貧困解決か脱炭素化か、前途多難な世銀改革  
グローバルサウスのニーズと貸し倒れリスク、対中戦略のかじ取り迫られる次期総裁

  • 2023/5/8

 世界の最貧国、いわゆるグローバルサウス諸国がコロナ禍で打撃を受けた経済の立て直しに苦慮し、貧困を緩和する教育や医療、インフラなどのプロジェクトに低利で貸し付けを行う世界銀行の役割が高まる中、次期総裁に注目が集まっている。任期を1年残して中途退任するデイビッド・マルパス総裁の後任として6月2日に就任する次期総裁は、米決済大手マスターカードの前最高経営責任者(CEO)で、インド出身の帰化米国人、アジェイ・バンガ氏だ。大胆かつ辣腕な経営者として知られ、「時代遅れで融通が利かない」と評される世銀の構造改革を断行してくれるという期待が高まっている。

 他方、バンガ次期総裁は米国が主導する世界規模のエネルギー大転換を実現するために新興国の環境プロジェクトへの融資を大幅に拡大するとも予想されており、最貧国の教育や医療、インフラを支援する従来プロジェクトへの融資が十分に行き渡らなくなることが懸念されている。グローバルサウス諸国への最大の債権者であると同時に、これらの国々を「債務の罠」に陥れていると非難される中国と世銀がどう折り合いをつけるかという問題もある中、世銀は今後、先進国が主導する脱炭素化を推進するのか、当初の使命である貧困国への経済支援に立ち返るべきなのか――。本稿では、世銀を舞台に繰り返される先進国とグローバルサウスの非対称の関係性とせめぎ合いの本質を読み解く。

脱炭素化か、教育・医療・インフラか。世界銀行は何に優先順位をつけるべきか岐路に立たされている。 (c) World Bank Digital Development /twitter

新興国が最貧国向け融資を横取りか

 米ブルームバーグによると、今日、70カ国以上の低所得国が抱える債務額は、合わせて3260億ドル(約44兆5613億円)に上るという。また、低所得国の15%に相当する国々は返済困難に陥り、別の45%は借り過ぎで苦しんでいるとの統計もある。世界銀行は現在、約2300億ドル(約31兆4390億円)の融資を行っているが、これら貧しい国のニーズに効果的に応えるためには、 貸し出しの原資を増やす増資が必要だ。

 ところが、今年4月に世界銀行と国際通貨基金(IMF)が開催した春季総会では、世銀の機能を強化するために融資能力を今後10年間で500億ドル(約6兆8340億円)引き上げる計画が採択されたにも関わらず、日米欧などは増資を行わないことを明らかにした。ジャネット・イエレン米財務長官が「非常に大きな成果」だと評した融資能力の引き上げが、実は原資をどこから調達するか不確実であることが露呈した格好だ。計画では、主に既存資源や民間資本の活用、世銀内部のコスト削減などで捻出するとされているものの、具体性に欠け、不安視されている。これについて、マルパス現総裁は「バンガ次期総裁がより多くの資金を見つけなければならない」と述べている。バンガ氏は就任早々、難題に直面するというわけだ。

世界銀行のバンガ次期総裁は、資金調達や中国との交渉で難問に直面することが予想される (c) HARIVANSH CHATURVEDI / twitter

 翻って、多くの新興国は債券市場で開発資金を調達しており、融資だけでなく政策アドバイスまでセットで提供できる世銀がバイパスされることが増えている。バンガ次期総裁は、借り手としての市場が大きく返済能力も比較的高い新興国が気候変動にも対応できるように世銀の貸し出しによって指導的立場を強化したい考えだが、新興国のニーズに適切に応えられるかは未知数だ。

 また、世銀が比較的豊かな新興国における脱炭素化プロジェクトへの融資を増やすことについては、最貧国の国々から反対の声が上がっている。世銀は全体予算の35%を気候変動対策に割いているうえ、米政府も気候変動対策を意味する「経済的レジリエンス」を世銀の使命に追加するよう求めているため、貸し出し先が新興国の火力発電所の閉鎖や再生可能エネルギー発電建設のプロジェクトに集中する可能性があるためだ。世銀の主要関心事が「新興国」や「環境」に移ると、低所得国における教育や医療、インフラなどのプロジェクトに十分な融資が行き渡らない恐れもある。さらにグローバルサウス諸国は、世銀融資の金利が対先進国融資と比べ3~4倍高いことにも、長年にわたって不満を表明してきた。貸し倒れリスクを考慮した当然の設定だとしても、金利が高すぎては世銀本来の目的である貧困撲滅にはつながらない。

イエレン米財務長官は、世界銀行が脱炭素化プロジェクトへの融資を使命の一つに加えるべきだと主張している。 写真は今年1月にザンビアを訪問し、ヒチレマ大統領と会見するイエレン氏。 (c) Secretary Janet Yellen /twitter

 イエレン米財務長官は、「世銀が今後、融資を行う環境関連プロジェクトは効果がボーダーレスであるため、通常より低利で融資すべきだ」と発言したが、低所得国側が金利の引き下げを求めているのは、教育、医療、そして水道など基礎インフラへの融資なのだ。

 2022年11月にエジプトで開催された国連気候変動枠組条約締約国会議(COP27)では、グローバルサウス諸国が「これまでさんざん環境を破壊してきた先進国が、途上国に高水準のルールを強制するのはおかしい」「不公平だ」「先進国は補償や援助を行うべきだ」と声を上げたが、類似の批判は世銀改革でも繰り返されている。

減免を拒否する最大債権国

 ローレンス・サマーズ元米財務長官は4月14日、ブルームバーグ・テレビの番組に出演し、「世界銀行や国際通貨基金(IMF)のように、第二次世界大戦後の国際協力を形成したブレトン・ウッズ体制が機能していないのであれば、それに対抗する代替勢力が出てきてもおかしくない」と指摘。そのうえで同氏は、新興国の知人から「中国は途上国に空港を作ってくれるが、米国が与えるのは説教だ。自分は中国の価値観より米国の価値観の方が好きだが、まったく同じように、説教より空港の方が好きだ」と言われたエピソードを披露した。世銀をはじめ、先進国が脱炭素化を推進して、グローバルサウスの真のニーズを軽視すれば、低所得国はさらに中国になびくだろうという警告だ。

世界銀行のマルパス現総裁は、グローバルサウスに対する中国の「債務の罠」について警告を発している。 (c) David Malpass /twitter

 その一方で、最貧国が支払う債務の66%を受け取っている中国は、グローバルサウスにとって最大の債権国であり、その途上国向け融資のほとんどで透明性が欠如していると、世銀のマルパス現総裁は主張する。先進国のように価値観を押し付けない代わりに金利が高く、債務不履行の場合は債務国の主権を侵害するような取り立て条件を付ける「債務の罠」が存在するのだ。

 世銀のアクセル・ヴァン・トロッツェンバーグ上級専務理事は、世界の開発コミュニティのためのメディアプラットフォームDevexの取材に対し、「アフリカ南部のザンビアはコロナ禍により、中国を含む債権国に対して2020年から債務不履行に陥り、負債の減免を待っている状態だ」と指摘した。しかし中国は、4月に開かれた債権者会議でザンビアに対する負債の減免を拒否した。対する世銀は傘下の国際開発協会(IDA)を通じてザンビアへのサポートを継続している。ザンビアのデフォルト以前、世銀は年平均1億5000万ドル(約205億円)を貸し付けていたが、債務不履行後は3億5000万ドル(約478億円)に増強。危機の深化に伴い、6億3000万ドル(約1134億円)以上をザンビアに融資する。

 前出のトロッツェンバーグ上級専務理事は、負債の減免を拒否する中国を念頭に、「返済が滞っている国に救いの手を差し伸べる機関は、世銀をおいてほかにない。われわれはザンビアの教育や医療に融資することで、貧困を抑制できることを知っているからだ。(ザンビアが返済を再開できるようになるまで)待っていては手遅れになる」と述べた。

 なお、同氏は、中国が世銀IDAへの支援を増額するかと尋ねられた際、「分からない」とぶっきらぼうに答えた。債務の罠にはまった国に対して中国は冷淡であり、そのようなケースに先進国主導の世銀が救済の手を差し伸べざるを得ない現実に対して懸念を表明したのだ。

 財政破綻に瀕する国々の研究で知られる米ジョンズ・ホプキンズ大学のアン・クルーガー教授は4月17日、評論サイト「プロジェクト・シンジケート」に寄稿し、「ある国が負債の返済能力を超えた場合、すべての債権国が元本の減免に応じなければならない。さもなければ、新たな貸し付けが減免しない国への返済に充てられる」と主張した。さらにクルーガー教授は、「債務国が返済不能に陥った場合、中国は返済ができるように新たなローンを貸し付けるのが一般的だが、それでは債務国の負債高を増やすだけだ。それよりも、(最後の貸し手である)IMFの融資を受ける国が、その貸し付けを元の負債の減免に応じない中国への返済に充当しないと約束させることが重要だ」と論じた。

 このように世界銀行は、デフォルトとなった国の債務再編に世銀やIMFの融資が使われることに強く反対しており、バンガ次期総裁が中国と対立する局面も見られそうだ。

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