中国とソロモン諸島の安全保障協定案がリーク
南太平洋海域に打ち込まれた布石で西側世界に激震

  • 2022/3/28

 ソロモン諸島と中国の間で締結される見込みの安全保障協定の内容がネット上でリークされ、オーストラリアをはじめ、西側諸国に激震が走っている。ソロモン警務当局は3月24日、その内容がおおむね事実であるとメディアに認めた。オーストラリアのフィナンシャルレビューは、「中国が武装警察や解放軍を駐留させ、ソロモン諸島に軍港を建設する可能性がある」と、強い警戒感とともに報じている。世界の耳目を集めるウクライナ戦争に乗じ、中国が台湾統一に向けて行動に出るのではないかという懸念は、しばしば指摘されてきたが、まさか遠く離れた南太平洋海域、しかもオーストラリアの「裏庭」に布石を打ち込んでくるとは。

中国とソロモン諸島が締結する予定の安全保障条約の内容が西側世界に衝撃を与えている(c) kwami NordNordWest /Wikimedia

「寝耳に水」だったオーストラリア

 このネットに流出した中国・ソロモン安全保障協定の草案について、ソロモン諸島警察、国家安全・懲罰矯正サービス部門のカレン・ガロカレ常務秘書がロイターの取材に対し、「すでに両国は警察サービスにかかわる協力協議に調印している。このほか、さらに広汎な協議の調印に向けて目下進めているところだ」と語り、確認している。ソロモン諸島のアントニー・ヴェケ警察部長は23日、「3月18日にオンライン会議で、警務協力に関する備忘録に調印した」と発表している。
 SNS上に流出している安全保障協力協定の草案は、中国警察、武装警察、軍隊がソロモン諸島で社会秩序維持、災害救援、中国人保護や重大プロジェクトなどの方面で協力するといった広範囲の内容が含まれており、すでに両国が調印している警察サービス協力とはまた違う。ガロカレ氏は、このSNS上に草案内容について、「流出していることを知っている」と確認したものの、この協定の批准がいつになるかは分からないとした。ガロカレ氏は、「オーストラリアと結んでいる協議と同様の広範囲の安全に関するものだ」と、説明した。
 これにショックを受けたのが、オーストラリア政府だ。報道ぶりを見る限り、寝耳に水だったようだ。
 この報道を受けて、オーストラリア外交当局は、「我々の地域の安全保障を不安定にするアクションだと強く懸念している」とのコメントを出した。さらに、「太平洋のファミリーメンバーで、太平洋地域の安全保障にもっともよく対応できる立場にある」と述べ、はるか遠方の中国が長い腕を伸ばしてきていることに対して、不快感をにじませた。カレン・アンドリュース内務相は24日、この件について記者の質問を受け、「南太平洋はオーストラリアの裏庭であり、我々の隣人だ。我々は、南太平洋島嶼上でのいかなる活動にも非常に関心がある」とコメントした。

戦争の火種になり得る動き

 ニュージーランドのマッセイ大学の安全保障専門家、アンナ・パウルズ氏は、AFPの取材に対して、「協定草案は広汎な上、いくつか曖昧で潜在的な地政学的野心を持つ条項が含まれる」と指摘している。
 たとえば、ソロモン諸島政府が要請すれば、中国の武装警察と軍が「秩序維持」のために配備されることを認めている。さらに、ソロモン諸島における中国人の安全や、中国によるインフラ建設など主要プロジェクトを守るという目的の下で軍や警察を展開することも、認めている。また、相手方の書面同意がなければ、どちらもミッションの中身は開示できないとされている。つまり、オーストラリアがソロモン諸島政府に対し、中国がソロモン諸島で何を目的に何を行っているのか問い合わせても、中国の同意がなければソロモン諸島はオーストラリアに答えることができないのだ。
 パウルズ氏は、この草案が「中国が船舶の訪問を支援するために、ソロモン諸島の物流供給能力と実物資産を求めている」ことも重視している。
 この協定が調印されれば、たとえば暴動で中国人・華人が襲われたら、その救出を名目に解放軍が駐留できるようになるし、中国が投資した企業やインフラが破壊の危機に見舞われるとなれば、やはり解放軍を出せることになる。さらには、オーストラリアが長年かけて整備した軍港やロジスティックを解放軍海軍の軍艦が使ってもよい、と言う可能性もある。

ソロモン諸島ホニアラにある放送局 (c) Phenss /Wikimedia

 ウクライナ戦争が、東欧の安全保障の枠組みを大きく変えようとするロシア・EU・米国間の軋轢から生じた戦争だとするなら、今、中国は、南太平洋の安全保障の枠組みを変えようと動き始めたということになる。つまり、こちらも十分に戦争の火種になり得る動きだ。

先鋭化する「中国」対「米豪」

 このコラム欄でも以前に紹介した通り(「南太平洋の島嶼国にも広がる中国の影」、2021年12月25日掲載)、昨年11月、ソロモン諸島の首都ホニアラで3日間にわたる激しい暴動が起きた。引き金となったのはソガバレ首相に対する辞任要求デモだったが、根底には、ソロモン諸島における貧富の激しい格差や、若者の失業率の高さ、政府の腐敗への怒りがあった。こうした問題を引き起こす背景には、チャイナマネーの流入、中国企業の強引な開発などがある。チャイナマネー漬けにされたソガバレ政権は2019年秋、それまで国交があった台湾と断交し、中国と国交を樹立したのだが、これに異を唱えたのが、国内最多の人口を擁し、台湾から農業支援プロジェクトなども受けているマライタ州のスイダニ知事だった。ソロモン諸島の内政問題や歴史的な経緯も絡んだ政治的対立と、台湾を国際社会で孤立させようとする中国の戦略が結び付く格好で、治安の悪化や社会問題の複雑化が起きていた。

 暴動は当初、平和的なデモだったが、最終的にはチャイナタウンが焼き討ちにあい、中国系市民の死者も出るまでになった。軍隊を持たず、警官も800人程度しかいないソロモン諸島政府の要請を受け、オーストラリア、フィジー、ニュージーランド、パプア・ニューギニアによる平和維持部隊200人が派遣されて混乱を鎮静化させた。この時、中国軍や中国警察への出動要請はなかったが、中国当局は、「ソロモン諸島からの要請があれば、防暴設備と警察の顧問団を派遣する」との声明を出していた。

 12月23日、ソロモン諸島政府は、「ソロモン警察の強化と訓練のため、暴動鎮圧用装備と警察の連絡官を受け入れることで中国と合意した」と発表。暴動対応という、国内の治安維持活動のために中国からこれほど大々的に支援を受けるのは、太平洋島嶼国ではソロモンが初のケースとなった。

ソロモン諸島の学校 (c) Alex DeCiccio /Wikimedia

 こうした中国の動きを懸念した米国は今年2月中旬、1993年から閉鎖していた大使館をソロモン諸島に復活させた。また、ソロモン諸島に駐在しているオーストラリアのラシー・ストラハン・シニア専門員がソガバレ首相と21日に会見し、昨年の暴動鎮圧のために派遣されたオーストラリアなどから成る国際支援部隊の駐留期間を2023年12月まで延期することで合意した。

 さらにオ―ストラリアは、ソロモン諸島に対してインフラ建設事業の予算も手当てした。こうした動きによって、ソロモン諸島をはじめ、メラネシア地域において、「中国」対「米豪」の軍事的緊張が先鋭化しかねない状況になっている。

変質する地元警察の体質

 中国がソロモン諸島に警察や部隊を投入し、治安維持への影響力とコミットを強めると、どのようなことが予測されるのか。

 第一に、ソロモン諸島の民主化活動家たちに対する弾圧が激化するだろう。ソロモン諸島にある中国大使館の微博アカウントによれば、中国の警察顧問団は3月14日に本格的研修を開始し、中国が持ち込んだ武器や装備の使い方をはじめ、暴動鎮圧のための技術やテクニックをソロモン諸島警官に教え込んでいる。しかし、これによって、ソロモン諸島の警察はこれまで行わなかった「中国流の苛烈な反体制派狩り」を実行するようになるのではないか、という懸念が生まれている。

 実際、3月17日未明、ソガバレ政権の腐敗を追求する運動の中心的な勢力だった民主化活動組織のマライタ・フォー・デモクラシー(MFD)のリーダーを逮捕しようと、彼が住むマライタ州都アウキ郊外の村をソロモン諸島の警察20人が襲撃する事件が起きた。村が寝静まっている中、警察側が突然、8発の銃弾を撃ち込んだのだ。目覚めた女性や子ども、老人らが泣き叫びなから逃げまどうなど、現場は一時、パニックに陥ったが、村人たちは、催涙弾やゴム弾で無差別攻撃する警官隊に抵抗し、石や農具などを手に果敢に応戦。警官側は、負傷者が出たこともあり、結局、村民の数に圧倒されて撤退を余儀なくされ、MFDリーダーの捕獲に失敗した。

ソロモン諸島の少年たち (c) Adli Wahid /Unsplash

 結果論から言えば、この時は村民の抵抗が勝利したものの、南太平洋島嶼国の政治社会に詳しい早川恵理子氏によれば、ソロモン諸島で警察が催涙ガス弾やゴム弾を使って村民に予告なく無差別攻撃を仕掛ける作戦に出ることはこれまでほとんどなかったという。つまり、中国警察顧問団による指導が早速、実行され、ソロモン諸島警察が変質しつつあるのではないかという疑念がわく。ちょうど、香港警察が中国公安のやり方に影響され、催涙ガス弾やゴム弾をデモ隊に打ち込むことをためらわなくなったように。

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