タイ最大のスラムの立ち退き問題
再開発計画に揺れる人々の行方
- 2019/8/26
住民が恐れる2つのこと
「微笑みの国」と称され、平和で穏やかなイメージを持つタイ。だが、そんな見方とは裏腹に、同国は2014年のクーデター以来、5年にわたって軍事政権が続き、今年7月にようやく民政に復帰した。新政権のトップには、軍政時代からの続投となるプラユット暫定首相が就任したため、「事実上の軍政」との声もある。
タイの首都バンコクの中心部から3キロも離れていないところに国内最大のクロントイ・スラムが広がり、約10万人が暮らす。われわれシャンティ国際ボランティア会(SVA)の事務所や、27年にわたり家族と暮らす筆者の自宅もあるこのスラムが今、立ち退き問題に直面している。その背景を綴りたい。
恐怖の火事に遭遇
それは、新政権が誕生して8日後の、7月24日のことだった。クロントイ・スラム内のSVAの事務所で仕事をしていた筆者は、午後3時過ぎ、「ファイマイ(タイ語で火事の意)だ。ヤギサワさんの家の方向だよ」とスタッフに声をかけられた。状況を確認するために3階へ駆け上がると、バチパチと燃える音がして、焦げ臭い匂いが鼻に突いた。自宅の方向から上がる炎と黒煙がみる間に大きくなるのを眺めつつ、足が震えた。
「落ち着け」と自分に言い聞かせながら、路地に溢れた人込みをかき分け自宅へと走ると、火元は家から30メートルほど離れた場所だった。家が2軒焼失したが、消火が早かったため、怪我人はいなかった。
家が密集しているスラム地域で火事が起きると、たちまち燃え広がり火の海になる。命も家も財産も一瞬で焼き尽くす火事を、住民たちは恐れている。
そして、火事と同様、彼らが恐れているのが立ち退き問題だ。住民たちは、これまで火事と立ち退き問題に幾度も苦しめられてきた。