登壇し、「これからもミャンマーを支援しよう」と呼びかけた。
抵抗軍に飛び込んだ19歳女性の記録
また観客に大きな衝撃を与えた作品が、民主派の武装勢力に身を投じた19歳の女性を追ったドキュメンタリー「不滅の薔薇」だ。若手ドキュメンタリー作家、モーティッセットゥン氏の監督作品だ。まだあどけなさが残る女性が、男たちに混ざって泥だらけになりながらトレーニングに励む姿が描かれる。敬礼をして振り返る彼女の精悍な顔が印象的だ。
モーティッセットゥン氏は日本の映画祭の経験もある人権派監督だ。クーデター後に民主派支配地域に逃れ、現在もレジスタンス勢力に密着する形で取材を続けている。
このほか映画祭には、民主派武装組織の部隊が製作した「偲ぶ」などの作品も上映された。実際の戦闘で起きた出来事をもとにしたフィクションで、現役のレジスタンス兵士が出演している。会場では、物語のモデルで実際に命を落とした2人の兵士を追悼する黙とうが行われた。
上映会の会場では、映画のオリジナルTシャツなどのグッズの販売されたほか、パインピョートゥ氏やナジー監督らのサイン入りバッグなどのチャリティ・オークションが開かれた。ミャンマー人の司会によるオークションは盛り上がり、「僕たちのこれから」のシーンを描いた絵画は、在日ミャンマー人の男性によって15万円で落札となった。
「無視」呼びかけられるアカデミー賞
こうした民主派の監督たちの作品は、日本のみならず、タイや韓国、欧米でも上映されている。その一方で、5月6日に行われたミャンマー映画アカデミー賞の授賞式は、ミャンマー人たちの間で話題に上らなかった。
コロナ禍とクーデターのために中止されていた3年度分の受賞者をまとめて発表するという異例の式典だったが、国民は国軍支配下で開催することに反発。芸能人が国軍を支持しているとアピールするプロパガンダであると捉えられたためだ。ネット上では市民らによって「反応せず、コメントせず、拡散せず」というボイコットが呼びかけられた。
ミャンマー国内では、2020年のコロナ禍で映画館が閉鎖され、クーデター後の2022年に国軍の圧力で上映再開したものの、ファンの反感を買い客足は低迷。また、クーデター後に映画の検閲が強化されたとされる。独立系メディアのフロンティア・ミャンマーによれば、国軍をさげすむ意味で使われる「犬」という単語すら、映画で使うことができなくなったという。クーデターの影響で2021年に公開された映画は1本もなく、2022年も20本にとどまっている。
受賞監督に笑顔なく
国軍側は芸能人を脅して授賞式への出席を求めたと、同メディアは指摘している。国営テレビの生中継を見る限りでは、出席した芸能人の反応も微妙だった。首都ネピドーで行われた授賞式には、多くの芸能人が顔を隠すかのような大きなサングラスをかけて登場。クーデター後に抗議デモを行い拘束された大御所俳優・映画監督のルミン氏に至っては、監督・主演作の「ミルク・オーガ」が音楽部門で受賞したと発表されても、席から立ち上がることもせず硬い表情のままだった。
現在、ミャンマーでは、国軍側と民主派武装勢力が激しい内戦を繰り広げている。国の安定を強調したい国軍側と、弾圧の犠牲をアピールし武装闘争への支持を訴えたい民主派の双方が、情報戦を行っているとも言える。しかし、一方は市民が手弁当でイベントを企画し、一方は市民がボイコット。ファンがどちらを支持しているのかは、一目瞭然だ。