フィリピン・マニラの最貧地区で始まった挑戦(下)
不慮の火災後に始まった「BASECO版寺子屋」イニシアティブ

  • 2021/1/5

 新型コロナウイルス収束に終わりが見えない中、インターネットへのアクセスが乏しい都会のスラムで暮らす子どもたちは、長期にわたって基礎的な教育を受けられない事態に直面している。本稿では、不慮の火災に見舞われたマニラの最貧地区BASECOで始まった復興に向けた取り組みと、コミュニティの未来を創る子どもたちを地元の若者たちが導く様子を紹介する。

復興の一環として始まった「BASECO版寺子屋」イニシアティブの様子。毎週末、約400人の子どもたちが地元の若者らから補講授業を受けている(筆者撮影)

コミュティリーダー  ボナの悲しみ

 「火事だ!」

 近所の人の叫び声をボナが耳にしたのは、2020年7月16日の昼下がりだった。障害のある子どもたちや親を対象に教育や食料を届けるプログラムを実施しているキリスト教系慈善団体のCARITAS MANILAでコミュニティ・リーダーとして活動するボナは、その日も街の教会で支援内容について住民に説明していた。弾かれたように教会を出ると、黒煙が上がり、人々が身の回りの品物だけを持って半狂乱で逃げまどっていた。迷路のように入り組んだ街路には、もとより消防車が入る隙間などない。ひねれば水が出る蛇口すら、この辺りでは数十軒に一軒しか設置されていないため、いったん火が付けば、延焼を食い止めるのは極めて難しい。

 調理用の油鍋がひっくり返ったことで発生した小さな火は、巨大な火炎となってあっという間にコミュニティを飲み込み、コロナ禍で既に疲弊しきっている人々から、つつましい家屋を含め、わずかながらの資産をすべて奪った。被災者は648人、172世帯に上り、ボナがこれまで支援してきた友人の女性も4人の子どもたちを残して亡くなった。今年10歳になる末の女の子は心身に障害があり、数年前に父親を病気で亡くしている。

2020年7月16日にBASECOを襲った火災の現場。648人、172世帯が家を含めて家財を失い、1人が亡くなった(筆者撮影)

 ボナは、22年前からマニラ湾に面したBASECOと呼ばれるコミュニティで暮らしている。乏しい医療体制、舗装されていない道路、整備が行き届かない上下水道、夜になると頻発する喧嘩や犯罪、その背景にある厳しい貧困など、この地域の問題は山積している。それでも、「我が町BASECOの明日をより良いものにしよう」という思いから、彼女は長年、地域の人々とともに献身的にコミュニティ活動に取り組んできた。

 しかし、今回の事件はあまりにも厳しい。ボナは瓦礫の山に変わり果てた火災の現場に立ち尽くしながら「心が折れそう…」と、つぶやいた。彼女の横には、途方に暮れている4人の火災孤児たちがいた。

回復力を発揮する地域の人々

 そんなボナの悲しみは、Facebookを通じて多くの人々に届いた。2年ほど前にCARITAS Manilaを見学した際に彼女と知り合った筆者も、その一人だ。ボナに導かれて火災の二日後に訪れた現場は、想像以上に広範囲が焦土と化していた。台風などの災害から住民を守るために建てられた鉄筋4階建ての避難所では、焼け出された数百人の被災者が、プライバシーも社会的距離もない状態で身を寄せ合っていた。皆、身の回りのものだけをもって逃れてきたようで、身体を洗ったり水をくんだりするためのヤカンやバケツすら持っていなかった。マットレスや毛布も、もちろんない。

BASECOの避難所で暮らす火災被災者たち。ほとんどの人々は今後の行き先が見当たらない(筆者撮影)

 被災した人々への見舞いとして、取り急ぎ、風雨をしのぐテント数枚、缶詰食品、母親を亡くした孤児のためのオモチャ、そしていくばくかの現金をボナに手渡してBASECOを後にした。そして、コミュニティの回復と復興に向けた本格的な取り組みが、この日から始まった。BASECOの現状を伝え、支援を呼び掛ける筆者のSNSに大勢の同僚や友人らが応えてくれ、わずか10日間で約400万円の義援金と、車5~6台分の支援物資が寄せられた。

 一方、ボナはCARITAS Mailaのボランティア・スタッフを二十人近く動員し、義援金で日用品を大量に購入。火災発生から約1週間で生活必需品のセットを避難所の人々に配布した。併せて、当座の生活資金として一人当たり1000ペソ(約2000円、5人家族なら約1万円)も届けた。

NGO Caritas Manilaと筆者の支援プログラムを通じて生活必需品のセットを受け取る住民(筆者撮影)

 さらに、4人の火災孤児が安全に暮らせる家を探した。火災から約1カ月後、子どもたちは無事に避難所から新しい家に引っ越した。家の購入費は、改修費と併せて35万ペソ(約70万円)だった。

 孤児たちの家を選ぶ際にボナがこだわったのは、自治体が発行した資産証明番号が付いていることだった。他の開発途上国の都市部に広がる多くのスラム同様、BASECOの土地も基本的には政府の所有物であり、そこで暮らす人々は、事実上、その場を占有しているにすぎない。したがって、政府が公共事業などをその土地で実施すると決めた場合は、突然、立ち退きを命じられるリスクがある。しかし、家の入口に自治体が発行した資産番号がついていれば、政府公認の資産として所有権が認められ、仮に今後、立ち退きの必要が出た場合も資産額に見合う補償金を受け取ることができる。

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