デジタル決済が変えるケニアのインフォーマルビジネス
モバイルマネーの導入でコロナ禍の危機をしなやかに乗り越える人々

  • 2023/4/4

 新型コロナウィルスによって人々の生活は一変した。世界中で行動制限が課され、経済活動ではリモートワークの普及や物流網の再構築が進んだ。対面の営業活動が忌避され、経済活動自体の縮小も見られたが、それを逆手に取ったビジネスも誕生している。金融業では、非接触による感染防止という特徴を前面に売り出したモバイルマネーなどのデジタル決済が急拡大している。国際通貨基金(IMF)が2022年に発表した「金融アクセス調査」(The Financial Access Survey 2022)によれば、アジアやアフリカでモバイルマネーの現金化や預金を扱うエージェントは、2019年に10万人あたり450店だったのが、2022年には880店へと倍増した。現金払いが主流だった市場での売買や日雇い労働でデジタル決済が進んだことは、コロナ禍による新たな現象だと言える。

官民挙げてキャンペーンを展開

 生活に根付き、サービスの拡充が進むモバイルマネー。特に、低中所得国を中心に普及が進んでいるが、中でも特徴的なのがケニアだ。ケニアはもともとコロナ禍以前から世界第二のモバイルマネー大国だったが、現在はさらに普及が進み、ケニア通信庁による報告によれば、21年9月には71.0%だったモバイルマネー普及率は、22年9月には75.7%と、一年間で4.7%も上昇している。政府が感染防止のためにモバイルマネーを推奨し、銀行などの金融機関が手数料を無料にするといったキャンペーンを展開したことがその背景にあるが、人々が生活の中でモバイルマネーやデジタル決済の利点を再認識したことも大きい。

 特に注目されるのが、中小企業や個人事業主が営むインフォーマルビジネスにおけるデジタル化だ。シングルマザーのマーシー・ギショゲさんは、6年にわたり屋台でソーセージやサモサ(肉や野菜で作った餡を小麦粉で揚げたもの)、チャパティ(薄く伸ばした小麦粉を油で焼いたもの)などを売りながら二児を育ててきた。
 「ケニアでコロナ患者が確認された当初、人々は感染を恐れて、屋台で物を買ったり現金を手渡したりすることを避けたため、売り上げも一気に悪化しました。その状況はケニア政府が介入してモバイルマネーの支払いを推奨するようになるまで変わりませんでした」

6年にわたり屋台でビジネスを営むマーシー・ギショゲさん(筆者提供)

 感染拡大が始まった当時は、「現金にウィルスが付着して、コロナに感染する」という噂がケニアで広まっていた。噂の真偽は定かではなかったが、実際、人々は対面接触や現金による売り買いを恐れるようになったため、デジタル決済を導入していなかった露天商のマーシーさんは、大きな影響を受けた。

 「当時はさまざまな困難がありました。たとえば、商品を返品する人も多かったですね。しかし、モバイルマネーを導入して現金の受け渡しがなくなるにつれ、お客さんも安心してくれて売り上げも次第に回復しました」

 露天商の間でデジタル決済がそれまでさほど普及していなかった理由は、割高な手数料が原因だった。しかし、サービス事業各社が積極的に手数料の無料キャンペーンを打ち出したことによって徐々に露天商が導入を始め、その利点が認知されてからは一気に利用者が増えたという。

 「零細ビジネスでもデジタル決済が使えるということを知り、飛びつくように導入を決めました。払い戻しができない仕組みも整ったうえ、貯金もできるようになり、毎日の売り上げも管理できるようになりました。記録を残すことでローンの借入可能額も増えるため、商売がやりやすくなり規模も拡大できました」とマーシーさんは振り返る。

 彼女が利用したのは、ケニア最大のモバイルマネー事業社であるサファリコムが提供している「M-Shwari」というシステムだ。デジタル口座で入出金を管理し、その実績に基づきローン借入額を増やすこともできる仕組みだ。また、銀行と同様に、預入金額に応じて利子も入るため、まだ銀行口座を持っていない人々が多いケニアではお得なサービスだと言える。

 コロナ禍で多くのビジネスが停滞した中、このサービスのおかげでビジネスの拡大に成功したマーシーさんは、「新たに従業員も一人雇うことができ、ケニアの雇用創出に貢献している」と、誇らしげに話した。

当初は手数料を忌避する声も

 ジェラルド・ムワンギさんは、大学を卒業して職探しに奔走したが、上手くいかず、9年間にわたりバイクタクシーを営んでいる。後ろに客を乗せ、二人乗りで目的地まで運ぶバイクタクシーは、ナイロビの都市風景の一部にもなっている。

 「ウーバーやボルトなどのプラットフォーム型の配車アプリがケニアに参入した時、俺はその傘下に入りたくないと思ったんだ。手数料が高すぎて手取りが減ってしまうので、お客と直接やりとりして現金を受け取る方がいいと考えたからね」

デジタル決済の導入を機に自分のお店を持つことができたジェラルド・ムワンギさん(筆者提供)

 ナイロビでは近年、街行く人々のほとんどがスマートフォンを持っており、ウーバーやボルトをインストールしている人も多い。特にタクシーやバイクタクシードライバーにとって、客待ちの時間を短縮して手軽にマッチングが行えるこれらのサービスのメリットは大きく、急速に普及が進んでいる。しかし、中には彼のように手数料を嫌い、かたくなにアプリをインストールしようとしないドライバーも、一定数いる。

 「友達からは、早く使ってみたらどうかって何度も説得されたさ。でも、どうしても気が進まなくてね。気持ちが変わったのは、コロナ禍がきっかけだった。移動が制限されて、稼ぎ時の時間に人々が家から出て来ない中で、唯一、稼働していたサービスが、ウーバーやボルト、そして(アフリカ版のアマゾンと呼ばれる)ジュミアなどのフードデリバリーだった。数少ないバイクタクシー利用客も配車アプリからドライバーを呼ぶようになったのを見て、自分も生き残るためにこうしたサービスを利用せざるを得なくなったというわけさ」

 こうして、やむなくウーバーとボルトを使うことにしたジェラルドさんだったが、利用にあたっては、東アフリカ最大の銀行、エクイティバンクのデジタル決済サービスの導入が必要だった。彼は「これが人生最大の転機だった」と振り返る。これによって、貯金だけなくローンの借り入れが可能になり、パソコン部品の小売業を始めることができたためだ。コロナ禍を機にしぶしぶデジタル決済を導入した一人のタクシードライバーが店舗オーナーになってしまったというのは驚きだが、まさに「死中に活あり」ということわざを体現したストーリーだと言えよう。

ローンの借り入れでしのいだ生活

 ジョイス・ロングゥさんは、ケニアで二番目に大きなマザレ・スラムで3年間、八百屋を営んでいる。二児を育てるシングルマザーで、毎日、どれだけ売り上げがあるかが子どもたちにご飯を食べさせてあげられるかどうかに直結している。そんな彼女がモバイル決済を使い始めたきっかけも、コロナ禍によって客がそう望んだからだった。

 「コロナ禍のために一時は店を閉めようかとも思いました。スラムの住民の多くは、他の地域に行き、洗濯や清掃、工事現場や工場などで日雇い労働をして現金収入を得ることによってなんとか暮らしていたのですが、移動が制限され生計手段を失ったため、誰も野菜を買わなくなったのです」

コロナ禍でも店を守り抜いたジョイスさん。売れ行きは回復したと話す(筆者提供)

 コロナ禍による外出制限や、ソーシャルディスタンスなどの理由から、スラムの住民たちは、日雇いの仕事の機会が激減し、目に見えて収入が減った。コロナ禍の影響が深刻だった2020年5月から2022年6月にかけて世界銀行が行った調査によると、収入が軒並み減少したことに加え、食費を切り詰めたことによる健康状態の悪化も確認されている。ウガリ(トウモロコシを練った主食)の粉すら買えない状況下では、ジョイスさんが扱っているような野菜の購入は、一層、難しい。

 ジョイスさんは、「そんな時、かすかな希望となったのが、フリーザ(編集部注:サファリコム社が提供するデジタル決済およびローンサービス)でした」と、振り返る。「フリーザのおかげで、手元に十分なお金がない厳しい時期にもローンで商品を購入し、子どもたちにご飯を食べさせることができ、生き抜くことができました。フリーザにはとても感謝しています。このようなサービスがない国ではどうなっていたのか、想像するだけで胸が痛みます」

 世界第二位のモバイルマネー大国と言われるケニアでは、日々、さまざまなデジタル決済とローンのサービスが開発されている。安易なローンの利用によって生活が破綻する人もケニア人も少なくないが、彼女のケースはコロナ禍を生き抜く術としてうまく活用できた例だと言えよう。

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