ウクライナ戦争で人民元が存在感を拡大か?
ロシアとの取引停止で変貌する世界の金融支配地図

  • 2022/3/3

 この原稿を書いている最中も、ウクライナ情勢が動いており、停戦交渉がうまくいくのかどうか、世界が固唾をのんで見守っている。その結果いかんによっては、国際社会の枠組みや秩序、ルール、機軸が大きく変わるかもしれない。一つの可能性として、ドル基軸や、国際金融のシステム自体が大きく変わることすらあり得る。

北京五輪にあわせて北京で会談を行ったロシアのプーチン大統領(左)と中国の習近平国家主席(2022年2月4日撮影)(c) AFP/アフロ

 

欧米の経済制裁を緩和する中国

 米英欧、イタリア、ドイツ、フランス、カナダは2月26日、ロシアをSWIFT(国際銀行間通信協会)から排除することに合意したと連名で発表した。これにより、ロシアの「一部金融機関、銀行」に対し、SWIFTメンバーに提供している「銀行間の国際金融取引に係る事務処理の機械化、合理化および自動処理化を推進するため、参加銀行間の国際金融取引に関するメッセージをコンピュータと通信回線を利用して伝送するネットワークシステム」を利用させないことが明らかにされた。具体的にどの金融機関や銀行が対象となるかは、まだ公表されていない。

 これは、排除されたロシア金融機関が、事実上、あらゆる取引においてドル決済できないことを意味する。この結果、ルーブルは暴落し、財政は逼迫し、戦費が枯渇するという見込みだ。ロシアの経済制裁に本心では賛同していない国とて、SWIFTを使用している以上、ロシアとの取引ができなくなる。中国の大手国有銀行が、ロシアの原油など国際商品関連の融資を停止したのもそのためだ。世界中の金融機関を暴力的に巻き込む金融戦争の「核兵器」と呼ばれる制裁であり、これが実施されれば、確かに戦争は終わらざるを得ないだろう。

 どのくらいの打撃をロシア経済に与えるかは、複数の推論がある。2014年にロシアがクリミアを併合した時にSWIFTから排除されるという話が出た際は、ロシア財務相(当時)の推計で、ロシアのGDPが年5%程度圧縮されると言われていた。ちなみに、2021年のロシアのGDP成長率は、速報値で4,7%とされている。この数字を大きいと見るか、小さいと見るか。

ロシアのウクライナ侵攻への抗議運動が各国に広がっている (c) Katie Godowski / Pexels

 2014年当時と比べると、今はロシアにとってかなり有利な状況がある。一つは、ロシアはクリミアを併合して以来、SWIFTから排除されることに備えて独自の銀行間送金システムSPFSを立ち上げ、国営クレジットカード・ミールの使用が推進されてきた。これは、VISAをはじめ、外国のクレジットカードを排除することが狙いだった。ロシア側も、SWIFTから排除されることを含め、相当の経済制裁を受ける準備はしているということだ。

 さらにロシアにとって救世主となると思われているのが、2015年に中国が開始したCIPS(クロスボーダーインターバンクペイメントシステム)、すなわち人民元決裁網だ。実際、ロシアが今回、欧米から受ける経済制裁の痛手をかなりの程度、緩和する役割を担っているのは、中国であろう。

タブーも上限もない中ロの協力

 北京冬季五輪の開会式にあわせて中国を訪問したロシアのプーチン大統領は2月4日、習近平国家主席と会談して15に及ぶ協力協議に調印。その後、共同声明を発表し、「中ロの協力にタブーも上限もない」と発表した。

 15の協力協議の中の目玉は、エネルギー協力に関する二つの協議だった。一つは、中国がロシアからカザフスタン経由で10年間に1億トンの原油を輸入するというもの。そしてもう一つが、中ロ間で天然ガスの長期的供給協力を結び、中国に毎年480億立方㍍の天然ガスを供給するというものだ。二つのエネルギー協力の総額は1175億ドルに上り、全額がユーロで決済されるとロシア側は発表している。協議内容の詳細が公表されていないが、ロシア側にとってかなり有利な条件での契約になっているようで、中国国内の経済官僚がロシアに対する習近平氏の肩入れぶりにかなりの不満を持っているとも聞いている。

 また2月23日、ロシアがウクライナ侵攻を踏み切る直前に、中国はロシア産小麦の輸入再開を決めた。中国は病害虫を理由にロシア産小麦の輸入を停止していたが、それが全面的に解禁されたのだ。つまり、ロシアの原油、天然ガス、小麦を中国が大量に購入することが約束されており、その決裁にはCIPSが利用できるため、ロシアの窮状は予想以上に緩和される、はずなのだ。ロシアと中国の貿易は、2020年の段階で、すでに17.5%が人民元決裁で行われていた。ウクライナ戦争前後から、ロシアのほとんどの金融機関がすでにCIPSに加盟していたため、CIPSに加盟している外国との銀行との決済は可能だ。

 「中国の支援があれば、ロシアは経済制裁に耐え得る」という計算があったからこそ、プーチンはウクライナ戦争に踏み切った、とも言えるかもしれない。

中華民族の偉大なる復興

 ロシアへの肩入れは、習近平氏のプーチンに対する個人的な思い入れが大きな動機だと言われている。党内筋からは、「プーチンに対する習近平の愛情は異常だ」という声も聞こえてくる。党内では、ロシア支持の立場に踏み込みすぎた2月4日の共同声明や、ロシアに有利すぎる協力協議調印に対して不満を持つ官僚が多く、最高指導部内でも、ロシアに対する支持度合に対して意見が分かれて大いにもめている、という情報も漏れ出ている。

 ロシアが2月24日、北京冬季五輪が終了して間もなくウクライナ侵攻に踏み切ることは、習近平氏自身は予想していなかったようだ。実際、官僚も民間人も、ウクライナ国内に滞在していた中国人に避難勧告は出されていない。おそらくプーチンは「ウクライナに侵攻しない」と習近平氏に語り、氏はそれを信じたものと見られる。だからこそ、ロシアのウクライナ侵攻が始まった時、習近平氏は党内で大いにメンツをつぶされたと言える。

っ国際金融システムが揺れている (c) Pixabay

 とはいえ、米欧が予想以上に早くロシアのSWIFT排除を宣言したことによって、中国は思わぬ漁夫の利を得たとも言える。

 BBCの報道を参考にすると、1973年に創立されたSWIFTは現在、200国を超える国家の1万1000以上の金融機関が加盟しており、一日に4000万件、1兆ドル単位の金と情報を処理している。そのうち、ロシアが関わるものは全体の1%程度だという。一方、上海証券報によれば、2015年にスタートしたCIPSには、2021年10月の段階で、103か国・地域の1243金融機関・銀行が参加。実際の業務においては、178カ国で3600法人が利用しているという。取引金額は2021年1月~10月期に268万件、64兆元(10兆ドル)というから、取引規模や額で言えばSWIFTと比べるべくもないが、成長率で言えば、CIPSは取引総額で前年比83%増と、躍進中だ。

世界における人民元の存在感が増している(c) cottonbro / Pexels

 このCIPSは、言うまでもなく中国のドル基軸体制に対する挑戦を見据えて創設された。中国の習近平政権の野望は、国際社会で新たな枠組みを再構築する際に中国が主導的な役割を果たすことであり、中国が主導する「人類運命共同体」を構築することにほかならない。そのために、今世紀中葉までに、経済的にも、軍事的にも、米国に匹敵する社会主義現代強国になることを目指している。それを「中華民族の偉大なる復興」と位置付け、「中国の夢」と呼び、その道筋として、中華秩序による経済一体化構想「一帯一路」を打ち出しているのだ。一帯一路圏で人民元決済を増やすことでドル基軸に変わる人民元基軸を打ち立て、米ドルの一極体制、そして米国の一国体制に挑戦しようという考えだ。金融を制するものが世界を制する。今の米国の経済制裁手法を見れば、誰でも自国通貨を機軸通貨にすることの圧倒的強さが分かるだろう。

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