台湾地方選の与党大敗に見る有権者の選択
「蔡英文後」の中台関係と東アジアの行方を読む

  • 2022/12/3

 ちょうど台北にいるので、台湾の統一地方選(九合一選挙)の結果について報告したい。
 今回の選挙は与党民進党の歴史的といわれるほどの惨敗に終わった。嘉義市は候補者急死のため12月18日に選挙が延期されたため、11月26日に選挙が行われたのは、台北市など六直轄都市を含む21県市。この中で民進党候補が首長に当選したのは、六直轄都市中では高雄と台南のみ、21県市全体でも5県市だけだった。2018年の九合一選挙でも民進党惨敗と報じられたが、その時ですら7県市首長で当選していた。 一方、野党国民党の候補は8年ぶりに台北市長を蒋介石の曾孫の蒋万安が奪還し、桃園、新北、台中の四直轄市長選を含め、13県市の首長選挙で勝利した。北京市長の柯文哲が総統選挙出馬を視野に入れて創設した民衆党は、公認候補が新竹市長に当選。ほか無所属が2県市を抑えた。

蔡英文の党首辞任を報じる、民進党系新聞(筆者撮影)

敗因は党内に

 選挙戦が始まったばかりの9月初旬の段階で、民進党は直轄市の台南、高雄で現職市長の座を維持するとともに、桃園の鄭文燦市長の後継候補の座を守り、加えて台北市を互角に戦うつもりだった。特に台北市は、新型コロナ防疫政策の英雄・陳時中(元厚生福利部長)を候補に立て、対抗馬の国民党のプリンス蒋万安と互角に戦えると見ていた。桃園市長と台北市長に民進党候補が当選すれば、民進党としては大勝利と言える。
 首都台北市はもともと国民党の牙城だが、現職市長は無所属当選で二期務めた柯文哲。柯文哲が、2024年総統選出馬を視野に入れて創立した民衆党推薦の無所属候補として女性副市長の黄珊珊が参戦する三つ巴戦となったことで、民進党として国民党とも接戦できると計算していた。

開票結果を伝えるスクリーン(筆者撮影)

 というのも、台湾武力統一の選択肢もちらつかせる中国の習近平政権が異例の任期三期目に突入し、本来国政と直接関係ない地方選挙でも、中国の脅威とどのように向き合うかが争点の一つになると見込まれていたからだ。国民党の党是は共平和協議の実現、民衆党は友中親米路線を打ち出したのに対し、民進党のスローガンは「抗中保台」(中国に抗い台湾を守る)。中国と友好的でいたいと考える有権者の票が国民党・蒋万安と民衆党推薦無所属の黄珊珊に分散する一方、抗中派の票は民進党一本にまとまるはずだった。10月18日に台湾民意基金会が発表した蔡英文政権支持率は51.2%と盛り返していたうえ、台湾のGDP成長率も4年連続3%突破が見込まれており、与党にとって決して不利な条件ではなかった。
 だが、台北市長選の結果は、蒋万安が14万票の大差で勝利した。得票率は蒋万安42.29%、陳時中31.93%、黄珊珊25.14%。なぜ与党は惨敗したのか。

台北市の政策を一番具体的に訴えていたのは黄珊珊だった(筆者撮影)

 16時に開票が始まるとすぐに筆者は陳時中選挙事務所前の広場に行ったが、支持者らは18時前にはすでに敗北を悟ったような空気だった。選挙運動も盛り上がりに欠けていた。

 後で支持者から聞いた話では、今回の敗因は主に党内にある、という。それが証拠に、蔡英文が党首辞任した後、党内ではさっそく「戦犯」探しが始まった。

尾を引いた派閥対立と団結不足

 敗因の一つは、党内の派閥対立問題による団結不足だ。民進党内にはいくつか派閥があり、蔡英文派と頼清徳派はもともと対立している。蔡英文総統と頼清徳副総統は、2020年の総統選の時に予備選を激しく争った関係にある。蔡英文が総統候補に決まった後は、副総統として蔡英文を支える側に徹した頼清徳だが、頼清徳支持者からすれば、この時の総統候補予備選はフェアではなかった。「頼清徳はそれに耐えて蔡英文二期目を支えたのだから、2024年の後継総統候補は頼清徳であるべきだ」という頼清徳派の思いがあった。だが蔡英文は、自分の後継候補には、一期目の蔡英文政権で副総統を務めた感染症専門家で台湾大学教授の陳建仁を推すつもりでいたという。蔡英文は今回の地方選挙の候補の多くを、予備選を経ずに自らの指名で選んだ。もし、この候補で大勝利を納めれば、党内の蔡英文派の影響力は絶対的になり、総統候補も蔡英文派になる可能性が強まるため、それを懸念する党員や支持者もいたという。

台北市長を国民党が奪還し、歓喜する支持者(筆者撮影)

 本来、民進党の候補には、激しいディベートを繰り返して予備選挙を勝ち抜いてきた選挙に強い候補が立っていたが、今回は蔡英文の欽定候補だったため、いつもより演説や選挙運動が下手だったという面もある。また今回の選挙で世論を誘導するために雇われたネット部隊、ネット・インフルエンサーらのいわゆる「側翼網軍」は民進党員ではなく、その宣伝や世論喚起の方法が挑発的で下品だったため、民進党のイメージをむしろ落とす結果になったとも言われている。こうした候補選びから選挙戦の差配まで蔡英文派の主導で行われた。

開票が進む中、あきらめムードが早々に漂い始めた民進党陣営(筆者撮影)

 そうした状況の中、国民党のネガティブキャンペーンが、ボディブローのように効いた。折しもオミクロン株の感染が拡大し、特に台北市では、陳時中の英雄イメージに陰りが出ていた。さらに、与党が推奨していた国産の高瑞ワクチンをめぐり、衛生福利部がワクチン購入契約に関する文書を機密扱いにしていたことが国民党系メディアで暴露された。高瑞ワクチンは、臨床試験二期の段階で政府が緊急認可し、接種が推奨された。しかし、WHOの緊急使用ワクチンリストには含まれておらず、日本が外国観光客らに門戸を開いた時の入国要件として高瑞ワクチン接種は認められなかったため、政府の推奨を信じて高瑞ワクチンを接種した人々の中には、「与党に騙された」と感じた者もいたかもしれない。このワクチン問題も、陳時中のイメージダウンに追い打ちをかけた。

陳時中の選挙事務所(筆者撮影)

 また、前新竹市長で当初桃園市長選に候補として出る予定だった林智堅の論文剽窃・学術腐敗問題のスキャンダルも、最後までダメージを引きずった。新竹市長の座が民衆党女性候補の高安虹に奪われただけでなく、桃園市長選挙も国民党候補の張善政が当選したのは、このスキャンダルの影響も大きい。

行き過ぎた「抗中保台」と支持者の反発

 さらに、民進党があまりにも「抗中保台」を訴え過ぎたことが、有権者をうんざりさせたという。蔡英文は選挙運動で、「県市長選挙で民進党候補に入れることは、蔡英文に投票することだ」「選挙結果によって、世界に台湾が変わらないことを示そう(抗中保台)」といった発言を繰り返した。だが、台湾社会は、若者の失業問題や急速なインフレ、不動産高騰、厳しい防疫政策による飲食・小売店の倒産ラッシュなど、足元では深刻な経済問題に直面している。そうした庶民の切実な問題に効果的な政策を打ち出すことができ、国政に関係ない地方選挙にまで「抗中保台」を打ち出して支持を得ようとするやり方は、むしろ反感を呼んだようだ。

台北市内では物乞いも増えていた。足元の経済は厳しい(筆者撮影)

 2020年の総統選で蔡英文に投票したという有権者たちに「抗中保台」について意見を聴取した時、そのうちの一人が「昔の国民党が『大陸反攻』と叫んでいたのを思い出した。まったく現実味がない。実際に習近平が台湾を奪いに来たら、それに抗う実力なんて台湾にはない」と言い捨てた。彼らの多くは今回の投票に行かなかった。「足元の問題を見ずに威勢の良いことばかりを言う民進党には投票したくない」というのがその理由だという。結果的に、今回の六大直轄都市選挙の投票率は59.86%と、前回2018年の66.1%を大きく下回った。

投票者がまばらな台北市内の投票所(筆者撮影)

2024年総統選のシナリオ

 こうした選挙結果は、2024年1月に行われる総統選にどのような影響があるのだろう。
総統選挙の民進党候補は、頼清徳の可能性がこれで大きくなった。地方選で大敗北した教訓を生かし、派閥を超えた党内団結に向けて慎重に総統・立法院の候補選びと選挙戦略を練り直す契機となったという意味で、今回の結果は、慢心しかけていた蔡英文政権に喝を入れることができたと言える。頼清徳は台湾の国家観が比較的明確で、台南市長時代には「台湾が独立国家である」と発言し、物議をかもしたこともあるが、民進党本来の主張やカラーを明確に示す候補となるだろう。

新北市長、侯友宜の圧勝を伝える画面(筆者撮影)

 対する国民党候補としては、国民党主席の朱立倫か、新北市長の侯友宜が有望だ。柯文哲もまだ総統選出馬をあきらめてはいないようだ。
九合一選挙後にネット上で行われた民意調査「ETtoday民調雲」の結果によれば、もし2024年の総統候補が「国民党・朱立倫」、「民衆党・柯文哲」、「民進党・頼成徳」の三つ巴戦となった場合、支持率はそれぞれ12.1%、36.1%、34.7%で、国民党が不利になるだろうと見られる。だが、国民党候補として侯友宜が出た場合、侯友宜35.4%、頼清徳29.4%、柯文哲23.2%となり、国民党が有利な形となるだろう。侯友宜は、現場の警官のたたき上げで、警察署長、警察大学校長を経て、当時、新北市長だった朱立倫に請われて新北市副市長に就任した後、2018年から新北市長を務めている。台湾で警察のイメージは決してよくないが、侯友宜は比較的フェアなイメージをもっており、党派を超えて市民に支持されて今回の新北市選挙でも圧勝した。ただ、これまで内政一筋だったため、対米対中外交の手腕が求められる総統としての手腕には疑問が残る。

蒋万安の選挙事務所(筆者撮影)

 台北を国民党に取り戻した功労者である蒋万安は、台北市で行政手腕を発揮できれば、早ければ6年後の2028年の総統選に出馬するかもしれない。蒋万安が総統になれば、蒋介石の曾孫・蒋万安と毛沢東チルドレンの習近平による歴史的な国共平和協議の実現という、いかにも世界メディアが興奮しそうな政治ショーのお膳立てができる。これは中国にとって、武力統一という危険な賭けをするよりも成功率が高い「平和統一」の実現に向けたシナリオということになろう。

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