技術革新がもたらしたデジタル植民地主義
データ活用をめぐる先進国と途上国のせめぎ合いを読む

  • 2021/10/26

 途上国の開発において、データはどのように用いられるべきか。世界銀行グループが今年3月に報告書『生活向上のためのデータ活用』(Data for Better Lives)を発表すると、欧米メディアはこぞって取り上げ話題になった。だが、その後、途上国側から「先進国側の視点に過ぎない」「デジタル植民地主義だ」との批判が相次ぎ、根底にある両者の間の埋めがたい技術力や貧富の差、そして価値観の相違が浮き彫りになっている。途上国が反発する理由を探り、現状を読み解く。

途上国開発におけるデータ活用の在り方について議論が交わされている©Unsplash

変わらない南北対立構造

 21世紀に入り、人々の暮らしが急速にデジタル化したことに伴い、世界中で日々、膨大な量のデータが生み出されている。開発関係者の間では、この情報化の産物を活用して人々の生活をより良くしていけるのではないかとの議論が盛り上がっているが、データの所有権や使われ方、保護などをめぐり、いまだ合意には至っていない。
 そうした中、特に米国を中心とする先進国諸国のテクノロジー企業によって途上国のデータ利用や加工がなし崩し的に進められていることに対し、途上国から不満の声が高まっている。資源を無償あるいは安価に吸い取られ、それを加工利用した商品やサービスを高い価格で売りつけられるという、植民地時代から続いてきた経済支配構造の焼き直しが、データにおいても繰り返されているためだ。そこには、データ資源が生み出され、活用されるインターネット環境そのものを先進国企業が支配するという、何重にも重なった南北対立の構図が見られる。
 その「ネット支配」の観点から見てみると、例えばソーシャルメディア大手の米企業であるフェイスブック社は、全世界に29億人ものユーザーベースを持ち、日本や米国、欧州で、主にSNSのプラットフォームを提供しているが、その一方で、途上国向けに海底ケーブルネットワークやネット接続環境などのインフラも提供していることは、あまり知られていない。

フェイスブックの2Africa海底ケーブルネットワーク地図。 アフリカ全体と中東・南アジアを網羅する基幹インフラの地位を狙う。© Facebook

 同社の「2Africa」海底ケーブルネットワークは、世界の総人口の36%を占めるアフリカ大陸の基幹接続インフラとなることを目指して整備が進められており、すでに南アフリカ、ウガンダ、ナイジェリア、コンゴ民主共和国などでサービスを開始している。将来的には、合計30億人のアフリカの人々がフェイスブックを介してインターネットに接続できるようになることが期待されているという。

市場の独占と囲い込みのリスク

 だが、同社の「2Africa」も、無料接続サービスである「Facebook Free Basics」も、慈善事業ではない。インターネットの恩恵に浴していなかったり、サービスが高価で不安定な地域にインフラをもたらしたりするという面では評価されるべきだが、同時にそれは、市場の独占やデータの搾取をも招きかねない。

Facebook Free Basicsのホーム画面。 同社のSNSサービスや、欧米企業が英語で提供する商業コンテンツが前面に打ち出されている。 © Google Playのアプリ紹介ページ

 たとえば「Facebook Free Basics」アプリの場合、欧米企業が英語で提供する気象予報やニュースサイト、商品紹介、医療情報や検索エンジンが前面に打ち出され、途上国の言語や現地サイトの情報が極端に少ない。また、SNSはフェイスブック系のものしか利用できず、利用者はいわゆる「囲い込み」をされる仕組みになっている。加えて、同社はユーザーのネット閲覧履歴に基づいた嗜好分析を通じて広告表示の収入を得ることができる。
 それでも、無料でインターネットが使えることから途上国ユーザーは激増。彼らは欧米企業の商品やサービスへの依存を深め、データが米国に吸い上げられるという循環が生まれている。
 こうした中、南アフリカのオンライン広告を見ると、現地の広告代理店の売上は総額の8%に過ぎず、全体の80%は米国企業のフェイスブックやグーグルが獲得している(2017年現在)。データは現地で「生産」されているにも関わらず、先進国のデータセンターで蓄積・分析され、現地の広告主に販売されて先進国の収入となる。途上国は、生データや分析結果にアクセスしたり、受益したりすることが難しい。

「新しい社会契約」の提唱

 このような現状を踏まえ、世界銀行は報告書『生活向上のためのデータ活用』(Data for Better Lives)の冒頭で、「これまでのグローバルな議論では低所得国の視点が欠けていた。取り上げられなければならない」と指摘しており、途上国と先進国の間に不平等があることの認識を明確に示している。
 その上で、「こうしたデータには、政策の改善や経済の発展、市民のエンパワーメントなどにとって莫大な価値を秘めている一方、蓄積されると経済的あるいは政治的な権力の集中を招く恐れがあり、悪用されれば市民にとって害となる。また、データを繰り返し利用することで価値が高まる一方、データが悪用されるリスクも高まる」とも指摘している。

データは個人のものか、公共財なのか。 途上国と先進国の意見の食い違いが表面化している。©Pexels

 その上で、こうした問題の解決策として「データに関する新しい社会契約」を提言する。具体的には、各国におけるデータのインフラ整備を強化するとともに、野放し状態になっているデータやインフラ関連の法律と規制を整備し、データの取り扱いについて国民の信頼感を得るよう努力すべきだと指摘する。
 加えて、「データがグローバルに流通する前提に立って各国が取り扱いに関する国際規制に合意し、地域および国際的な政策の連携を進めるべきだ」と指摘。世界貿易機関(WTO)による協定の締結や、各地域のデータインフラの開発連携、国際間のデータ流通の促進、国際課税ルールの制定、反トラスト法の制定や法執行の強化などを呼び掛けている。
 このうち、巨大テック企業に対する国際課税ルールについては、経済協力開発機構(OECD)をはじめ140カ国が法人税の引き下げ競争に歯止めをかけることを目的に、最低15%以上の税率をかけることや、国境を越えてサービスを展開する企業にビジネスモデルに応じて課税できることに合意しており、その進展に注目が集まる。

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