台湾から中国に外交スイッチしたソロモン諸島のいま
反中を掲げ罷免されたスイダニ前マライタ州知事が緊急来日

  • 2023/11/15

 南太平洋上のソロモン諸島では、ソガバレ政権が進める数々の親中的な政策によって中国の属国化が懸念されている。中国に批判的な立場を貫き、中国企業からの賄賂も拒否したマライタ州知事(当時)のダニエル・スイダニ氏が今年2月に罷免されたことは、象徴的な出来事だ。スイダニ氏は10月、南太平洋の島嶼国地域の安全保障問題に詳しい早川理恵子博士らの招へいで、政策顧問を務めていたセルサス・タリフィル氏とともに2週間にわたり日本を訪問した。一行の目的とソロモン諸島の現状について考える。

10月上旬に来日したマライタ州知事(当時)のダニエル・スイダニ氏(右)と、、政策顧問を務めていたセルサス・タリフィル氏(筆者提供)

ダニエル・スイダニ氏略歴

1970年、ソロモン諸島最大のマライタ島(マライタ州)生まれ。19歳で高等教育大学を卒業後、小学校教師を経て、木材製材会社や都市建設会社などで勤務。2019年にマライタ州議選に初めて出馬し、当選。同年7月には州知事選にも出馬し、当選した。 この年、ソガバレ政権は台湾との長年にわたる外交関係を断絶し、中国と国交を樹立。スイダニ知事はこれに異を唱え、台湾との外交関係を維持するように主張した。この対立が遠因となり2021年11月に首都ホニアラで起きた暴動事件で、同氏はマライタ州の自決権を主張する「アウキ・コミュニケ」を発表したことから、ソガバレ政権に疎まれ、2023年2月に罷免された。

 
セルサス・タリフィル氏略歴

1975年、マライタ州生まれ。祖父は英国統治下で植民政府の刑務官を務め、当時のエリザベス女王からナイトの称号を与えられた。フィジーの南太平洋大学を卒業後、ニュージーランドのビクトリア大学で修士を取得。国連で約10年間勤務した後、議会や野党事務所を経て、ソガバレ政権の首相府政策部で3年間勤務。官僚としてソガバレ政権の政策策定に関与し、一時は首相の政策顧問を務めた。 しかし、2019年にソガバレ政権の外交チャンネルが台湾から中国にスイッチしたのを機に、当時、マライタ州知事を務めていたスイダニ氏の政策顧問に転職した。

 

祖国の属国化に高まる危機感

 マライタ州議長が今年2月に提出したスイダニ氏の罷免動議は、州議会の意志を反映したものでも、有権者の意思を反映したものでもなく、ソガバレ政権の地方担当大臣が指示したものだった。動議は以前も2度にわたり出されたことがあり、どちらも有権者の抗議にあって取り下げられていたが、3度目の今回は警察がデモ隊を武力で鎮圧したうえで、強引に可決された。

 罷免の理由としては、スイダニ氏がマライタ州内の中国系鉱山企業に金銭を要求したことと、マライタ州政府の公金を横領してスイダニ氏個人の警備員の給与に充てたことが挙げられたが、スイダニ氏はこれを否定。「ソガバレ政権の背後にある中国が自分を排除しようとした」と考えている。

 罷免された後、スイダニ氏は自身の身を守るとともに、祖国の危機を訴え、民主的な政治に必要な知識と情報を得るために、国連をはじめ、米国、オーストラリア、カナダなどを歴訪した。今回の来日は、スイダニ氏の動向を知った早川博士が日本への招聘を計画し、有志らの協力を得て実現にこぎ着けた。

スイダニ氏訪日のニュースはソロモン諸島でも大々的に報じられた(筆者提供)

 日本滞在中、スイダニ氏とタリフィル氏は国際協力機構(JICA)や南太平洋の島嶼国を支援するNGO、漁業関係者らを訪ね、人脈を広げた。また、ソロモン諸島の現状を日本人に広く知ってもらおうと、筆者を含め複数のジャーナリストやメディアの取材を積極的に受け、講演会も開いた。来年4月17日に予定されているマライタ州知事選に再出馬する意向を固めているスイダニ氏は、「選挙が公正に行われれば当選は確実」と自信を見せる。

 一方、かつて首相府で政策顧問を務めていたタリフィル氏は、スイダニ氏の政策顧問に転じた理由について「スイダニ氏のカリスマ性に魅了された」と振り返り、「ソロモン諸島が中国に併呑されるのを防ぐことができる強いリーダーは、彼をおいていない」と語った。

スイダニ氏(左)とタリフィル氏(右)を日本に招へいした 早川理恵子博士(左から2人目)と筆者(右から2人目)(筆者提供)

 以下、両氏へのインタビューを紹介する。

独裁志向と猜疑心が強いソガバレ首相

――2019年にソロモン諸島の外交が台湾から中国にスイッチして以来、具体的に何が変わりましたか?

スイダニ  言論の自由が失われた。以前は政府批判もデモも行うことができたが、今はデモを行うことは不可能で、メディアも統制されている。以前は独立メディアだったソロモンアイランドブロードキャスティング(SIBC)も首相府の監督下に置かれた。また、政治家の選挙事務所も首相府の監督を受けることになったため、私のように(中国大陸と台湾は一つの国家が不可分に統治しなければならないとする)「一つの中国」政策への不支持を表明した政治家は、活動できなくなった。

――中国にスイッチしてから国内経済は改善しましたか?

スイダニ  経済は悪化し、失業率が高くなったと感じている。中国企業の進出は増えているが、彼らは中国人しか雇用しないため、地元の人々の仕事が次々と奪われている。

ソロモン諸島の首都ホニアラの沖合に停泊する船舶(2018年11月24日撮影)(c) AP/アフロ

――ソロモン諸島と中国の間で安全保障や警察協力に関する協定が締結されたことは、どう見ていますか?

スイダニソロモン諸島には目下、外部に何の脅威もなく、中国と安全保障協定を結ぶ必要などない。国民に何の説明もないまま4月に締結されたこの協定に対し、人々は不安を募らせている。また、7月に警察協力協定が締結されてからは、中国の警察官が続々とやって来て首都ホニアラで軍事訓練を行い、武器を持ち込んでいる。「誰を取り締まるための協定なのか」と、やはり国民は不安を感じている。

――2021年にホニアラで起きた暴動については、どう見ていますか?

スイダニ  マライタ人は当初、民主的にデモを行っていた。それまでに3度にわたりソガバレ政権に嘆願書を出したが、すべて無視されたことから、4度目の提出にあたって国会前で集会を開き、首相との直接面談を求めることにしたのだ。しかし、首相はこれを無視し、警察に指示して催涙ガス弾を撃ち込ませたため、折からの就職難で不満が高まっていた市民の怒りが爆発し、暴動に発展した。首相が嘆願書を無視したことがそもそもの原因だ。

――嘆願書で何を訴えたかったのですか?

スイダニ 求めていたのは、(ダルカナル島民とマライタ島民の対立から起きた民族紛争を収束させるためにオーストラリアのタウンズビルで2000年10月15日に調印された)「タウンズビル平和協定」の履行だ。この協定によって各州の自治権の強化が認められたにも関わらず、これまで一向に履行されてこなかった。

スイダニ氏らは日本で講演会も積極的に行った(筆者撮影)

――ソガバレ政権で政策策定に関わっていたタリフィル氏から見て、ソガバレ氏はどんな人物ですか?

タリフィル  非常に独裁志向と猜疑心が強い人物だ。周囲の官僚のことも信用しておらず、コミュニケーションを取ろうとしないが、唯一、甥のジョコビッチ首相補佐官(最近死去)にだけは心を許していた。

 また、利権が絡む私的な事柄を政策として推進することもしばしばある。例えば、本来、農地を不発弾処理場として使用するためには司法長官の認可を得ることが必要だが、彼はすべての手続きを無視して5000万ドル(約75億6600万円)の公金を投じて土地を買収し、中国企業を誘致した。さらに、パスポート偽造の疑惑が指摘された中国系企業にも、何ら対応しなかった。中国政府の関与を裏付ける証拠を見つけることは難しくとも、中国系企業からソガバレ氏に不正に資金が流入していることは明らかだ。実際、彼は首相の給与だけでは購入できないほどの莫大な不動産や資産を有しており、資金の出どころについて憶測を呼んでいる。

 ――タリフィル氏はなぜ首相府を辞め、スイダニ氏の政策顧問に転向したのですか?

タリフィル  首相府で台湾をはじめ、民主主義国家との同盟関係を担当していた私にとって、突然、台湾との断交を打ち出したソガバレ政権は、二つの意味で不誠実だと感じた。

 第一に、ソロモン諸島は台湾に恩義がある。首都ホニアラがあるガダルカナル島では、長年にわたりマライタ系移民が迫害され、土地や財産が奪われてきた。2021年にガダルカナル・マライタ民族紛争が発生したのは、そのためだ。事態を収拾するために必要な多額の和解金をソロモン諸島政府に代わり支払ってくれたのが、台湾だった。

 第二に、外交スイッチについては、首相府をはじめ、官僚、議会の外交委員会、外務省、有識者らから多くの分析や提言が出され、中国リスクに関する指摘も多かった。しかし、首相は自分の意に沿う内容だけを選び、独断で台湾断交に踏み切ったのだ。その中で中国に有利な分析を出した議員は、後に汚職を告発されて議員の職を失ったが、首相から中国大使に任命された。

 私は首相のこうしたやり方が許せなくなり、故郷マライタを中国から守らねばならないと決意した。中国は一人一人の閣僚に個別にアプローチして取り込みを図り、下位の官僚たちも賄賂漬けにするため、屈する政治家が相次いだが、スイダニ知事はきっぱりと賄賂を拒絶し、リーダーシップを発揮していたため、支えたいと思った。

知事として取り組んだ「マアシナルール」

――マライタ州知事だった頃の政策をお聞かせください。

スイダニ  マライタ州では、何年も前からマレーシア系中国企業による森林伐採が行われ、中国に輸出されていた。マライタ市民の暮らしを支える小売店の経営も、15人の中国人に独占されていた。ソロモン諸島では小売店の経営は住民が行うことが定められていたが、ルールが遵守されていなかったのだ。そこで私は知事に就任後、小売店協会を立ち上げ、マライタ人が小売店を経営できるように支援策を打ち出した。

タリフィル  2021年には、中国共産党とその無神論的イデオロギーを拒否し、マライタ州の宗教と信仰の自由を守る自決権を掲げた「アウキ・コミュニケ」が州議会で採択された。

マライタ州の人々 (c) Leocadio Sebastian /wikimediacommons

――ソガバレ政権が中国に外交をスイッチした後、スイダニ氏はマライタ州の独立と自治について住民の意思を問うために投票を行うと発表しましたね。投票は行われましたか?島民は独立を望んでいるのですか?

スイダニ  独立を求める声は以前からある。ソロモン諸島には、「マアシナルール」(兄弟の契り)という伝統的な考え方がある。「自分たちのことは自分たちで話し合って決める」という意味だ。英国からの独立運動の根底にもこの思想があった。

私は国としての独立を求めていたわけではなく、このマアシナルールに立ち戻ってマライタの人々の意見を聞くために住民投票を実施しようと考えたのだが、違法行為だとしてソガバレ政権により阻止された。

 ――マライタの「独立」と、政権が中国に外交スイッチしたことは、直接的には関係なかったのですか?

スイダニ  マライタ州は開発が遅れており、島外に出稼ぎに行かなければならない住民が多いため、開発のために団結しようと呼びかけた。もっとも、協力を得るのは中国より台湾がいいと考えた。台湾は中国に比べて資金力は劣るが、良き指導者の下で西側の民主主義的な価値観を共有できる良き友人であり、対等なパートナーであるからだ。

ソロモン諸島マライタ州の人々 (c) Leocadio Sebastian /wikimediacommons

――知事を罷免されたのはなぜだと思いますか?

スイダニ  私のもとには地方担当大臣から「外国勢力と結託している」「台湾の手先になっている」という批判レターがたびたび届いていた。もちろんでっち上げだが、ソガバレ首相の意向を受けた大臣が州議長に指示し、2月2日に罷免動議を提出させた。動議は以前も出されたことがあり、そのたびに有権者がデモを行ってくれたために取り下げられたが、今回はデモ隊が警察により武力鎮圧された。

 ――罷免後、命の危険を感じていますか?

スイダニ  私の子どもたちは就職を妨害されるなど嫌がらせを受け、危険を感じているようだ。私自身は2月16日に国を出た。その後、3月20日に知事職を失ったため、帰国すれば逮捕されるだろうという噂を耳にしている。

タリフィル  ちょうど先住民問題に取り組んでいるNGOから国連の会議に招待されたため、会議に出席するという名目でスイダニ氏と一緒に国を出た。以来、6カ月にわたり海外を転々としている。

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