ラテンアメリカの「今」を届ける 第3回
「私たちはもう、沈黙しない」〜ニカラグア先住民族女性の闘い

  • 2020/9/24

かつて海賊が拠点をおいた中米ニカラグアのカリブ地方に、先住民族ミスキートが暮らすワスパン市がある。2017年、先住民族女性として初めてローズ・クニンハムさんが市長に就任した。男性中心のミスキート社会で女性は「見えない存在」だという。女性が表舞台で活躍する社会を作ろうと、ローズさんとミスキート女性たちが奮闘する。

ミスキート女性団体「ワンキ・タグニ」のメンバーたち(筆者撮影)

女性のためのコミュニティ・ラジオ局

 首都マナグアからセスナ機で2時間、カリブ松が茂る平原の先に中米一の大河・ココ川が迫る。蛇のようにうねる大河の河畔にあるのが、ワスパン市の中心地だ。川の対岸は隣国ホンジュラス。この両岸におよそ20万人のミスキートの人々が暮らしている。

セスナ機からココ川を見下ろす(筆者撮影)

 18世紀、ニカラグアのカリブ海沿岸にはイギリス影響下のミスキートの王国があった。現在のニカラグアは、かつてスペイン統治下だった太平洋側に首都をはじめ主要都市が集中し、カリブ側には先住民族による自治地域が広がる。この、二つの沿岸地域の歴史的な違いは文化的な隔たりとなり、先住民族に対する都市部の無理解と差別感情を生み出した。1980年代の内戦時は、政府、反政府双方の間に立たされ多大な犠牲を払ったのも、この地域だった。

 ワスパンは住民の9割がミスキートだ。公用語のスペイン語と民族言語を使い分け、大部分がココ川支流に点在する集落で生活する。この地域に、ミスキート女性の地位向上のために活動する「ワンキ・タグニ」という団体がある。ミスキートの言葉で「ココ川のほとりに咲き誇る花々」を意味するこの団体では、300人余りのミスキート女性が活動している。

ココ川の支流を行き交う小舟。一帯は水運が主要交通手段だ(筆者撮影)

 「集落では、高い割合で女性が虐待に直面しています」

 そう話すのは、ワンキ・タグニが運営するラジオ局で女性の人権をテーマに番組を作るビルマ・ワシントンさんだ。ラジオ局は米国の民間団体の協力で2017年に開局し、ワスパン市内の115の集落に情報を届けている。

 「各地には満足な通信・交通手段がなく、暴力を受けた女性が適切な保護を受けられていません。私たちは、ラジオを通じて女性に必要な情報を発信しています」と、ビルマさんが話す。

 地理的に孤立する場所は、土地ごとの慣習が根強く、男性の許可がなければ女性は自由に外出することもままならない。閉鎖的な土地で、性暴力や家庭内暴力などにより、時に命を落とす人がいる。被害は集落内で処理され外部に声が届かない。こうした女性に情報を伝えようとラジオ局はスタートした。

 「女性も男性と同じように自由に外に出て、人と会う権利があります。私たちは女性に権利を伝え、緊急連絡先、避難先の情報を提供しています」

ワンキ・タグニのラジオ局で働くビルマさん(筆者撮影)

 ラジオでは、公用語のスペイン語だけでなく、ミスキート語が使われる。外とのつながりが希薄な女性には、スペイン語が不得意な人も多いからだ。ミスキート語で生活する女性は、自分の言葉で語りかける放送を聞いて「私もこの社会に属していると実感することができた」と話す。女性であり、さらに先住民族であることで、これまで得られる情報が限られてきたのだ。ワンキ・タグニはラジオ局開設と同時に、緊急時の連絡手段としてスマートフォンを各集落に配った。

 「私たちはもう、女性だからといって黙る必要はないのです」と、ビルマさんが力を込める。

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