熱戦が予想される台湾統一地方選が開幕
2年後の総統選を占う「蔡英文政権の成績表」
- 2022/9/2
「チェンシーチョン ドンスワン!ドンスワン(陳時中、当選!当選!)」。声援が台北の真夏の青空に響いていた。台湾の統一地方選に相当する「九合一」選挙の候補者登録の受け付けが8月29日から開始され、たまたま取材の都合で台北に滞在中だった筆者が31日に台北市の選挙委員会に様子を見に行ってみると、ちょうど民進党候補で、元衛生福利部長(厚生大臣)の陳時中氏が大勢の支援者とメディアを引き連れて登録にやってきたところだった。投開票日は11月26日。まだ3カ月近くあるというのに、台湾の熱い選挙シーズンは、すでに始まっていた。
22都市の首長と地方議員を選出
台湾では、大きな選挙がほぼ2年ごとに行われる。一つは、台湾の元首、いわば大統領に相当する総統を選ぶ総統選と、国会議員に相当する立法委員を選出する立法委員選などを同時に行う国政選挙。そしてもう一つが、直轄都市6都市(台北、高雄、新北、台中、台南、桃園)と16県市の計22都市の首長と地方議員らを選出する「九合一」と呼ばれる地方統一選挙だ。今年11月に行われるのは九合一選挙だが、この結果が2024年の総統選の行方を左右すると言われている。米国で言うところの中間選挙に相当し、蔡英文政権の執政の成績表とも言える。
国際社会の注目度から言えば、もちろん総統選挙が台湾最大の政治イベントなのだが、きたる11月26日の投票日には、午前8時から午後4時までの間に、およそ1930万人の有権者が直接出向いて投票し、地方の市長県長市議県議ら地方公職者およそ1万1023人を一斉に選出するため、規模の面からも総統選を上回る熱気だ。有権者にとっては、自分たちの生活に直接関わる地元の首長を選ぶという意味でも、関心は高い。この投開票作業に動員される選挙工作人の数はおよそ30万人に上る。
後継者選びにつまずいた桃園市長選
この選挙の注目点は、前出の直轄6都市の色分け、つまり、これらの都市の票を緑の民進党(与党側)が取るか、藍の国民党(野党側)が取るか、それとも既存の政党を嫌う白(無所属)が取るかによって、2年後の総統選の風向きが変わってくる点だ。なかでも熱戦が繰り広げられるのは台北市の市長選挙と桃園市の市長選挙であり、この二都市で民進党候補が当選すれば、総統選でも民進党が実質的に勝利するだろうと言われている。
というのも、もともと北部では国民党の勢力が強かったにも関わらず、桃園県が直轄市に格上げされた直後の2014年に実施された九合一選挙では民進党の鄭文燦氏が選出され、4年後の2018年の選挙も勝ち抜いたためだ。
この鄭市長は、1990年3月に高まった野百合学生運動と呼ばれる民主化運動の決策チームを呼びかけた人物だ。同氏は実務能力が非常に高く、桃園市長の執政期間中は、モノレール建設や市民の住宅問題などの解決に尽力。2020年の行政批評ランキングの経済部門では満足度ナンバー1に輝き、「民進党の運動家あがりの政治家は実務能力が低い」というイメージを完全に払しょくした。市長を二期務めあげた後に引退する鄭氏の名声と成功を同じ民進党の後継者候補者が受け継ぐことができれば、桃園市はもはや民進党の地盤だと言っていいだろう。これはすなわち、総統選でも桃園市の有権者が民進党を支持するということだ。
もっとも、鄭文燦氏が当初、自身の後継者に据えようとした前新竹市長の林智堅氏は、桃園市長選に出馬するために新竹市長を辞任した途端、過去の台湾大学と中華大学の修士論文剽窃スキャンダルが暴露され、学位を抹消される騒ぎとなり、立候補を辞退。代わりに後継者候補になったのが、現立法委員で民進党団幹事長の鄭運鵬氏だ。同氏は、有名なSF作家である鄭運鴻氏の弟で、日本のガンダム好きであることでも知られる。彼自身、桃園選挙区で二度にわたり立法委員選を勝ち抜いてきた有望株だが、林氏の騒動で後継者選びがつまずいた影響がどれぐらいあるか懸念されている。
対抗馬の張善政氏は68歳で、2008年から2001年まで総統を務めた。台北市長を務めた馬英九時代には行政院長(首相に相当)を務めた人物だ。2018年から2020年まで高尾市長の座にあった韓国瑜氏の下で経済顧問を務めた縁で、同氏が総統選に出馬した時には、副総統候補として名を連ねたベテラン政治家だが、「蔡英文総統は子どもを生んだことがないため親の気持ちが分からない」といった未婚女性に対する蔑視と受け取られる発言をしたりして物議をかもした。また、最近も、大手パソコンメーカーのエイサーの副社長時代に事業報告書を剽窃したことが暴露されるスキャンダルも発生している。
台北市長選は三つ巴の戦い
最大の注目選挙は、もちろん首都の台北市長選挙だ。これは、緑、藍、白の見事な三つ巴戦となっている。現市長は、無所属・白の柯文哲氏だ。二期務めあげ、後継候補として女性副市長の黄珊珊氏を指名した。
対する民進党が候補に立てたのが、蔡英文政権で新型コロナ感染対策の陣頭指揮を執った元衛生福利部長の陳時中氏だ。台湾では、蔡英文政権の支持率が高まった背景にコロナ対策の成功があると言われているが、同氏はその政策を支えた筆頭功労者だ。元歯科医の専門職で、行政経験はないまま閣僚になったものの、蔡英文政権が打ち出すコロナ対策について、責任感をもって遂行し、特に、連日の記者会見では記者から質問が出なくなるまで丁寧に説明する姿勢が誠実な人柄を反映していると、有権者からの好感度と信頼も高い。
一方、国民党候補は、蒋介石の曾孫で、蒋経国の孫にあたる元弁護士で、国民党の若き“イケメン・プリンス”、蒋万安氏だ。
台湾初のケーブルテレビ局であるTVBSの民意調査センターが8月29日に発表した最新の世論調査によれば、蒋万安氏の支持率は36%、黄珊珊氏が26%、陳時中氏が23%、そして14%が検討中だと答えた。市民が選ぶのは、現職の市長が推す女性候補か、実績が明快な元閣僚か、はたまたイケメン・プリンスか。
台北市はもともと国民党勢力の強い地域である。もし陳時中氏が当選すれば、後に3代目の総統に就任した陳水扁氏が1994年に台北市長選で当選して以来の民進党台北市長の当選となり、歴史的事件だと言える。
ちなみに、無所属の柯文哲氏が2014年の台北市長選で当選したのは、同年の学生運動「ひまわり運動」の影響で国民党にとっては強烈な逆風が吹いた上、民進党が候補者を擁立せずに同氏の応援に回ったためだった。さらに、2018年に二期目に当選したのは、今度は蔡英文政権に逆風が吹き、民進党の票が無所属に流れたためだった。大都会の台北市の人々は、既存政党のイデオロギーにこだわらない有能な人物を選ぼうとする傾向があるため、今回の選挙でも最終的には陳時中氏に風が吹くのではないか、と見られている。
台湾では、棄票といって「投票してもどうせ負けるなら、勝敗に影響する形で投票したい」と考えて行動する人が多い。たとえば民進党支持者であっても、民進党候補が勝てないと見ると、「せめて国民党の候補ではない人物に投票しよう」と考えるわけだ。それこそが、2018年の選挙で柯文哲氏が勝利した理由だ。
今回の台北市長選でも、こうした行動が出るかどうかは、勝敗の行方に大きな影響を与える。仮に選挙戦の途中で蒋万安氏が失速すれば、国民党支持票は民進党に流れることはあり得ないために黄珊珊氏に流れるだろうし、逆に黄珊珊氏が失速すれば、無所属票は国民党と民進党に分かれて流れるだろう。また、陳時中氏が失速した場合は、黄珊珊氏に流れるということになる。とはいえ、今回はいずれの候補も有力だと見られており、最後まで三つ巴戦が続くかもしれない。
もし、今回、黄珊珊氏が圧倒的な勝利を収めたら、現市長の柯文哲氏が2024年に総統候補として民進党候補の前に立ちはだかる可能性も出てくる。そして国民党のプリンスが敗北すれば、国民党の与党奪還はますます遠のくだろうと見られる。