いきいきと育まれるタイの高齢者ケア現場を訪れて
コミュニティに根差した介護の仕組みに学ぶ
- 2022/6/29
近年、世界で一番の超高齢社会を迎えている日本を筆頭に、アジア諸国で高齢化が進んでいる。中でもタイの高齢化のスピードは速く、社会保障制度の整備が追いついていない。そんななか行われているのが、地域に根付いたコミュニティベースの高齢者ケアだ。筆者は今年3月、大学の春休みを利用し、学びあいを通じた日タイ相互の発展を後押しする団体「野毛坂グローカル」のスタッフとして約20日間、現地に滞在し、首都バンコク近郊や南部、東部を回った。質の高い生活を送るタイの高齢者の姿から感じたコミュニティケアの可能性と日本への示唆について、綴りたい。
不十分な制度をもとに活躍するアクターたち
筆者の両親は、日本の高齢者施設で看護師として働いている。その影響から「高齢化」という社会現象が自分にとっての身近だったこと、また、大学の授業や課外活動で国際協力やコミュニティ開発、福祉などについて学んできたことから、近年、急速に高齢化が進んでいると言われるタイに行ってみたいとかねてから強く思っていた。
今回、実際にタイの高齢者ケア現場を訪問して、タイの高齢者たちがとても「いきいきしている」ことが印象的だった。なぜそう感じたのか考えてみると、どうやらタイの高齢者ケアが「地域に根差している」ことが大きいように思う。
タイでは、保健や医療の発展にともない平均寿命が延びている一方、少子化も進んでおり、全人口に占める65歳以上人口の割合が2021年に13.5%に達するなど、日本を上回る速度で高齢化が進んでいる。
そんなタイでは、もともと家族や親族間でのケアが一般的だった。最近でこそ、政府機関によって有償・無償ボランティアが組織化され、半分公的支援、半分住民によるケアが積極的に行われているが、年金制度や介護保険制度などの社会補償制度は、いまだ十分に機能しているとは言えない。今も政府には「高齢者のケアは一義的には本人や家族、コミュニティの責任だ」という暗黙の方針があり、かなりの部分がコミュニティケアにゆだねられているのが現状だ。当然のことながら、支えるアクターたちも多岐にわたる。ここに、日本とタイの違いがあると言えよう。
暮らしの中の「あったらいいな」を創り出す
両国の違いをさらに考えてみた。
日本では、各事業者がそれぞれ工夫して介護サービスを実施しているが、公的な介護保険制度によって、さまざまな基準が細かく定められている。もちろん、高齢者の人権を守り、最低限の質を担保することは必要だが、どうしても一律のサービスとなりがちなところがある。そのため、基準に従って要件を満たしたサービスを提供することに重きが置かれ、地域性に柔軟に対応した新たな発想や挑戦が生まれにくい雰囲気もある。
一方、タイでは、自治体やコミュニティが主体となって、ほとんどゼロベースから高齢者ケアに係る事項を決定し実施していくという特色がある。実際、バンコクの北約40kmにあるブンイトー市では、住宅地だという地域特性や、住民のニーズを反映して市立病院やデイケアセンターの設立や運営が行われていた。
加えて、高齢者ケアに関わる人の積極性や意欲も大きい。私は今回、高齢者ケアに積極的な自治体を選んで訪問したため、タイの全ての自治体の意欲が高いと言い切ることはできないが、市役所の中で仕組みづくりに携わる人や、現場で働く医師・看護師・理学療法士、ボランティア、そしてケアを受ける高齢者が、皆、現場の仕事や活動を楽しんでおり、積極的に意見を出し合ってより良くしていこうという意欲があるのを感じた。
その例として、タイ滞在中に開催した「認知症カフェ」に関するオンライン研修を紹介したい。認知症当事者やその家族が集い、相談しあえるインフォーマルなサロンとして日本で知られているこの仕組みをタイ側に紹介することが目的だったが、受講者たちからは質問が相次いで寄せられ、トントン拍子に開催が決定。当日は、高齢者の方々が色鮮やかな衣装を着て、みんなで「ラインダンス」を踊ったり、手編みで小物づくりに挑戦したりと、地域の中でコミュニケーションを取りながら、楽しそうに参加していた。
また、「支える」・「支えられる」介護だけではなく、「高齢者同士」という関係性のなかで、いきいきと活動する事例も見られた。たとえば、タップマー市に暮らす高齢のチャナロンさんは、数年前に自宅で蜂蜜を作り始めた。同じくプラパイさんも自宅で無農薬野菜を作り、地域の人たちに喜んでもらっている。いずれも近隣の高齢者たちと協働して一緒に手作りを楽しんでいる事例であり、出来上がった蜂蜜や野菜のおすそわけもしている。「高齢者は自分の趣味だけでなく、何か社会に役立つことをしたいのです。近所の人たちと一緒に取り組むことで楽しみが増すのです」と、チャナロンさんは話す。
このように、タイでは、統一的な基準に従うというより、各地域の状況や特徴が色濃く反映されたコミュニティ規模の高齢者ケアの仕組みづくりが積極的に進められており、地域に必要なものや、暮らしの中で「あったらいいな」と感じるものを創り出しつつ、ケアに携わるさまざまな人々が地域の中で意欲的に活動・交流しているという点で、「いきいきした」高齢者ケアが形成されているように感じた。
もっとも、この背景には、日本に比べてタイの平均寿命がまだ若く、一人で動ける元気な高齢者が9割以上を占め、寝たきりの高齢者がほとんどいないという事情もある。今後、さらに高齢化が進み、平均寿命が延びるにつれて、ボランティアも入れたコミュニティベースの取り組みだけではケアしきれなくなり、日本のような公的支援制度の拡充が必要になるかもしれない。また、コミュニティベースに任せ過ぎると、自治体の温度差により格差が生まれるかもしれない。だからこそ、今後、より多くの地域にコミュニティ主体の高齢者ケアが普及し、自治体同士の連携の基盤が作られた上で、公的な支援ともかけ合わせつつ、さらなる高齢化社会に向き合っていくことが求められているように思う。
多様な機関が交差するネットワークのなかで
また、タイの高齢化対策は、ケアの現場だけで完結するのではなく、自治体や中央省庁、民間企業、大学、非営利組織など、多様な機関との連携が重要であることも分かった。それぞれの機関によって規模や影響力の大きさはまちまちであるため、連携の方法も、中央省庁からの指示や専門家からの助言など、上下関係に基づいて行われる場合もあれば、民間企業と自治体の協働や自治体を超えた市民同士の交流のように、フラットな関係で行われる場合もある。
さらに、複数機関にまたがる連携も目にした。例えば、前出の「認知症カフェ」に関するオンライン研修の際、タイ側は、日本から参加していた社会福祉系の大学教員の助言や議論を参考にしながら認知症カフェの詳細を詰め、実施の決定を下していた。さらに、高齢化対策に積極的に取り組むタップマー市の職員・医療従事者・市民ボランティアが、国内で特に先進的な対策を進めているブイントー市を訪れ、意見交換をしたり、施設を見学したり、高齢者と交流したり、昼食を共にしたりしながら互いの取り組みや経験を尊重しながら共有している様子も興味深かった。
このように、タイ国内の複数の自治体や大学、さらに日本の自治体やNGO、大学など、さまざまな規模やレベルの組織がネットワークの中で交差し、国や地域を超えてつながり、連携することによって、新たなイノベーションを起こし得る、創造性に富んだ環境が作られていると思う。