「コロナ対策の優等生」ベトナムでデルタ株が感染爆発
最大都市ホーチミンが第4波の中心に 夜間外出禁止令も
- 2021/8/9
ベトナムでは、8月3日時点で新型コロナの感染者が累計16万5000人以上に達し、死者も1000人を超えている。2020年1月に初めて感染者を覚知して以来、あらゆる場面で先手を打って措置を講じ、幾度か見舞われた感染拡大の波も最小限に食い止めたことで「コロナ対策の優等生」として国際的に評価が高かったベトナム。しかし、各国で猛威を振るうデルタ株が引き金となった第4波は、ついに爆発的な感染拡大を引き起こしている。
「買い物が怖い」 朝6時からスーパーに行列
先日、仕事仲間のトゥーさんとオンラインでやり取りをした。筆者は、ホーチミン市内で日本企業やベトナム企業向けのコンサルティング会社を経営しているトゥーさんから日本語の翻訳チェック業務を請け負っている。互いに近況を報告し合う中で、彼女は突然、「買い物が怖い」と声を震わせた。
ホーチミン市は7月9日、市内全域で外出制限を伴う最も厳しい「社会的隔離措置」(首相指示第16号)に踏み切った。これは事実上のロックダウンで、生活に欠かせない一部のスーパーや市場、病院、銀行などを除く経済活動は原則として休業、またはオンラインでの営業を余儀なくされている。さらに、感染者が確認された地域や集合住宅棟を封鎖し、住民に対して一斉にPCR検査も行われている。
にも関わらず、7月23日には1日の市中感染者が全国で7295人に上り、過去最多を記録した。200人台だった1カ月前と比べれば、感染爆発と言っても過言ではない状況だ。市中感染者は第4波だけで5万474人に上っている。
トゥーさんの会社も、従業員は1カ月近くリモート勤務を強いられている。私生活では小学生の息子と二人暮らしの彼女。せっかくの夏休みなのに息子をどこにも連れて行ってあげられないのも歯がゆいという。「外に出かけると感染するのではという恐怖を感じるけれど、日々の買い物には行かないと」と、ため息をつく。混雑を避けるために朝6時の開店時刻に合わせてスーパーマーケットに向かうも、すでに行列ができており、順番が回ってくる頃には目当ての生鮮食品はほとんど売り切れているという。
それでも、自由に買い物に出られる地域はまだ良い方で、外国人居住者が多い2区のタオディエン地区では7月半ばに「買い物券」が配布された。使用を一世帯あたり週2枚までとすることで、買い物の回数を制限する狙いだ。
感染者は全国63省のうち、62省で確認されており、行動制限は強化される一方だ。
7月24日には首都ハノイでも「社会的隔離措置」(首相指示第16号)が始まった上、ホーチミンでは7月26日から新たに午後6時から翌朝6時までの外出自粛(事実上の外出禁止令)が加わった。前日の夜に開かれた市の人民委員会で議題となるやいなや、翌日から実施されるというスピード感が、ひっ迫した状況を物語っている。緊急時と、感染防止のための活動を除き、市内のすべての活動は一時停止され、区をまたぐ移動も制限されている。期間は8月1日までの予定だったが、新規感染者数の増加に歯止めがかからないことを受け、2週間の延長が決まった。
ひっ迫する医療現場と「野戦病院」
ホーチミンの日本総領事館からは、連日、ベトナム国内の感染状況や、コロナ関連の新たな措置に関する情報がメールで配信される。それによると、病床が不足しているため、無症状者でリスクがない場合は自宅療養が基本だが、医療的なケアが必要な場合は「野戦病院」への収容も進んでいるという。正しくはベトナム語で 「Benh vien da chien」(野外病院の意)と呼ばれる大型の可動式救護施設を指し、主にハノイやホーチミン、ダナンなどの都市部で新設されているほか、軍やスポーツ関連の施設を転用したものもある。総領事館が「野戦病院」と呼ぶこうした施設には、在留邦人も少なくとも数十人が収容されているという。おりしも、海外に暮らす邦人が一時帰国して成田空港でワクチン接種を受けられる制度がスタートしたことを受け、一時退避を兼ねて帰国を検討する人や、本社から退避命令が出た駐在員もいるという。
一方、感染には至らなくとも、都市部特有の住宅事情やライフスタイルによって、思わぬ「局地的ロックダウン」に見舞われるケースもある。
近年、ホーチミンでは、住宅需要に応えるために大型の高層アパートが急増しているが、こうした集合住宅で陽性者や濃厚接触者が出ると、ただちに閉鎖されて住民全員にPCR検査が実施される。状況は、「hem」(路地の意)と呼ばれる昔ながらの地区でも同じだ。バイク一台通るのがやっとの細い路地に家や商店が密集し、長屋的な近所付き合いが今も残る下町らしい地区だが、コロナの感染拡大を誘発するとして封鎖されるケースが相次いでいるのだ。検査数が急増し、サイレントキャリア(見えない陽性者)が可視化されたことも、感染者の増大に繋がった一因だと言えよう。
国内開発のワクチンに期待
ベトナム南部のビンズオン省は、ホーチミン市からのアクセスが良く、日系をはじめ外資の工場や工業団地が多い。ホーチミンとの往来が禁止されてからは、工員や従業員が敷地内に寝泊まりして操業を続けている工場も少なくない。筆者の友人が経営する工場も、男性工員には小型のテントや蚊帳を調達し、女性スタッフにはオフィス棟での宿泊場所を確保したという。これまでの累計感染者数は、ホーチミンの10万人強に次いで国内で2番目に多い2万人に上る。ベトナム保健省は8月3日、開発中の国産ワクチン「ナノコバックス」の大規模な治験をこのビンズオン省で実施すると発表した。工員や労働者ら20万人を対象に治験者を募る予定だ。
ベトナムでは、人口約9000万人のうち552万人以上がワクチンを少なくとも1回接種し、うち54万人以上が接種を2回終えている。都市部では、病院や診療所以外にも集団接種会場の開設が検討されているが、密集の回避や外出制限、さらにホーチミンで開始された夜間外出禁止の措置もあいまって、接種人数は現時点で1日120人程度にとどまり、一般市民に対してはなかなか進んでいないのが実状だ。ワクチンはアストラゼネカ製が最も多く使用されており、購入分に加え、日本や英国などから供与を受けているほか、ロシアの「スプートニクV」や中国のシノファーム「Vero Cell」など、合わせて6種を保健省が認可している。当初、領土問題で政治的に微妙なバランスを保つ中国からワクチン供給を受けることについて、ベトナム政府は慎重な姿勢を見せていたが、感染拡大が顕著なホーチミン市民用に中国製ワクチンを500万回分確保しており、今後接種が見込まれているという。しかし依然として、ワクチンの供給は進んでおらず、国内調達できるワクチンにかける期待は大きい。
第4波の発生以来、フック首相は保健省に対してベトナム初の国産ワクチン「ナノコバックス」の認可を急ぐよう求めてきた。研究機関によれば、現在、臨床試験のフェーズ3の段階にあり、経過が良好であれば10代の治験者への投与が行われる予定だという。