ウクライナ戦争で人民元が存在感を拡大か?
ロシアとの取引停止で変貌する世界の金融支配地図
- 2022/3/3
暗号通貨への期待
とはいえ、人民元自体への国際的な信用度はさほど高くない。各国の外貨備蓄における人民元の比率は、2021年第3四半期時点で2.66%程度に過ぎない。SWIFTデータにおける人民元決済の割合は今年1月時点で3.2%と、世界第4位だという。
これまで、外国の金融機関がCIPSを利用するメリットは、中国の市場参入がスムーズになる以上のものはなかった。しかし今回、米国がいかに躊躇なくロシアをSWIFTから排除するかを目の当たりにしたことで、少なからぬ国が、国際決済をSWIFTに頼る危うさを我がこととして思い知ったうえ、「SWIFTに加えて、決済ネットワークがもう一つあれば、いざというときの抜け道になる」と実感しただろう。さらに、多くの人々が、今後、CIPSの存在感が一層強まると予測している。実際、人民元価格は、3月1日時点で、オンショア、オフショアともに対ドル為替レートで6.31元(約115円)を切り、2018年4月以来の人民元高を記録。こうした強い人民元の背景には、「米国の地縁政治衝突」によって、人民元が資産の避難先となり得る安全通貨と徐々にみなされて始めている、との分析もある。
ちなみに目下の人民元の越境決済は、CIPS+CNAPS(金融機関同士の人民元建て大口決済のための中国資金決済システム)+SWIFTで構成されている。目下のCIPSシステムは、間接利用者を主体としているため、取引量はSWIFTよりずっと小さい。CIPS自体が一定程度、SWIFTに依存しているのだ。そこで、今、中国の政治の中心地である中南海で習近平氏のロシアへの肩入れのし過ぎに不満を持っている官僚たちの一番の懸念は、中国がロシアと一蓮托生の悪の枢軸国とみなされ、セットでSWIFTから排除されることなのだ。中国が今、SWIFTから排除されれば、CIPSの機能にも影響が出る。これを機に、CIPSの脱SWIFTも加速されるだろう。
ここで、第三の抜け道として期待値が上がっているのが、暗号通貨だ。3月1日朝、ビットコインは前日比15%増、そしてイーサリアムは13%増を記録した。ルーブル資産を暗号通貨に避難する動きを見越した値動きだと見られている。中国は、ブロックチェーンを用いた法定暗号通貨「デジタル人民元」の利用拡大を推進中だが、「ウクライナ戦争に伴って発動される対ロシア制裁は、デジタル人民元を国際決済の軌道に乗せるチャンスだ」という見方が、中国の証券会社のアナリストたちから出ている。
今後、デジタル化貿易融資プラットフォームなどの場で金融機関を介することなくデジタル人民元決済が可能になれば、SWIFT依存の脱却は加速できる。今回の対ロシア経済制裁の危機感がこうした方面の研究を加速させることになり、デジタル人民元産業チェーン開発の機運が高まる、というわけだ。
その意味では、米国が中心となって発射した「金融核爆弾」が破壊するのはロシア経済だけではなく、ドル基軸一極体制の既存の国際金融ネットワークシステム自体を揺るがし、その爆風は人民元の国際化、人民元基軸確立という中国の野望にとっての追い風になった、という言い方もできるかもしれない。
筆者はロシアよりも中国の方が日本にとって脅威だと考えているため、ウクライナ戦争で中国が漁夫の利を得るという展開は喜ばしくない。米国にとっても同じではないだろうか。プーチンは本物の核兵器使用をちらつかせているが、本物の核爆弾にしろ、金融核爆弾にしろ、狙ったターゲット以外も破壊し、自らも傷つく禁断の兵器であるからこそ、軽々しく持ち出すべきではなかったと思われる。