台湾高速鉄道の車両調達や人材育成で深化する日台関係
民間レベルで進む交流と安全保障の取り組み

  • 2024/1/29

 台湾で2024年1月13日に総統選挙が行われ、親米派である蔡英文路線の継承を掲げる頼清徳氏(民進党)が勝利を収めた。中国との関係がますます緊張することは必至で、台湾は中国との対抗上、安全保障や経済の分野で日本との交流を一層深める必要がある。

 社会インフラ面における日本との交流の代表例として、高速鉄道が挙げられる。台湾の高速鉄道を運行する台湾高速鉄路(高鉄)は2023年11月21日、JR東海と人材育成・技術力強化を目的とした協力覚書を締結した。高速鉄道の車両に採用されているのが日本の新幹線700系をベースに開発された700Tであることを踏まえれば、台湾がJR東海との結び付きを強固にしようとするのは当然だという考え方もあり得るが、背後の事情はもう少し複雑だ。

台湾を走る高速鉄道700T(2015年1月13日、筆者撮影)

導入は世界の技術の「ベストミックス」

 まず、台湾に高速鉄道が導入された経緯から振り返ってみよう。

 日本では、台湾の高速鉄道は新幹線の海外展開事例であると認識されている。この見方はあながち間違っていないが、100%日本式というわけでもない。もともと日本勢と独仏連合が入札で競合し、1997年に一度は独仏連合が受注を獲得した。しかし、1998年にドイツで高速鉄道の脱線事故が発生したことで情勢が変わった。事故の原因は新しく開発した車輪が金属疲労を起こして割損したことによるものだった。新技術を十分な時間をかけて検証しないまま採用したことや、金属疲労を見逃した検査体制などに台湾側が疑問を持ち、独仏連合の受注は白紙に戻った。翌1999年には台湾で大きな地震が発生し、2000人を超える人命が失われた。そのため、地震をほとんど経験したことがない独仏の高速鉄道システムよりも、地震の多い国土で安全運行を続けている日本の新幹線への評価が高まった。この年、日本が逆転受注を果たし、2007年に開業した。

 とはいえ、土木構造物などのインフラ部分はすでに独仏連合の仕様で工事が発注されていたため、日本の受注は、車両や電気、信号システムなどにとどまった。そのため、日本式と欧州式が混在しており、完全な新幹線システムとは言えないのだ。当時、台湾の高速鉄道の導入に関わったある日本人技術者は、「台湾の高速鉄道と日本の新幹線を比べると、同じ部分は7割程度だ。逆に言えば、3割の部分は新幹線とは違う」と話していた。

 台湾側は、この状態を「世界の鉄道技術の良いところを集めた“ベストミックス”である」と称していた。もっとも、新幹線とは土木構造物、電気設備、運行管理などが一体となった「システム」である。「いいとこどり」したそれぞれのパーツがベストだとしても、システムとしてベストなのかどうかは、時間をかけて検証するしかない。

 開業から年月を経るにつれ、台湾側は日本のやり方を重視するようになった。2014年には、台北―南港間の延伸工事や電気設備などの更新工事が行われ、台湾側はJR東海に技術コンサルティングを依頼。そして今回、冒頭の人材育成に関する覚書の調印に発展した。

延伸に伴う新型車両の調達と紆余曲折

 協力覚書の締結から遡ること8カ月前の2023年3月15日、高鉄は今後導入する予定の新型車両について、日立製作所と東芝の連合体に発注することを決めたと発表した。新型車両は、12両で1編成の列車が12編成、計144両製造され、高鉄の調達価格は、約1240億円。JR東海のN700Sをベースに開発され、2026年から順次導入する。JR東海は、「車両のスムーズな導入に向けた支援を行う」としており、新幹線の総合指令所をはじめ、駅や運輸所、車両工場などにおける人材交流を行う。

 しかし、新型車両を受注することは、日本にとって決して約束されていたわけではなかった。これもまた、導入までにかなりの紆余曲折があったのだ。

700Tは日本の新幹線700系をベースに開発された(2015年1月13日筆者撮影)

 高鉄が各国の主要メーカーに新型車両を受注する意向があるか打診を開始したのは、2017年6月のことだった。高速鉄道を延伸することとなり、車両数を増やす必要があったためだ。また、この時点で開業から10年が経っており、車両の寿命を考えれば、いずれ新しい車両に置き換える必要があった。

 もともとは、700Tを製造した川崎重工業が追加製造するオプションを持っていた。しかし、製造に必要な部品が確保できないことが判明し、700Tの追加製造は不可能になった。そこで高鉄は、国際入札で新型車両を導入する方針に切り替えたというわけだ。

 新型車両についてもそのまま日本勢に発注すればよさそうなものだが、高鉄にはそれができない理由があった。当時、高鉄は新幹線の開業の遅れに加え、運賃収入が当初計画を下回ったことから累積赤字が膨らみ、経営破綻の危機に陥っていた。経営再建を図ろうと、2015年に政府の出資を受け入れたことで国の関与が強まったため、民間企業であれば可能な随意契約が難しくなり、透明性の高い国際入札により車両を調達することが求められたのだ。

車両の価格差は1.7倍以上

 入札は、2019年2月と、翌2020年8月に実施されたが、不調に終わった。メーカーが提示した価格と市場価格の差が大きく開いていたためだ。メーカー名は公式には発表されていないが、現地メディアの報道によれば「日立・東芝の連合体」で、提示価格は700Tより3倍高かったという。

 そこで高鉄は戦略の見直しを行い、2022年3月に3回目の入札を実施。海外メーカーを含む複数の企業が入札した。審査の結果、日立・東芝連合に優先交渉権が与えられ、成約に至った。2017年に新型車両の導入が決定されてから、実に6年もの年月が経っていた。もしも国の関与がもっと少なければ、高鉄は入札を経ることなく日本勢に発注できたはずだ。また、もし高鉄が国営企業であれば、入札は不可欠だった反面、開示される予算書などから予定価格の見当を付けることが可能だったはずだ。つまり、入札にこれほど時間がかかった理由は、高鉄の置かれた立場ゆえにほかならない。

 調達価格から逆算すると、1編成当たりの価格は103億円となる。一方で、JR東海はN700Sの価格を公表していないものの、2020~2022年度に導入した40編成については、補修費用などを含めた工事費が2400億円であったと発表しており、1編成当たり60億円と推測される。つまり、高鉄向けの新型車両の価格は、N700Sの1.7倍ということになる。また、高鉄の新型車両は12両で1編成、JR東海のN700Sは16両で1編成であることを考えると、1両当たりの価格差はさらに広がる。

議論を重ねて深まる相互理解

 では、なぜ、これほどの価格差があるのか。その理由として、日本国内における鉄道会社とメーカーの独特な関係が挙げられる。旧国鉄では、国鉄が車両の仕様を決めたり、車両に使われる部品の選定・調達を行ったりし、メーカーは車両の製造に専念するという慣行があった。JRが発足した後もその慣行は引き継がれており、例えば東海道新幹線では、JR東海がプロジェクトマネジメントや品質管理、性能確認などの業務を行っている。こうした費用は、JR東海が購入する車両価格には含まれない。

 また、日立・東芝連合が製造するといっても、N700Sをそのまま造るわけではなく、台湾の法律や基準に合致するように設計し直している。部品なども日本製ではなく台湾製を採用するように求められれば、そのための仕様変更や性能確認試験も必要になるため、当然、コストはその分、膨らむ。「仕様変更が多ければ、新しい車両を開発するのと同じぐらい費用がかかる」と話す関係者もいる。

 製造する車両数も、価格に関係する。大量に購入すればスケールメリットが働き、価格は割安となる。また、車両数が多ければ、開発にかかる初期費用は分散することができる。40編成が製造されたN700Sや34編成が製造された700Tと比べると、今回の新型車両は12編成しか製造されないという点も、価格に影響したはずだ。

                  *

 時間はかかったものの、結局、台湾と日本は車両価格で合意点を見出した。議論を重ねたことで、お互いの理解もより深まったはずだ。そして、今後、JR東海と高鉄の間で人材交流が活発に行われるようになれば、両者の結び付きは、より強固なものとなる。民間レベルでできる安全保障の取り組みとは、おそらくこういうことなのだろう。

 

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