フィリピン・マニラの最貧地区で始まった挑戦(下)
不慮の火災後に始まった「BASECO版寺子屋」イニシアティブ
- 2021/1/5
危機対応から未来への投資のフェーズへ
4人の火災孤児たちが、自律し、自立していくためには教育が不可欠だ。
「何とかしてこの子たちに質の高い教育の機会を届けたい」、「誰か家庭教師を引き受けてくれないだろうか」―。そんな思いで探し回った末に出会ったのが、ランディ先生だった。
BASECOで育ち、今年35歳になるランディ先生は、現在、マニラのGolden Success Collegeで17歳から18歳(Class 11と12)を対象にビジネス・マネジメントやマーケティングを教えつつ、空き時間を利用して、経済的に恵まれないBASECOの子どもたちに補修授業を行う家庭教師のネットワークを作っている熱血漢だ。孤児たちへの家庭教師を快諾してくれたランディ先生は、しばらくしてこんなことを話してくれた。
「コロナの影響で、今年の新学期は例年より2カ月遅れて10月に始まるが、対面授業は当面、期待できない。公立学校では保護者を週に一度学校に呼び、科目ごとに宿題を配布しては回収、添削し、また次の宿題を出すというやり方で指導を続けようとしている。マニラ市も各家庭にタブレットを無料で貸与し、オンライン授業の環境整備を支援している」、「しかし、BASECOではネット環境がある家庭はごくわずかだし、宿題だけもらっても、教える人や監督する人がいなければ、子どもたちは勉強に身が入らず、知識も身につかない。こんな状況を、BASECOの若者たちの手で変えていけないだろうか…」
それは、いわば「BASECO版寺子屋イニシアティブ」を立ち上げたいという提案だった。彼は、成績優秀で地元愛の強い大学生や社会人10人を「寺子屋」の先生として集め、火災で被害を受けた家庭や、経済的に厳しい家庭に寺子屋の開始を知らせて回った。さらに、教会や民家と交渉し、少人数の授業を開けるスペースを10カ所以上確保した。
約2週間の準備期間を経て、「BASECO版寺子屋イニシアティブ」は10月3日にスタートした。土曜と日曜の午前と午後に2時間ずつ、計4回開かれるクラスには、小学校1年生(Class1)から中学4年生(Class10)まで、各学年7~8人ずつが集まり、大学生や社会人から指導を受けている。ノートや鉛筆がない子どもたちには、義援金からノートとペンが配られたほか、授業に役立ててもらおうと、ホワイトボードとマーカーも提供された。
先生役を引き受けてくれた若者たちも、週末の午前と午後に2時間ずつ授業を受け持つことで、500ペソ(約1000円)の謝礼を受け取ることができる。マニラ首都圏のマクドナルドやジョリビーといったファーストフード店の日給とほぼ同額だ。彼らの中には、親が失業して学費を払えず、進級や進学を遅らせている者もいる。寺子屋は、BASECOの子どもたちを力づけるだけでなく、指導役の若者たちにとっても、コロナ禍がもたらした厳しい不況を乗り切る所得を得る機会になっている。
新型コロナ、失業、そして大規模火災。無体とも言える不幸を前に、変えられない現実は受け入れながら、自らの力で変えることができる何かを見つけ、周囲を動かし、コミュニティの明日を創っていく…。そんなBASECOの人々と毎週末、ともに時間を過ごしていると、この街が「スラム」という一般名詞で表現しきれない、とても豊かで、深みのあるコミュニティであることに気付く。