パエリア炎上事件に見るスペイン人の誇りと熱意
他文化の料理、一方で置き去り...?

  • 2021/8/17

現地で食べるのも難しい

 しかし、現地を訪れて本場のパエリアを食べようと思っても、そう簡単にはいかない。

 上述したようにパエリアの本場はバレンシアだが、バルセロナで日本語ツアーを催行する「ツアーリング・パンダ」の代表・アンドレス・サーベドラさん(41)は「バルセロナのような人気観光地を訪れるついでにパエリアを食べたいというお客様は多い」と話す。

 しかし、バルセロナの目抜き通りのランブラス通りにはレストランが並んでいるが、そこのパエリアは「観光客向けの罠」だと、サーベドラさんは警告する。ランブラス通りでは、1人あたり10ユーロ(約1300円)で1人前のパエリアを出す店も多いが、「バルセロナの地元の人々がよく行くパエリア店では、1人あたりの平均価格は18ユーロ(約2300円)。さらに注文は2人前以上からで、1人分だけ出す店の場合は冷凍のものである可能性が高い」そうだ。

 「エル・パイス」紙のグルメコーナーは、ランブラス通りの評判の悪いレストランを紹介する記事の中で、こう記している。

 「バルセロナでは、ランブラス通りで食事をする分別ある正気の人間はまずいない……ただし、悪質なレストラン経営者から他の人々を守るために自らを犠牲にする無知な外国人観光客は別として」

 ただ、新型コロナのパンデミック以前は都市のキャパシティ以上に観光客が押し寄せるオーバーツーリズムが問題になっていたため、こうした評判には外国人観光客への非難の気持ちも込められているのかもしれない。

観光客などでに賑わうランブラス通りの様子(8月上旬、筆者撮影)

 パンデミックのため外国人観光客の足が遠のいたランブラス通りに地元客を呼び戻そうとした店の試みを報じた無料紙「20ミヌットス」は、地元の人々は「世界で最も美しい通りと呼ばれる場所のテラスに座るということは、おそらく10年以上も考えたこともなかった」と記している。

一方、微妙な日本食は…

 ここまで、冗談まじりの面もあるとはいえ、パエリアに対する地元の人々の並々ならぬ熱意やこだわりを紹介してきた。

 しかし、こうしたこだわりを目にするたびに、引っかかることもある。先ほどパエリアに関しては舌鋒鋭かったスペイン各紙は、セロリ入りのお好み焼き、出汁なし味噌汁、油揚げの代わりに薄焼き卵を使う稲荷寿司といった“日本食”を掲載しているのだ。そうした記事の筆者は、白人のスペイン人たちばかりだ。

 ある文化圏の要素を他者が都合よく流用する「文化の盗用」は、近年、食べ物の分野でも問題になる事例が相次いでいる。米国では、ユダヤ系カップルが「清潔な」中華料理を提供するとうたってレストランを開く、白人女性が「改良された」お粥を売り出す、といった事例が批判を浴びた。

 米国であれば、スペイン各紙の“日本食”も炎上するかもしれない。そのパエリアに関する深いこだわり、ちょっとだけでも他の食文化にも広げてほしい、と思うのは筆者だけだろうか……。

 

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