人権問題の噴出で中国の一帯一路が破綻目前
第三国協力に合意した日本に突き付けられる距離感

  • 2021/11/8

 先日、ウォールストリートジャーナルやドイチェ・ベレ(ドイツ国際放送)が、一帯一路関連事業の劣悪な環境について報じていた。中国の徳龍鉄鋼会社がインドネシアで進めている製鉄プロジェクト現場から逃亡した中国人労働者がマレーシア当局に逮捕されたとか、南通京唐労務公司を通じてインドネシア・西スラウェシ州の徳龍工業テーマパーク建設工事に派遣されていた蘇州の男性が死亡し、遺族に何も説明されなかったという事例が相次いでいるという。米ニューヨークの労働権利団体「中国労工観察」も指摘する通り、近年、深刻化している一帯一路と中国人労働者の人権問題について、整理しておきたい。

中国と欧州を結ぶ貨物列車「中欧班列」の一環として中国の遼寧省とスロバキアの首都ブラチスラヴァを結ぶ鉄道が建設されることが決まり、起工式に出席する中国人労働者たち(2017年10月27日撮影)(c) アフロ

パスポートを取り上げ奴隷労働を強制

 中国労工観察のホームページで最新事例として紹介されているのは、一帯一路の一環として徳龍鉄鋼会社がインドネシアのモロワリ県で進めている事業で働く張強ら5人のケースだ。今年31歳になる張強は、月給1.5万元(約26万5800円)の高給を約束され、工期6カ月の契約で徳龍工業パーク内のニッケル精錬施設の建設に従事していた。これは、中国国内の平均月収の約3倍に相当する。中国政府は2013年以降、インドネシアの鉄鋼・ニッケル事業に少なくとも127億ドル(約1兆4,400億円)を投じており、ステンレス製品や電機自動車の電池を製造するために開発が進められていた徳龍工業パークは、一帯一路構想の主要プロジェクトの一つだった。
 張強は、今年の3月中旬に現地に派遣されたが、現場に着くなりパスポートを取り上げられ、約束より5000元も安い月給1万元(約17万7200円)で、より長時間にわたり働くという契約書にサインするよう迫られた。さらにその契約書には、支給されるのは1000元(約1万7720円)だけで、残りは日付未指定のままプロジェクト終了まで支払いを保留すると書かれていた。
 中国では、一般的に、労働者を派遣する前に政府が発行する許可証を取得することが義務付けられているにも関わらず、張強が契約した栄誠環保工程有限公司は、そうした許可証を一切受けていなかったことが後に明らかになる。張強自身、出国前に同社と正式な契約書を交わしていなかった上、営業許可書の提示も求めていなかったため、現地に到着後、パスポートを取り上げられて他の選択肢がないまま、ほとんど奴隷労働に従事することになった。
 張強は、同じ境遇に置かれていた同郷の中国人労働者4人とともに在インドネシア中国大使館に連絡をとり救出を求めたものの、地元警察に自分たちで通報するように言われ、取り合ってもらえなかった。5人は、企業が地元警察と癒着しているのではないかと恐れ、通報できなかったという。

(c) billow926 / Unsplash

 その後、中国大使館がモロワリ県にある徳龍鉄鋼の子会社に張強らの訴えについて通報したことから、事態は悪化する。同社は5人にパスポートを返却し、帰国用の航空チケットを用意する代わりに7.5万元(約132万9000円)を支払うように恫喝。金の工面を思案していた彼らは、別の仲介業者から5万元(約88万6000円)で帰国させてやると持ち掛けられてきた口車に乗せられ、方々から借金して費用を支払うも、約束は守られず、金を騙し取られる格好となった。
 パスポートを返してもらえないまま密航船に乗り込み、脱出を図った5人は、密入国したマレーシアで逮捕される。最終的には起訴されることなく中国に強制送還されたものの、帰国までなんとも長い道のりであった。

認められない労働災害

 ドイチェ・ベレは、さらに救いのない事例を独自に報じている。これも徳龍鉄鋼がインドネシアで実施している一帯一路事業だ。ニッケルの精練施設建設に派遣された張広永が突然、家族と連絡が取れなくなったため、32歳の息子の張超が消息を求めてあちこちに連絡を取ったところ、3カ月後に「糖尿病の合併症により死亡した。20日以内に来なければ現地で火葬する」との連絡があったという。健康だった父親が糖尿病で死亡したことが信じられなかった張超が火葬せずに検死するよう要請すると、企業側はこれまで3カ月分の遺体の保管料を請求し、全面対立した。
 父親が息を引き取った病院に独自に連絡し、死因が新型コロナウイルスによる肺炎だったという情報を入手した張超は、半密閉式の現場で長時間にわたり働かされ、適切な感染予防対策がとられていなかったことによる労災案件ではないかとの疑惑を強めているが、労働者の派遣会社である京唐はこの主張を認めていない。

一帯一路の共同建設に向けてインドネシアのジョコ・ウィドド大統領(左)と握手を交わす中国の習近平国家主席(右)(2017年5月14日、北京で撮影) (c) 新華社/アフロ

 インドネシアの労働当局の統計によると、これら2つのケースのように同国内の一帯一路事業で働いている中国人は、2020年末で3万5781人に上っている。インドネシアでは、特にニッケル精練プロジェクトの規模が大きく、前述の徳龍鉄鋼だけでも1万人以上の中国人労働者を抱えているという。
 インドネシアに限らない。中国はいまや毎年80万人から100万人に上る労働者を海外に派遣している労働力輸出国だ。現在は新型コロナウイルスの感染拡大による影響を受け、工事が中断している現場も多いが、それでも現時点で60万人前後の中国人が労働者として海外に派遣され、一帯一路の関連事業に従事している。

「忘れられた人々」への関心高まる

 中国労工観察は今年4月、「忘れられた人々」と題し、海外で働く中国人労働者の人権問題についてリポートを発表した。アジアや中東、アフリカなどの一帯一路関連事業の現場で働く100人あまりにSNSやインターネット、電話などを通じて実施した聞き取り調査の結果、ほとんどの労働者が現地に着くなりパスポートを取り上げられ、現地社会と隔絶された環境の中、違法ビザで奴隷労働に従事させられている事実がつまびらかに記されている。中国国内では労働時間や最低賃金など法定基準があるにも関わらず、多くの場合、現場が国外であることを理由に基準は無視され、休日返上の労働や賃金の未払いが横行していた。
 労働者が仕事を辞めたいと思っても、法外な違約金を請求されるために、それもかなわない。生活や労働環境も劣悪で、病気やけがをしても医療を受けることができない上、安全対策や設備も不足している。形式的には不服申し立て制度や人権を守るメカニズムがあるものの、極めて非合理的で役に立たず、抗議した労働者は厳しい懲罰が課されるなど、言論の自由は著しく制限されているという。

ケニアの首都ナイロビと、港湾都市モンバサを結ぶスタンダード・ゲージ鉄道( SGR )の建設現場で働く中国人技術者(2015年10月10日、ケニアで撮影) (c) ロイター/アフロ

 こうした問題は、体制内の学者たちの間でも認識されている。例えば、吉林大学法学院院長の何志鵬教授は、「一帯一路戦略中の派遣労務者の権利保護」というリポートの中で、「中国人労働者が置かれている悪辣な労働環境と、それが原因でたびたび起きる暴力事件は、国家戦略として一帯一路政策を推進し、労働力の輸出大国でもある中国にとって、目下、最大の問題の一つだ」と指摘している。さらに同教授は、次のように続けている。
 「…(前略)…直視すべき問題は、わが国の海外派遣労働者が置かれている人権状況は、概して楽観的とは言えないということだ。彼らの権利は、程度の差はあれ、常に侵害されている。中には、身の安全が脅威にさらされ、財産も保障されない者もいる。海外出稼ぎ労働者として長期にわたり差別される状況が続けば、不平等な状態が深刻化し、社会に対する構造的な脅威となって、暴力や致命的な攻撃事件につながる可能性がある」
 「海外で働く中国人出稼ぎ労働者の保護は、人権保護の観点からのみならず、中国国籍を有する者への職責を果たすという意味からも、中国政府にとって非常に重要だ…(中略)…領事的保護、外交的保護、立法的保護など、中国が現有している保護メカニズムは、一定の成果を挙げているものの、問題も多い」
 「出稼ぎ労働者は、特によそ者を排除しようとする民族差別の感情によって、社会から敵視され、権利侵害を受けやすい傾向にある。また、移民と犯罪が故意に因果付けられることで、暴力行為にもさらされやすくなると同時に、出稼ぎ労働者自身、犯罪に手を染めざるを得ない状況に追い込まれる」

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